弱音──赤井葵

 細川君の特殊な力を解決する方法が見つかったんだ。

 でも、わたしには教えることは出来ない。

 解決方法が見つかった喜びとわたしに頼ってくれない悔しさが入り交じった。


「わたしじゃ細川君の力にはなれないのかな……?」

「そんなことない」

「じゃあなんで解決方法を教えてくれないの?」

「それは……とにかく言えないんだ。でも、赤井さんが力不足とかそういうのじゃない」


 細川君はどこか苦しげな表情を浮かべていた。

 真実を言いたくても言えないような、そんな表情をしていた。


「うん……」

「赤井さんはいつも僕の力になってくれた。赤井さんがいるだけで心が落ち着いたよ。だから、赤井さんが落ち込む必要なんてない」


 細川君は落ち着いた声で勇気づけてくれる。

 きっと細川君だってつらいのに。

 わたしよりもずっとつらいのに。

 この能力のことについてやっと前進したのに、人に教えて協力してもらうことすら出来ない。

 細川君のつらさは計り知れなかった。


「でも、細川君は大丈夫なの?わたしに何か出来ることがあれば……解決方法は教えられなくても、わたし協力するって言ったから」

「赤井さんは何もしなくてもいいよ。赤井さんは僕の力を理解してくれる。それ以上に望むことなんてないよ」

「本当に?わたしが出来ることなら何でもするよ。辛そうな顔してる……」

「うん……大丈夫。でも、ちょっとだけ願望を言ってもいいのなら……僕が落ち込んでいる時に傍にいて欲しい」


 いつも弱いところを見せない細川君が初めて弱音を吐いた。

 やっぱりつらかったんだ。わたしが力不足だったんじゃない。必ずなにか細川君にも理由がある。

 わたしが力になれないって落ち込んでいる場合じゃない。わたしはわたしなりに細川君の力にならなきゃ。

 細川君のことを思うと自然と力が湧いてきた。


 わたしは立ち上がりテーブルの反対側に座っている細川君の後ろにまわった。

 座ると、細川君の背中から前にかけて腕を回した。

 細川君の男らしい骨格としっかりした背中に圧倒される。けど、両腕の中には彼の温もりを感じた。


「赤井さん……?」


 細川君が後ろを振り向いて、驚いた表情を見せる。

 でも、細川君が拒むことは無かった。


「この前細川君がやってくれたこと。勇気貰えたから」

「ありがとう……」

「落ち込んでいる時に傍に居てあげるのは友達として当たり前でしょ?」

「そうかな?僕は友達の温かさを知らないのかもしれない」

「うん。友達ってそういうものだよ」

「じゃあ特殊な力について理解してくれるのも、面倒くさいとか思わない?」

「思わないよ。たしかに面倒くさいって思う人がいるかもしれないけど、わたしは細川君の特殊な力とか細川君が面倒くさいって思ったことない」

「ありがとう。今まで僕の特殊な力のことを理解してくれる人なんて全然いなかった」


 細川君は床を見て呟いた。

 これだけで細川君の辛い気持ちが綺麗さっぱり無くなるなんて思ってない。でも、少しでも気が楽になってくれたなら。

 より強く抱きしめる。

 安心したのか、いつもの細川君はもうそこにはいなかった。



 僕にも中学生の時には友達がいたんだ。驚いたかな?いつもの僕からしたら想像できないからね。

 意外と明るく活発な方だったんだよ?休み時間はみんなと他愛もない話をして、昼休みと放課後はみんなとサッカーに没頭してた。

 今でも僕は孤独が好きなわけじゃない。一匹狼になりたいとも思ってない。好きで人に冷たくしているわけじゃない。

 でも、この特殊な力によって全てが変わった。

 高校生の時に朝目覚めたらこの力が使えるようになってた。多分原因は母親と会話する機会が少なくなったから。愛情が足りなくなったのかもね。

 特殊な力って誰しもが憧れるよね?でも、実際は憧れるような物じゃない。この力のせいで何もかもが変わっていった。

 こんなにつらいなんて想像すら出来なかった。最初の方はこの力があってもなんの支障もなく生活出来ると思ってた。

 でも違った。目を合わせるだけで相手に迷惑をかける。

 このせいで人と話すことが難しくなった。友達も作れなくなった。孤独になるしかなかった。

 人と自由に話せないってこんなにキツいんだって感じた。

 孤独ってこんなに寂しいんだって。

 みんなが普通に休み時間友達と喋って、笑いあって、ちょっかい出しあってて。羨ましかった。

 ささいな日常を見るだけで僕はみんなと違うんだって毎日のように疎外感に追われた。

 見たくもなかった。だから、机に突っ伏せて寝たフリをしたり、本を読んで気を紛らわしてた。

 でも、そんなのじゃ紛らわせるはずもなかった。

 中学生の時の友達との楽しかった思い出が蘇る度に、なんで僕ばっかりって何度も思った。

 そして、僕の心は歪んでいった。普通に生活する人たちを妬むくらいには。

 僕が出来ないからって普通の生活を送っているだけのみんなを妬む自分が嫌だった。

 こんな汚い心を持っている自分を僕として認めたくなかった。

 それに、いつか心の奥底に沈んでいる嫉妬心が抑えきれなくなるんじゃないかっていつも心配だった。

 今までの普通の生活に憧れて心が壊れてしまうんじゃないかって思った。

 今まで頼みの綱だった中学時代の友達にも理解して貰えなかった。仲良くしていたと思ったのにすぐこれだ。そいつらには卒業後に何回か会う機会があった。でも、僕の特殊な力を体験するようになってから、だんだん会わなくなっていった。理解して貰えなかったんだ。僕のことを。

 高校生になった最初の頃は仲良くなろうとしてくれた人もいた。でもそいつらも結局は僕を避けた。

 赤井さんに初めて特殊な力のことを打ち明けた時、誰にも言っていないって言ったよね?あれは嘘。赤井さん意外にも教えている人は数人いた。片手で数えられるくらいだけど。もちろん家族にも教えてある。

 高校生になった時、入学早々告白してきた女子がいた。僕も高校生になって浮かれていたんだろうね。何も考えずすぐにいいよって返事しちゃった。

 最初の2週間くらいは順調に進んでた。女子の方が僕に好意があるんだから普通だよね。

 3週間目に入って僕が持っている特殊な力について彼女に打ち明けた。理解してくれると思った。

 でも現実は違った。理解なんてして貰えなかった。結局は普通じゃないとダメなんだ。そう思った。

 理解してくれる人なんていないと思ってた。この先もずっと。

 でも、赤井さんが僕の特殊な力について理解してくれた。

 本当に嬉しかった。僕のことを理解してくれる人なんてこれから先出てこないと思ってた。

 だから、赤井さんがいてくれるだけでいい。

 僕には赤井さんがいてくれるだけで生きていく力を貰える。



 ここまで弱音を吐く細川君をわたしは初めて見た。

 いつもの細川君からしたら想像もつかない姿だった。

 細川君が感情的になることなんてない。いつもこれだけ苦労していたんだ。

 彼の今までの生活を考えると胸が苦しくなった。

 今まで以上に細川君に力を貸そう。わたしに出来ることならなんでもいい。

 もしそれでわたしがつらくなっても、細川君はわたし以上につらい日々を歩んでいる。

 細川君を好きだからとかじゃない。

 単純に友達として助けたいと思った。

 時が許すがきり細川君をこのまま抱きしめていたいと思った。

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