掲示板──細川夜
危なかった。まさか赤井さんがこの書店に来ていたなんて予想外だった。本棚の間を抜けながら、急いでカウンターの裏にある休憩室に戻る。
「細川、具合でも悪くなったのか?」
カウンターに居た店長の倉本さんが作業をしながら尋ねてきた。
「少し目眩がして…10分ほど休憩させてもらいます」
「わかった。無理するなよ」
倉本さんはそれだけ言って、業務作業へと戻って行った。
6畳ほどしかない休憩室に入り、椅子に腰掛ける。
休憩室の外では店内でなにかあったのかなにやら店員さんの話し声が聞こえた。
それにしても赤井さんに僕だと気づかれてしまっただろうか?マスクをしていたから、僕だと気づかれてなければ良いが…。でも、赤井さんとばっちり目が合ってしまった。赤井さんがぼーっと突っ立っていたのを見ると、能力が働いてしまったのだろう。その間に逃げれたのは良いものの、能力が働いてしまった以上、結局僕だとバレてしまったに違いない。
しかし、今回は新たな発見もあった。
どうやら相手が過去の記憶を見始めてしまったら、その場面が終わるまで僕が目を逸らしてもその回想は続くようだ。
それでも自分の能力について知らないことが多すぎる。能力に関する何らかの手がかりがないのか。このままでは迷惑をかける一方だ。
椅子に座りながら拳を強くにぎりしめた。
5時になりアルバイトが終わった。
着替えをしている最中倉本さんが休憩室まで心配しに来てくれた。
「結局長い間休んでたけど体調良くなったか?また明日も頼むぞ」
あの後結局10分ほど休むと言ったのに、思ったよりも体調が回復せず30分も休んでしまったのだった。
「休めたおかげでもうだいぶ良くなりました。ありがとうございます。それよりも僕が休憩室に入ったあと店内で何かありましたか?」
店内で何かあったら自分にも関係するかもしれないので一応聞いてみる。
すると、倉本さんは少し顔をしかめながら答えた。
「細川が戻ってきたあと、店内でぼーっと立ち尽くす1人の女の子がいたんだ。それで、その女の子が立っていた本棚のところを整理しようとした他の店員が、声をかけたんだが…反応がなくてな。どうしたのかと少しばかり騒動になってただけだ」
一人の女の子が本棚の前で立ち尽くしていた…。
「まさか細川の能力を働かしたりしてないよな?」
倉本さんにそう言われ、心当たりがあり、少しギクリとした。冷や汗がする。
「もし能力が出てしまったならちゃんとそのあとのことも考えろよ」
「はい…」
倉本さんは僕にそれだけ言って業務作業へと戻って行った。
アルバイト先の店長である倉本さんは、僕に特殊な力があると知っている数少ないうちの1人だ。もうこの書店で1年以上も働いているので、さすがに教えておいた方がいいだろうと思い僕が夏休み初日のアルバイトで教えた。教えた時も思い当たる節がいくつかあったのか、すんなりと受け入れてくれた。
書店を出ると空がオレンジ色に染まっていた。
途中買い物を頼まれていたのを思い出し、スーパーに寄ってから家に帰ることにした。
家に着くと、お母さんはまだ帰ってきてはいなかった。お母さんが帰ってくる前に、洗濯物を取り寄せ、炊飯器の電源を入れる。そのままお風呂場にいき風呂洗いを済ませる。
家事が一通り終わり、リビングのソファーでくつろぐ。
スマートフォンを開くと画面には18:00と表示されていた。そして、メールが1通来ていた。
僕のメールアドレスを持っているのは赤井さんだけ…書店でのことではないといいが。僕は恐る恐るメールの画面を開いた。
すると、案の定赤井さんからメールが来ていた。
「細川君ってアルバイトとかやってるの?今日書店で細川君に似た店員さんを見つけたからそうかな?って」
僕がアルバイトをしていることがバレていないようだが、疑われている。さすがに誤魔化すのは難しいだろう。アルバイトをしていることを明かすのは別にいいのだが、特別な事情まで詮索されると少しだけ困る…。それに、書店で声をかけられるのは面倒だ。でも、嘘をつくのは嫌だったので正直に言うことにした。
「アルバイトやってるよ。書店での似た店員さんってのは僕のことだと思う」
短い文で赤井さんに返信をすると、ちょうど母親が仕事から帰ってきた。
「今日もアルバイトやってきたの?」
お母さんが机の上に荷物をおろしながら僕に尋ねる。
「うん。夏休みに入ったしいつもよりもシフトの量を増やそうと思って、明日もまたバイトがあるから今日は早く休むね」
「あらそう、なるべく無理しないでね」
「分かってるって、お母さんも無理しないでよ」
そんな会話をしながら僕は夕食の支度を始めた。
夕食をすませて2階にある自分の部屋に入る。ベットの上に仰向けになると疲れからか今にも寝てしまいそうだ。しかし、やらなければならないことがある。
寝てしまう前にスマートフォンを取り出しブラウザを起動した。
「人 特殊能力について」
自分の能力について少しでもわかる事がないかと、検索欄に特殊能力とかいうわけも分からないワードをいれてみた。ファンタジーの世界かなにかだろうか。しかし、ありえないと思うことがこの現実で起こってしまっているのだ。
半分ダメもとで、検索欄の右側にある検索のマークを押してみる。
検索すると、案の定最初の方はよく分からないゲームの攻略サイトやそれこそファンタジーの世界を描いた映画や小説のホームページが出てきた。
自分は何をやってるんだろう。検索したって出るわけないのに。自分自身に呆れつつスマホの画面を下にスライドしていると、ひとつの掲示板を見つけた。
「この世の中にごく稀に存在する特殊能力をもつ人達」
タイトルが気になってその掲示板を開いてみた。
「自分はこれから先に起こること(未来について)が夢として見ることが出来る能力を持っています。夢に出てきたものが現実になってしまうのがとても嫌です。見ることが出来るのは自分の周りのことだけですが、友人や家族が亡くなる夢を見た時はこれから先本当に起こってしまうのかと思うと本当につらいです。この中にこのような能力を持っている方はいませんか?」
「私は周りにいる人の感情を直接読み取ることが出来る能力をもっています。自分が意図していなくても人の妬みや恨みが私の頭の中に響いてきてとても辛いです。また、話している相手の感情も直接私の中に入ってくるので表面上は仲良くして貰えてても、話してる最中、うざいとか、今話しかけてくるなよとか…知りたくもない悪い感情が私の中に入ってくるのがとても辛いです。同じような能力を持っている方はいませんか?」
そこには、スマホの画面を下にスライドしてもきりがないくらいたくさんの投稿があった。
自分の能力についての投稿がある。僕の能力と似た能力を持っている人がいるかもしれない。少しでも自分のためにならないか。
僕は気づくとその掲示板を夢中になって漁っていた。
なかなか自分と同じ能力を持つ人の投稿が見つからない。この掲示板の投稿を見た限り、どうやら世の中には同じ能力を持つ人が複数人いるらしい。その特殊な能力を持った人達がここの掲示板に自分の能力について書き込むことによって、同じ能力を持つ人を探し出し、互いに協力しようとしているようだった。
自分と同じ能力を持つ人が見つからないなら自分の能力について投稿してみるか。慣れないながらも僕は文章を作成し始めた。
「初めてここの掲示板を使う者です。早速自分の能力について書こうと思います。自分は相手の過去を見ることが出来る能力を持っています。細かく説明すると、自分とその相手とが目を合わせるとその相手は意識が飛んで過去の回想を見ることになります。その間は、自分のところに相手が見ている回想(相手の人の過去の記憶)が自分の所へ伝わってきます。一瞬だけなら目を合わせても大丈夫なのですが、相手が回想に入るとその回想の結末が来るまでは回想は終わらないみたいです。このような能力を持っている方がおりましたら返信を下さると幸いです。」
文章を作成し終わり右上にあった投稿のボタンを押した。少しでも自分の能力についてわかることがあればいいが。少し期待しつつスマートフォンを横に置いた。
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