小さな思い出
清々しい朝だ。
……ルピナスにとっては。
(今日も学校があるのに)
結局、僕はというと必死に目を閉じてはみたものの緊張しすぎてほとんど眠れないまま夜が明けた。親代わりとも言えるルピナス相手にこの体たらく……いや、ルピナスだからこそなのかもしれない。
ともかく、日が昇ってしまったものは仕方がないのだから、朝飯の準備をしなければ。
そう思いベッドから身を起こす。既に僕の隣にルピナスの姿はなかったが、それはいつものことだ。彼女は起きる時間が僕より早い。そのため、僕が起きていると悟られないようにするのは骨が折れた。
「おはよう……」
「おはよう。どうした、眠れなかったのかな?疲れているように見えるけど」
ルピナスが手先で花をいじりながら意地の悪い笑みを浮かべてからかっている。
……バレてたか。
「いやぁ……誰かが突然抱きついて来るものだから焦って」
もちろん嘘である。間違っても意識しているなどということが露見してはいけない。
「嘘だ!そんなことはしていないぞ、そもそも君が手を握って――――――」
え、もしかしてあの時起きてた?それだったらなんでわざわざ寝たフリなんか……。
「……まあいい。この花を一輪あげよう」
どうやら今の一瞬で昨日の夜の出来事は無かったことになったらしい。
僕としてもその方がありがたいので、無言で頷いて差し出された花を受け取る。
とても鮮やかな橙色で、茎がとても太くしっかりしていた。
「その花はカランコエというらしい。乾燥した地域でも育つパワフルな花だよ」
カランコエ、カランコエ……。好きな響きだ。僕は花については疎いし、花言葉なんて門外漢もいい所だが、何となく悪い意味は持たない花なのだろうなと感じた。
「私は花が好きなんだ。というのも、このルピナスという名前も花に肖って名付けられたものでね」
なるほど。今度花屋に寄ってみよう。
「花言葉は想像力……貪欲、だったかな?私らしいと言えば私らしいな」
「確かにそうかもね。いつも文句ばっかり言うし」
「うるさい」
「ほら」
そう言うと彼女は黙り込んでしまった。このチャンスを逃さず朝飯の準備に取り掛かろう。
……おっと、とりあえずこのカランコエは水を張ったグラスにでも差しておこう。そのうち、花瓶を買いにいくべきかもしれない。
料理を作っていると、いつもより遅く朝の鐘の音が聞こえてきた。
そういえば今日は起きるのが早かった。今度からはこの時間に起きるのも良いかもしれないと感じる。
今日のように、彼女と他愛もない会話が出来るのなら――――――。
カランコエの花が、水に濡れて輝いていた。
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