嫌われることの意味──細川夜

 僕は呆然と赤井さんの過去を見ていた。

 過去の赤井さんは泣いていた。そして、視界の先にいる赤井さんも。

 幸いなことに、学校から出てくる生徒は誰もいなかった。

 僕はどうすればいいかわからなかった。とりあえず赤井さんの所へ行こう。と思った。


『来ないで』


 数歩歩いたところでさっきの赤井さんの言葉が蘇る。僕は思わず歩みをとめた。

 赤井さんは何か勘違いをしている。僕の好きな人が赤井さん以外の誰かだと思っているのだろう。誤解を解くためには赤井さんに僕が好きなのは君だと伝えれば良いのだろうか。

 でも、目の前の赤井さんは泣いている。赤井さんのおばあちゃんが死んだ。その揺るぎない事実は赤井さんを絶望の淵にたたき落としていた。

 僕は1度味わった絶望感を再度赤井さんに味あわせてしまった。

 全て僕のせいだ。僕が赤井さんと仲良くして……気軽に話して……協力してくれていることをいいことに赤井さんに近づきすぎたせいだ。今まで通り冷たく接していれば……こんなに深く関わらなければ……赤井さんが嫌な思い出を振り返す必要もなかった。

 ましてやなんだ。これで赤井さんのことが好き? とぼけるな。赤井さんにここまで嫌な思いをさせておいて、泣かせておいて挙句の果てに好きとか何様だ。

 この状況で赤井さんに好きとか伝えることが出来るはずもなかった。


『特殊な力は周りの人を不幸にする』


 いつかのおじいさんが言っていた。やっと意味がわかった。人を不幸にするとはこの事か。今思い返すと、赤井さんに見せてきた過去はどれも良いものではなかった。悪いことばかり起きていた。なぜもっと早く気がつくことが出来なかった──いや、気づいていなかったと言ったら嘘になる。僕自身も薄々気づいていた。

 僕の力のスクリーンには辛い過去しか映らないことに。

 でも、僕は辞めなかった。いつしか僕自身が赤井さんと仲良くなることに嬉しさを感じていた。


 カラスが鳴いている。オレンジ色だった空も段々と日が落ち始め、三日月が光を帯び始めていた。

 僕は赤井さんに背を向け、1人で歩き始める。

 ここで赤井さんを置き去りにしたら確実に嫌われるだろう。今まで積み上げてきた、信用とか友情とか……とにかく赤井さんに対するもの全てを失うことになる。

 でも、こうした方が良いと思った。

 赤井さんに嫌われよう。これで、赤井さんと関わることは無くなる。赤井さんにこれ以上不幸な目を合わせなくて良くなる。

 自分のためにじゃない。赤井さんのために……。

 昔みたいに、冷たく接するだけだ。みんなと同じように冷たく接するだけ……。

 自己暗示をするように深呼吸をして心を落ち着かせようとする。

 でも、気を抜くとすぐに赤井さんの笑顔が頭の中に浮かんでくる。目にかかりそうな前髪を華奢な手で避けている赤井さんの顔が……。

 それに、僕の体はまだ赤井さんの温もりを覚えていた。抱きしめた時。抱きしめられた時。赤井さんの体温を忘れるはずがなかった。

 赤井さんのことを思い出し自己暗示が解けた途端、ズキリと胸が痛む。

 本当は嫌われたくない。好きな人に嫌われるなんて嫌だ。でも、どうすることも出来ないんだ、今の僕には。

 もしこの特殊な力を持っていなければ……僕が普通の男子高校生だったなら、赤井さんを不幸にしなくて済んだのだろうか。赤井さんと今まで通り仲良く接することが出来たのだろうか。と考えてしまう。未練たらたらだ。

 僕と離れた方が赤井さんは幸せになる。赤井さんのことは忘れろ。自分に無理やりそう言い聞かせた。

 僕はポケットからスマートフォンを取り出し、メールの画面を開く。

 アドレス帳には赤井さんのアドレスしか載っていない。結局は赤井さん以外の誰も追加する気にはなれなかった。

 僕は震える指で、設定画面を開く。


 『アドレス削除』


 画面にはごみ箱のマークが映っている。これで、赤井さんのことを忘れられるはずだ。

 消したらもう仲直りは絶望的。本当にいいのか?

 心の中で葛藤を繰り返しながらも、僕はゆっくりと削除ボタンを押した。


 『登録されている連絡先はありません』


 画面に無機質な文字で表示された。

 消してしまった。これでもう後戻りはできない。赤井さんと仲を直すのももう不可能だろう。

 でも、これでいいんだ。赤井さんが幸せになれるなら。

 帰り道、僕はもう二度と赤井さんの方を振り返ることは無かった。

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