強く想ってくれる人──細川夜

河川敷の花火大会が終わってから数日経った頃、赤井さんがバイトをしている僕のところに現れた。

「この前鼻緒を結ぶ時にハンカチ破ってたから…この前はありがとう」

僕にギフト用の包装がされている薄い箱を差し出す。多分中身はハンカチだろう。

「気にしなくてもいいのに、ありがとう」

僕がお礼を言うと何故か赤井さんは俯いてそれ以上何も言わずにすぐに店を出ていってしまった。


電車が揺れる度にうとうとしている目が覚める。電車の中には自分以外誰もいない。

河川敷で花火を見てから1週間ほど経ち夏休みももう残り10日というところまで差し迫っていた。

今日はバイトのシフトを入れていなかったので1日自由だ。

電車はいつもとは逆の方向へと向かっている。窓から外の景色を眺めると田圃が見渡す限り続いていた。


ウトウトしているうちに終点につき電車から降りる。無人と化した改札をくぐり駅のホームを抜けると、1人の若い女性が立っていた。すぐ横にはこの女性が乗ってきたであろう可愛らしい軽自動車が停まっている。

「待ってましたよ。細川くん」

若い女性が微笑みながら僕に話しかけてくる。

「はじめまして」

応えると僕は乗ってくださいと言わんばかりに開いている後方の扉から車に乗り込んだ。


車で数分進むと右側に風情のある大きな屋敷が見えてきた。車は木で出来た立派な門をくぐり屋敷の敷地内へと入る。

車を降り、女性について行くと築何年だろうと思わせるような立派な玄関にたどり着いた。

玄関の引き戸が開く。若い女性に連れられて家の中に入ると、応接室であろう部屋へと招かれた。

入口に最も近い椅子に座るように言われる。

「少し待っててね」

女性は僕にそう言うと部屋を出ていった。


2週間ほど前にインターネットの掲示板に書き込みをしたのが幸をそうしたのか、この若い女性が僕の書き込みを見つけてくれたらしい。そして、掲示板で僕に返信をしてくれた。どうやらこの家のおじいさんが人に現れる特殊な能力に関して何か知っているようだ。それにしても、まさか電車で行ける範囲内に能力についての情報を持っている人がいるだなんて思いもよらなかった。


誰かが来るまで部屋を見渡すと、僕には価値が分からない大きな壺に木彫りの熊が置いてあって、掛け軸がかけてある。そんなものを眺めているうちにまた部屋の引き戸が開いた。

「待たせてすまんのぉ」

杖をついた1人のおじいさんが入ってきた。僕のテーブルを挟んで反対側にある椅子へと腰掛ける。80歳くらいだろうか。髪は全て白くなっていた。

「いえいえ。わざわざ呼んでいただきありがとうございます」

僕は手短に挨拶をする。

すると、さっきの女性が入ってきてお茶と茶菓子を置いてまた出ていった。

「僕の特殊な能力についてなんですが…」

僕は早速本題に入る。

「あぁ、君についている特殊な能力についてか、君はどんな能力を持っているんだい?」

お茶をすすりながらおじいさんが尋ねてくる。

「相手の過去を見る力です」

「相手の過去を見る力…聞いたことがないのぉ…」

「そうですか…」

僕は内心がっかりする。ここまで来ておいて何も情報を得られなかったなんて最悪だ。

「特殊な能力について知っていることがなんでもいいので教えてください」

僕はとりあえず聞いてみる。すると、おじいさんがお茶をすするのをやめ口を開いた。

「特殊な力なんてあるだけ無駄じゃ。あんなものは、精神を滅ぼすだけじゃ。それに、周りにいる人にも不幸を招く。その1人のせいで周りが振り回されるなんて最悪じゃ。お主は人とは関わらん方が良い。一切の関係を絶て。お主のせいで周りの人は不幸になるのじゃ」

想像を絶する言葉を浴びせられた。一切の関係を絶てだと?そんなこと出来るはずがない。僕は憤りを感じながらも冷静を装う。

「精神を滅ぼすとはどういうことですか?」

「特殊な力を持つ人間は、自分は普通の人間ではない。疎外感を味わうことになるのじゃ。普通に生活しようとしてもどこかでその力が邪魔をする。普通の生活を送れないことに違和感を感じる。そして、精神を病んでいく。助けようとする周りの人はその力によって不幸になる。周りの人は結局自分では助けられないと諦めるのじゃ。そしてまた孤独になる。疎外感を感じる。負のループじゃ」

実際の僕と同じかもしれない。普通の生活を送ろうとすればこの力が邪魔をする。この力が僕に周りの人と会話をすることを拒ませた。

「何故そこまであなたはこの特殊な力について知っているのですか」

「わしも昔に特殊な力を持っていたからじゃよ。君はさっきまで身体の内側で憤りを感じでいたじゃろ」

僕は唖然とした。冷静を装っていたつもりがいとも簡単に見つかれていた。これがおじいさんの力か。

「それなら、何故あなたは精神を病んでいないのですか」

「少し昔の話をしてあげよう」

おじいさんはお茶を手に取り話を始めた。


「わしの力は相手の感情を読み取る力だったんじゃ。嬉しいとか楽しいとか好きだとかの感情を読み取ることが出来たんじゃ。プラスのイメージの感情なら読み取れたらそれはいいかもしれん。しかしその一方で、つらいだとか嫌いだとか憎いとか負の感情もたくさん読み取ってしまってな。周りの負の感情がどんどん自分に積み重なってくると精神が病んできてしまって、ついに高校生の時に学校に行かなくなったんじゃ。今まで小、中学校と仲の良かった友達とも不登校になったっきり全然話さなくなってな。正直、もう無理かとも思った。でも、そんなわしにも転機が訪れたんじゃ」

「転機…?」

「そうじゃ。違う高校に通っていた小学校からの幼なじみの女子がいてな。わしが不登校になったことを知るとその子は毎日のようにわしの家に来ては差し入れをしていってくれた。最初のうちはわしは自分の部屋に引きこもっていたから会うことはなかった。けど、それが1週間ほど続いた頃さすがに悪いと思ってその子に会うことにしたのじゃ。いつもの時間になるとその子が来るのを待っていてインターホンがなると扉が開く前に、わしから玄関をでた。まさか、その子もわしが出てくるとは思っておらなかったのだろうが驚いとったなぁ。1週間も放置しといてどれだけ怒っているのだろうと内心ビクビクしておった。でも、その子からは負の感情が一切感じられない。そればかりか、その子からはうれしいとかよかったとか良い感情ばかり流れてきてな。わしは、この子になんて悪いことをしていたんだととても後悔した。そして、この子のためにも迷惑をかけないために強くなりたいと思った。そう思うと、自分の力がコントロールできるような気がしてきてな。気づいたら周りの感情を任意でシャットアウトできるようになっておった」

僕はそのおじいさんの話を長いこと聞いていた。

「なるほど…今では自分の力をコントロールできるようになってるんですね」

「そうじゃ」

「力をコントロールすることが出来れば、普通の生活を送ることが出来る。精神が病まなくなる。どうすれば自分の力をコントロールできるんでしょうか?」

おじいさんはお茶をすすりながら答えた。

「わしが思うに、家族以外で自分のことを強く想ってくれる人がいて、自分もその人に迷惑をかけたくない。強くなりたい。ってどれだけその人のことを強く想えるかじゃないかのぉ」

「自分のことを強く想ってくれて、自分が強く想う事が出来る人…」

「そうじゃ、そういう存在の人がいれば、自分の力もコントロール出来るじゃろう。わしの場合自分のことを強く想ってくれた人。その幼なじみの子が今のわしの妻じゃった」

「なるほど、貴重な情報をありがとうございます」

僕は深深とお辞儀をした。

話が一段落すると、また若い女性が部屋の中に入ってきた。

「用事は済んだようですし、そろそろ帰りましょうかね」

そう言って、また女性は玄関の方へと向かって歩いていく。僕はあわててその後ろをついていこうとした。部屋を出ようと引き戸を開ける。

「実は君が必死にお願いしてくるまでは、この話は家族以外の他の誰にもしないって決めてたんじゃ。自分が変な能力を持っているって周りの人に知られたくなかったからじゃ。でも、君を見てると能力を通じて君の真剣な気持ちが伝わってきた。だから、話そうと思ったんじゃ。君にはいい心がある。君のことを強く想ってくれる人が現れるといいのぉ」

扉を出る寸前おじいさんがこう話してくれた。

「ありがとうございます。頑張ってみます」

おじいさんに改めて礼を言い、僕は帰路に着いた。


自分のことを強く想ってくれる人がいて、自分が強く想う事が出来る人…そんな人が僕にはいるのだろうか。

帰りの電車の中で今日言われたことを思い出す。しかし、その事を考えると不安になる。その時、ふと手に握っていた赤井さんから貰った紺色のハンカチが視界に入った。

──赤井さんはただの友達

でも、そのハンカチがあるだけで幾分か気持ちが楽になった気がした。

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