夜空に咲く花──赤井葵

ピンポーン

インターホンが鳴り、誰が来たのかお母さんが画面を見に行く。

「結衣ちゃん来ちゃったよ。早く支度しなさい」

お母さんはリビングで支度をしているわたしに言い残し、玄関へと向かっていった。

「葵はすぐ行くからもう少し待っててね。家の中にでも入ってて」

「お邪魔します」

お母さんと結衣のやり取りが玄関から聞こえてきた。

「お母さーん、ちょっときて」

「なにー?」

お母さんはそう言いながら足早にリビングへと戻ってくる。

「浴衣の帯締めれないからやってよ」

「仕方ないわね」

お母さんはため息をつきながらも、すぐさま帯を締めてくれた。

「ありがとう」

そう言いつつ机の上に置いてある星と三日月の作り物がついたヘアピンを持って鏡の前に向かう。このヘアピンはわたしが中学校を卒業する時期に亡くなってしまったおばあちゃんから貰ったものだ。

このヘアピンをつけるとおばあちゃんのことを思い出す。おばあちゃんのことを懐かしみつつもわたしは足早に玄関へと向かった。玄関には浴衣姿の結衣が待っていた。いつもとは違い髪が肩につくくらいまで伸ばされている。それに少し化粧もしてある。結衣のいつもとは違う姿に女の私でも、可愛いと思ってしまった。

「遅れちゃってごめん。初めて浴衣着たから、着るのに苦戦しちゃって」

私は急いで着た浴衣が似合っているか心配で、少し照れながらそう言った。

「全然気にしなくていいよー。それじゃあ行こ!」

結衣は相変わらずテンションが高い。私が遅れたことを、本当に気にしていないようだった。

「うん。お母さん、それじゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

お母さんに見送られてわたしたちは玄関を出た。


外に出ると空が夕焼け色に染まっていた。2人の履いている下駄が歩く度にコツコツと音を立てている。

「結衣って髪の毛伸ばした?」

「んー少し伸びたかな?前切った時からだいぶ時間が経ってるから。夏休みの間は伸ばしておこうと思って」

「あー、いつものもいいけど髪伸ばしてる時も結構似合うと思うよ」

「ほんと?ありがと!」

結衣と他愛も無い会話をしながら住宅街を河川敷に向かって歩いていく。


そういえば、細川くんに協力するって言った日の夜細川くんにメールで送った。

「細川くんって土曜日に河川敷へ花火って見に行ったりする?」

結衣と花火を見に行くって話をして、初めて浴衣着るって事になったから、似合ってなかったら嫌だし。見られたくないから、一応聞いてみたんだけど…。

あれから返信きてないし変な風に思われちゃったかな?

信号待ちの間、メールが来ていないか一応確認してみる。

すると、一通のメールが届いていた。そのメールを早速開くと、細川くんからのメールだった。

「花火なら家から見えるし行かないよ」

どうやら細川くんは河川敷には来ないようだ。メールの画面を閉じて内心ほっとする。

「何メールなんて見てるのー?もしかして葵に彼氏でも出来た!?」

気づかないうちに結衣が横から私の画面を覗いていたようだ。

「そんなわけないじゃん。出来てたら花火とか彼氏と行ってるよ」

「あーたしかに」

結衣が納得してるのが面白くてつい笑ってしまった。

「そんなに笑ってどうしたの?」

隣にいた結衣が不思議にそうに顔を見つめてくる。

「仮にわたしに彼氏が居たとしても結衣と行くから、結衣が普通に納得しちゃってるのが面白くて」

わたしは笑いを堪えながらそう答えた。

するとなぜか、結衣はわたしの右手に無理やり左手を繋いできた。

「え、どうした?」

「なんでもなーい」

「変なの」

わたしは結衣の行動がおかしくて、さらに笑ってしまった。


河川敷の手前までつき、スマホをつけると6時を過ぎていた。

堤防の上から河川敷を眺める。花火の開始時刻まであと1時間しかないからか、すでに河川敷には人が大勢いた。少しでも気を抜いたら人混みに埋もれてしまいそうだ。それに、出店も沢山ある。

「葵!下に降りて出店見に行こ!たくさんあるから!」

隣にいる結衣がはしゃぎながら言ってくる。

「おっけー!」

わたしも久しぶりに出店を見たので珍しくテンションが上がっている。

結衣に連れられて階段を降りると人の多さに圧倒された。

人混みの中を結衣とはぐれないように手を繋ぎながら歩く。

「チョコバナナ食べたい!あとりんご飴も!」

結衣がはしゃぎながら後ろにいるわたしに言ってくる。

「いいよー食べよ!あと、かき氷も食べたい!」

「おっけー!」

急ぐあまり結衣は繋いでいた手をより強く引っぱってきた。急に引っ張ってきたので転びそうになるが何とか持ちこたえる。わたしが体勢を崩したのに気づいたのか結衣が後ろを向いてきた。

「ごめん。ついテンションが上がっちゃって」

「気にしなくてもいいよ〜。行こ!」

「うん」

そう言って結衣はまた歩き始めた。


暗闇の中、轟音とともに夜空に花が咲く。その瞬間、私達の周りにいた人がいっせいに夜空を見上げた。

「うわ!もう始まっちゃったじゃん!かき氷まだ買えてないよ〜」

りんご飴を片手に結衣が少し焦っている。

「早く買って花火見よ」

「そうだね」

わたしたちは足早にかき氷を買いに向かった。


何とかかき氷を買い終えて、堤防を見上げると斜面にはすでに場所取って花火を見ている人が沢山いた。

「うわ〜、もう人たくさんいるね。どこら辺で見る?」

隣にいる結衣がわたしに聞いてくる。

どこか空いているところがないか見渡すと数十メートル離れたところに1箇所空いているところがあった。

「あそこ空いてるからあそこに行こ!」

私は空いてる場所を指差しながら言った。

「おっけー!」

わたしたちはかき氷を落とさないように気をつけながら、そこに向かって歩き始めた。


轟音とともに夜空に花が咲き誇る。その度に夜空を見上げる私たちの顔は、色とりどりに照らされる。

「綺麗だなぁ…」

色鮮やかに染まる夜空を見上げて、独り言のようにつぶやく。

「ほんと綺麗だね。来てよかった」

わたしの声が聞こえたのか、隣にいる結衣が呟いた。

「そうだね。また来年も一緒に行こ?」

「うん。でも来年は受験もあるし、忙しいけどね」

「結衣が勉強のことを話すなんて珍しいね」

わたしは隣でくすっと笑った。

「だって、毎回毎回赤点ギリギリだし勉強しないとまずいから」

「その時はまた勉強教えるから気軽に言ってよね」

「うん。ありがと」

結衣は夜空を見上げながらそう答えた。

「喉乾いちゃったから下に降りて何か買ってくるね。何か欲しいのある?」

隣にいた結衣が、立ち上がりながらわたしの方を向いて聞いてくる。

「んーわたしは特にいいかな。それよりも堤防の上に行って写真撮ってきてもいい?」

「わかった〜。じゃあまた20分後くらいに通話するね」

結衣はそう言って斜面を下へ出店のある方へ歩いていった。


堤防の上に行き、写真を撮っている人の邪魔にならないように見晴らしのいい場所を見つける。

ちょうど百メートルぐらい歩いたところにいい所を見つけた。

まぁまぁ人が少ないしここら辺でいいかな。場所を見つけたわたしは持っていた小さなバックからスマホを取り出し上に向ける。

ピントを調節しようと両手で夜空に掲げたスマホを覗き込んだ。

その時、後ろから軽く肩を叩かれた。

「あの、ハンカチ落としましたよ?」

後ろから声をかけられて、振り返る。

暗くて顔はよく見えないが、身長が高いし声を聞く限り男性だ。

「ありがとうございます」

わたしは男性が右手に持っていたハンカチを受け取ろうとする。

その瞬間、轟音とともに花火の色鮮やかな光が2人の顔を照らした。

「え、細川くん!?なんでいるの?」

驚きのあまり声が裏返ってしまった。何事かと周りの人がこちらを見てくる。

わたしは恥ずかしさのあまり俯いた。

「花火見に来たのに俯いてたら見えないよ?」

「今顔赤いから…見られたくない」

わたしが小さく呟くと、細川くんは何も言わずにわたしの前で待っていた。

数分経ちわたしが顔を上げる。

「はい。まだハンカチ受け取ってないでしょ?」

細川くんが照れくさそうに右手にハンカチを差し出しながら言った。

左手で差し出されたハンカチを受け取る。

「ありがとう。それにしてもなんで河川敷に細川くんがいるの?メールでは来ないって…」

「来ちゃダメだった?」

「そんなことないけど…なんでいるの?」

「んーお母さんがいつもよりも早く仕事から帰ってきて、たまには夜も夏らしいことしてきなさいって、無理やりお金を渡されたから」

細川くんはなるべくわたしと目を合わせないように気をつけているのか、わたしの足元を見ながらこたえた。

「花火見に来たのに俯いてたら見えないよ?」

ついさっき細川くんに言われた言葉をそのまま言い返してみる。

しかし、細川くんは俯いたままだ。

「細川くん、わたしと目を合わせないようにって下を向いてるんでしょ?花火の時くらい上見ようよ。もし能力が働いちゃっても気にしないし」

「でもずっと能力のせいで迷惑かけちゃって悪いなって…」

「気にしなくてもいいって」

「うん」

細川くんはそう言って顔を上げた。

「そういえば、花火の写真撮らなくていいの?」

「あ、すっかり忘れてた」

わたしは右手に握っていたスマホを夜空に掲げようとする。しかし、いつの間にか人が増えてしまい思ったように花火を撮ることが出来ない。

「人が増えちゃって上手く撮れないや」

「どこか人が少ないところに移動しようか?」

細川くんにそう言われて、私はスマホを見て時間を確認する。結衣から通話が来るまであと10分くらいありそうだ。

「うん」

わたしが頷くと細川くんは周りを見渡して比較的人が少ないところを見つけてくれた。

細川くんの後ろをついて行く。


1分くらい歩くと比較的人が少ないところに着いた。

「じゃあ僕はそろそろ行くから、写真撮るの頑張って」

わたしに言い残して細川くんはこの場を離れようとする。

「待って」

わたしはなぜか細川くんを呼び止めてしまった。自分でもなぜ呼び止めたのかわからない。

どうしたのかと細川くんが振り返る。

「細川くんって花火は誰かと見に来てるの?」

「母さんに急に言われたから1人だけど」

「それじゃあもう少し一緒にいてくれない?友達が帰ってくるまで1人だと寂しいから」

「別にいいけどその友達に変な誤解されない?」

細川くんは少し困った顔で答えた。

「通話で連絡してから集合だし、幼なじみだからだいじょうぶ」

「ならいいけど」

そう言って細川くんはわたしの隣に並んだ。


暗闇の中に明るい花が咲く。その度にわたしは、スマホの画面をタップした。

隣にいる細川くんも黙って夜空を見上げている。

わたしが何かとは話しかけた方がいいかな。そう思った時、夜空に掲げていたスマホが鳴った。画面を見ると結衣からの電話だった。通話に出て集合場所を確認する。

「友達から集合場所言われたからそろそろ戻るね。急に友達が来るまでとか言って付き合ってもらってごめん。ありがとう」

「僕は1人だったからちょうど良かったよ」

細川くんは笑ってくれた。

「じゃあね」

わたしは別れの挨拶を告げ集合場所へ向かって歩き始めるが、いきなり転びそうになる。足元に違和感を感じ、見ると右足の鼻緒が切れてしまっていた。多分、結衣に思いっきり手を引っ張られて体勢を崩した時だ。

あの時はなんともなかったが、相当下駄にダメージが来ていたのだろう。このままでは長い距離を歩くことは難しい。

「転びそうになってたけど、大丈夫?」

見送ってくれたはずの細川くんが、後ろから声をかけてきた。

「右足の下駄の鼻緒が切れちゃって…」

わたしは切れてしまった鼻緒を見ながら答える。

「ちょっと座って?」

細川くんにそう言われたので、なんとか人が通らないところの道端まで移動してしゃがむ。

すると細川くんは自分のポケットから大きなハンカチを取り出し、縦に裂き始めた。

わたしは目の前で起こっていることが理解出来ず、ポカーンと眺めている。

「鼻緒が切れた方の下駄貸して?」

細川くんに言われるがまま、右足に履いていた下駄を差し出した。すると、縦に裂いたハンカチをねじねじ回すと今まで鼻緒が通っていた穴に通し始めた。


目の前の光景をぼんやりと眺めていると数分も経たないで作業が終わった。

「はい。これで多分履けると思う」

細川くんは鼻緒が戻った下駄を差し出してきた。

さっそく立ち上がって直された下駄を履いてみる。すると、なんの違和感もなく普通に歩くが出来た。

「ありがとう。細川くんって物とか直すの得意なんだね」

「あんまりお金ない家だから、毎回物とか直して使ってたんだよね」

細川くん照れくさいのかは右手で前髪を触っている。

「また切れるといけないから、集合場所まで着いてくよ」

「でもさっき変な誤解されたくないって…」

「それよりもまた赤井さんの下駄の鼻緒が切れて歩けなくなった方が大変」

「細川くんがいいならいいけど…」

わたしはそう答えてもう一度集合場所に向けて歩き始めた。


集合場所の手前まで着くとすでに結衣が炭酸ジュースを片手に待っていた。結衣に気づかれないように手前で別れる。

「ありがとう。またね」

「じゃあね」

今度こそ別れると細川くんは、踵を返し歩き始めた。


「結衣、お待たせ」

「遅いよー、何やってたの?」

「なんでもなーい」

ワタシはつい笑みをこぼしそうになる。

「何にやにやしてるのー?」

「なんでもないって〜」

「変なの」

結衣が笑うのと同時に夜空に花火が上がる。花火の色鮮やかな光が二人を照らした。

「あれ?暗かったから見えなかったけど、下駄の鼻緒が左右で違くない?」

「これはその…」

私はなかなかいい言い訳が見つからず黙り込む。

「さては私と別れた数十分の間に何かあったな〜?何があったかまた教えてよね」

結衣にしては珍しく勘が冴えている。いくら天然とはいえ結衣相手にこうなったらもう言い訳できない。

「大したことじゃないけど、また今度ね」

わたしが答えると、轟音とともに夜空に無数の花火が上がった。

「最後のスターマインだ!」

結衣が色鮮やかに染まる夜空を見上げる。

それにつられてわたしも夜空を見上げた。


結衣と別れて家に帰ってくると、既に10時半を過ぎていた。

「遅くなったわね。早くお風呂入って寝なさい」

リビングでくつろいでいたお母さんに言われる。

疲れ切っていた私は来ていた浴衣を脱ぎ、お風呂に入った。


お風呂からあがり、リビングへと向かう。

「そういえば、片方の下駄の鼻緒が変わってたけど何かあったの?」

リビングにいたお母さんに聞かれてはっとした。

そういえば、細川くんが鼻緒を直してくれた時は唖然として何も思わなかったけど、よく良く考えればこの鼻緒に使われてるハンカチって細川くんのだ…しかもこのハンカチは確か縦に破り裂いてなかったっけ?またなにかお返ししないと。

「それはその…鼻緒が切れちゃったから」

わたしは曖昧な返事をした。

「あらそう、葵が切れた鼻緒を直せるなんて意外ね」

お母さんは独り言のように呟くと、寝室へ向かっていった。


自分の部屋に入りベッドへとダイブする。

細川くんへのお返し何がいいかなぁ…とりあえず感謝だけでもメールで伝えとかないと。

わたしはメールの画面を開いた。すると、細川くんのアドレスからメールが一通届いていた。

なんだろう。花火を見終わったあとで浮かれていたのか、少し変な期待をしつつもメールを開いてみる。


「下駄の鼻緒だいじょうぶだったかな?」

後のことまで考えてるって細川くんらしい。でも、細川くんに見せるために浴衣を着たわけじゃないけど、どうせ見られちゃったなら少しくらい感想欲しかったなぁ。わたしは1人でに少しがっかりする。

でも、それだけでくよくよしていてもしょうがないのでとりあえず返信を打とうとした。

再度画面に触れて返信ボタンまで指を動かす。すると、メールの画面が下にスクロールできることに気づいた。なんだろう?とりあえず1番下までスクロールしてみる。


「…今日の赤井さんの浴衣姿とても似合ってたよ」

──ずるいよ、こんなの…

細川くんの思いがけない言葉に、わたしは枕に顔を埋めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る