僕の安らぎ
「ただいま」
家の扉を開けると、彼女が首を長くして僕を待ち構えていた。
「ずいぶん遅かったじゃないか。お陰で死にそうだよ」
「……まだ、夕方なんだけど」
今日のルピナスは研究が上手く行ったのかもしれない。そういう日はこうやって僕を待っていることが多いからだ。
逆に、研究が不調の時はずっと部屋に篭っていて僕が呼ぶまで出てこない。
「細かいことは気にしない。さあ、早く!」
「はいはい」
夕方に作るのは辛めの料理だと(ルピナスが勝手に)決めているので、どれを使おうかと香辛料を手に取る。
「……そういえば、なんだけど」
ふと、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「痣持ちはなぜ迫害されてるんだろう」
言った後で、すぐに後悔した。
暗い話題は出さないようにしていたのに、アゼルのことで苛ついていたのか聞いてしまった。
「それは昔痣持ちの罪人がいたからだよ」
「えっ、そうなの?って……ごめん、こんなこと」
「いや、いい。知っておく価値はあるさ。料理しながらででも聞いてくれ」
ルピナスの声色が珍しく真剣味を帯びているため、僕も気持ちを入れ替えて話を聞くことにした。釘を刺されたため料理の手は止められないが。
「数百年前に何人もの痣持ちの人間が大事件を起こした。それで国が荒れてしまってから、痣持ちを敵視する者も多くなった」
「痣持ち全員が罪人でもないのに」
「元々、痣持ちの人間は何かしらの分野に秀でていると言われていてね。それは芸術かもしれないし料理かもしれない。たまたま、謀略に長けた者と魔法に長けた者が出会った。そんな感じだろうね」
「それ以来、痣持ちはその才能を悪用すると思われるようになったのさ。だから今でも抑圧しようとする動きがある」
話を聞いたら余計に腹が立ってきた。
僕はその罪人とは何の関係もないし、そもそも痣はあるけれど特別秀でた才もない。何もかもが嘘っぱちだ。
そしてそれと同時に、1つの疑問が浮かんだ。
「ルピナスは僕を拾って、目をつけられたりしなかったの?」
僕は5歳を過ぎた頃から、手の甲に痣が浮かんできた。
すると、それまで優しかった両親が急に冷たく当たるようになって、やがて僕を捨てたんだ。きっとそれは、僕という存在が権力者との間に不和を生むと思ったからなんだろう。
そうだとしたら、僕を迎え入れたルピナスはどうなのだろうか。僕のせいでルピナスも迫害されていないだろうか、それだけが気になっていた。
「ああ、それは問題ないよ。私も”痣持ち”だからね」
「えっ、そうなんだ……」
確かに、そうなら痣持ちが1人増えたところでどうということはないが……。
ルピナスの手の甲には痣がない。
「ああ、私の手の甲に痣がないと思っているな?」
「そ、そうだよ。どうにかして隠してたり?」
「いやいや。痣は人によって出る場所が違うんだ。当たり前だろう?」
盲点だった。
じゃあ足の裏に痣ができる人もいるわけだ。気づかれにくくて少し羨ましいかもしれない。
「じゃあ、ルピナスはどこに?」
「私は……、腹のあたりにあるんだ。少し恥ずかしいからあまり見せたくないけど」
ルピナスだって女性だ。人に無闇に肌を晒したくないというのは当然だろう。
僕もそのあたりは流石に弁えているので、話を切り上げてご飯を食べることにする。
ところで、辛いものを食べるときのルピナスはいつもと違う顔を見せる。表情が緩んで、少しかわいらしくなる。僕も初めの頃はドキッとしたものだ。
もう慣れ……てはないかもしれないけど。
「美味しかったよ」
今日は珍しく、ルピナスから文句が出なかった。それは僕の料理が1つ上のステージへ上がったということに他ならず、少し気持ちが舞い上がってしまう。
まあ、この後は洗濯物を取り込んで、水浴びをして寝るだけだから、多少の気の緩みは問題ないだろう。
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さて。
どうして僕の隣でルピナスが寝ているのか。
それは少し前に遡る。
『ゼル!一緒に寝よう!』
急にルピナスがやってきて。
『いいじゃないか、たまには。家族なんだから』
もちろん抵抗したが抑え込まれてしまった。横暴だと思う。いや、確かに、10歳ぐらいまでは毎日一緒に寝ていたけど。
そして現在、ルピナスは僕の隣で寝息を立てている。
(寝られるかな……。)
恥ずかしいことに、10年経っても僕はルピナスを家族だからと割り切ることが出来ずにいる。
というか年を追うごとに嫌でも意識させられてしまうようになった。
出会った頃から変わらない若さに艶のある青髪。まるでずっとルピナスの周りだけ時が止まっているようだ。
「ゼル……」
「ひゅっ!?」
急に名前を呼ばれて変な声を出してしまった。
しかも近い。まさかまだ起きていたのか、もしかすると意識してることがバレた!?
「君は……の、安……ぎ……」
……どうやら寝言だったらしい。
(君は、私の、安……)
安らぎ?それは、僕にとってもそうだ。
「ルピナス……」
あなたのお陰で僕がいる。
あなたが僕にとっての幸福そのものなんだ。
ひっそり手を繋いでみる。彼女の手はどこかひんやりとしているが、とても暖かかった。
(もう少しだけ、このままで……)
窓からわずかに差し込む月明かりだけが、僕たちを見ていた。
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