彼にこだわる理由──赤井葵
誰もいない帰り道。日が傾き始め、木々は裸になり殺風景と化していた。
その中、わたしは1人で駅まで歩いていく。
ふかふかのマフラーに手袋をつけて防寒しているはずなのに、風が吹く度に寒気がした。
『嫌いだよ』
細川君に言われたその言葉がずっと頭の中から離れないでいた。
嫌い……わたし嫌われちゃったんだ。細川君に……。
今更後悔しても遅いって分かってる。でも、出来るなら1ヶ月前。あの時に戻りたい、と思ってしまう。
わたしが来ないでって細川君を拒絶しなければ……こんなことにはなってなかった。
ごめんって言って謝ろうとしても、細川君の地雷に触れたように話を切り上げられてしまった。
わたしが結衣と仲が悪くなって落ち込んでいた時、ちゃんと気持ちを伝えれば許してもらえる。と言ってわたしを慰めてくれたのは細川君なのに──わたしの気持ちはちゃんと伝わんなかったのかな……。
今でも一人で帰っていると、わたしの隣で笑っている細川君を思い出すことがある。あれだけほとんど毎日一緒に帰っていたら、嫌でも忘れれるはずがなかった。
物思いにふけていると、駅に着いた。改札をくぐりホームに入る。
下校時間がズレているためか、学生の姿は見当たらなかった。それどころかがら空きだった。
「あ、葵じゃん」
右手でスマートフォンを操作しながら電車を待っていると横から声をかけられた。
「あ、優希。今日も部活無かったの?」
横を見ると優希がイヤホンを外していた。
「あるっちゃあるけど、最近膝痛めちゃって病院に行くところ」
「膝大丈夫?」
「うん、もう少しで治るってお医者さんも言ってたから」
「ならいいけど……」
わたしは持っていたスマートフォンをポケットの中にしまい込んだ。
いつもならわたしから話しかけるんだけど、今日は特に話す気になれなくて静かな時間が続く。
無言でいるわたしたちの空間を切り裂くように電車がやってきた。わたしたちは電車に乗り込む。
最近、細川君と帰らなくなってから優希とばったり出会うことが多くなった。特に時間を決めているわけじゃないんだけど、わたしがホームに着くと優希はだいたいベンチに座っている。
今までほとんど合わなかったから珍しいなとは思ってたけど、部活に行けないなら……と納得した。
「今日の葵元気ないけどどうした?」
窓の外をぼんやり眺めながら電車に揺られていると、隣に座っていた優希に声をかけられた。
「そうかな……?」
わたしは作り笑顔で答える。
「うん。いつもなら話題くれるのに今日は全然くれない」
「たまたまだよ、ほら、最近一緒に帰ること多いからさ話すことも無くなるって言うか……」
「本当か〜?」
と言って、優希は顔を覗き込んできた。
顔をじろじろ見られると緊張する。わたしは俯いた。
「やっぱり、なんかあったよ。小中同じなんだから、葵のこと結構わかってるつもりだけど? 葵ってすぐ顔に出るから」
「そうかな?」
わたしは俯いたまま答える。
「うん。もしかして前まで一緒に帰ってた男子となんかあった?」
優希の口から思わぬ言葉が出てきて、わたしは目を見張る。
「やっぱり、図星。すぐわかる」
と言って優希が笑う。
「そうだよ……わたしが男子と一緒に帰ってたってなんで知ってるの?」
「葵に初めて声をかける前から、たまたま帰りの時間が同じになったことが数回あって、葵が男子といるの見ちゃったんだよね」
「声かけてくれればよかったのに……」
「男子といる所を邪魔しちゃ悪いでしょ? だから、葵が一人で帰っているところを見かけて声掛けたってこと」
「そういうことね」
「うん。でも、今葵が一緒に帰ってないってことは、もしかして別れた……?」
優希が顔色を伺うように探りを入れてくる。
「もともと付き合ってるわけじゃないから」
「え!? そうなの? ずっと葵の彼氏だと思ってた」
優希の顔を見ると、本当に驚いているようだった。
「それで、何があったの? 俺でいいなら話聞こうか?」
「ありがとう」
優希は話しかけやすいようになるべく明るく接してくれているようだった。
「実は、その男子に嫌われちゃって……」
「それって葵の思い込みじゃなくて?」
「思い込みじゃないよ……直接嫌いって言われた」
「そっか。それだから落ち込んでたのか」
「うん……」
「でも、嫌いって言われたなら友達とかやめればいい話じゃないの? 嫌いって直接言う人なんて失礼でろくな人じゃないと思うんだけど……」
「それは……」
わたしは言葉に詰まる。
それは違う。細川君は失礼な人なんかじゃない。ちゃんと相手の気持ちを考えてくれてた。冷たいときの細川君だって、夏だけど風邪をひいてるわたしを気遣って温かい飲み物を持ってきてくれたり……細川君は優しい人だった。でも……今の細川君は今までの冷たい細川君とは別の冷たさを持っている気もした。
「それは?」
優希が次のわたしの言葉を待ってくれていた。
「わかんない……いままでわたしが知っているその子とは少し違くて……わかんないよ……でも、その子とは仲直りしたい。今のままで居たくないよ……」
「そっか。じゃあさ、葵がその男子にこだわる理由って何?」
わたしが細川君にこだわる理由……今までは単純に細川君の特殊な力を知っていて、協力するだけの人だった。でも、細川君に協力しなくていいって言われた今、わたしが細川君にこだわる理由は何なのだろう。 なんで、嫌いって言われてまで細川君と仲直りしたいって思うんだろう。細川君の冷たさにわたしは何度も傷つけられてきたじゃないか。泣かされたじゃないか。
細川君は普通の人とは違って特殊な力まで持っている。面倒くさいに決まっている。目を合わせるだけで意識を失うし、もう二度と思い出したくなかったおばあちゃんが亡くなる過去だって見せられた。辛い過去も沢山見てきた。
それに、わたしも勘違いで細川君を傷つけた。細川君はわたしのことが好きだったはずなのに……最低だ。わたしが自ら拒絶しちゃうなんて……でも、細川君と仲直りしたいって思ってしまう。1度崩れた信用とか友情とかは完全には戻せない。今まで積み上げてきたものが、たった一度の失敗で崩れてしまうことは分かっていた。
それでも、わたしが細川君にこだわる理由……細川君じゃないといけない理由。
その答えは簡単だった。わたしは辛さ以上に細川君と過ごす日々に楽しさを感じていた。毎日一緒に帰ったり、ぎこちないメールでやり取りしたり、時には花火大会でばったり会っちゃったり、部屋で勉強会したりして……わたしはまたあの頃に戻りたいと願っていた。あの頃の何気ない日常に……。
これだけ、離れていてもやっぱりわたしは細川君が好きだ。細川君と話せなくなってから、わたしの日常は色あせた。わたしの中の楽しみが奪われたみたいで……わたしの心の中には大きな穴が空いた。
「何も言わないけど、どうした?」
優希が窓の外を眺めながら呟いた。
「ううん。見つかったの、わたしがその子にこだわる理由が」
「そっか、その子と仲直り出来るといいね」
「うん。頑張ってみるよ」
そこからは何も言わずにわたしたちは電車に揺られながら、外の景色が変わるのをただひたすらに眺めていた。
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