店員さん──赤井葵
夏休みが始まり、部活動をやっていないわたしは暇を持て余す日々を送っていた。
「いつまでも家でぐうたらしてないで、少しは外に出てくれば?」
キッチンでお昼ご飯を作っているお母さんが言ってきた。
「外暑いし、それにクーラーがかかってる家の中の方が涼しいもん。それに、外に出てもやることがない」
「やることがないなら、午後に晩御飯の買い出しにでも行ってちょうだい。どうせ家にいてもテレビを見てるだけなんだから」
確かに家にいてもテレビを見ているだけだ。わたしは渋々うなずき、ちょうど出来上がったお昼ご飯を食べ始めた。
ご飯を食べ終える。少し休憩したあと身支度を整え、お母さんからメモとお金を受け取り外へ出た。
真夏の日差しが容赦なく照りつける。こんなに暑いなら外に出なければよかったと半ば後悔しつながらも、近所にあるスーパーに向かって歩き始めた。
買い物が終わり時計を見ると短針が3時を指そうとしていた。スーパーの一角にある休憩スペースで買ったアイスを食べながら、これから何をしようか考える。せっかく外に出てきたのだから、暑いけど少し寄り道をして行こうと思った。だが、案外買った物が多く一旦家に帰ることにした。
家に着き、荷物を置くとお母さんが玄関先までやってきた。
「おつかいありがとう。せっかく着替えたんだし、まだ時間があるからどこかへ行ってくれば?」
お母さんはわたしに千円札を1枚渡し、荷物を持ってキッチンへと向かっていった。今日のお母さんやけに機嫌がいいな。いつもなら手伝いしても何もくれないのに。お金貰っちゃったからどこか行くしかないか。わたしはまた玄関の扉を開けた。
住宅街を歩きながら、どこへ行こうか考えていた。
電車に乗れば、比較的大きなショッピングセンターに行くことが出来る。時刻を確認するため、スマートフォンを見ると午後3時を回っていた。これじゃあ帰りが遅くなりそうだな。私はしぶしぶ電車に乗るのを諦めた。そのかわり、夏休みが始まる前、学校で読んでいた本がちょうど読み終わったことを思い出し、近所の書店へ向かうことにした。
書店に入るとエアコンの冷気が、真夏の日差しで熱くなった体を癒した。
次は何を読もうかと小説の置いてある棚に向かう。その途中、本棚に向かって何か作業をしているらしい店員さんを見つけた。こちらからは後ろ姿しか分からないが、どこかで見たことがある気がする。それが、細川君の後ろ姿に似ていると分かるまでには、1秒もかからなかった。だが、わたしたちの高校は基本バイトが禁止だ。きっと、ただ単に似ているだけだと思い、結局声をかけるのをやめた。
本棚の前に立ち、本の表紙のイラストを眺めている。
好きな作家さんが新刊を出していないか確認するが、どの作家さんも新刊を出してはいなかった。わたしは仕方なく、本棚から気になるタイトルの本を取り出しては、裏面のあらすじ見みていく。それでも、いまいち読みたいと思う本が見つからない。
本棚の前で一人で悩んでいると、さっき見かけた店員さんが作業だろう。さっきまで、わたしが見ていた本棚の前にやってきた。本棚の隅で何か作業を行っている。どうやら、わたしの存在には気づいていないようだ。
わたしはついさっき細川君に似ていると感じた違和感を忘れることが出来なかった。何か分からないかと、本棚に向かって作業をしている店員さんに気づかれないように遠目で見ていた。
その時、ちょうど作業を終えたらしい店員さんがわたしがいる方に振り返った。
店員さんと目が合う。その瞬間目の前が真っ白になった。
炎天下の中蝉の鳴く声が聞こえる。どうやら私は公園で遊んでいるようだ。
近くには結衣と小学生の頃仲が良かった真衣ちゃんがいる。どうやら、わたしはまた過去の記憶を辿っているらしかった。
「ねーねー、今日は何して遊ぶ?」
真衣ちゃんが無邪気な笑顔ではしゃぎながらわたしに問いかけてくる。
「今日は暑いから家の中で遊ぼー?」
「賛成ー!」
3人とも意見は合致し、はしゃぎながらわたしの家へと向かった。
数々のぬいぐるみや絵本が置かれていたわたしの部屋で、2人とも何をして遊ぼうか目をキラキラと輝かせている。
「この絵本面白そう!!」
元気を持て余している真衣ちゃんが、絵本を両手で抱えながらこちらに向かって走ってきた。
「えーー、真衣ちゃんこの本も面白そうだよ?」
結衣も真衣ちゃんに負けず劣らず元気だ。
どちらの持ってきた絵本もわたしのお気に入りの絵本だ。
「私の持ってきた絵本の方が絶対に面白い!!こっちを読むの!!」
「私こそ真衣ちゃんが持ってきた方絵本よりも絶対面白いからね!!」
2人はどっちの絵本を読むかで喧嘩をしているようだ。
わたしは何も出来ずにただただ眺めている。
「絶対私の絵本を読む!!」
「私の絵本こそ!!」
段々ヒートアップしていく。しまいには真衣ちゃんは結衣の持っていた絵本を取り上げてしまった。
「絶対私の選んだ絵本を読むんだから!」
そう言って結衣から取り上げた絵本の1ページ目を破ってしまった。
その光景を見たわたしは、ただ愕然としている。
「酷いよ、真衣ちゃん…それ葵ちゃんのだよ?」
結衣は涙目で呟いた。
「ごめん……葵ちゃんごめんなさい……」
真衣ちゃんは申し訳なさそうにわたしに謝ってきた。
「絵本はまた買えばいいから気にしなくてもいいよ……でも、今日はもう帰って」
当時のわたしはお気に入りだった絵本を破られてしまったショックから泣き出してしまった。
その瞬間、目の前がまた真っ白になる。
気がつくと、もうそこには店員さんがいなかった。この感覚……細川君と目が合った時と全く同じだ。
わたしは見失ってしまった店員さんを見つけるべく、本探しを一旦辞め、書店の中を探し始めた。
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