第3話:冒険者ギルドと、やはりテンプレ

(第3話)

 * * *


「さて、とにかく登録するか」


 セレスティーヌたちを見送った後、冒険者ギルドに入り登録することにしたカイト。

 扉は左右両開きの扉で、取っ手を手前に引くだけで入る事が出来た。


 見渡してみると中々の広さがあり、入って左にカウンター、正面に掲示板と奥に続く扉、そして階段が見える。

 右手は酒場になっており、併設型なのが分かった。

 まだ冒険者がいる時間帯ではないのか、人はあまりいない。

 数人の冒険者と思われる男性が、酒場のテーブルに着いて大声で笑いながら食べ飲みしている。


 左手のカウンターでは、受付嬢と思われる3人が書類を見ながら何か書いている。

 その中で、あまり忙しそうではない窓口の前に立つ。


「少し聞きたいんだが、冒険者登録は出来るか?」

「ええ、出来ますよ。書類を書いていただくのと、適性属性の確認をさせてもらいます。書類は、必要であれば代筆しますが」


 そう答えてくれたのは、20歳くらいの女性だった。

 栗色のショートボブで、チェックのベレー帽を被っている。

 身長は160cmくらいだろうか。スレンダーでしなやかなスタイルの美人だった。


(おお、美人受付嬢だ……)


 ちょっとテンプレ通りで嬉しくなったカイトである。


「いや、書類は自分で書くよ。……あまり多くはないな、よし……っと。書いたぞ」

「はい、ありがとうございます……カイトさん、ですね。私は受付嬢のレーナと申します。武器は……剣? なぜ疑問形なんですか?」


 書類には名前以外に、使用武器などを記載する欄があった。

 だが、カイトが使うのは錨。しかも変形自在なので、何と書くか迷った挙げ句のものであった。


「いや……なんというかな……俺の武器は色々形を変えられるから、基本は剣なんだが槍にもなるし、鈍器にもなる。そんな物なんだよ」

「はあ……凄い武器ですね。何か魔道具ですか?」

「うーん……なんだろうな。元から持ってたんだよ」


 説明し辛いので、言葉を濁す。

 レーナもなんとなく察したのか、それ以上は追及してこなかった。

 だが……


「おいおい、そんなガキが魔道具なんて持ってるわけねぇだろ! 大体ガキが冒険者になるには早すぎるぜ? とっととママの所に帰んな! ギャッハッハッハッ!!」


 どうも隣の酒場で飲んでいた冒険者の1人が、カイトとレーナの話を耳に挟んで絡んできたようだ。

 その冒険者と一緒にいる他の冒険者も、ニヤニヤと笑いながらカイトを見ている。

 確かにカイトは若く見え、背はあっても体格が良いわけではない。

 それで絡んできたようだ。


「ちょっと! 冒険者になろうとしている人に絡むのはいい加減止めてください! 大体、なんでこんな時間からここにいるんですか! 依頼はまだ達成していないでしょう!?」


 どうもこの冒険者たちはあまり素行の良くない連中のようだ。

 依頼の途中で既に飲んでいるらしい。


「ふんっ! まだ日数はあるんだ! 大体ゴブリン退治なんてチンケな依頼やってられるかよ! そんなのはテメエらでやれば良いってのにクソ領主め!」


 愚痴をこぼしながら、依頼に文句を付け、さらには依頼主の領主に文句を言う。

 反面教師とも言える冒険者の典型例だろう。


「カイトさん、彼らは気にしないでください。結局ぎりぎりになって出来なくて、評判を落としているんですよ。それで……」

「ああやって、酒を飲んでるって訳か。呆れたな」

「でも、基本的に冒険者ギルドは冒険者の行動に対して責任は負いませんし、冒険者同士の諍いを積極的に収めることもありません。冒険者は自己責任ですから」

「なるほど」


 そうやってカイトがレーナと話していると、先ほどの連中の1人が近寄ってきて、カイトに直接絡み出した。


「おい新人! 冒険者登録するのは構わねぇが、俺らが色々教えてやるよ、新人の心得って奴をよ……だから授業料に武器も全部俺らによこしな! ギャッハッハ!!」

「ちょっと! それ以上は……」


 酒を飲んで気が大きくなっているのだろう。

 最早言って良いこと悪いことの区別が付いていないようにも思えるが、恐らく前からこういうことをしているのだろう。

 非常に自然に、カイトに絡んでいる。

 それを止めようとレーナが口を開こうとする。


「やれやれ……実力がないから酒を飲んで新人に絡む……単なるクズが威張って先輩面か。度し難いな」

「「「んだとぉっ!!」」」

「ちょっとカイトさん!?」


 カイトの一言に対して、聞いていた冒険者たちが立ち上がってカイトを囲む。

 レーナは、事を荒立てないようにカイトは動くだろうと思っていたのに、カイトの方が全力で絡んでいったので驚きの声を上げた。


「ガキが……! 表に出やがれ! 一から教育してやらあ!!」

「あいにくだが、教育の『きょ』にすらならんだろ」

「てめえ!! 身ぐるみだけじゃねぇ、腕1本とも言わねぇからな! 覚悟しやがれ!」


 そう言って、カイトと数人の冒険者が表に出て行ってしまった。

 それを見送りながら、レーナは慌てて動き始める。


「と、とにかく! 上の誰かを表に連れて来ないと!」


 * * *


 ギルドの前には人だかりが出来ていた。

 彼らが見ているのは、屈強な数人の冒険者……ではなく、それと相対する青年だった。

 人数は5対1。

 しかも、涼しげな顔をしている青年に対し、屈強な冒険者や今にも飛びかかりそうな殺気を青年に向けている。


「さて」


 青年……つまりカイトが口を開いた。


「もし、お前らが勝てば、俺の持ち物を持って行って良いぞ。カード内の金額も渡そう。

お前らが負ければ、俺はお前らの今持っている物を服以外頂くことにする。怪我については自己責任だ。それでいいな?」

「ふん! 俺らはそれでいいぜ。どうせ俺たちが勝つんだからなぁ!!」


 男たちは、カイトの出した条件に対して文句を付けずに受け入れた。

 彼らにしてみれば、カイトなど簡単にへし折れるようにしか見えない相手だった。

 まあ、カイトの側も男たちに対して同じ見方をしていたが。


 そうやって相対し、いつ始まるかと周囲が考えていたところ、1人の男性がギルドから姿を現した。

 隣にはレーナが立っている。


「お前たち、少し待て」

「あぁ!? ……って、エイベルだと? 何しに来やがった」

「……?」


 レーナが連れてきた人物。

 それは、エイベルという男性職員だった。


「ダリル、お前たちの喧嘩を止めるわけではない。あくまで条件を聞いておくだけだ。そして……カイトといったか、条件に間違いないか? 本気なんだな?」

「ああ」


 絡んできた冒険者――ダリルという名らしいが、彼が条件をエイベルに伝える。

 カイトもそれに同意し、立ち会いの上での喧嘩が始まった。



 * * *


「うおらあっ! くたばれガキ!」

「…………」


 ダリルは大剣を使うようで、上段からの振り下ろしや左右のなぎ払いなどをかなりの勢いで繰り出す。

 既に錨を剣の形状にして手元に出しているカイトは、特に弾くでもなく回避し続ける。

 他の4人もカイトに攻撃を繰り出すが、掠りもせずに躱されていく。


「くそっ! なんで当たらない!?」

「こいつ……! ちょこまかと!」


 のけぞり、身を伏せ、バックステップをし、相手の横に回りつつ、回避するカイト。


(もう少し、紙一重の回避が出来るようにするか……)


 カイトにとっては、単なる練習の場でしかなかった。

 できる限り近いところで回避し、無駄な動きをすることなく最低限で回避する。

 それを、多方面から繰り出される攻撃において行うのだ。


 かなりの精神力、体力を必要とするだけでなく、動体視力、反射神経も駆使して行われる。

 刃引きもしていない武器を前にして、カイトは特に恐怖なく、冷静に対処できていた。


(盗賊たちはほぼ素人だったからな……冒険者の方が強いが……まだまだ余裕だな。そろそろ終わらせるか)


 カイトとしてはこれ以上続けても意味がないので、そろそろ相手を沈黙させるかと考えていた。


「くそっくそっ!! いい加減……くたばれっ!!」


 そう言って振るわれたダリルの大剣。

 疲れと、苛つきから乱れた剣の振り下ろしに対し、カイトはほんの少しだけダリルの剣の腹に剣先を当てて軌道を逸らすと、すれ違いざまにダリルの腕、腹、太ももを剣で「殴った」。


「ぐふっ!?」


 そのままダリルは地面に倒れ、白目を向いて気絶してしまう。

 他の4人も次々に殴られ、気絶する羽目になったのだった。


 * * *


「やれやれ……碌なものないな、こいつら」

「……懐をまさぐりながらその台詞はどうかと思うぞ」


 エイベルはカイトに話しかけながら、溜息をつく。

 相手が酔っているとはいえ、長年冒険者をしている連中を瞬く間に倒したのだ。

 目の前にいるカイトを見ながら、これから起こるであろうトラブルを考えてしまい、溜息をつくしかなかったのだ。


「……さて」


 ダリルたちから条件通りに持ち物を奪ったカイトは、後ろに立つエイベルに目を向ける。


「エイベル殿……でしたか。なぜギルドから出てこられたのです?」


 先ほどレーナは、冒険者は自己責任だと言っていた。

 それなのに、恐らくレーナよりも立場が上であろう人物が出てきたのか、と問い尋ねる。


「いやなに、レーナが『ダリルさんが新人さんに絡んでます! どうにかしてください!』と駆け込んできたんだよ。だから、出てきただけだったんだが……」

「でも、ギルドは冒険者同士の揉め事には不干渉と聞いていましたが?」


 不干渉のはずのギルド職員が出てきたからには、何か理由があるはず。

 カイトはエイベルの言葉に耳を傾ける。


「……まず、俺は貴族じゃないんだから敬語は止せ、気持ちが悪い。不干渉と言っても、あまりにも素行の悪い奴を放置するわけないだろう。それにな……」


 一旦言葉を切って息を継いでから、エイベルはまた口を開く。


「お前はまだ仮登録なんだよ。大体、不干渉については新人には当てはまらんからな」

「……なるほど」


 詳しく聞くと、最初の登録ではまだ「仮登録」らしく、戦闘力などを見るためにベテラン冒険者を付けてモンスターの討伐依頼を1つクリアして本登録になるらしい。


「第一、カイト。まだギルドカードの設定してないだろ? ほら、戻るぞ」

「そういえば、そうだったな」


 そう言いって苦笑しつつ、カイトはギルドにまた戻った。



 ギルドに入ると、レーナがいた窓口にエイベルが着いていた。

 レーナがどこに行ったか見回すが、特に見つからなかった。

 見渡していると、エイベルが手招きをしてきたので窓口に向かう。


「レーナは?」

「レーナは中だ。あいつも心配していたぞ、後で声を掛けてやれ。いいな?」

「ああ、そうしよう」

「さて、カイト。さっきはダリルの馬鹿が迷惑掛けたな。しかし、無事で良かった。それにしても……」


 そう言ってエイベルはまじまじとカイトを見つめる。


 少年から青年と変わったくらいの見た目。

 身長はそこそこで、体型は細身。

 だが、そのポテンシャルは大の大人を遥かに凌ぐ。


 そんな新人が現れた事への頼もしさと、恐れを感じつつ、言葉を続ける。


「とてつもない実力だな……冒険者の実力を確認するのが俺の仕事なんだが、お前の戦闘力は普通にCクラスを超えるだろうな。まあ、簡単にクラス上げは出来ないが、今日のところはこのまま本登録にする。Fクラスからスタートだ」

「Fクラス?」

「ああ、冒険者にはクラスという実力分けの制度があってな。本来新人はGで本登録して地道に上げていく。Dになれば一人前扱いだな。ちなみにダリルたちはDだが……」


 本来Gクラスでスタートする冒険者の生活。

 だが、カイトはFクラスで登録と言われたことに驚く。


「あいつらでDなのか。しかし、俺はまだ仮登録だろ? 討伐も受けてないが、Fクラスでいいのか?」

「あのな、平然とDクラスをぶっ飛ばせる奴を、Gクラスからなんて勿体ないだろ?」


 苦笑しながら、エイベルが答える。

 それを聞いたカイトも苦笑いしながら、反応を返す。


「いや、ギルド職員が制度を無視すんなよ……」

「いや、これも制度の1つだから問題ないんだよ。効率的だろ?」

「まあ、確かにな」


 しばらく笑いながら話していると、そういえば……といいながらエイベルが台座にのった水晶玉をカウンターに置く。


「なんだこれ?」

「おいおい、知らないのか? これは魔道具の1つで『選別の宝珠』っていうものだ。まあ、大層な名前だが魔法属性を見るためのものだな」

「なるほどな。魔力を込めたらいいのか?」

「ああ」


 そういって差し出された魔道具に手をかざしたカイトは、魔力を流し込んだ。

 すぐにその宝珠は青い光を放つと、宝珠の周りに荒々しく逆巻く、水の渦のイメージを映し出した。


「おっ、面白いなこれ。属性が映し出されるのか」

「なん……だと……!? こんな……」


 すぐに宝珠からのイメージは消え、光も消える。

 だが、それを見ていたエイベルは勿論、こちらを窺っていた職員たちは言葉を失う。


「ん? どうしたんだ? これ、水属性って事だよな」

「あ……ああ」

「?」


 エイベルは非常に歯切れが悪い反応である。というより、驚いたのか、言葉が出ないというのが正しいようだ。

 カイトは、エイベルが何を驚いているのかわからないので、首をかしげながら続きを促す。


「いや……普通な、あの宝珠のに属性の光とイメージが出るんだ。水属性なら水滴とかだな。そのイメージは、魔力の強さ次第で変わるんだが……」

「……つまりなんだ、あのイメージは珍しいのか?」

「珍しいどころの話じゃないぞ、あり得ない! それだけ魔力が強いんだ……と思う」


 どうもカイトの魔力は非常に強いということらしい。

 それも珍しい……というよりあり得ないレベルということだそうだ。

 カイトとしては願ってもないことなので、内心は拍手喝采である。


(まさかとは思ったが、あの声にお願いした通りだ……助かるな)

「まあ、追々自分で試してみるさ……おっと、レーナ!」


 ギルドカードを受け取り、そろそろ立ち去ろうかと思っていたカイトは立ち上がるが、レーナにお礼を言っておこうと思い、声を掛ける。

 するとすぐに奥からレーナが出てきた。


「あっ、カイトさん! 大丈夫でしたか?」

「ああ、心配掛けたな。エイベルを呼んでくれて助かったよ」

「い、いえ……これからよろしくお願いしますね、カイトさん」


 少し照れたのか頬を染めつつも、カイトを見て微笑む。


「ああ、よろしくな。そろそろ行くよ」


 そう言いながら、冒険者ギルドからカイトは出て行く。

 それを見ながら、エイベルは溜息交じりに呟いた。


「……とんでもない奴だな。ギルドマスターに報告がいるか……」



 * * *


 ギルドを出たカイト。

 意外と時間が経っていたのか、既に空は夕焼け色に染まっている。


「んん~……これでギルドカードも手に入れたし、後はアリシア待ちか……」


 ストレッチをしながらギルドの周辺を見渡す。

 ギルドの通りを真っ直ぐいくと、どうも中央広場に行き着くようだ。

 そして、ギルドの対面には、武器屋や道具屋、薬屋などが軒を連ねている。

 他にも宿屋や食堂なども見受けられる。


 そうやって見渡していると、見知った顔が近付いてきた。


「おっ、登録は終わったかカイト?」

「アリシア」


 これまで来ていたプレート類を外し、軽装になったアリシアがカイトを迎えに来ていた。

 腰には長剣を差しているが、鎧は着ておらず、目立つ金髪を後ろで束ねてポニーテールにしている。


 先ほどの戦いの時には気にしていなかったが、怜悧なエメラルドのような瞳と、引き締まっていながらも女性らしく、出るところは出ているアリシアの姿を目にしたカイトは、見惚れて固まっていた。


「さあ、宿屋に案内するぞ…………ん、どうした? 何か私の顔に付いているか?」

「あ、ああ、いや…………悪い、見惚れて……って、いや何でもない」

「な、なっ!? み、見惚れ……!?」


 カイトは前世で、特に女性に慣れていた訳ではない。

 だが、反射的に口を突いて出てきた言葉は「見惚れた」という言葉だった。

 ふと気付いて言い訳をしようとしたが、時既に遅し。

 エルフだからなのかアリシアには聞かれていたらしく、彼女は顔を真っ赤にしながら慌てていた。


「…………」

「…………」


 お互い、大通りの前で無言になっている。

 カイトは首の後ろをさすりながら、視線を彷徨わせており、アリシアは伏し目がちになりながら時折カイトに目を向けてはまた伏せる。


「あい、何やってんだあいつら」

「初々しいわね、あの2人」

「くそっ、いちゃいちゃしやがって」


 通り行く人々の言葉が2人に突き刺さる。

 このままここにいても、好奇の視線にさらされるだけ。

 それを一足先に立ち直って理解したカイトは、アリシアに声を掛ける。


「……い、行くか」

「……あ、ああ。え、えっと、こっちだ……」


 アリシアが案内のために先に歩き、その斜め後ろにカイトが続いて、宿屋に向かう。

 ちなみにこの状態は宿屋に着くまでの間、しばらく続くのであった。



 * * *


「ここ……か?」

「ん? ああ、ここだ。ここはフォレスタリアでも有数の高級宿『大樹の恵み亭』だ。普通、貴族とか、大商人が泊まるようなところだな」


 ちょうどギルドから見ると、中央広場を挟んだ対面側の建物の前に、カイトとアリシアは立っていた。

 3階建てくらいの建物であり横にも大きく、玄関も広く取られている宿だ。


 ひと目見て高級だと分かる外観に、中に入ると綺麗に磨かれた木の床。

 立ち振る舞いも完璧な職員たち。

 さながら高級旅館である。


「お帰りなさいませ、アリシア様。そしてようこそいらっしゃいました、カイト様」

「ああ。彼を頼む」

「かしこまりました。カイト様、この者がご案内いたします」


 どうも職員たちは既にアリシアの名前だけでなく、カイトの名前も覚えているらしい。

 名前を呼ばれたことに驚きながらも、職員の女性に連れられて部屋に向かう。

 階段を上り、3階に部屋があるようだ。


「どうぞカイト様。こちらがカイト様のお部屋になります。何かあれば、あちらのベルを鳴らしていただければ、私が参りますので……」

「……ああ、分かった。感謝する」


 平静を装って返事をするも、カイトの心臓は早鐘を打っていた。

 前世でも経験ないほどの高級宿。

 通された部屋もそれなりに広さがあり、中央の広いベッドには刺繍の施されたカバーが掛かっている。


 頭を巡らすと、窓の側にソファーと共にサイドテーブルがあり、腰を掛けると心地よい感触を跳ね返してくる。

 床に敷かれた絨毯も高級品だろう、適度な沈み込みを感じる。

 窓から見える景色は、中央広場の賑わいを楽しむことが出来るものだ。


「一体、普通に泊まるとしたらいくら掛かるんだか……」


 恐らく1泊でも銀貨が10枚は飛ぶのではなかろうか。

 いや、それ以上……金貨が飛ぶかもしれない。


 そんな事を考えてしまうカイトはある意味、小市民であった。




 ――コンコン。

 少し休憩をしていると、ドアがノックされた。


「どうぞ」


 そう声を掛けると、「失礼いたします」と言いながら先ほどの職員が入ってきた。


「先ほどアリシア様より、夕食のお誘いを言付かっております。いかがなさいますか?」


 どうもアリシアからの伝言を伝えに来てくれたらしい。

 夕食を共にどうか、というお誘いのようだ。

 カイトは少し考える素振りをして、職員に尋ねた。


「お誘いは嬉しいけれど、合う服装がないんだよな……どう思う?」

「そうですね……確かに服装として問題がないとは申しません。しかしながら、特に大きく失礼にあたるものではございませんし、そう問題にはならないかと存じます」


 職員が言うには、確かに正装ではないものの身だしなみが整っていない訳ではないし、見た目がきちんとした服装であるため、そこまで問題にされるようなものではないとのことだそうだ。

 ズボンと足元が変われば、略装とも見えるかもしれませんね……との事だったので、カイトは誘いを受けることにした。


「分かった。であれば、楽しみにしていると伝えてくれ。どこに行ったら良い?」

「あの方のお部屋で、とのことで御座いましたので、この階の奥の1号室ですね。1時間程後にまたうかがいます」

「了解した――さて……」


 職員が退出したのを確認し、カイトはインベントリからあるもの・・・・を取り出す。

 それは500円玉位のサイズで、銀で出来ていた。

 表側には紋章が描かれており、細かな図柄までしっかりと作り込まれたものだ。

 そして裏側には文字が彫ってある。


「……おいおい、冗談だろ?」


 そこにはこう書かれていた――「クライバー=クラナッハ侯爵家」と。



 * * *


「お迎えに上がりました、カイト様」

「ああ、ありがとう」


 そう告げる女性職員に礼を告げ、カイトはソファーから身を起こす。

 そして職員の先導に従って1号室に向かった。


 ――トントン。

『どうぞ』


 職員が部屋のドアを叩くと、中から返事が帰ってくる。

 同時にドアが開くと、リンデが立っておりカイトを迎え入れた。


 ドアを閉めると、リンデはカイトを連れてリビングに向かう。

 するとそこには食卓が準備されており、白いテーブルクロスの上にシルバーのフォークなどの食器が並べられている。

 左右には給仕が控え、宿でありながらも洗練されたサービスを提供する彼らに、驚嘆の念を禁じ得ない。


 カイトが驚きで唖然といった表情をしていると、上座に着いていた少女が席を立ち、カイトに声を掛ける。


「ようこそカイト様、来て下さって嬉しいです。さあ、こちらへお掛けください」

「これはセレスティーヌ様、ご招待にあずかり光栄です」


 セレスティーヌは優雅にドレスの裾を広げつつ、カーテシの姿勢を取る。

 状況に驚きながらも、丁寧に挨拶を返すカイト。

 挨拶をしながら、2人とも席に着いた。


 アリシアたちも席に着く。騎士としてセレスティーヌに付いているメンバーは共に食事をするようだ。

 皆が席に着くと、セレスティーヌがグラスを掲げる。


「それでは……大変な状況でしたが、無事フォレスタリアに到着できたこと、そしてカイト様との新たな出会いに、乾杯」

「「「「乾杯!!」」」」


 そうやって食事が始まったのだった。



「こちらは、有名なブラックバイソンを使ったローストでございます。ソースはフォレスタリアで採れます木の実やハーブを利用した、この時期のみのものですので、期間限定の味をお楽しみくださいませ」

「ああ、ありがとう(フランス料理みたいだな……)」


 食事は所謂コース料理で、一品ずつ出される。

 それぞれの食事が丁寧に調理されており、料理人たちの腕の良さを実感させるものだった。


 スープや前菜に始まり、様々な種類の料理が出され、最後にはフルーツを使ったデザートまで。

 カイトは知らないが、この世界で甘味というのは非常に高価である。

 勿論果物はあるが、それを加工し、デザートにするというのは珍しい。

 少なくとも庶民に手が出せるものではないのであった。


 食事が済み、皆で紅茶を飲みながら話し合う。

 もっぱら森での体験や、アリシアたち騎士の経験、カイトのことなどの話だったが、今度は今回の食事が話題となった。


「流石は『大樹の恵み亭』ですね……貴族家の調理人ですら、ここまで出来るでしょうか……」

「ローストも絶品だったな。焼き加減も完璧だった……そう思いませんかお嬢様?」

「ええ、本当に! ……カイト様はいかがでしたか?」


 セレスティーヌがカイトに尋ねるが、カイトは虚空を見ながら何か考えているようだ。

 

「カイト様? ……お口に合いましたか?」


 公爵令嬢であるセレスティーヌは勿論、アリシアやリンデも食事に関して感想を述べ、絶賛する。

 その中で、セレスティーヌがカイトに料理の感想を求めた。

 美味しい料理である事は確かだが、カイトが特に反応を示していなかったので、苦手なものがあったか心配だったようだ。


 しかし反応を示さないカイトに対し、セレスティーヌが不安な顔をし、それを見たアリシアがカイトに鋭い視線と無言の圧力を掛ける。

 それに気付いたのか、カイトが辺りを見回し、やっと自分に話されている事が分かったのか、姿勢を正す。


「……え? あ、ええ……すみません……とても素晴らしい料理の数々でした。少し圧倒されていただけなので」

 

 そう言って、少し目を泳がせながら返事をするカイト。

 戦っている時とは全く違う反応に、アリシアも、セレスティーヌも意外に思っていた。


(カイトめ……お嬢様に心配を掛けおって……しかし、まさか料理でこんな挙動不審になるとは……どうしたのだろうか?)

(カイト様……やはり、苦手なものが……?)


 その2人の感情が伝わったのか分からないが、慌ててカイトが手を顔の前で振って否定する。


「あ、苦手とかではなく……ただですね」

「ただ……?」


 セレスティーヌとしては、恩を返したい一心で招いた食事なので、何か不手際がなかったか、カイトの言葉に集中する。


「……その、料理を食べると、どうやって作るのかとか、どういう食材なのかとか、自分ならこうアレンジするとか……そういうのを考えてしまって……ですね。お恥ずかしながら……ははは」

(やばいやばい! 貴族令嬢に気を遣わせるとか! 俺そんなつもりなかったのに、胃に穴が空きそうだ!)


 単に食事に集中してしまっていたカイトであった。

 しかも気を遣われたということに対し、かなり冷や汗を流すことになっている。


「あら、そうなんですね! 良かったです……」

(ああああ! 本当にごめん! 申し訳ない、お嬢様!)


 ホッとしたような笑顔になるセレスティーヌを見ながら、心の中で必死に謝るカイトであった。


 * * *


 会食が終わり、カイトが部屋に戻ってからのセレスティーヌの部屋。

 そこでセレスティーヌはアリシアを話し相手にしていた。

 リンデは横で紅茶を準備するなど給仕を行っている。


「でも、意外でしたね」

「何がですか、お嬢様?」


 話の区切りに紅茶を一口飲み、少し息を吐いてから、セレスティーヌは一言呟いた。

 アリシアはエルフなので耳が良い。

 それで、その一言も拾ったようでセレスティーヌに聞き返した。


「あら、当然カイト様のことですよ?」

「それは分かっていますが……何が意外だったのです?」


 アリシアはセレスティーヌに、話の続きを促した。

 意外……といわれても、カイトは実力も、態度も、おおよそ普通とは言い難いからである。


「食事の時のマナーを見ましたか?」

「ええ……それが? 特になにも問題ありませんでしたが……」


 アリシアは困惑した。

 カイトの食事のマナーについて、わざわざ聞くまでの事があるだろうか。

 彼には特に指摘する点もなく、食器の使い方も迷うことなく正しく使っていたのだ。

 紅茶を飲むにしたって、特に問題はなかったはず……そうアリシアは評価していた。


 だから、セレスティーヌの言う「意外」という言葉は、何を意味しているのかが分からなかったのである。

 だが、それに対していたずらっ子のように微笑みながら、セレスティーヌはアリシアに鋭い視線を向ける。


「そう……何も・・指摘するところがなかったんです」

「え? …………あれ? 何故でしょう?」


 セレスティーヌは、驚いて声を上げるアリシアに対し、「そう」と頷きながら言葉を続ける。


「そうなんです。指摘するところがどこも・・・なかったんです。普通、平民であれば少なからず緊張し、食器のぶつかる音や使い間違い、場合によっては落とすこともあるのではないでしょうか?」

「確かに……大体、公爵令嬢であるお嬢様と同席・・というだけで、普通緊張するはずです。それなのに……」

「ええ……単なる世間知らずで済まされるような方ではありませんね……」


 カイトとしては普通に食事をしていただけなのだが、それはあくまで日本での感覚。

 食器の使い方や音を立てないなどのマナーというのは、この世界の庶民では知らないものだった。


 それこそ酷ければ素手で掴んだり、多少心得があっても食器同士の音が鳴ったりするものだ。

 それを平然とマナーに則って青年が食事する。

 それはセレスティーヌやアリシアにとって信じられないものであった。


「果てには、『どんな作り方なのか』『アレンジはどうするか』とか言い出すんですから」

「え、ええ。あれは……常識を疑いますね。元々は料理人だったのでしょうか……」

「うーん……でも、単に他の国から飛ばされた一般人とは思えなくなりましたね……」

「「うーん…………」」


 本人の知らないところで、好き勝手に言われているカイトであった。

 それを端で聞いているリンデは我関せずといった雰囲気で、「お茶を替えますね」とか言いながら給仕をしていたのだった。


「さて……カイト様のことは明日からも聞けますね……そろそろ休みましょうか? 下がっていいですよアリシア、リンデも」

「「はい、お嬢様。おやすみなさいませ」」

「おやすみなさい」


 時間も経ち、遅くなってきている。

 日本で生活していた記憶のあるカイトは別として、この世界の人々は寝るのも早いようだ。

 その代わり、朝も早くから活動するわけだが。


 セレスティーヌが休むということで、アリシアたちも挨拶してから部屋に戻る。


「では、我々も休もう。おやすみ、リンデ」

「はい隊長。おやすみなさい」


 そう言って、アリシアの部屋の前で別れたリンデ。

 リンデはアリシアの部屋の対面側である。

 「4号室」と書かれた扉のドアノブに手を掛け、ふと呟いた。


「そういえば……オットマー副隊長は早くに引き上げられていましたが……どちらに行かれたのでしょう?」


 * * *


 スラム街にほど近い裏通り。

 1人の男が、腕を庇いながら裏通りを歩く。


「くそっ……くそっ……! あのガキ……!!」


 悪態を吐きながら、そばの壁を殴りつける。

 男の目は憎悪に染まり、自分を痛めつけた青年への恨みで血走っていた。


 フラフラと歩く男は、周りの状況も気に留めず、ただ自分の新しい居場所に向かう。


「ギルドからの警告がなんだ! 俺はDクラスの冒険者だ! あんなガキの所為で警告なんて……馬鹿な話があるか! 宿屋も追い出されるし……」


 ギルドからの警告。

 それは素行の悪い冒険者に課されるペナルティである。

 基本的に冒険者同士の諍いに干渉しないギルドだが、明らかに片方に問題がある場合やギルドの信用を損ねると判断された場合は、「注意」「警告」「剥奪」のいずれかを冒険者に課すのだ。


 「注意」は軽度のペナルティであり、報酬を減らされることはないが一部の依頼や、特別依頼、指名依頼は受けられなくなる。

 勿論一定期間が経てば解除されるものだ。


 対して「警告」は、報酬の削減、討伐、採取を除く依頼受領の禁止などが課される。

 そして解除にはギルドの許可が必要なのだ。


 さらには「警告」を受けたことが下宿先に伝えられるため、宿屋や貸家の場合は退去させられることもある。

 この男は、下宿先を追い出され、スラム街に身を潜めていた。


「あのガキ……武器まで……! くそがっ!!」


 スラム街の小屋の中でも悪態を吐きながらひたすら壁や床を殴りつける。

 手が傷つこうが、服が破れようがお構いなしである。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 しばらく暴れた男は、疲れたのか呼吸を荒くしつつ床に座り込んでいた。


「俺がなんでこんな……なんで……俺は悪くない……悪くない……そうだ……あのガキのせいだ……」


 自分の問題点を理解せず、言い訳をし、人に責任転嫁する。

 それがこの男の本質であった。

 これまでのギルドでのクラスも、実際にはパーティーや新人たちを使って上げたものなのかもしれない。


 そうやって呻き、独り言を呟いていた、その時である。

 軋み音を立てながら、小屋のドアが開くと、フードを被った体格のいい男が入ってきた。


「荒れているな……お前、ダリル……とか言ったか」

「な、なんだ……? てめぇ……」


 体格のいい男は、荒れていた男の名を呼んだ。

 ダリルは、名乗ってもいないのに名前を知られていることに警戒しつつも、その男の落ち着いた声に対して反応を返す。


「そう警戒するな。お前に個人的に依頼したいことがあるのでな。手を貸せ」

「ふん……生憎だが他を……」


 自分をこんな目に遭わせたガキ――カイトに復讐するまでは、依頼を受けるつもりはなかった。

 それで男の申し出を断ろうとするが、男の次の言葉にその言葉を呑み込む。


「そうか? ……お前は復讐したいんだろう?」

「な、何故それを!?」


 自分の心を見透かすような男の言葉に、ダリルは驚く。


「なに、単純な話だ……お前は、と同じ表情をしているんだよ。憎くて、憎くて仕方がない……そんな顔だ」

「……アンタ、何者だ?」


 自分と似ている。そう男は表現した。

 つまり、この男も誰かに復讐をしたいのだろう。もしかしたら、自分の復讐にも手を貸してくれるかもしれない。

 そう思いながら、ダリルは男の素性を知ろうとする。


「フフフ……それを聞くからには、受けるということでいいな?」

「………ああ。受けてやる」


 だが、男は答えず、依頼を受けるか聞いてくる。

 ダリルの心は既に決まっていた。

 依頼を受けることに同意し、男と握手を交わす。


「よろしい、契約成立だ」


 そう言い、男は武器や鎧、他にも道具やポーションなどをダリルに渡していく。

 そして最後に、指でとあるメダルを弾き、ダリルに飛ばした。


「これは?」

「私の依頼を受けた君には、私が信頼する証しとして渡そう。無くさないでくれよ。今度会う時間と場所は、その荷物に入れたメモに書いている。では、また会おう」

「あ、ああ………」


 そう言って、男は小屋を出て行く。

 ダリルは男の言葉に首を傾げながら、そのメダルを見る。


「なんだ、こりゃ……?」


 それは、500円玉くらいのサイズの、紋章の描かれたメダルだった。

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