第5話:不思議な店と、決別

(第5話)

 * * *


 宿に泊まって3日も経つと、朝に慣れてくるもので、カイトは第1鐘時には起きた。

 身だしなみを整え、ユリアを呼んで朝食を摂り、散策に出る。


 昨日は表通りを見たので、ちょっと足を伸ばしてみるかと考えながら、カイトは狭めの路地に入っていく。

 こういうところには、胡散臭い商店とか道具屋があるが、掘り出し物が見つかるというのはテンプレである。


 そう言った理由で、ユリアに聞いたのがこの場所だった。

 意外と――当然かもしれないが――ユリアは街に詳しいので、色々カイトとしては助かっている。


 しばらく歩き回り、中央広場からはかなり離れた奥に来たところで、カイトはふと振り返った。


 ちょうど振り返った位置からしか見えないような建物の影。

 そこにもはや小屋にしか見えない建物があった。

 かなり古びた外装だが、何となく惹かれるものを感じたカイトは、その建物に入る。


 入り口のドアを開けてみるが、特に誰かが出てくるでもなく、無造作に積まれた骨董品がお出迎えをしてくれる。


「誰かいるか? 少し見たいんだが……」


 少し大きめの声で呼びかけるも、特に反応はない。

 カイトは首を傾げつつ、一歩小屋の中に踏み込んだ。


 特に入っても、誰が出てくることはない。

 正面には、骨董品にまみれたカウンターが鎮座している。

 瞬間、入ったドアが勝手に閉まったため、カイトは肩越しに振り返りドアを見据える。


 だが、特に誰かが入ってきた様子もなく、気配もないのでカイトは正面を向く――


「なっ!?」


 正面のカウンター。

 ちょうど骨董品の載っていない部分に、1人の人物が腰掛けていた。

 恐らく店主と思わしき人物は、口元を歪め、笑う。

 それは何とも危険な――そう、取り返しの付かないような蠱惑的なものに見える。


(こいつ……只者じゃないな)


 店主はフードを被っており、顔立ちや口元以外の表情は見えない。

 だが、どことなく女性と思わせる服装やスタイルから、この店主は女性とみて間違いがないのだろう。


 カイトは警戒を強める。

 それはその人物の笑った表情に対してでもあったが、何よりも――


(気配を完全に絶っている……普通、こんな表情していれば少なからず気配が出るはず)


 それなのに、目視するまでは認識出来なかったのだ。

 そう思い、いつでも動けるように爪先に力を込める。

 すると、店主から声が掛かった。


「うん? 初めて見る顔じゃな? お主……この街は初めてかのう?」


 濃い紫色のローブのフードを目深に被る女性。

 そして、指輪と様々なアクセサリーで飾っている。


 はっきり言って、あまり接点を持とうと思われないであろう人物である。

 口調は老婆のようなものだが、声質は非常に若い女性のようにも感じる。

 ふと見ると、フードの間から鴉の濡れ羽色のような艶のある黒髪が見えているのが分かった。


「……何者だ?」


 胡散臭さを煮詰めたような姿に、カイトは更に警戒を強める。

 念のために、袖の内側に隠した短剣を抜けるように準備しておく。


「おや、そんな怖い顔をせんでおくれ。大体妾の店に入ってきたのはお主じゃろ? 妾は単なる占い師じゃよ……それと趣味で骨董品を集めとる。どれお主、もう少し近くに寄るのじゃ」


 そんなカイトの様子も気に留めず、自分の事を占い師と名乗る女性。

 そして、そのままカイトに近付くようにと勧めてきたのである。

 一瞬躊躇うカイトだったが、特に女性からは敵意を感じられないこと、どちらかと言えば抑えきれない好奇心というものを感じ、カイトは一歩踏み出して彼女に近付く。


 すると彼女はカウンターから降り、カイトを間近で見ながら、あちらこちらと視線を巡らせる。

 といっても、彼女は身長がそこまで高くないのか、ちょうどカイトの胸辺りを見ている状態だ。

 

「ふんふん……ほうほう……中々珍しいのう。それに……希有な運命じゃ……」

「……そうなのか?」


 一体何をみてそう彼女が判断したのか。

 それは分からないが、カイトは自分自身が珍しいということにはその通りだと思っていたので、特になんとも思わなかった。

 だが、彼女が述べた「希有な運命」というのは引っかかる。


 彼女は自分が転生者である事に気付いたのだろうか。

 その鋭さに少し解いていた警戒を強めたが、表情は変えずに彼女に聞き返す。


「まあのう……妾のように人をよく見ておると、占いに頼らずとも分かる部分もあるのじゃが……やはりお主はここの・・・人間じゃないのう……」

「……!」


 明らかにこの占い師は自分がどういう人間なのかを理解している。

 そう思ったカイトは半歩下がり、警戒していることを隠そうともせずに彼女を見据える。

 その瞬間、カイトの魔力が湧き上がり、カイトの周囲に青い魔力が陽炎のように揺らめく。


「おお、怖い怖い……ほらほら、そんなに気に出してはならん……もうちと気を抑えんとのう……」


 怖い怖いと言いつつも、笑いながら話す彼女。

 その様子を見てカイトは驚くと同時に、納得もした。


 カイトの魔力を見ても反応できるということ。

 それは彼女が見た目以上に実力を持つことを示している。

 それに、彼女の言っていることが何ら間違っていないのは確かなので、カイトは大人しく頭を垂れた。


「……忠告痛み入る」


 精神的な年齢としては既に三十路近くなっているが、それでも忠告されたということで微妙に悔しさを滲ませた言葉になってしまったようだ。

 カイトのそんな様子を見、カイトの顔を見据えながら、彼女は微笑む。

 その瞬間、顔を上げたためだろう、一瞬だけ彼女の顔が見えた。

 黄金色に輝く瞳を持つ彼女は、それを細めながら言葉を紡ぐ。


「ふふっ……素直な奴じゃの。若人……若人かのう? まあ、道を示すのも、妾の仕事じゃて……じゃが注意せよ、そう遠くないうちに面倒に巻き込まれる相が出ておる。下手を打つと……終いじゃぞ」


 恐らく彼女は見た目通りの年齢ではない。

 それを感じさせる重み、というのをカイトは感じていた。


 そしてこれからの面倒。下手を打つと終わり。

 つまり、迂闊なことをすれば命に関わるということなのだろう。

 それを聞いたカイトとしては気の引き締まる思いである。


「既に面倒は経験しているんだが……まあ、分かった。今後も気を付けるよ」


 盗賊に出くわし、貴族と行動を共にし、冒険者登録すれば他の冒険者から絡まれる。

 既に面倒ホイホイになっているカイトは、苦笑しながら彼女に言葉を返す。


「おう、そうじゃな。精進せえよ」

「ああ」


 そう言って、カイトの背を叩く彼女に励みをもらい、カイトは店を出て行く。

 彼女はカイトが見えなくなるまで見送ると、フードを下ろして片頬笑む。


「ふふふ……彼奴が例のカイトかの? まさかこの状態・・・・の店を見つけるとは思わなんだ。見所だらけの奴じゃが……あれは果たして人間かのう……?」


 彼女は魔力を見る能力もある。

 彼女からすると、カイトの魔力は非常に莫大な物に見えたのだ。

 それは荒れ狂う海のように。

 圧倒的な母なる海のように。


「ふふっ。楽しみじゃの」


 そう呟くと、彼女はその場から姿を消した。


 * * *


「なんか、不思議な人だったな……」


 先程出会った占い師のことを考えながら、カイトはひとり呟く。

 自分のことを、完全でないにしても普通と違うことを見破った慧眼。


 敵にはしたくないと思いつつ、だがまた会いそうだと何となく感じながら、カイトは通りを歩く。


「あ……ミスったな。さっきの店で何か無いか探し損ねたな……」


 カイトは先程の女性の店で、面白いものが無いか探すのを忘れていた。

 あまりにも予想外な人物だったためか、完全に頭から抜けていたらしい。


 カイトはさっきの通りに戻り、もう一度店を探す。


 だが、結局見つけられず、仕方なくそのまま何件か道具屋や露店、少し怪しげな薬屋などを見て回ることになった。

 しかし、特に気になる物がなかったのと、ちょうど第3鐘時の音が聞こえたので、途中で見かけた本屋で数冊の本を購入し、カイトは宿に戻ることにした。


 ――あの不思議な占い師のことを考えながら。


 * * *


 タイミング良く大樹の恵み亭で昼食を摂ったカイトは、ユリアを呼んで紅茶を入れてもらってから、本を読み始める。


 それはさっき購入したもので、魔法についてのハウツー本であった。

 莫大な魔力を持つカイトだが、使ったのはアリシアを治療したときだけで、それ以降試しようがなく、放置していた。


 だが、自分の能力である以上、使いこなせるようにしておかなければいけない。

 自分の武器のこともある。

 今のうちに知識を取り入れ、応用の時まで蓄積する。


 カイトにとって、知識は裏切らない、と信じるものだった。

 気付くと既に第4鐘半を過ぎ、外が夕焼けに変わっていく様子を眺める。


「そろそろ、冒険者として依頼受けないとな……」


 そう呟きながら、通りに目を向ける。

 ちょうど、セレスティーヌやアリシアたちの乗る馬車が戻ってくるのが見える。


「ん……帰ってきたな。さて、と」


 アリシアたちに伝えるべき事。

 どうやって切り出すか、どこまで信じてもらえるか。

 そんなことを考えながら、ソファーに座り直し、冷たくなった紅茶を啜る。


「……ユリアは凄いな」


 ふと、そんな呟きを零す。

 彼女が紅茶を入れてくれたのは、恐らく1時間は前だろう。


 無論、香りは温度が高いときの方が感じやすい。

 だが、冷めても味が落ちず、またこれも一つのお茶の楽しみ方とすら思わせる、そんな味だった。


 紅茶を飲み終え、ソーサーをサイドテーブルに置くと同時に、ドアをノックする音がした。


「カイト様、アリシア様がお見えです」


 そうユリアは告げると、後ろに立っていたアリシアに「どうぞ」と言ってから、部屋を出ていった。

 その様子を目の端に捉えながら、少し憮然としたような口調で口を開く。


「なかなか主従しているようだな、カイト。いつの間に手籠めにしたのやら」


 そう言いながらも色白のエルフ騎士は、怒っているというより少し拗ねたような声でカイトに話しかける。

 少し頬を膨らまして、いかにも納得いかないという表情をしていたが、別にこれは意識して行っているのではなく、ただ純粋に心が表情に出ただけであった。


 といっても、カイトはちょうど本を片付けていたため、その表情を見ていないのだが。

 だが、流石に拗ねたような声は聞こえているので、心の中で首を傾げつつアリシアに話しかける。


「人聞きの悪いことを言うなよ。でも、ちょうどよかった。少し話したいことがあるんだ」

「論より証拠と言うではないか……ん? ああ、昨日そういえば言っていたな?」


 軽口を叩きつつ、アリシアはカイトが昨日話したいことがあると言っていたことを思い出した。

 何だろうと思いつつ、カイトの正面に座る。


「色々とな……少し先に聞きたいんだが、アリシアが最も信頼する部下は誰だ?」

「どうしたいきなり……そうだな、信頼できるのはリンデ……だろうな。彼女は幼馴染みだし、セレスティーヌ様に最初から仕えているのは私と彼女だぞ?」

「そうか」


 アリシアは自信満々といった態度でそう言い放つ。

 確かにリンデ――ジークリンデはかなり堅物のような雰囲気だった。

 笑顔を見せるよりも理論が口から出てきそうなタイプだった。


 密かにカイトは「委員長」と心の中で呼ぶほどである。

 カイトはリンデも呼ぶことにした。


「アリシア、ジークリンデ殿も呼んでいいか? 重要な話がある」

「分かった。だが、わざわざそう呼ぶ必要はないぞ? リンデと呼んでやれ、カイト」

「そうは言ってもな……まあ、いいか」


 そう呟くと、カイトは手元のベルを鳴らす。

 これは、部屋に付いている紐を引くタイプではなく、ハンドベルのようなものだった。


 するとすぐにユリアが入ってくる。


「カイト様。お呼びでしょうか」

「ああ。4号室のジークリンデ殿をお呼びしろ。あと、紅茶と何か摘まめるものを」

「かしこまりました」


 そういって、ユリアは下がっていく。

 本来ここまで宿の職員を使うというのはおかしいのだが、カイトは気にしていないようだ。


「……カイト、君は貴族でもやっていけそうだな」

「は? 何を言い出すんだ?」


 あまりにも指示を出すことになれているカイトに対し、アリシアは呟く。

 だがカイトとしては、特に何も思っていないようだった。


「……自覚がないときたか」

「?」

「いや、いい。――リンデ、来てくれたか」


 少し呆れたように呟いたアリシアだったが、明らかにカイトが分かっていないので話を打ち切る。

 ちょうどそのタイミングでリンデが部屋に入ってきた。


「ありがとうユリア。しばらくはいい、部屋に誰も通さないでくれ――すまないな、ジークリンデ殿。少し2人には話しておくことがある」


 ユリアが退出すると同時に、カイトはリンデにもソファーに座るように頼む。

 それに対して素直にリンデは座ると、紅茶を一口飲んでからカイトに聞いてきた。


「それでカイトさん……一体どういう理由で呼ばれたのか、お聞きしても?」

「ああ……まず、アリシアが君のことをリンデと呼ぶようにと――」

「ま、待てカイト! 何を口にしている!」


 ふと本題に入る前に聞いておくか……と思い、カイトが口にしたのはそんな事だった。

 それを聞いたアリシアが、正面に座っているにもかかわらずカイトの口を塞ぐために身を乗り出す。


「……隊長? いいえ、アリシアさん?」

「は、ははは! 何でもない、何でもないぞ!」


 だが途中まで既にリンデは聞いている。

 なんとなくアリシアが言い出したことが分かったため、リンデはジト目をアリシアに向けて「さん」付けでアリシアを呼び始めた。

 対するアリシアは、笑って誤魔化そうとしている。


「カイトさん、正直にお答えいただきます――」

「――という話は置いておいて。本題だ」

「……後で詳しく聞かせていただきますからね」


 ここでふくれっ面とかはしないのがリンデである。

 きっとアリシアなら食い下がって、ふくれっ面していただろう。


「さて、2人にはこれを見て欲しい」


 そんな2人を眺めながら、カイトはインベントリから例のメダルを取り出す。

 アリシアの前のテーブルに置くと、それをアリシアは受け取って紋章を観察する。

 少し驚いた顔をしながら、2人は口を開いた。


「……これは? 紋章、ですね。それも――」

「――ああ、この図柄であれば帝国の紋章だ。……カイト、どこで見つけた?」


 流石は騎士である。

 2人とも聞くところによると貴族の出身なので、紋章を見ただけで少なくとも国くらいは分かるらしい。

 どこで見つけたか尋ねてくるアリシア。


「それは後だ。先に裏を見て欲しい」


 カイトはアリシアの質問に答えずに、先に裏を見るようにと促す。

 カイトは既に知っていたが、裏には「クライバー=クラナッハ侯爵家」と彫られている。


「裏? ――これは」

「クラナッハ侯爵家……まさか」


 どういうわけか、アリシアもリンデも先ほどより驚いた表情をしている。

 その驚きの表情を見る限り、なにか事情を知っているのだろう。

 そう感じたカイトは、詳しく聞き出そうとさらに尋ねる。


「どうしたんだ?」

「いや、あまりにも意外な名前が出てきてな。クライバー=クラナッハ侯爵家は、既になかったはずだが……」

「そうですね……何故今更という気もしますが……」


 2人はクライバー=クラナッハ侯爵家について何か知っているようだった。

 本でも書かれている位なので、有名な家だとカイトは思っていたが、それでも2人がここまで意外だと言うのには驚いたのである。


「……確かに図書館で見た本では、既に無い家と書いてあったな。でも今更ってなんだ? よく分からないんだが」


 カイトは図書館で見た本に書かれていた内容について2人に話した。

 それは特に大きく間違ってはいないと2人は言う。

 とはいえ、何故セレスティーヌが狙われているのか、その理由が分からない。


「クライバー=クラナッハ侯爵家。それは200年ほど前まで、我がナトゥルラント王国の一子爵だった家の名だ。だが、帝国と内通しており、実際200年前の帝国との戦争では、帝国側に付いて侯爵となった裏切り者。それがクライバー=クラナッハ侯爵家だ」


 アリシアから語られた内容は、ナトゥルラント王国側から見たものである。

 確かに戦争で殿を務めたという記述があったが、裏にそのような事情や流れがあったということは特に書かれていなかった。


 だがそれも当然だろう。

 自分の側に付いている家が、どのような事情で付いているのかなど、正確に書くはずがない。

 どちらかと言えば歴史家は、自分の国がさも素晴らしいかのように一部をねつ造したり、誇張表現するというのはよくある話である。

 こういうところはどこでも変わらないな……などとカイトは考えつつ、口を開く。


「なるほどな。王国からすると許せない相手だろうな」

「まあ、裏切りというのは許されんが、当時であれば強者と思った側に付くのはそう不思議な話ではなかったらしいからな」

「そういうものなのか。意外とドライだな」


 200年も前だと、事情は異なるらしい。

 ある意味領主というのは一国の主である。つまりは、大元が頼りなければ鞍替えをするというのは当時よくあったらしいのだ。

 現在そんな事をすれば、あっさりと討伐軍を組まれて討ち死にだな、とアリシアは笑っている。


「ま、今は違うがな……しかし、こんなメダル一体どこで?」

「盗賊共のアジトだ」


 アリシアとしては、このメダルをどこで手に入れたのか、もしそれが分かれば情報を得て、国や家のために動こうと思いカイトに聞く。

 だが、その回答はアリシアにとって予想していないものだった。


「今、なんと言った……?」


 驚いた声を上げ、アリシアはカイトを見つめる。


(盗賊たちのアジト? カイトはいつの間に盗賊を討伐しに出かけたんだ? 何故こんなものを?)


 そんな思いがアリシアを駆け巡る。

 勿論彼女は、カイトと出会った際にも盗賊がいたことは覚えていた。

 でも、結局誰かに雇われたことは分かっていても、その証拠はないはず……

 だが、カイトの言葉は追い打ちを掛ける。


「君らを襲った盗賊――それのアジトの中で見つけたんだ」

「でも、あのときカイトさん……」


 アリシアだけでなく、リンデも驚いていた。

 カイトが報告に戻ってきた際に、護衛隊のトップとも言えるアリシア、副隊長のオットマー、そして補佐であるリンデは聞いていた。

 確かにカイトは「特に何もなかった」と報告していたのだ。

 何故その時に報告をしなかったのか、と問い詰めたい思いを抑えながら、リンデはカイトに声を掛ける。


「黙っていたのは謝る……だが、余計な不安を掻き立てる訳にはいかなかったし……理由はもう一つあるけど」

「それは……でも、すぐに報告すべきです。違いますか?」


 それに対するカイトの答えは簡単だった。


 余計な不安。

 確かにあの段階では、側にセレスティーヌもいた。

 馬車から少しは離れていたものの、聞かれている可能性も否定できない。

 その点でカイトがすぐに報告しなかった理由は理解出来た。


 とはいえ、それをすぐに報告しないというのは護衛としては問題である。

 そう思いつつ真面目なリンデはカイトに対して憤りを抑えた声で詰め寄った。

 だが、その思いに対してアリシアが待ったを掛ける。


「ふう…………リンデの言わんとすることも分かるがな。まあ、君がそう判断したことについては責めるべきでは無いだろう」

「でもアリシア……!」

「この件についてカイトを責めるな。別に我らがアジトに向かった訳ではないし、護衛を依頼していた訳ではないのだからな……これは護衛隊長としての決定だ」


 確かに基本的に、盗賊のアジトについては発見しその場所を開放した人物が中に残されたお宝などを総取り、あるいは分配するものだ。

 それは分かっている。でも……とリンデが抗議しようとしたが、アリシアの言葉に遮られる。


「……分かりました。でも、そうなるとあの盗賊たちは……」


 確かにあの場でカイトは護衛だったわけではない。

 それに、今だって実際には護衛としてお願いしているわけではないことを思いだし、リンデは頭を切り替える。


 そして改めて考えてみると、盗賊たちの目的が見えてきた。

 それはアリシアも同様だったようで、


「そうだな……狙った理由は恐らく……」

「ええ……」


 特に深く口にするのでもなく、お互いに目線で会話し、納得し合う。

 だが、カイトが置いてきぼりを食らっていることを2人は忘れていた。

 

「……えらく納得しているな。その家が黒幕というのは不思議ではないのか? そんな断絶した家だろ?」


 そんなカイトの言葉を聞き、そういえば説明していなかったと思い出す。

 先ほど責めようとしたお詫びもかねて、リンデがカイトに説明を始めた。


「……いいえ、不思議なことではありませんよ。というより、逆に納得できましたね」

「そうなのか?」

「ええ。なにせシュバリエ家は最終的にクライバー=クラナッハ侯爵家の当主とその息子を討ち、クライバー=クラナッハ侯爵家の断絶の要因を作った家ですから」


 その言葉を聞いてカイトも納得する。

 貴族というものは、家を繋いでいくことを特に大切にする。

 すぐに断絶したというのは、はっきり言って恥だろう。

 そして、その理由を作った相手を憎むというのも、カイトは納得できた。


(大体貴族絡みで命を狙われるというのは、こういう恨みがテンプレだよな……)


 相変わらずラノベを基にした知識が出てくるようだが、あまりテンプレばかりを考えるというのも問題ではなかろうか。

 カイトはこれから起こりうるであろうテンプレを考え、口を開く。


「……つまりなんだ、因縁とか、恨みみたいな理由なのか。誰か一族でも残っているとかか?」

「そういうことだ……とはいってもな」

「そうですね……」


 カイトの思っていたとおり、2人とも一族が残っている可能性というのは考えていたらしい。

 だが、2人とも微妙な表情をしている。

 なんとなく理由が分かったカイトは、2人の考えているであろう事を口にする。


「『なぜ今頃になって狙ったのか』、か?」

「ああ、その通りだカイト。少しでも情報を集めねばな……」

「他の隊員にも協力してもらいましょう」


 カイトの考えていたことは間違っていなかったようだ。

 この件について、2人とも早めに解決を図りたいのだろう。これから何をするかとか、誰を動かすかなど相談を始めている。

 焦りからか、それとも興奮からか分からないが、アリシアは身体を揺さぶりながら熱心にリンデと話をしている。


「いや、止めておいたほうがいいな」


 あまりにも唐突に放たれたカイトの言葉。

 それは興奮気味に話し合っている2人にとって、氷水を被せられるかのように酷く冷静なものだった。


「な、何を……」


 ショックだったのか、言葉を思うように紡げないアリシアに対し、カイトはさらに言葉を掛ける。


「大体、なんで君らはここに来たんだ? 普通公爵家ならば、王都住まいじゃないのか?」

「そ、それは……」


 カイトはシュバリエ家がどこを拠点としているかは分からない。

 だが少なくともフォレスタリアではないことは理解していたし、普通王都の近辺だろうと考えていた。

 だからこそ、何故フォレスタリアにいるのかを聞く。


「……カイトさん、事情というのは全ての人に明かす必要は無いのです。お分かりですね」


 カイトの質問に対し、真面目なリンデは立ち入るなと言わんばかりに声を掛ける。

 理由を明かしたくない訳があるのだろう。

 だが、カイトは理由など聞くつもりはなかった。


「つまり、本来大っぴらにフォレスタリアに来るつもりはなかったんだろ? じゃあ、なんで狙われた? しかも……あんな場所で・・・・・・だぞ?」

「「!!」」


 カイトは元々不思議に思っていたのだ。

 護衛も多いというわけではなく、それなのにあんな森の中で盗賊に襲われるというシチュエーションに対してである。

 冷静に考えれば、例え大っぴらに出来ない理由で行動していたとしても、明らかにおかしな状況だったということ。


「誰がここに来るように画策したのか、何故あんなルートを通ったのか、盗賊たちは誰の依頼を受けたのか……考えることは沢山ある。そんな事情を、誰彼に明かす必要があるのか?」


 本来、貴族が本拠地以外に出かけるのであれば相応の護衛を付けるべきである。

 それに、どこを通るか、いつまでに通過するのかなど、計画がされているはずだ。


 それは護衛対象の安全のためである。

 どこよりも安全な場所を通ることや、開けた場所を通ること。

 それは現代の地球でも当たり前であり、それこそ立場が上であれば上であるほど綿密に、万全を期して行われる。 


 そして、その目的が秘密裏であればあるほど、その情報を知るものは少なくなる。


 それなのに盗賊に襲われたことや、人数の少ない護衛たち。

 まるでこれでは――


「――カイトさん、貴方の言いたいことはつまり……」

「……ああ、俺は君らの誰かが関係しているのではないかと思っている。君らの中で誰かが意図して少ない護衛にし、盗賊をあの場に待機させたんだ」


 シュバリエ家と繋がりのある相手が、情報を流しているのではないか。

 それも、護衛隊という当主の家族と近しい存在が。


 カイトとしては親切のために考えを伝えたつもりである。

 だが、アリシアにとってはそうではなかったようだ。


「カイトお前……私の部下を疑うのか!? 私の部下がそんな事をするはずが――」


 ソファーから立ち上がり、カイトに対して声を荒げるアリシア。

 普段見ている凜々しい彼女からは想像できないほどに興奮している。


 同時に揺れる瞳は、彼女がとてつもなく動揺している事を示していた。

 冷静さを欠いているアリシアに、カイトはさらに言葉を紡ぐ。


「――どうした? こういう話は徹底的に疑ってかかり、いついかなる時も最悪を想定し、客観的に見る――それが指揮官の役目だろう?」

「カイト!!」


 あまりに冷静でないアリシア。

 カイトとしては意外に思いつつ、それでも彼女に忠告する。


 リンデはそれを聞きつつ、考えを巡らしていた。

 先ほどカイトを問い詰めようとしたが窘められたため、今は冷静に考えることが出来るようである。


(確かに、カイトさんの言うとおりおかしいですね……これは下手に話すべきではないでしょう。確かルート決めは……)


 フォレスタリアに到着するまでにどのような手順を踏んだか、それを思い起こしながら冷静さを欠かしつつある幼馴染みに変わり、話を進めることにした。


「――つまりカイトさんは、我々2人以外が知るべきでないと、そうお考えなのですね?」

「そうだな。だからこそ2人だけに話したし、あの場では見せなかったもう一つの理由でもある」

(恐らくカイトさんは、セレスティーヌ様との関係を見ながら私たちに伝えるべきと、そう思われたのでしょうね)

 

 確かにアリシア、そしてリンデは幼馴染みであり、セレスティーヌを妹のように思いながら守ってきた。

 彼女を守るために出来る事を考えつつ、口を開く。


「そうですか……でしたら――」

「――駄目だ。必ず他の隊員にも伝えなければいけない」


 だが、リンデに被せるようにしてアリシアが口を開いた。

 その目はカイトを見据えつつ、覚悟を決めていた。


「アリシア……でも」

「カイト……君があの時命を救ってくれたという恩を忘れたりはしない。だが、今回の物言いについては納得できない。撤回してくれ」


 幼馴染みの様子に疑問を感じつつ、窘めるために口を開こうとするが、アリシアは既に突き進んでいた。

 カイトの言葉がショックだったのか、撤回を求めるアリシア。


「……死ぬぞ? セレスティーヌ嬢が、君達が。確実にだ」

「そうですよアリシア。軽率な行動は控えなくては。我々は……」


 カイトの目つきは真剣で、鋭くなっていた。

 アリシアに対して「死ぬぞ」と告げるカイトを見ながら、リンデも自分の主を守るために口を開く。

 だが、アリシアはゆっくりと首を横に振った。


「我々は共に・・お嬢様を守る護衛隊だ……ならば、皆で事に当たらなければいけない! それが我らの存在意義、矜持なのだ!」

「アリシア!」


 アリシアは拳を握りながらそう宣言する。

 リンデが責めるように声を上げるが、アリシアの決意は揺るがず。


「……そうか」


 そう呟くと、カイトは立ち上がり、2人に背を向けながら窓の外を見つつ口を開く。


「それが君達の決定というならば、これ以上は言わない――さようならだ、アリシア殿」


 「アリシア殿」。

 これまで「アリシア」と呼び捨てにしていたカイトは、アリシアをそう呼んだ。


 それはカイトがアリシアとの関係を断ち切るという意思表示。

 その、いわば拒絶とも取れるような言葉を聞き、リンデは唇を噛みしめる。


(折角の忠告を無駄に……すみません、カイトさん)


 そう思いながらリンデがアリシアを見やると、アリシアはアリシアで身体の横で両拳を握りしめていた。


(分かっている……だが、仲間を信じられなければ、私は自分を許せない……)


 カイトが明確に自分たちと線を引いた。

 その事をアリシアは理解していた、理解してしまった。

 それでも……


(それに、お前のことも信じているのだ、カイト。お前はきっと……)


 心で呟きつつ、努めて不敵に笑みを浮かべながら、アリシアは背中を向けたカイトに呼びかける。

 

「……ああそうだ、この宿の支払いは済んでいる。少なくともあと半月は心配するな、カイト。では、またな」

「………失礼します」


 それぞれの言葉を背中に受けながら、カイトは振り向かなかった。

 だが、2人が部屋を出る寸前、一言呟く。


「……死ぬなよ、馬鹿」

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