第二章 ドラゴン族の返事

7 ファーストコンタクト

一瞬、時が止まったかのような間があったあと、怪物はデュカスを右腕で振り払うようにしてバックブローを放ち、かわされるも、体勢を崩した状態ながらその回転のまま左の豪腕フックを放つ!


ドホォ! 地鳴りのような轟音が鳴り響き、衝撃波が重い風圧となって周囲の軍人たちにも浴びせられる。デュカスが右拳を怪物の巨大な左拳に合わせていた。


かしいだのは怪物の方だった。涼しげなたたずまいでいるデュカスの顔を凝視しつつ怪物は体勢を立て直し、そこで何かに気づいて自分を止めた男から距離をとった。

そして、それは言った。


「デュカス? デュカスか?」


鋭い牙と歯並びが見える。見てくれは獰猛極まりない。発達した逆三角形の上半身はあらゆる天然の動物とはかけはなれたバランスをしていて不釣り合いなまでに両腕が長く、拳が大きい──胸筋も腹筋も、いや筋肉の何もかもがふくらみ、くっきりとした筋を浮かび上がらせており、どう見ても人工の生命体としか思えない。


ノウエル生活の長いデュカスの感覚からは特撮映画に出てくる荒っぽい性格設定の怪物系ミュータントを思わせた。外観に装飾じみたものは皆無であり無駄のない印象だ。


プリンシパンの門の前に到着した彼はそこで怪物の気配を感じ取り、その気配を標的として陣移動によりここに来ていた。


デュカスが怪物に答えた。

「ああ」そして尋ねる。

「怪物よ、お前の目的は何だ?」


怪物は答えない。


「内容によっては取引の可能性もある」


ややあって返答があった。

「あえて言えばこの世界の支配だ」


「無理だ。魔法世界のなかでもここの賢者会は飛び抜けている。諦めろ」


怪物は重心を低くしていた構えをやめ、腕を下ろし、背筋を伸ばした姿勢をとる。デュカスはそのパワーミュータント的な外観とはうらはらに、どこかリクサスに通じるものを一瞬感じ、しかしそれは打ち消した。


不思議なほど怪物の核に邪悪な感じはしない──それも打ち消す。さきほど拳で受け止めた豪腕フックはきちがいじみたパワーだった。だまされてはいけない。


怪物は言った。


「俺の寿命は一年もない。ならば最高の権力を手にすべく、そこに残りの全人生を賭けるさ……つまり短くも魔王として君臨するのが目的だ」


デュカスはその言葉をまったく信用できない。

「ほんとうの狙いは何だ? お前、支配というのは欲望としては確かにあるが……違うだろ」


相手の賢者眼が輝いている。怪物もすぐに悟った。見透かされていると。


「……いまは言えん」


「いつなら言えるんだ? 俺を知ってるのなら帰還の意味もわかってるだろう。お前の存在は人命の損失を意味する。すでにひとつの貴重な命を奪ってる。お前には死か消滅か、どちらかしかない」


「俺とてエルフのように、花の蜜だけで生き永らえる体に生まれたかった」


デュカスの闘気が満ち、ふくれあがる。一撃で決めるつもりでいた。

「そうか……そのサイズとルックスではだめだな」


瞬間、揺らめき、デュカスは消え、ドン!と大きな音が響く。

次に彼が現れたときには右腕を怪物の腹にめり込ませていた。


怪物の体は揺らぎ、わずかに膝が折れ、身を沈ませた。が、すぐに持ち直し、素早く後ろに跳ぶ怪物だったがそこに距離を詰めるデュカス、左正拳をみぞおちに撃つ──がこれは怪物のクロスガードに阻まれる。


轟音が鳴り衝撃波が拡散するなか怪物はさらに後ろへ跳び、着地するやいなや右腕をふるい、芝生に大きな魔方陣を張った。怪物は躊躇なく流れるような動きで陣に足から飛び込んでゆく。


しかし、陣には潜れなかった。

「!?」動揺を隠せない怪物カイオン。


「逃がすかよ」


デュカスが陣に足元から放った“縛”をかけ魔法を無効にしていたのだ。


デュカスは怪物に向け両腕を宙空に伸ばし、空気をつかむ動作をした。そのまま左右の腕を交差させる。ズン!という音とともに怪物の巨駆が揺らぐ。空圧魔法を発展させた攻撃魔法のひとつである。空間と空間をねじり、その間にいる物体を破壊する魔法だ。が、通じない。


放出系ではないのだがこうした遠隔攻撃も無効なのだ。


これは単純に肉体の頑強さを示している。本来ならコンクリートの柱ですら楽にへし折る魔法である。そして相手に表情がないためダメージのほどがわからない。体内から発散されるパワーに変化がない以上、効いていないと考えるべきだろう。


と、怪物が一気に距離を詰め、デュカスに踏み込む。拳の届かない、遠い位置からうなりを上げる左フックを怪物は放った。その拳圧に、ただの拳圧にデュカスの体は後ろにかしぎ、怪物は右手でパチンコ玉のような銀の玉を芝生にはじいた。


高速で広がる丸い闇、移動魔法の一種である。怪物はデュカスが下がった一瞬の隙に丸い闇、黒いサークルに身を投じ、あっという間にこの場から脱出していった。


デュカスは少なからず驚いていた。隙はあっても移動を封じる縛自体は放っていたのだ。縛を無効にされていたのだった。


──どういうことだ?


あの銀玉は魔法を凝縮させる技のひとつで彼自身もよく使う汎用の魔法なのだが、特徴としては〈他人に委譲できる魔法〉でもある。あの怪物には協力者がいるのだ。しかもかなりの専門家が。


自分の魔法を防がれて、彼は気分がわるかった。あんなふうに逃げられるとは…… デュカスは敗北感に近いものを感じている。

彼はひとつ吐息をついて黒い穴が広がっていた場所に背を向けた。茫然としているみなに歩いていき、故国の第二担当賢者に声をかける。


「ミュトス、怪我人を診てやれ」


そうデュカスが自国の賢者に言うと、ミュトスは芝生に仰向けに横たわったままになっているA級戦士ふたりに駆け寄っていった。それにリクサス、リヒトもつづき、現場に移動してきたブラウン国防大臣、他の軍人たちも遅れてそばに寄っていく。最後にデュカスも彼らの後ろにやって来た。


A級のふたりは失神しているだけで命に別状はないようである。何らかの障害が残らなければよいのだが。万能魔法使い──賢者であるミュトスが治癒の法力を込めた掌をA級のひとりにあてている。そのわきでブラウンが携帯電話で医療チームを呼んでいた。


軍人たちの多くはまだ体を震わせていた。怪物の放った拳圧が生み出した重い突風を全身に浴びていたからだ。体を押され、顔の肉を削ぐような暴風であった。食らったとしたら、仮にかすめた程度であっても体の一部が消し飛ばされるのは確実に思えた。無茶苦茶なパワーである。



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