17 ギフト
「公務員らしい言及に恐れ入るよリヒトくん。……そういうことなら本題に入ろう。といってもな……怪物よりも、俺が焦点をあてたのは窓口の方だ。順番はわからんがどのみちそいつとも対峙することになるだろう」
「はい」とデュカス。
ストラトスは身を屈めて下から茶色い紙袋を取り出しテーブルに置き、すっとそれをデュカス側に押した。中を見ろということだろう。小さめのどこにでもある無地の紙袋だ。デュカスは中身を確かめる。
「これは……? ん? ……あれっ?」と彼はうなり、しばらくするとまた「ん~……?」とうなる。
彼は戸惑っていた。そんな彼を見て師匠は満足げな表情を浮かべている。
「……お前が混乱するようなら成功かな? 微妙な魔法だ。俺の能力をぎりぎりまで使った魔法なんで結果には自信がない。しかし、俺にしてやれることはこれくらいだ…… 使えるようなら使ってくれ」
「しかし……」
「総合的に考えて……な」
「しかしですね……」
そう言うデュカスはリヒトに紙袋の中身を見せないようにしている。疑問に思うリヒトが尋ねた。
「どうしたんです?」
「忘れた方がいい。記憶から消せ。……暗黒師匠からの贈り物だ」
ということは混乱はしているが中身の使い道はわかっているということだろうか? リヒトは怪訝な顔をしている。
「師匠言うなと言っとるだろ」
リヒトは思った。最初見た時からこのストラトスという人物は信用ならなかった。安易に信用してはならない邪悪なものを芯に抱いている。簡潔に述べれば世を呪って生きている人物である。
勝手な決めつけかもしれないが直感がそう示している。でも考えてみればエルフ協会理事長と付き合いがあるということならうなづけるメンタリティである。でなければうまく付き合えまい。
「見なかったことにします」
彼はふたりにそう言った。
☆
森のパスタ屋を見下ろせる低い丘に賢者服を纏うふたつの人影があった。ジェナルドと副代表のラックスである。
「どうでしたか? あのふたりは」
「相も変わらずいまいましいやつらだ」
「ストラトスも変わりなく?」
「なかなかに邪悪なものを溜め込んどるよ。賢者の枠から解放されて自由を得た気分なのだろう。が、ランクとしては低下傾向にある……予想通りでよい方向だ」
「デュカスは伸ばしてるでしょう?」
「どういうわけだろうな。なぜ減らないのか、理解に苦しむね」
「私の見立てでは二ランクほど上げてきているようでしたが」
「それは正確な見立てだろう。同感だ。ノウエルに何か秘密があるのだろうか」
「かもしれません。そもそも若いということもありますし」
「結果的に便利な存在になったからよしとできるが……」
「あれだけ使い勝手のよい王族はいませんよ」
「お前は甘すぎる。根本を忘れるな、いつでも牙をむくやつらだということを」
「忘れてはいません……しかし牙をむくことができるからこそ、こちらも利用できるのです。機械でもなく動物でもないああいうタイプは使いこなしが重要になります」
「そういうもんかね」
「我々はうまくやってますよ」
「いまはな。が、いつかは押さえ込まねばならなくなる。お前は責任が持てるのか?」
「先のことは先のことです。根本的には魔法の神が決めることですし」
ジェナルドは黙った。内心では、いや、決めるのは我々だとつぶやいていたが、それは口に出さずとどめた。ラックスの弁が正論でありそれを拒んだり越えようとするのは傲慢である。
しかし、嫌な正論だった。
☆
そろそろ出るか、と思いつつカプチーノを飲み干したデュカスに、師匠がおもむろに尋ねてくる。
「あと、いくら調べてもよくわからんことがあるんだ」
「なんです?」
「シントウについて調べても曖昧なことしか出てこない」
「またノウエルの話ですか……そりゃそうですよ教義や教典がないわけですから、ニホン民族に訊いても一人ひとり違う答えが出てきますよ」
「そうなの? じゃあどうやって統率というか集団として統制しとるんだ? おかしいじゃないか」
「おかしくはないです。社会そのものがひとつの宗教となってますからそこは問題ないんです」
「……?」
「魔法と言っていいと思います」
「……?」
「頭に使える魔法があるといいのですが」
「ばかにしとるのか師匠を」
笑いをこらえるリヒト。
「いやですからそのままですよ。事実や真実よりも社会のルール、そこにある暗黙のルール、秘められたルールの方が優先されるんです。おおむね支配層が作るこのルールが常識となり、この常識が教義であり教典であると。
その仕組みを当たり前として民が受け入れ……つまり順応ってことです。順応し、どのような矛盾であれ総合的に正当化し、これを適応として価値あるものとする……国という概念がないゆえに可能となるこの仕組みは言わば魔法です」
「……?」
「ですから厳密に言えば支配層にとってシントウは必要のないものなんですよ。ネット知識ですけどかつてはこれすら消そうとする勢力がいて増長していたようです」
「……なぜだね?」
「国の土台であるテンノウセイ、テンノウセイの土台であるシントウが、邪魔だからです。……しかし困ったことにこれ国民のものなんですね。国民の魂にあるものですから消すのはたいへんです」
「……?」
「まあ……仕事が終わってから話しましょう。生きていれば説明もできるってもんです」
「待て。その論でいくと国が邪魔みたいにならんか?」
「社会が上に来るんですよ。社会の下に国っていう概念」
師匠はきょとんとしていた。
「……といっても最近は変わってきてます。ここのところは物凄く学ぶ点が多いです。あまりに多くて簡単には去れないくらいに」
「いつか俺も行こうかな……」
「カラダ壊しますからやめた方が。師匠は元が賢者ですから純粋すぎます。魂にも神経にもダメージを食らい寿命を縮めることでしょう。お勧めできません」
「お前は大丈夫なのか?」
「フェリル王族ですからね」
「闇と共に生きる……か」
「さ、そろそろおいとましましょう」
デュカスは胸の中で、また仕事が増えたなあとつぶやいていた。でも俺も身を寄せている以上、避けては通れん重要な事案だ、と彼はそう思い直した。
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