5 特級魔法士と担当賢者

時計店に戻るとすぐにリヒトが問い詰めてくる。

「何がどうなったのか詳しく説明してください」


「いや……まあ、さっきのは忘れた方がいい」


「なぜです?」


「向こうが解除したからって俺の魔法は関係ないからな。俺はこの分野の専門じゃないから掛かったら掛かりっ放しだよ」


「じゃあ……」


スマホのバイブが鳴った。画面表示を見ると顔見知りの移民局の職員からだ。


「はい」


《困ったことが起こったんだが……何か思いあたることはないか?》


「さあ? 何があったんです?」


《客が来てたんだが、粉々になった》


「客ってどなた?」


《いや、守秘義務があるから……しかしこれ片付けたいへんだぞ》


「ときめくものをまず分類わけしてから対処にあたりましょう」


長い沈黙があった。


《わかった》通話は切れた。


デュカスは吐息をつく。

リヒトは今しがた基礎魔法ジゴク耳を用いて聴いたやり取りをいまこの瞬間に忘れることにした。


「さっきの家族も移民なんですよね」


「うん。デルバックからのね」


「あんまり聞くなとカルタス議長には言われているのですが、この辺りには多いんですか?」


「まあな。コミュニティが出来上がってるから。とはいえ佐藤家はそこには入ってないよ。そういう家庭もある。……っていうここから先があるから聞くなと言ったんだろ……」


「ああ人間界の複雑な利害関係というやつですか」


「分かってるじゃないか」


「でも正確には理解できてません」


「君は魔法界の住人なんだ。知らんでいいことだよ」



フェリル議会の指示により、第二担当賢者ミュトスとフェリル軍の特級戦闘系魔法士のリクサスは渦中のプリンシパンを訪れていた。


ミュトスは賢者会から派遣されたフェリル担当の賢者であり、ノウエルで言うところの修道服に似たライトグレーの賢者服を纏っている。


リクサスはシュエル・ロウの戦闘系魔法士の頂点に立つ、この時代の魔法士の基準となる人物のひとり。歳は三十。階級は中将。かつては王家専属の訓練パートナーを務めていたため王族の人間関係にも明るい。いつも身軽な黒い戦闘服一式を身につけている。


彼らはプリンシパンの軍幹部や戦闘系魔法士たちとの挨拶を済ませると情報収集を始めた。

森の内部の大まかな構造──高低差や岩場の場所、身を隠しやすい場所とひらけた場所との位置関係など──を把握し、農村区域と都市区域の警戒体制、避難体制を把握し、王子が怪物処理を請け負う場合に備えた。


とはいえフェリルの権力層の全員がデュカスの出撃を見越している。うちの王子が断るわけがないと。


ミュトスは怪物が人間を補食するということなら街が最も危険だと捉え、リクサスは直感で戦闘系魔法士が最も狙われる確率が高いと考えている。そこのところはプリンシパンでも意見が割れていた。


しかしそれよりもふたりを迎え入れたプリンシパンの人間たちに戸惑いを与えているのは、フェリルから派遣された魔法界を代表する戦士と担当賢者のどちらもが明らかに不機嫌であることだった。


両者のあいだにピリピリとした空気が流れ、特にリクサスの方は闘気に近いものすら漂わせている。正直なところ、この面で早く、一国の王子の到着を望んだ。さすがに仲裁の役割を担ってくれるだろうから。



村井時計店は自宅も兼ねており、修理室の向こうは居住空間となっていて、まずリビングがあり台所がその奥にある。一階が三部屋、二階が二部屋だ。


ブラウンとラックスからの返答を待ち受けるデュカスは一階のリビングのソファーに腰を沈めグラスに注いだアイスコーヒーを飲んでいる。店は鍵を閉めて完全に閉店とした。


スマホのバイブが鳴り、通話に出るとブラウン国防大臣からだった。王族の会議とフェリル議会との話し合いが終わったようである。


《貿易の分野に限定してということなら国連における共闘は可能です。ギルバート氏との間でもスムーズに話し合いは進みこの面での協定が結ばれる運びとなりました》


「OK。充分です。あとは賢者会次第です」


《我々としては祈るのみです》


通話が切れるとリヒトが言った。

「プリンシパンの方は大丈夫だと見てましたが、賢者会の方はどうでしょう」


「もう出撃は決めた」


「そうなんですか?」


「ここまで来てやらない、はなかろう」


賢者会はどう出てくるか……と待ち受けていると、果たして電話がかかってきた。デュカスは驚きを隠せなかった。てっきりラックスからだと思い込んでいたのだ。


《ジェナルドだ》


なんと代表である。

「どうも」とデュカス。


《刑の解除というわけにはいかん。……が、もしお前が怪物を葬ったなら、国連に提出していたフェリルへのタバコ生産量削減要求は取り下げよう》


タバコ産業は故国の基幹産業のひとつである。近年の禁煙ファシズムによってフェリルは国際社会のなかで苦しい立場に追い込まれていた。


「ついでに禁煙ブームを後押しするのをやめていただきたい」


《……私も喫煙者だ。勘違いするな。賢者会の半数が喫煙者。タバコ関連の圧力はそれだけ国連機関や国際団体からの要請が多いからそうなっている。時代の流れだ。……そもそもだな、禁煙ブームを利用してフェリルに圧力をかけるなんぞ、そんなケチな真似はせん》


どうだか。胸でこぼすデュカス。賢者が吸ってるタバコってノウエル製が多くを占めてるだろうに。

「分かりました。その条件をのみますよ」


《一応釘を刺しておくがフェリルへの帰還は認めん》


「用事ができれば戻りますよ」


通話が切れた。すぐにブラウン国防大臣に電話を入れ、準備が済み次第そちらへ赴くと伝えるデュカス。相手はたいそう喜んでいた。実際のところ、デュカスの要求よりもずっと高いものを見積もっていたはずなのだ。


リヒトはほっとしていた。自分が何をするまでもなくデュカスの怪物処理が滞りなく決まったからだ。彼は徹底して拒絶される事態も覚悟していた。


「素人感覚で言いますと……よく引き受けましたね。A級が倒されたということは魔法が効かない可能性が高いと思われるのですが。目撃証言によれば放出系でしたか……それが弾かれたとか」


「いまのところはドラゴンの特性を当てはめてるのさ。ドラゴンの肉体は放出系を弾く……あいつらの生体エネルギーは半端ないからバリアの効果があるわけだ。しかし物理攻撃は効く。単純な打撃力、そして打撃による衝撃波は内臓や脳に届く。もともと攻撃魔法の進歩と発展はドラゴン対策にあるんだよ」


「ああそれはうっすらと話に聞いたことはあります。攻撃魔法というのはそもそもは遠隔攻撃のことを指していたと」


「うん。大昔は賢者の分野だったんだ。しかしドラゴンを相手にしたとき、そこで無力を知ったのさ。一方、フェリル一族は付き合いがあるから放出系が通用しないことを知っていて、物理攻撃に特化した技を磨いてきた。べつに敵対してはないんだが対等に付き合うためにな。彼らは彼らの種族のなかの戦いに生きている。その哲学に合わせる形でね」


「……ドラゴン族の哲学ですか? 初めて聞きました…… 僕的には物理攻撃というものについて、もう少し詳しく知りたいです」


「お喋りはおわり。……出る前にコーヒー飲んでおかないと」


「シュエルにもありますが」


「ん~、レベルが違いすぎるんでな…… 最後になるかもしれんし。飲んでから出撃の支度だ」


「何の支度です? 何でも向こうで用意してくれますよ」


「JTのタバコやレッドブルは向こうで正規には売ってないから持っていかんと」



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