意外な一面──細川夜

 赤井さんの部屋は綺麗に整頓されていた。置いてある本棚には少女漫画らしきものが並んでいる。赤井さんの部屋はみんなが想像する女子の部屋そのものだった。

 たしか、女子の部屋に入ったのは小学生以来だ。女子の部屋は妙にシンプルでそわそわする。

 待たされてもやることが無いのでポケットからスマートフォンを取り出した。画面には13:00と表示されている。適当にSNSを漁ると飯テロ画像が流れてきた。

 そういえば昼ご飯を取らずに来てしまった。多分赤井さんも食べていないだろう。


「お待たせ、細川君なんにも漁ってないよね?」


 扉を開けて私服に着替えた赤井さんが入ってくる。

 白い半袖のTシャツにベージュのワイドパンツ。赤井さんらしい落ち着いた色合いだった。


「漁らないよ」

「冗談」

「わかってる。それよりお腹空かない?」

「そういえば食べてないや。どうしよう?」

「ここら辺で外食できるところ……」


 僕は手に持っていたスマートフォンで検索する。


「多分ここら辺で外食できるところって言ったらパン屋で買うくらいしかないと思う……」


 赤井さんが呟いた。

 近辺のマップを開いてみても住宅街の中に外食できる場所は見当たらなかった。


「じゃあそこのパン屋に買いに行く?」

「でも、そこのパン買ったことないから美味しいか分からないよ?」

「赤井さんも初めてなら丁度いいじゃん。僕も食べたことないし食べてみたい」

「ならいいけど……」

「じゃあ行こう」


 赤井さんがこくりと頷く。

 僕は鞄から財布を取り出した。赤井さんも鞄の中にある財布を取り出す。

 僕たちは家を出た。



 住宅街を歩くこと10分くらい。住宅街の中にパン屋さんを見つけた。

 個人で経営しているのか、小洒落た小さなパン屋さんだった。テラスに置かれているテーブルではおばさん達が談笑をしている。どうやら、この店は住宅街のおばさんたちの憩いの場となっているみたいだ。

 僕たちはおばさん達を横目に店内へと入った。



 店内の棚にはそれぞれ十数種類の惣菜パンと菓子パンが並べられていた。ショーケースの中にはちょっとしたケーキやプリンも置いてある。


「何にする?」

「どうしようかな?色々食べてみたい」


 隣にいる赤井さんは目を輝かしている。どうやら食べ物には目がないらしい。


「たくさん買ってけば?」

「でも、そんなに食べれないし……多分お金もない……」


 赤井さんが持っていたピンク色の財布の中身を漁る。


「何円あったの?」

「500円くらい。今日結衣にお金返してから補充してくるの忘れた……」


 赤井さんは分かりやすくうなだれた。

 その光景が面白くて笑ってしまう。


「なによー?お金ない人を笑って楽しいか!」

「ごめんって。そんなに食べ物好きなんだな」

「食べ物が好きなわけじゃないもん!甘いものが好きなだけ!」

「どっちでも変わらないじゃん」

「変わる!甘いものと甘くないものは違うもん!」

「そうですかー」


 僕はあからさまに棒読みした。

 でも、赤井さんはうなだれている。少し可哀想だな。


「何食べたいの?」

「メロンパンと……クリームコロネと……エクレアと……いちごの乗ったデニッシュ……」

「いや、そんなに食べたら太るよ」


 思わず笑ってしまう。


「うわ!最低!女子に太るとか言うなー!自分で自覚してるもん」


 赤井さん全然太ってないのに。いまの発言を学校でしたら何人の女子から殺意が向けられるか計り知れない。


「ごめんって、冗談」

「言っていい冗談と悪い冗談ってものがあるの知ってる?」

「ごめんって」

「でも、どれにしようかな……金額的に買えても2つが限界か……」


 隣で赤井さんは険しい表情をしている。


「じゃあ、僕がメロンパンとクリームコロネ買うから半分こしよ?そしたら赤井さんが残りの2つ買えば全部楽しめる」


 赤井さんの目が輝いた。今までの険しい顔とは対照に笑顔になる。


「ほんとうにいいの?」

「うん。だって食べたいんでしょ?」

「そうだけど……細川君は食べたいのないの?」

「僕は食べれればなんでもいいよ、それに菓子パンに興味あるから」

「じゃあお願い!」


 と言ってはしゃぐ赤井さんの頭上に音符が見えた気がした。

 パンを取って会計しにいくと若いお姉さんがレジうちをしてくれた。途中で、店員さんに「仲良いですね。兄弟ですか?」なんて笑われるから2人で全力で否定した。

 パンの入った紙袋を受け取って店を後にする。



「それにしても、赤井さんが甘いものに目が無いなんて意外だったなー。いつも落ち着いてる赤井さんがあんなにはしゃぐんだもん」


 帰り道。僕は茶化すように言った。


「それはいいの!早く家に帰って食べよ」

「ほら、赤井さんの頭の中すぐ食べ物になる」


 歩きながら僕は面白くて吹き出す。すると、隣を歩いていた赤井さんに左肩を軽く殴られた。


「いいの!もうその話はやめ。勉強でしょ?」

「そうだった。すっかり忘れてた。赤井さんの甘いものに対する欲が強すぎて」


 赤井さんにさっきよりも強く左肩を殴られる。


「細川君嫌いになるよ?」

「ごめんって、許して」

「じゃあ、メロンパン細川君の分よりも多くちょうだいよね」


 また、食べ物のことを言っている。僕は吹き出しそうになるのを全力で堪えた。何かを察したのか隣で歩いている赤井さんがこちらに振り向く。


「いま、笑おうとしたでしょ!メロンパンの話はわざと!」


 赤井さんが反抗してくるのが面白くて思わず笑ってしまう。

 今度は本当にわざとだったのか、いつの間にか赤井さんもつられて笑っていた。



 赤井さんの家に着くと赤井さんが早速紙袋を開けた。


「パンを食べる前に外から帰ってきたら手を洗わなきゃ」

「そうだった」

「慌てすぎだよ。パンは逃げないって」

「でも早く食べたいじゃん」


 早足で赤井さんは洗面所へ向かう。


「横にタオル置いとくから使ってね」


 ついて行くと洗面所から赤井さんの声が聞こえた。


「自分でハンカチ持ってるから大丈夫だよ」

「ならいいけど」


 また、赤井さんは早足で部屋へと戻っていく。

 赤井さん甘いもの好きって意外と可愛い一面もあるんだ。手を洗いながらそう感じていた。


 部屋に戻ると赤井さんが待ちきれない様子で机の上に乗せられた皿の上にパンを広げて待っていた。


「半分こするんでしょ?」

「うん。赤井さんがやっていいよ。小さい方貰うから」

「ほんと!?」


 赤井さんは中身がこぼれないように置かれていた包丁で慎重にパンを切っていった。


「いい感じに半分になったかな?」

「うん。いい感じ」


 赤井さんに4種のパンが乗った皿を渡される。僕が食べようとすると赤井さんはもう既にメロンパンにかぶりついていた。


「ここのメロンパンふっくらしてておいしい!」


 赤井さんの目が再び輝き出す。僕も赤井さんにつられてメロンパンを口にした。


「たしかに美味しい」

「でしょでしょ!?他のも……」


 と言って赤井さんは他の3種のパンもそれぞれ口にする。


「どれも美味しい!今までこんなに美味しいパン屋が近くにあるなんて知らなかった!」


 赤井さんは満面の笑みを浮かべていた。ここまで美味しそうに食べられると僕も半分こしてあげて良かったなって思える。


「行ってみてよかったね」

「うん。わたしここの常連さんになろうかな」

「僕もたまに買いに来ようかな」

「その時はわたしも一緒ね」


 どうやら赤井さんはここのパンを気に入ってくれたようだ。


「ところで……細川君の特殊な力について何かわかったことあった?わたしに協力出来ることがあれば……」


 そういえば、赤井さんは僕の特殊な力の謎を解くために協力してくれるって言ってたことを思い出した。たしかに、この力をコントロールする方法は前におじいさんから教えて貰った。

 ──強く想ってくれる人──

 でも、この存在が解決方法なんて赤井さんに打ち明けられる筈もない。


「その……解決方法は見つかったんだ。でも、赤井さんには教えられない」


 僕は食べかけのメロンパンを皿の上に置き、下を向いて呟いた。

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