3章
勉強会──赤井葵
長かった夏休みが終わり、2学期が始まった。
「夏休み課題を集めます。いつもは番号順だから番号の1番遅い人から順に出しなさい」
登校してきて早々に藤村先生が教卓の前で呼びかける。
なんで遅い順なんだよ。終わらないじゃん。教室の中ではちらほらと不満が零れる。
「うるさい、早く出しなさい」
藤村先生が一喝すると、わたしたちはしぶしぶ遅い順に課題を教卓の上に出して行った。
今年は課題の量が多かったので終わってない人もちらほら見受けられる。その度に藤村先生に軽く叱られていた。
細川君は課題ちゃんと出てるかな……?
自然と細川君のことを気にしてしまう。教卓に向かう細川君を見ると何も持っていなかった。
「細川は毎回課題忘れてばっかりで、ちゃんと課題を出しなさい」
先生が呆れた顔をしていた。
細川君は何も言わないで自分の席に戻っていく。
細川君課題全然出さないし週明けの課題テストは大丈夫だろうか。わたしは心配になる。
「細川君課題テスト大丈夫?」
声をかけると斜め前の席に座っていた細川君が振り向いた。
「うん。なんとかなる」
「それならいいけど……」
わたしは不安に思いつつも、自分の課題を出しに行った。
始業式や大掃除を終え、放課後になった。
今日は午前中しか学校がないので午後は特にやることが無い。わたしはとりあえず荷物をまとめていた。結衣の方をみると部活の準備をしていた。
「結衣ー今日も部活なの?」
「ごめん。部活ずっとあって一緒に帰れないのよね。夏休みにあった大会を最後に先輩が引退しちゃったから、私達2年生が部活を引っ張らないといけないの」
「午前だけなのに大変だね。部活頑張って」
「うん。ありがと」
結衣は鞄を持って教室を出ていった。帰る人いないかな。教室の中を見渡すが、同じ方角の人はいなかった。わたしは仕方なく1人で帰路に着いた。
駅のホームに入ると細川君がイヤホンをつけてベンチに座っていた。音楽聴いてるし話しかけるのはやめようかな。わたしはベンチから少し離れたところで電車を待つ。
「あれ?葵じゃん」
声をかけられて振り向くと、優希がいた。優希とは小、中と同じ学校で、中学に関しては3年間同じクラスだった。中学生時代はサッカー部のキャプテンをしてて、勉強もそれなりに出来ていた記憶がある。
「あれ?久しぶり。中学生の時以来だよね?」
「うん。もう1年半くらい会ってないね」
優希は笑う。
「今帰り?」
「うん。今日はたまたま部活無かったから」
「そうなんだ。今でもサッカー続けてるの?」
「うん。サッカーで有名な私立高に行ったから、部活の練習きつくて大変だよ」
「それは大変だね」
「うん」
一連の会話を終えると丁度電車が来た。
横目で細川君の方を見ると彼はスマートフォンをいじっている。
「どうした?葵は乗らないの?」
優希はわたしの様子を伺っていた。
「ううん。なんでもない」
わたしは優希と一緒に電車へ乗りこんだ。
青空駅に着くと優希と別れた。彼の家は駅から見てわたしの家の真逆らしい。
駅の前の自販機で麦茶を買う。8月の終わりなのに、日中の外は太陽の日差しに照らされて真夏並に暑かった。
お釣りを取り出していると後ろに人が並ぶ気配がした。お金を財布に戻す前に場所を譲ろうとする。
「赤井さん?」
後ろから声をかけられる。見ると細川君が立っていた。
「あ、細川君。なに買うの?」
「暑いから炭酸ジュースかな」
細川君は硬貨を数枚入れて、微炭酸の缶ジュースを買う。蓋を開けるとプシュと爽やかな音がした。細川君はジュースを飲んでいく。
わたしはその光景を見つめていた。細川君の男らしい喉仏に妙に惹かれる。
結衣に恋していると言われて以来、わたしは細川君を意識しすぎている気がする。気のせいだろうか。
「寝ぼけたような顔してどうかした?」
「なんでもない」
「ならいいけど、赤井さんって一緒に帰る人いる?」
「いないけど……」
「じゃあ一緒に帰ろう?僕も1人だし」
何回も一緒に帰ったことがあるはずなのに、わたしは何だか恥ずかしくて何も言わずにこくりと頷いた。
街路樹の並ぶ道を細川君と並んで歩いていく。
「赤井さんって課題終わった?」
「なんとか終わったよ。細川君課題出してないでしょ?」
「うん。アルバイト忙しかったから」
「アルバイト大変だもんね」
「うん。課題終わってないし、課題テストまずいかも」
「朝なんとかなるって言ってたじゃん」
「そう思ってたんだけど、休み時間課題やってみたら難しかったんだよね。課題テストの点数悪いと親にアルバイト辞めさせられるかも」
細川君は苦笑した。笑っている場合じゃないし。
「勉強教えようか?」
「そうしてくれるならありがたい」
「どこで勉強しようかな?」
「僕の家は丁度親が今日休みで難しいかも……」
細川君は申し訳なさそうに答えた。今まで細川君と2人きりになるとしたら細川君の家だった。それが今回は使えない。
「図書館でもいいけど、細川君の力が働いちゃったら大変だよね」
わたしはどこか勉強できる場所がないか考えていた。学校に戻るにもまた電車に乗らないといけない。他にどこか勉強できる場所……ファミレスとかでもいいけどうるさいから集中出来ない。そもそも公共施設だと細川君の力が働いた時に大変だ。
悩んでいる最中、あることを思い出した。
今朝、お母さんが午前からママ友とショッピングモールに買い物しにいくから晩ご飯は自分でなんとかしてね。と言っていた。
わたしの家ならいいのか……。でも、クラスの男子を自分の家に呼んだことなんてない。変な風に思われないかな……。
「その……わたしの家なら空いてるけど……どうかな?」
一応ダメもとで聞いてみる。
「赤井さんがいいならいいけど……」
絶対に断られると思っていたので予細川君の想外の返事に驚いた。
「わたしは全然いいよ」
「なら、赤井さんの家で」
「うん」
わたしたちはわたしの家の方角へ歩いていった。
玄関の扉を開けて2階にあるわたしの部屋に案内する。
「制服着替えてくるから待ってて。しないと思うけど勝手に部屋のもの漁らないでよ」
「泥棒じゃないんだし漁らないよ」
笑う細川君に念押しするとわたしはクローゼットの中にある私服を持って脱衣所へと向かった。
つい細川君が心配で自分の部屋に招き入れてしまった。わたしの部屋で細川君は困ってないだろうか。
今まで細川君の家で2人きりになったことは数回あったけど……わたしの部屋で2人きりどう接すればいいのか分からない。
細川君は友達。恋しているわけじゃない。今まで通りに接すればいい。
わたしは心の中で自分に言い聞かせた。
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