12 国連議長

夜が明け、リヒトが目を覚ますと窓側に置かれたテーブルで話し込んでいるミュトスと国際連盟議会議長カルタスの姿がおぼろげに見えた。慌てて身を起こそうとする彼に上司は「まだ寝てていい」と声をかける。


そういうわけにもいかないのでリヒトはしずしずと毛布をたたみ、さりげなくソファーから飛び立つと洗面所に向かった。そこで身支度を整え、部屋に戻ると冷蔵庫からエルフ用ペットボトルに入ったハチミツ水をひと口飲む。

それから彼はソファーに舞戻っていった。


ミュトスとの話を終えるとカルタス議長はリヒトの元にやって来てエルフサイズの黒いファイルを彼に渡した。


「遅くなってすまん。デュカスの資料だ。といっても大半は向こうでの情報が占めてる」


「重要なのでしょう?」


「いま現在の彼を知るにはな」


するとドアの開く音がしてデュカスが寝室から出てきた。準備万端という顔をしている。


「おはようございます」とデュカス。


「おはよう。どうだ? カイオンは殺れそうか?」


「状況は不利ですね」


「国連に何がしてやれる?」


「邪魔になるようなことさえしなければそれでいいです」


「人海戦術は効かんか?」


「俺が倒されたあとに試して下さい。向こうがエネルギーを使い果たすまでこちらが何人失うか、ということになる。それで始末できればよし……できなくともダメージの蓄積にはなるでしょう」


「やれなくはない?」


「わからないです。A級がチームを組んでどれだけやれるかは賢者会に訊いてみて下さい」


「訊いてみたんだが殆ど効果はないと言われた。相手は想像をはるかに越えてると」


「そうですか……。まあ、疲れたら逃走、潜伏じゃないですかね。でまた現れてこちらの戦力を削っていく」


「こちらの人材が尽きるか」


「放出系が効かないというのは絶望的ですよ。ダムドがまるきり効かないなんて初めてです」


対ドラゴン用として開発と発展がなされてきたこの内部破壊の技にデュカスはいちるの希望を見いだしていたのだ。が、それは粉々に砕けた。


「効かない原理を掴まないとどうにもならんのか」


「そのために俺を呼んだんでしょ」


「まあ賢者会の論理ではそうだが」


「俺は実験台なんで、勝算やら展望は賢者会に訊いて下さいね」


「しかし、何というかお前そんなに危機感ないじゃないか。勝利のヒントみたいなものはあるんじゃないのか」


「危機感も何も……よく研究してるんですよ、あの怪物の作り手は戦闘系魔法士というのを。あれ以上でかいとその大きさが不利になるし、あれ以上小さいとサブミッションが有効になる」


「絶妙のサイズということか」


「作り手は当然そう作るって話ですけど」


「困ったものだ」


「困ったものです」


「……話は変わるが、せっかくなんで聞いておきたいことがある。国連ではずっと話題になってる。……王位の委譲のことだ」


「……単に、この時代の王としてふさわしい人材がいるんで、そっちに譲ろうって話です」


「シュトラウスが?」


「はい。人気も人徳もあり彼こそが新たな時代の王にふさわしい」


「なぜ国民投票を?」


「委譲というだけでは内政にとって危険だからです。納得いかない勢力は多いですよ。例外を認めない人もいますし。でも民意が加われば少しは変わる。数字を伴う民意というものが」


「変わるかな。民意を問うことそれ自体に反発を抱く連中がたくさんいるはずだ」


「そこは賢者会が認めればそういう事例として成立すると俺は見てます」


「賢者会が認めることはなかろう。不可能だよ」


「いや……法力の総量が減衰していってる状況というのが前提にあるわけです。何も変えないまま、世界がおかしいと言ってても何も始まりません」


「それは環境の変化であって我々は適応していくしかない」


「この世界の王制は古いんですよ。そこを魔法の神なり、大地なりは怒りを抱いてる」


「根拠のない話だよな」


「賢者会に訊いてごらんなさい。命がけでね。ならば彼らも話すかもしれない。……端的に言ってイベントが要るんです。結局、定期的な魔王の出現というのもイベント論で説明がつくと思いますね。……あ、若造が何言うかって顔してますけど賢者会の全員が本音の部分では理解してますよ」


「がらがらぽんでゼロスタートにするためってやつか……?」


「腐敗がなければいいんでしょうけど、どこでも組織には腐敗がある。フェリルなんかひどいもんです。国連だって似たようなものでしょう」


「綺麗事で運営はできんよ」


「ええ。ですから俺たち自身にまず欠陥があるんです。浄化を求めないという。でもこれからはそうもいかない。国民投票はどうにかして浄化につなげるイベント、つなげようとするイベントという位置付けです。試行錯誤でいいんですよこの際」


カルタスは黙り込んだ。それは自分自身に思いあたることがあったからだ。彼が急速に法力を減らしていったのは戦闘系魔法士としての出世を諦め政界に打って出ようと決意してからである。


自然なことと思っていたがデュカスの説にあてはめればそちらの方に納得がいく。自分が政界に向いているとした根拠は清濁あわせ呑む感覚、バランス感に優れると確信できたからだ。純然たる戦闘系はそうではない。日常のいちいちに引っ掛かり世の矛盾のいちいちにイライラするものである。


苛立ちも淀みも汚れもおおらかに受け入れることのできる自分は突き詰めて言えば魔法の神の庇護を得ることはなかろう、とむかし考えるに至ったことを思い出した。

カルタスは別の話題に切り替える。


「あと移民局と何やら揉めてるようだが」


「聞きたいんですかね? なら話します」


「いや聞きたくはない」


「一応忠告しておきますが、国連付きの賢者を送るのはよした方がいいです」


「しかし解決するには他にないという意見がある」


この問題を知る人間たちの中の多数を占める意見である。彼はデュカスの反応を探っているのだ。


「饅頭こわいみたいな話に聞こえるかもしれませんが……俺は言いましたよ。よした方がいい」


「まあ検討はさせるさ」


──賢者を送り込めってことか? だがカルタスはこの話題は頭から取り払った。何ら優先することではないからだ。


デュカスは話を戻した。


「国民投票は二○年後の話です。そのとき国民がやめてくれってなればやめます。時間と費用の無駄だという考え方もあるわけで、そのときの国民次第ですよ。いまのところ俺個人の目標ってだけです」


「民主主義なるものの導入……などということでは決してない、とそう言い切れるか?」


「はい。実験っていう文脈で捉えてほしいです」


「……わかった」

カルタスはそう言うと椅子から腰を上げる。


「リヒト」

カルタス議長が部屋を出ていくとすぐさまミュトスが小声で訊いてくる。


「移民局と何かあるのか?」


リヒトはエルフサイズの黒ファイルを少し持ち上げて見せ、こう答えた。

「ちらっと見ましたが、このファイルにいろいろと載ってますね。でも怪物の件とは無関係ですからさっきの会話については忘れましょう」


ミュトスは無言でうなずいてみせた。


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