恋心と苦悩──赤井葵

 課題テストも終わり2学期が始まってから1ヶ月ほど経っていた。

 真夏の暑さはいつの間にかなくなり、木々も紅く染っている。

 昼休み。学校の中庭でわたしは結衣とご飯を食べていた。


「最近の細川君明るくなったよね」


 と結衣がわたしに話しかける。


「うん。最近みんなと話しているところちらほら見かけるようになったよね」

「葵のおかげかな? 最近細川君とよく一緒にいるよね」

「わたしのおかげではないと思うけど……最近は細川君と一緒に帰ってる」


 夏休みが明けてから特に約束をしているわけじゃないけど、細川君が靴箱で待っていてくれて一緒に帰ることが多くなった。だから、わたしも細川君がいない時は待つようになった。


「で、実際のところ付き合ってるの?」

「付き合うとか全然……細川君の気持ちとか分からないし……」

「一緒に帰ってても付き合ってないのかー。せっかく葵の惚気話が聞けると思ったのに」

「惚気話とかないもん」

「へぇ。まぁ早くしないと細川君誰かに告白されちゃうかもね。彼かっこいいし。実際のところ今まで性格が冷たすぎてダメだったけど、性格が良くなったら最高の物件よね」


 結衣の言葉に胸が痛む。

 細川君が誰かに告白されるかもしれない。

 今まで考えたこともなかった。もし細川君に彼女が出来たらわたしは、一緒に帰ることも、これまでみたいに話すことも出来なくなるのだろうか。

 そんなの嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 そもそも、わたしは細川君のなんなのだろう。細川君はわたしのことをどう思っているのだろう。

 わたしは、細川君の特殊な力の謎を解き明かすための協力者であってただの友達……。友達でしかない。

 細川君に彼女が出来たらその子を優先するだろうし、わたしはどうすればいいんだろう。


「葵…? どうかした?」


 結衣が心配そうに顔を覗いてくる。


「もし……細川君が告白されて彼女が出来たらわたしどうなっちゃうのかなって」

「その時は私が慰めてあげる。でも、細川君が他の女子と付き合うとは思わないけどね」

「そうかな……わたしは細川君のただの友達でそれ以上の何者でもない」

「そんなに深く考えないで。そこまで思うなら細川君に告白すれば?」

「わたしが? むりだよ……細川君に好かれてる自信ないもん……わたしよりも可愛い子なんて沢山いるし、わたしが告白するって柄に合わない」

「なら、細川君を信じるしかないよ」

「うん」


 強い風が吹く。

 木々が揺れて紅く染った木の葉がわたしの頭の上に乗った。


「赤井さん。頭の上に葉っぱが乗ってる」


 と言って笑いながら木の葉を取ってくれる細川君の姿を想像してしまう。

 わたしは重症だ。

 ここまで人を好きなったことなんてなかった。

 細川君のことを考える度に、好きになっていく。一緒に居たいと思ってしまう。

 わたしはただの友達なのに。もし細川君に彼女が出来たら……。

 わたしの心の中は空っぽになってしまう気がする。



 放課後になって、教科書を鞄に詰め込んでいく。

 教室の中はわたし以外残っている生徒は居なかった。


「赤井。教卓に置いてある問題集誰が出してあるか名簿に丸つけて職員室までもってきてくれないか」


 と藤村先生に頼まれた。

 部活をやっていないから仕方ないか……。

 わたしはしぶしぶ教卓に置いてある問題集の確認を始めた。


 20分ほど経ち、職員室まで問題集を運び終えた。

 遅くなっちゃったしさすがに細川君もう帰ったかな。

 わたしは鞄を持つと、誰もいない教室を後にした。


 靴箱に向かって学校の長い廊下を歩いていく。

 教室や廊下に残っている生徒はもう居なかった。

 吹奏楽部の練習音だけが殺風景な学校の中に響いている。

 窓の外では部活動が行われていた。

 陸上部の方を見て、頑張って結衣の姿を見つけようとするけど、遠すぎてわたしの視力では無理だった。


 特に何も無く靴箱に着いた。

 自分のクラスの靴が置いてある列に向かって歩いていく。

 わたしの足音だけがその空間に響いていた。

 途中で、ロッカー式の靴箱の扉が適当に開けられているものがちらほら見受けられた。


「・・・細川君……」


 わたしの靴が置いてある列の近くまで来たところで、女子生徒が細川君を呼ぶ声が聞こえた。

 わたしは隠れるようにして手前の列に入る。

 わたしは物音がしないように静かに座ると、列の向こう側から聞こえる声に耳をすませた。


「細川君、私……」


 また、女子生徒の声が聞こえた。声が震えている。それに上擦っていた。

 嫌な予感がする。


『早くしないと細川君誰かに告白されちゃうかもね』


 昼休みに結衣から言われた言葉を思い出した。

 わたしの思い違いであって欲しい。なんでもなくてただの業務連絡であって欲しい。と思った。

 わたしの心臓は、列の向こうにいる2人に音が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい強く脈打っていた。


「……付き合ってください」


 やっぱりだ。

 耳を済ませておいてなんだけど、聞きたくなかった。

 しばらく沈黙が続いた。

 どうしたんだろう? 細川君はなんて返事をするんだろう。

 わたしは、聞くのが怖かったけど返事が気になって動けずにいた。


「ごめん、君とは付き合えない」


 細川君の言葉を聞いた時、自分でも分かりやすく安堵しているわたしが居た。

 でも、その気の安らぎも一瞬で壊された。


「僕には好きな人がいるんだ。だから、ごめん……」


 細川君に好きな人がいる……。細川君も男子だし好きな人がいても普通だよね……。

 でも、多分細川君の好きな子はわたしじゃない。

 わたしは、細川君の特殊な力を知っていて協力しているだけ。

 だから、細川君からしたらわたしは協力してくれる人。

 わたしは膝を折り曲げて顔を埋めた。

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