2 来訪者の依頼

日本のX県X市には魔法界の連絡網とつながる秘密の無線基地局がある。通話とデータ通信を可能とさせるそのシステムは王族であるデュカスが国費を用いて作らせたものだ。


国連の下部組織である移民管理事務局を介しても可能ではあるのだがこちらはセキュリティの面で不安だったからである。


移民局から通知メールが届く前に、特務機関からの報告によってデュカスは故郷から三名の来訪があることを知らされた。とはいえ仕事中、とりわけ店番についている時はこちらでの名前、村井潔なので奇妙な感覚を抱かざるを得ない。


フェリル政府からの定時報告ではない通知は、公式なものとしては初である。これは緊急事態を意味していて嫌な胸騒ぎがする。ともかくも時計屋の営業はいったん停止。魔法界からの移民、魔法士デュカスとしての心の整理と準備がいるだろう。


修理室にいる養父源造に移民局からの通知の旨を伝え、入り口の扉に〈CLOSE〉の看板を出し、彼は来訪者を待つことにした。



魔法世界の一国プリンシパンの深い森の奥、怪物はひとりの男と対峙していた。若い二十代とおぼしき男が最初に口を開いた。


「俺に見つかるということは、いずれはここの連中にも見つかるぞ」


森に似つかわしくない黒のスーツと黒シャツ姿の男を見据え、怪物が言う。

「何の用だ。用件を言え」


「向こうでは大騒ぎなんだが。戻る気はないのか?」


「簡潔に言うとな……言わば主(あるじ)が変わったのよ。雇用主がな。新たな主に仕える身になった。そっちの王には伝わってるはずだ。お前が知らないだけのこと」


「……新たな主だと? 王は知っていると?」


「口にはできんことだからな。また王以外は知らない方がいいだろう」


「他言はせん。俺に教えろ。協力できるかもしれん」


「いや、お前には関わりたくない。そっちとはきっぱり縁を切ったつもりでいるんだ。俺のことは忘れてくれ」


「お前、うちの兵器なんだがな。そう勝手なことを言われても」


「王は知ってることだ。騒ぎはいずれ鎮まる。納得いかんだろうが、俺の立場から見てもお前はじっとしていた方がいい」


「見て見ぬふりをしろと」


「そういうの、必要だろ。重い立場なら尚のこと。組織に立てつく個人というものがどんな目に遭うか……お前はよく知っているはずだ」


若い男は押し黙った。


「お前は俺もデュカスも両方知ってる……ま、その点については利用できる場面が来ればこちらから何か頼むこともあるかもしれん」


「ずいぶん都合がいいな」


「俺には分かってるんだ。俺には先がない。いまが人生において最高潮の時期にあるってことがな。俺には失うものがない。交渉や取引を望んでるならそこんとこよく考えてから物を言えよ」


突然、空気が大きく揺らいだ。音を立てて黒い翼が若い男の背中で広がり、威圧に溢れるオーラが怪物に叩きつけられる。


「お前こそ誰にものを言っている?」


怪物が言った。

「ふ…… お前には無理だ」



扉の呼び鈴が鳴ったのは十四時を迎えた時だった。三人が村井時計店の店内に入るとその瞬間に結界が張られ、デュカスは正直なところ張られた結界のクオリティに感心した。三人はエルフも含めこちらの世界に合わせて一般的なダークスーツ姿である。


五十代の賢者が生み出すそれは一切の淀みや歪みがなく、印象として手に負えない威を感じさせるものだ。金髪の若いエルフを除いてはふたりとも顔を知っている人物だった。


「遠いところからようこそ」


賢者ではない方の初老の男が口をひらいた。

「突然の訪問をお許しください。私のことは覚えておいでですか」


「存じております。プリンシパンの国防大臣の方ですよね、王族の」


男は銀髪をうしろで束ね、恰幅のよい体格である。国家の重責を担う人物としての風格を漂わせていた。


「はい。ブラウンです。こちらは……」


彼がそう言って黙っているもうひとりを紹介しようとしたのだがデュカスがそれをさえぎった。


「副代表のラックスさん。何度か会ってます。……こちらへどうぞ」


デュカスは来客用のソファーセットに来訪者を導き、奥へと座らせ自分は入り口に近い席につく。金髪のエルフは人間たちとは距離をとり宙空にとどまっている。


「営業中に申し訳なく思います」


「緊急の事案なのでしょう、どうぞ用件をおっしゃってください」


沈痛な面持ちでブラウン国防大臣は語り始めた。


「我が国はいま、苦難におちいっております。昨日の午前のことでした。訓練のために森に入った戦闘系魔法士が消息を絶ちました。夜になってエルフからの目撃情報が届き、驚くべきことに……その兵士は怪物に食されたというのです。応戦したがまるで通じず、怪物は兵士を倒し、体内から胃袋のような器官を吐き出して兵士を包み込むと……それを体内に取り込んだのだと。いまはこの件で国全体が動揺しています。……亡くなった兵士は我が国のA級戦闘系魔法士アルバート。フェリル魔法学院を首席で卒業した人物です」


「……そうでしたか。残念ですね」


フェリルの王立魔法学院には戦闘系魔法士専門の養成訓練・教育部門があり、他国の若年層を受け入れている。


「アルバートは我が国最強の戦士でした。他にA級は二名おりますが、アルバートとの実力差は歴然としております」


うちが受け入れたってことは飛び抜けていたということだよ、とデュカスは胸のうちでつぶやく。


「政府としては討伐隊を準備していたのですが国連に止められてしまいました。万が一、吸収されて怪物が増強するような場合には取り返しかつかないと」


デュカスはため息をひとつついた。

「だから賢者会は動かんと。捨て駒としてデュカスが適任だと」


「我々は捨て駒などとはまったく思っておりません。あなたならどのような怪物であれ葬ることが可能だと確信しています。どうか我が国の苦難をお救いいただきたい」


話はわかった。わかったけど納得いかん。そうデュカスは腹を立てていた。


「俺の派遣は賢者会の指示でしょう? 賢者ラックス、なぜそう言わない?」


賢者は沈黙を維持していた。


「危機を救わずして何が最高権力機関かね」


ようやく口をひらく賢者会副代表ラックス。


「賢者が食われてバージョンアップされても困る。そうなっては世界の終わりだ。……賢者会としてはお前がプリンシパンの要請を受ければよし、受けなければこちらから命令を出すまで」


ラックスの言にかぶせるようにしてブラウンが懇願した。

「デュカス王子、我々にはあなた以外に頼る術がない」


賢者会がそういう状況にしているわけですから。デュカスはそう言いたかった。しかし彼に言っても無意味だ。六つの国家の寄り合い所である国際連盟を支配する最高権力機関、それが賢者会だ。反駁の立場をとるフェリルを除けば賢者会の指示は絶対だった。


「ならば条件がふたつあります。ひとつ目は貴国が国連の場において常にフェリルと歩調を合わせること……これは常識の範囲内でということです。ふたつ目は賢者会に。俺の追放刑の解除を求める。これは俺が怪物を倒したらということ」


「それは本国に持ち帰らないと……ここで即答はできかねます」


「ええ。この件についてはうちの議会とも話し合って政治的に可能な範囲に擦り合わせを行ってください。……ギルバート議長に連絡入れときます」


ギルバートは故国フェリル議会の議長であり、現在のフェリルにおける行政の長である。


デュカスはスマホを取り出すと素早く操作を行い、怪物処理を請け負う上での条件について話し合いの準備をしておく旨のメールを作成し、すぐに送信した。


今回の件や依頼の全体像は向こうも分かっているはずである。送信を済ませると次は賢者に問うデュカス。


「ラックスさんは?」


「代表が決めたことなので代表次第だ。そもそも五人は最初から追放刑に意味はないと主張してきた。そこのところはお前も知ってるはずだ…… ま、解除は無理だ。高すぎる条件と言うほかない」


「こちらとしても、解除されたといってすぐ帰還というわけにはいかないんだが、やはり刑だと気分がわるい。もう二年が過ぎた。充分じゃないかな」


「一応、代表にはかけあってみる。期待はするな」


「……ジェナルドに伝えてくれ。俺を捨て石にして攻略法を見つけようって魂胆の浅ましさに気づけとね。いつか後悔することになるかもよって」


「……結論は出んか。個人的にはいい機会だと思うんだがな。国連であれどこであれ、向こうの世界でお前くらい評判のわるい人間はいない。評判をよくするのも国益に通じるのではないかな」


賢者らしい物言いである。ならばとデュカスも応じる。


「知ったことか。戦いのなかに生き、それをまっとうするのが本来のフェリル王族のあり方だ。親父がおかしかっただけでな」


挑発的な発言をいなし、賢者ラックスはデュカスを無視するようにして話を切り替えた。


「……ところで別の目的もあってここへ来たのだ。気になることがあってな……」





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