辛い過去と透過病──赤井葵
真っ白な視界が段々と晴れていく。
わたしはまた自分の部屋にいた。
ベッドに寝ているわたしを無理やり起こすように小窓から朝日の眩い光が顔を照らす。
わたしは目を擦りながら、しぶしぶベッドから抜け出した。
かけてあるカレンダーが目に入る。3年前の12月のページだった。
また細川君の力で過去を見てるんだな、とすぐに気づいた。
3年前。つまり中学2年生のわたしは自分の部屋を後にした。
階段を降りリビングに入る。すると、お母さんが電話の受話器を握っていた。
「はい。はい。そうですか……今までお世話になりました」
お母さんが神妙な声で返事をする。
過去の話だから当たり前だけど、デジャブだ。見たことがある。確かこの後、おばあちゃんが亡くなったって……。
話が終わったのか、お母さんが受話器を静かにそっと置いた。
「おばあちゃん……今朝亡くなったって……」
いつも笑顔なお母さんが珍しく泣きそうになっていた。
知っていたはずなのに、再び悲しみに打ちひしがれた。これから、3年前と同じ悲しみをまた味わうことになるなんて。
母方のおばあちゃんだった。わたしのお母さんからしたら、今まで育ててきてくれた母親だ。お母さんが悲しむのも無理はなかった。
おばあちゃんはわたしがまだ幼稚園や小学校にいた時よく遊んでくれた。絵本を読んでくれたり、テレビを一緒にみたり、商店街にお菓子を買いに行ったりした。
おばあちゃんは裁縫がとても上手かった。わたしの誕生日の時は必ず覚えていて、小物入れやハンカチを作って渡してくれた。どれも丁寧に作られていて、今でも大事に使っている。
でも、おばあちゃんとの楽しい日々もそう長くは続かなかった。
おばあちゃんが亡くなる2年前。冬に80歳の誕生日を迎えた次の日、おばあちゃんは謎の病にかかった。特別に痛みはないらしい。体がだんだん透けていく。肌が透けて見えなくなっていくとかでは無い。実体そのものが透けて無くなっていく。まるで、神に召されるように。そして最後は実体が跡形もなく消えていく。それがおばあちゃんの病気の症状だった。
後に調べると、
お母さんはわたしが学校に行っているあいだに何件も医者を訪ねて回った。でも、どの医者にも治療の見込みはないと言われた。そもそも、原因が分からない謎の病を治すのは不可能とまで言われた。
医者が言うように実際のところ原因は分からなかった。それに、今までに透過病と診断された人は3桁いるか、いないかくらいだった。
1ヶ月間医者を訪ねること数十件、透過病を研究するために入院して欲しいと言う医者が現れた。おばあちゃんの体で試験的に治療を行いたいと言われた。
お母さんも最初は躊躇った。でも、おばあちゃんがわたしの体で将来の役に立つなら。どうせ、治療の見込みはないんでしょ? と言うのでしぶしぶ受け入れることにした。
入院初日。このペースで体の透過が進むなら、おばあちゃんの余命はわずか1年だと宣告された。
当時のわたしは信じられなかった。おばあちゃんがあと1年しか生きられないなんて。
おばあちゃんが入院している病院は青空駅から比較的栄えている終点に向かう途中にあった。
わたしは、週末になると毎週必ず1回はおばあちゃんの入院している病院に訪問した。
おばあちゃんは個室の病室にいた。ベッドとテレビと小さな机に白い花が置かれているだけの白い無機質な部屋だった。
その空間の中、ベッドの上でおばあちゃんは一日中過ごしていた。裁縫をしたり、読書をしたり、テレビを見たり、窓の外を眺めたりしていた。
「葵。今日も来てくれたのかい。勉強は大変じゃないかい?」
おばあちゃんはわたしが訪問すると必ず、わたしの勉強とか学校生活のことを心配してくれた。
「大丈夫だよ。はい。これお土産ね」
わたしは来る途中で買ってきたまんじゅうをベッドの横にある机の上に置く。
おばあちゃんの体にはよく見る治療用の透明なホースがついているわけでもなかった。ただ、毎日19時になるとお医者さんが注射を打ちにくるそうだ。
「ありがとう。無理しなくてもいいのよ」
「無理してないよ。おばあちゃんのほうこそ大丈夫?」
「私は大丈夫だよ」
おばあちゃんはわたしを不安にしないためにいつも笑ってくれた。
おばあちゃんが入院して1年くらい経った頃、おばあちゃんはまだ生きていた。でも、体の下半分は既に消えていた。どうやら足先から体は消えていくらしい。
医者からは奇跡だと言われた。1年間生きても死なないなんて。
今まで布団を掛けていたから気にしたことなんてなかったけど、いざ消えている体を見ると恐ろしかった。死を身近に感じた。
それ以来おばあちゃんに会うのをやめた。会う度におばあちゃんの体が少しづつ消えているのを感じる。それが嫌だった。おばあちゃんが死ぬまでの過程を見ているようで。
結局最後まで会うことは無かった。だから、おばあちゃんが亡くなったと聞いた時、当時のわたしが受ける悲しみも半減していた。
通夜と葬式は病院から電話が来た次の日から2日にかかり行われた。
おばあちゃんの実体は消えてもうこの世には存在しない。だから、火葬すら出来なかった。遺骨も何もかも残らなかった。
通夜と葬式には今まで見たことない親戚の人も沢山来た。お母さんもみんなの前ではなるべく泣かないように心がけていたんだろう。けど、家に帰ると夜遅くリビングに1人で泣いていた。
わたしも、たくさん泣いた。けど、思っていたよりも泣けなかった。わたしが泣いていたらお母さんを心配させてしまう。お母さんの方が辛いはずなのに。と思った。
葬式が終わった翌日お母さんが病院から荷物を回収した。
「はい。これ。手紙と一緒に机の上に置かれていたわよ」
お母さんが便箋と星と三日月がついたヘアピンを渡してくれた。
なんだろう。リビングで開封するのはなんだか恥ずかしくて、わたしは自分の部屋で手紙を開封した。
あおいへ
多分私はそろそろ死にます。体も7割近く消えました。残っているのは手と頭と胸の上の部分だけです。時期に手も消えて、文字も書けなくなる。
まず最初に、学校生活頑張ってね。あおいは出来る子だと信じてる。だから、何事にも全力で取り組んで。あおいは自信がない子だから、少しくらい自分に自信を持ちなさい。あおいは優しい子。私が入院した当初も毎週お見舞いに来てくれて本当に嬉しかった。途中から来てくれなくなっちゃったけど、きっと何か理由があるんだよね。あおいには人の些細な変化でも見分けれる力があると思ってる。だから、困っている人や落ち込んでいる人がいたら声を掛けてあげてね。
疲れていたら少しは休憩してもいいんだよ。あおいは張り切りすぎちゃうから。空回りしちゃう。適度な休憩も大切です。
あと、愛する人を見つけなさい。必ずあおいのことを愛してくれる人がいて、あおいもその人のことを大切にしたいと思う心があれば必ず成長する糧になるから。お互いに理解し合うことは難しいかもしれないけど、その分相手のことを考える。他人のことを大切にしたいと思うことが出来るはずです。
最後に、心残りがあるとしたらあおいへの誕生日プレゼントを私自身で渡せないこと。多分わたしが死んでからすぐ誕生日がくるよね。だから、手紙と一緒に手作りのヘアピンを送ります。
誕生日おめでとう。今までありがとう。さようなら。
わたしは静かに手紙を閉じた。
涙がどっと溢れる。涙が止まらない。
おばあちゃんに会いに行けば良かった。なんで、最後まで会いに行ってあげなかったんだろう。おばあちゃんは一人病室でわたしが来るのを絶対に待っていた。孤独だったはずなのに、どうして……。
おばあちゃんの死なんて受け入れたくない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
現実から逃げ出したい。戻れることなら過去に戻っておばあちゃんに感謝の気持ちを伝えたい。ありがとうってたくさん伝えたい。でも、もう出来ないから……。
わたしは自分の部屋で1人、赤子のように声をあげて泣いていた。涙が枯れて、最後の1粒が零れ落ちるまで。
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