11 ケイバルの戦い 2

結果的にこの期待は静かであっても中身の濃い熱狂を生み出してしまった。熱狂とは人々の期待が渦をなしてつくりあげた時代の風である。


デュカスはこの風に正面から対峙した。つまり先陣を切って戦いに挑んだのだ。このとき十五歳であったデュカスは戦場におけるセロナ軍指揮官、ピョートル大将が白旗を上げるまで殺戮のかぎりを尽くした。


四二名の命を奪ったその内容は凄惨にすぎた。戦闘系魔法士が得意とする放出系攻撃魔法、ファウラーと呼ばれる遠隔攻撃魔法を用いずに、彼は接近戦のみで戦った。


近接攻撃魔法のバドゥを用い、さらにはバドゥすら切り物理攻撃にこだわる手法……殴る蹴る、折る、ちぎる、という戦い方である。

ひとり、敵集団に乗り込むデュカスの姿、その法力が肉体のなかで爆発するさま、繰り出される攻撃によって人間が人間の形をなくしてゆくさま、王族なのか悪魔なのかよくわからない、血にまみれたデュカスの暴風のごとき姿は終戦後、またたく間にシュエル中に伝播していった。


デュカスが魔法で作り出した規制線(このときのデュカスは結界を張る技術をまだマスターしていなかった)に阻まれ、戦闘の機会を逃した若い軍人たちのなかには不平を述べる者もいたが、彼らの家族はみな王子に感謝した。なにより、戦闘系魔法の何たるかを知るすべての者に、デュカスは自分が何者であるかを知らしめてしまった。


最初は侮蔑や中傷の意味合いを含んでいた暗黒王子の蔑称はやがてフェリル国民により愛称の意味合いを含むように変わる。

国民からすればそれでこそ我が国の王子、だったのだ──


ミュトスも興味深くリクサスの話に耳を傾けていた。いままであまり興味のない事柄だったので彼にとってもおぼろげにしか知らない話なのだ。


神妙な面持ちで聞いているリヒトにリクサスは不思議な懐かしさを感じていた。デュカスと出会った頃、十二、三あたりの頃だ。無意識ににじみ出る、吸収できるものは何でも吸収してやるという貪欲さである。


「しかし一方でな……このときのことはいまでも後を引いてる問題でもある」


「ひとりで戦ったという部分ですか」


「そうだ。軍の慣習というのをまったく無視した戦い方だからな。本来なら下級の兵から順繰りに、少なくともそのていをとって同レベル同士を交戦させていき、最後の方で出てくるべきだった。ひとりで片付けられると軍の立場がない……その辺にこだわる連中が少なくない、というのと……王族としてあるまじき行為と考える人もまたいるわけだ。下じもの戦いを見届けてから最後に出ろよと。……で、まああまり言いたくはないが、モロゾフ王はその両面で激怒したのよ。仲わるかったふたりに決定的なみぞができてしまった」


「デュカスは軍と関係よくないんですか?」


「いやわるくはない。でも結局は権力闘争の場だ。自然に王派とそうでない派とできてしまう。……デュカスは戦いに出るにあたって一応、軍幹部に話はしてるんだけどね。一回だけ許してくれと」


「へえ」


「すでに名が広まってたからな。膨らんでる期待に対して、ふつうの働きでは失望させてしまうと」


「王には?」


「そこ大事。そこを無視して勝手にやるという点にデュカス側のポイント、演出のポイントがある。モロゾフ王は性格的に根回しタイプでね。王が最も嫌がることを意図的にやったわけだ」


「憎み合ってたんですか?」


「王は実利を求めるタイプ。デュカスは魔法自体に人生の意味を見いだそうとするタイプ。衝突や軋轢は当然だった。デュカスの論理で言えばどのようにすれば魔法の神に愛されるのかってのがテーマなんで、実利は後回しなのさ」


「でも実利を追うというのがエルフから見た一般的な人間像ですよ」


「ことフェリル王族としてはめずらしくてな。先先代と先代とでつづけてめずらしい例が現れて、デュカスで元に戻った感じらしいな」


「モロゾフ王というのは僕の職場でもずいぶん評判のわるい方です」


「政治力で権力を拡大するって覇権主義の人だった。そこんとこは内部でも……いや内外で賛否があった。国連を侵食し、いずれは支配し、いつかは賢者会と対等な関係を得る……なんていうのを本気で目指してたからなあ……いまだに国連のなかでは当時の対立や揉め事を引きずっていると思う」


「国連を支配し…というのは思い上がりにもほどがあると思いますが、当時のフェリルでは支持されてたんですか?」


「権力層の一部では支持があった。もちろんデュカスにしろ誰にしろ多数は世迷い言って感覚だ。賢者会とは対立すれども統治者としての価値は認めてうまく共存、というのがふつうだよ。デュカスは早くからそうした思想を持ってた」


「十五で?」


「すでに背負うものが違うって立場だったんだ。だから利用しようって連中も絶えずヤツには近寄って来ていた。……俺だって最初はそうだった。俺はずっと軍と揉めてたから、味方につければ有利になるって考えてね」


リヒトも有名人リクサスのことは以前からよく耳にしてきた。若い時期には定住を拒否する“流浪の戦闘系”と呼ばれており、各国を傭兵や特別教官として回っていたという話だ。


フェリル軍幹部連中と何かにつけ衝突を繰り返していたことが原因とされている。それも本人を前にすると納得せざるを得ない。根本的に組織人ではない。この人物に組織の論理は通じないと確信させるものがリクサスにはある。


エルフ族視点で云うとしたら、人間族の世界にとどまらない、とどまりようのない性質というのがにじみ出ていた。


「リクサスさんとデュカスの関係って独特ですよね」


「元々は王家専属の訓練パートナーだったんだけど、その十五になったばかりの時に、初めて模擬格闘訓練でヤツは俺に勝ったんだ。で、言うわけよ。いまから対等でいこうと。いまから俺に敬語は使うなと。王族というのを除いてつき合えってな」


「へえ」


「なんでだって訊いたら、俺とお前はまだまだ強くなるから阻害するものはすべて取り払おう、と。お互いにまだ法力を使いこなせていないし、これから膨らんでもいく、俺たちは互いに研鑽し合う関係でなければ互いにつらい、とな」


「頭の中が戦闘魔法で埋まってるんですね」


「フェリルに落ち着くって決めた瞬間だった。俺にとっては」



リクサスがフェリルに戻ると広い室内はひどく寂しいものに思えてしまう。リヒトがデュカスの様子を見に寝室まで行ってみると、暗黒王子は爆睡していた。


気持ちとしては明日のことを考えると早く休みたいのだが、相変わらず目が冴えてとても落ち着けそうにない。胸がざわざわする感覚が抜けないのだ。そんな彼を見やりミュトスが声をかけた。


「我々も休もう」


「ミュトスさん……デュカスのあれは才能なんですか? 訓練によるものなんですか?」


「私は専門ではないが、どちらも必要だ。打撃についてはリクサスが仕込んだからあそこまで強くなったのだと思う……といってもよくは知らん。私がフェリルに赴いたのが三年前で、接触がないままにデュカスはここを去って行ったしな。これまでちゃんと話したこともなかった」


「そうなんですか」


「体を休めるのも仕事だ」


第二担当賢者はそう言って自分に用意された寝室に向かい、ドアの向こうに消えてゆく。


確かにその通りだ、と胸でつぶやいて、リヒトはいままでデュカスが座っていたソファーにふわりと飛んでいき、宮仕が用意してくれたエルフ用の毛布にくるまって体を横たえる。とりあえず眠れるよう祈った。彼としてはそれしかできることがなかったのだ。

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