僕にとって
その日は、朝の鐘の音で目が覚めた。
「いい天気だ」
昨日までの大雨が嘘のような快晴。
天からの光を浴びるのも、長らく無かったように思える。
そのせいか昨日は懐かしい夢まで見てしまった。
もうあの日から10年は経つ。
とある事情から捨てられた僕を、今の家族
――――ルピナスが受け入れてくれた。
闇を連想させる漆黒の外套と、振る舞われた激辛料理は今でも記憶に残っている。
(……絶対、子どもに食べさせるようなものじゃなかったよね)
結局、1口で涙が止まらなくなりギブアップした。(振る舞った当の本人は軽く2、3個は平らげていた)
「お~いゼルぅ~、ご飯はまだかな~~?」
……どうして、こうなったのだろうか。
「もうできるから待っててよ、ルピナス」
今では僕が料理を作る側だ。
普段は自分の部屋にこもりきりで研究(本人談。実際に見た事はない)をするルピナスは、家事を学生の僕に一任している。
「おまたせ、朝だから軽めにね」
白パンに薄切りベーコンを2枚、つけあわせにサラダとイチゴを用意した。
「遅いぞ、ゼル」
ゼルとは僕の名前を端折ったもので、ゼルニウスというちゃんとした名前が僕にはある。
とはいっても、これも彼女からの貰い物だ。
「文句言うならもうエンチラーダ作ってあげないよ」
「それだけはやめてくれ。この通り」
彼女は自分で作れるだけあって激辛料理が好物で、それを盾にすることで多少の文句は飲み込んでくれる。
「わかってるよ。じゃあ、食べようか」
食前の挨拶を終えると、白パンに手をつける。
よく焼けていて、ほのかな甘みがありこれだけでも充分に食べられる。
しかし、真価を発揮するのはベーコンを挟んだ時で……。
(うわ、少し焦げてるな)
どこが悪かったのか僕が考える間、ルピナスが口を挟んでくることは決してない。
そもそも、彼女は時間の早い遅いにはうるさいが僕の料理の出来には言及することはそう滅多にない。
唯一の例外が激辛料理である。
その時だけは辛さが足りないだの辛すぎるだのやたらと文句をつけてくる。
もっとも、僕は激辛料理に関しては彼女に大きく水をあけられているし先駆者のいいアドバイスだと思って聞き入れているが。
「じゃあ私は部屋に戻るよ。ゼルは学校だろう?」
「うん。いつも通りの時間には帰ってくるから」
軽く頷くと彼女は自室へ入っていった。
僕はというと食器の片付けをした後に洗濯物を干し、さらに学校に行かなければならない。
もう慣れたが、初めのうちは苦労したものだと数年前を振り返る。
ちょうどその辺りからルピナスは料理を一切しなくなった。以前は、僕に料理を教えながら作っていたのだ。
理由を尋ねたことはないが、研究に専念したかったからなどと言って茶を濁されてしまうだろう。
(憂鬱だ)
ところで、この国では12歳を越えた男は最低でも6年間教育を受けなければならない。
主に軍事訓練や戦術論だが、素質があると認められた者は魔法の教育を受けられるらしい。
もちろん、僕にそんな才能はなかった。
しかし過去には女性ながら魔法の才を開花させ首席で卒業した人もいると聞いたことがある。
女性は教育の義務こそないが、希望者は男と同じように受けることができる。
まったく特別扱いなどはされないため、希望者は体力に自信がある者と物好きの二種類しかいない。
生粋の男性である僕が学校を厭う理由は、単純に勉強が苦手だということもある。が、もちろんそれだけではない。
「おい、”痣持ち”。邪魔だ」
これだ。僕はこれが嫌なんだ。
突然背後から蹴り飛ばされ、躓きそうになる。
「目障りなんだよ、消えろ」
そう吐き捨てて去っていくあいつはアゼルという、この国の富豪の息子で学校で幅を利かせている嫌な奴だ。
特に、”痣持ち”と呼ばれている僕は目の敵にされているようで、顔を合わせる度に暴力に遭う。
僕がなぜその様に呼ばれているのかというと、右手の甲に刻まれた茨のような痣が原因だ。
この国では大きい痣を持っている者を”異端者”とし、抑圧しようとする派閥がある。アゼルはその家系なのだ。
権力者に睨まれている僕に関わってこようとする物好きが居るはずもなく、ただただ面白みのない授業を受けるだけで一日が終わる。
だから、僕にとって生きているということは他でもなく、家でルピナスと過ごす時間だけを指していた。
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