16 師匠と代表
共有領域の外れ、つまり人間族区域の端にその店は位置していた。店主が人間嫌いの気難しい性格のため街中では摩擦が多く僻地への移転となった。
店主サントスの腕は確かなのだが常にいらいらぴりぴりしている感じなのでデュカスもあまり気乗りはしない店である。しかしストラトスはまったくその点は気にならない様子だった。
ログハウス然とした飾り気のない外観は以前と変わりなく、デュカスが入り口の扉をあけ「どうもー」と大きめの声を発しても、頭に白いタオルを巻いた店主はデュカスにちらりと視線をくべ小声で「いらっしゃいまし、王子」と述べるだけである。
ウエイターの制服を着たエルフが飛んできてオーダーをとる。
ストラトスが「ボロネーゼと白ワインを」と告げる。
「俺も同じものを」とデュカス。すぐに「リヒトは?」とリヒトを見やり訊く。
「え……と、ハチミツ水を。ゴルドバ高原産のやつがあればそれを」
エルフがふわりと奥へ飛んでゆくとストラトスが言った。
「さすが国連職員だな」
彼が頼んだのは最高級品のハチミツなのだ。
「すいません、国連の食堂には置いてなくて……」
「どこなら置いてあるんだ?」
「エルフ協会の理事長室ですね。常備してあります」
「あいつらしい」
料理が届き、師匠とその弟子が満ち足りた様子で食していると、突然ふたりがぴくっとし、ストラトスが苦々しい顔をしてつぶやいた。
「来たか……会いたくもないのに」
「皮肉でも言いに来たんですかね」
ほどなく店内に入ってきた人物を目にしてリヒトは真っ青になった。紫色の賢者服を纏う、賢者会代表ジェナルド・カルナックその人である。
「店主、カプチーノを。代金はフェリル政府に請求しろ」
デュカスたちがいるテーブルの横の通路に椅子を持ってきてどっかと座り、賢者会代表はデュカスに冷たい視線を送る。広めのテーブルなのでスペース的には問題ないのだが圧があるので迷惑である。
「いいな?」
「ここで俺が払います。サントスさんは現金払い以外は嫌いなんですよ。なんか食べもの頼んでもいいですよ?」
「食事は済ませてある。ところで」
誰の許可を得てここに居るんだ、的なことを言うのかとデュカスは待ち構えたが違った。
「あの怪物には勝てそうか」
「……いまは何とも。確率は低いです」
「次に戦う時はどんな戦略でいくのだ?」
「いくつか試すことはありますが、、ここで話すことではないです」
「結界を張っておるのだが」
「他人に語るものではないって意味です。自分の中で練り、熟成させて戦いには臨みます」
「熟成ねえ。何か変わるのか」
人間族のウエイターがカプチーノを運んできて賢者会代表の前に置く。
「凡才には時間が必要なんです。あなたにわかって貰えるとは思ってません」
「ああわからん」
ここでストラトスが口をはさんだ。
「何しに来たんだね」
「無粋だな、お前の師匠は。……ひとつ言いたいことがあるのでな。私はべつにお前を実験台とは見なしておらん。お前を糧に攻略法を得ようという考えはない」
「なら何だね?」と師匠。
「罪のあがないだ。償いのためだ。父親殺しのな。これは広い意味合いではこの世界全体にとっての罪だから。……いや待て、反論は受け付けん。決闘は合法だという詭弁は詭弁にすぎん」
デュカスは黙って相手の弁を聞いていた。黙ってボロネーゼを食べ、黙って白ワインを飲んだ。
「何か言うことはないのか」
「あー、サントスさん、俺にもカプチーノを」
デュカスはそう店主に声をかけたあとワインを飲みほし、グラスをテーブルに置いた。それから静かに述べた。
「親父の犠牲は、貴重な犠牲としてきちんとその結果を出すつもりでいます」
「結果?」
「俺は魔法の極限を知りたい。それが結果です」
「そのわがままのためなら仕方のない犠牲だと」
「そうは言いません。俺にある責任というのは、魔法の極限を知る旅……のようなものです。終わりなき旅をつづける……というのが責任であり役割であり、運命なのだと」
「どちらかと云うと賢者の仕事ではないかな」
「賢者の資質を持つ王族としてです」
「そんな責任があるとは知らなかった。……仮にその結果を得たとして父親殺しの罪が消えることはないぞ」
「でしょうね」
「罪の意識ないよな?」
「なくはないです」
「そうは見えん」
「魔法とは何の関係もありません」
「確かに。しかし魔法士以前に人としての道理がある。この世界の住人としての道理がある」
「諭すつもりでいるのならお引き取りください。俺は怪物退治に集中しているのでまたの機会に」
代表は沈黙ししばらくデュカスを無言で見つめる。
「わかった。頼りにしているデュカス王子。他意はないぞ。期待している」
「はい」
ジェナルドは席を立ち、デュカスは何かあると待ち構えたが何もなく、そのまま涼しげに店を去っていった。
リヒトはカプチーノのカップが空になっていることに気づいた。目の前にいて飲む様子は見ていない。どういうことだ?
「カプチーノがなくなってます……いつ飲んだんですかね?」
ああと言ったあとデュカスが解説した。
「師匠が声をかけたあとだな。タイミングとしては」
ストラトスが言った。
「師匠と言うなと何度も言っとるだろう」
「いやだって事実じゃないですか」
「リクサスの方だろ」
「彼はライバル的な存在です」
「学んだことは俺より彼からの方が多いだろ」
「技(わざ)はそうですけど、それだけではないでしょう? 総合的にです」
「口応えするなよ」
「じゃあ黙ってます」
タイミングを見てウエイターがカプチーノを運んでくる。いつの間にか師匠はタバコをくわえ、薄い煙を吐いた。
「で、最近のトランプはどうかね?」
「はい?」
「いや気になってずっと調べてたんだ、ニホンのことは。お前が暮らしてるわけだからお前にどんな影響を与えるもんかとな」
「外国の大統領ですよ」
「お前が住んでる国の命運を握る男だろうが。この男の判断いかんでニホンの産業のいくつかが取り返しのつかない壊滅的な被害を受ける」
「確かに。……こないだまで来てましたよ。四日いたのかな? 新しいテンノウに接見するために。公式にはテンノウヘイカと言いますが」
「四日は長いな」
「その被害をできるだけ抑えるべく接待するためでもあります」
「効果は?」
「効果の有無ではなく他にやりようがないのです」
「なぜ」
「政治家ではない国家元首ですから政治のセオリーが通用しないんです」
「ふーん、意味あるのかね接待が」
「わかりません。ただ……新しいテンノウヘイカとの接見は映画みたいに見事なものでしたよ」
「どんなふうに」
「人間としての成長、というのを互いに示したということです。同時になんだかニホンが成長した気さえしました。偶然なのか必然なのか、新たな時代の幕開けになってました」
「トランプが変わった?」
「瞬間ではありましたが。いや少なくともステージを二段くらい上に駆け上がった感じです。根がエンターテイナーなんでしょう」
「遠くから見てると野獣のように見えるがな」
「いやあ、なかなかにインテリジェントですよあの人は」
たまらずにリヒトが核心について言及した。
「あの……恐れ入りますストラトスさん、、カイオンについてお調べになったようなんですが……どういった情報を得られておいでですか?」
正論だった。それがいまこの場における話の核心のはずである。
「いいんだリヒト。急いだところでどうにもならん」
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