第2話:都市「フォレスタリア」

(第2話)

 * * *


「お見事」


 端で見ていたカイトは手を叩きながら、アリシアに声を掛ける。


「ふう……いや、カイト殿のおかげで部下も浮かばれ……っ……」

「危ない! ……おっと、失神したのか」


 しばらく興奮状態にあったためか普通に動いていたが、アリシアも怪我を負っていたため剣を納めると同時に倒れてしまった。

 だが、致命的な怪我ではないようで、脈などはしっかりしているのが確認できた。

 といっても、放置して良いわけではないので、怪我の箇所を探す。

 どうも、右腕を斬られているのと、脇腹の防具が少し凹んでいるので打撲している様子だ。多分棍棒か何か当たったのだろう。


(しかし、まだ魔法とか分からないし、知らないから治療するのもな……)

「とにかく、仲間の方に……」


 そう思ってカイトがアリシアを背負う。

 アリシアの仲間と思われる数名の騎士たちは、「お嬢様」と呼ばれた少女とともに、転倒している馬車の傍にいた。

 そのうちの一人が、背負われたアリシアの姿を見てこちらに駆けてくる。


「隊長、ご無事ですか!? き、貴殿は……一体?」


 年齢としては40代より上だろうか。

 他の騎士に比べ、年嵩であるが人の良さそうな男性騎士だった。

 先ほどの戦闘を見ていたからなのか、おそるおそるカイトに尋ねてくる。

 だが、背負われたアリシアが心配なのか、ちらちらと目線が行っているのが分かった。


「俺はカイトだ。アリシア殿は意識を失っただけだろう、脈はしっかりしていたよ。だが、腕を斬られた傷と、左の脇腹に打撲があるはずだ」

「そ、そうでしたか……こちらに来ていただけますか、カイト殿?」


 促されるままに、馬車の方に移動した。

 馬車は横転したものの破壊されていなかったのか、本来の状態に起こされている。


 そしてそこには、数人の騎士と、先程の少女がいた。

 騎士たちは包帯を巻いたり、何かフラスコのような瓶から薬を傷に振り掛けている。

 少女の服はあちらこちら破けているが、元は上等なドレスのようなものだろう。


「ここで良いか?」

「ええ、ありがとうございます……ポーションはあるか?」


 カイトはアリシアを地面に横たえ、側に腰を下ろす。

 先ほど騎士が振りかけていた薬は、どうもポーションだったようだ。

 アリシアに対しても、傷の回復のために使うのだろう。

 指示を受けた他の騎士が先ほどと同じ形の瓶を持ってくるが……


「むっ……傷口が汚れている。このままでは拙いな……」

「どうする? 俺たちで水属性を使えるのはいないぞ?」


 騎士たちが顔を見合わせ、深刻な顔で相談している。

 時折アリシアの怪我に目を向けている事からも、何か怪我に対してポーションを使えない理由があることが見てとれた。


「おい、どうしたんだ?」

「あ、ああ……すみません。実は……」


 そう言って騎士が説明するところによると、戦闘中の傷口が汚れているせいで、治療が出来ないということだった。

 このままポーションを掛けては汚れが残ったまま傷が塞がり、体内に残ってしまう。

 そうなると体調への影響が考えられるし、場合によっては命にも関わる。

 だが、綺麗な水というのは今手元になく、水属性の魔法を使える人間もいないので、どうしようかと悩んでいる、とのことだった。


「そのような理由で、すぐにポーションを使うわけにはいかないのです……それに、街もすぐにはありませんから……」

「なるほど……ポーションですすぐことは出来ないのか?」

「ポーションは回復程度の差はあれどすぐに効果を発揮するので……」


 液体とはいえ、ポーションは薬品のため傷口をすすぐためには使えないようだ。

 すぐに効果が発生するので、汚れを流しきる前に治療が始まってしまうようだ。

 とはいえ、すぐ近くに水場があるわけでもない。

 騎士の話を聞きながら、カイトは出来る事を考えていく。


(そういえば、俺の魔法属性は何だろうな……錨に関連するということならばもしかして)


 カイトの能力は「錨」に関連した能力。

 広義的に、海に関係すると考えれば「水」と関わるのではないだろうか。

 そう考えたカイトは、これまでラノベなどで培った知識を元に魔法を使ってみようと試みる。

 先ほどインベントリを発動させる時は魔力を流しただけだったので、実際に魔法を試すのには少々不安があったのは事実だ。


(大体の場合は、体内の魔力を感じながら循環させて、手元に圧縮する感じと描かれるが……どうだ?)


 カイトはすぐに体内を流れる魔力を認識できた。

 血液とも異なる、まるで身体の裏側から湧き出るような力。


 今度はそれを手元に収束させ、圧縮してみる。

 すると、手元が淡い光を放っている。


(あとは、水に変換するイメージを……)


 だがどれほど行っても水にはならない。

 試しに空気中の水分を集める感覚でイメージしたが、結果は変わらなかった。


(そうなると……何か魔法を使うための道具がいるのか……?)


 カイトは知らなかったが、その予想は当たっていた。

 この世界での魔法は、「魔力発動体」もしくは「発動体」と呼ばれる道具を必要としていたのだ。

 それは杖であったり、指輪であったりする。


 それを知らないカイトであったが、なんとなく自分の錨を発現させて形を短剣状にし、もう一度試してみる。

 すると、短剣の先端部分に水の球ができあがった。


「カ、カイト殿? それは……」


 隣でカイトに説明してくれていた騎士が、錨の先端に出現した水球に驚く。

 彼らとしては水属性魔法の使い手が居らず、困っていたところだったのだ。

 自分たちを助けてくれた少年が水属性魔法を発動させたことに、驚きと共に安堵感を持ったのは間違いないだろう。


 勿論、これまで何も手元に持っていなかったはずの錨が形を変えて出現していることに驚かなかったわけではない。

 しかしそれよりも水属性を使える存在がいること、それを重要視したので何も言わなかったのである。

 だが、それもカイトの次の言葉で不安に変わってしまう。


「うーん、まさか発動するとは思わなかったな……どうしたらいいんだ、これ」

「カイト殿は……魔法を使われたことがないのですか?」


 騎士はおそるおそるといった雰囲気で話しかけた。

 先ほど鎧袖一触というレベルで盗賊を始末した少年で、自分たちが望んだ水属性持ち。

 だが、その態度は全く魔法を知らないと感じさせるのだ。

 そんな反応になっても仕方ないだろう。


「ん? ああ、これまで自分が魔法を使えるとは思っていなくてな……呪文を唱えたらいいのか?」

「え、ええ。その通りですが……」


 嫌な予感が当たった。

 信じたくない……でも間違いなく真実という事柄に、騎士は目を覆って溜息をついてしまった。


 そんな自分に気付き、騎士は自分の勝手な落胆を恥じてカイトに謝ろうとした。

 だが、カイトは全く気に留めていない、というより実際に騎士の溜息を聞いていなかっただけなのだが。

 暢気に「やっぱり呪文がいるのか」と呟きながらスッと立ち上がると、短剣の先端をアリシアに向け、口を開いた。

 

『水よ、其が意味するは禊ぎ。清め、巡り、癒やしとなれ――【清流の禊】』

「何をされているのですか!? ……え?」


 カイトの短剣から水球がゆっくり放たれ、アリシアに当たる。

 その水球は単なる水球とは異なり、仄かに光を放ち、時折、虹色に光っていた。

 それがアリシアに当たると同時に、傷口を覆ってしまう。

 覆う水越しに、汚れが取れて血が止まり、徐々に回復する傷口が見えたのだ。


「カ、カイト殿! 何をなさったのですかこれは!?」


 騎士が驚いたのか大声を上げる。

 カイトは首だけ騎士に振り返り、こう告げた。


「いや、ただなんとなく水から連想されるイメージで魔法を放っただけだ」


 その答えに騎士は何と答えていいか分からず、ただ「ありがとうございます……」と言うにとどまるのであった。

 そんな騎士の反応に苦笑を浮かべつつ、カイトは盗賊のアジトに移動することにした。


 * * *


「……んっ……」


 横たわっていたアリシアが身動ぎする。

 状況が状況なので、地面に簡単な布を敷いているだけのところに横たえられた彼女は恐らく、地面の固さを感じていることだろう。

 薄らと目を開けて、アリシアは周囲を伺う。


「隊長!」


 1人の騎士が駆けてきた。

 短めの銀髪と、気の強そうな鋭い目を持つ女性だ。

 彼女はアリシアに近づき、水筒を手渡した。

 中にはカイトが作った水を満たしていたので充分な量があるようである。


「ん……気を失っていたのか。すまない……お嬢様は?」

「ご無事です。今は馬車で休んでおられます。……大丈夫ですか?」


 自分が護衛していた人物が無事なことを改めて認識し、ほっとしたのか息を吐く。

 と同時に、先ほど自分を助けた人物がいないことに気付く。


「そういえば……カイト殿がいないな。リンデ、カイト殿はどこに?」

「カイト……ああ、先ほどの青年ですか? 『北東の洞窟に向かうので伝えといてくれ』と言っておりましたね。何か採取にでも行くのでしょうか?」

「なっ……!」


 カイトは北東の洞窟に向かった。

 リンデと呼ばれた騎士には何のことか分からなかったが、アリシアは理解していた。


 先ほどカイトは盗賊のアジトを聞き出していた。

 その場所が「北東の洞窟」だと頭領は言っていたはず。


「彼は単身で向かったのか? 誰かついて行ったのだろう?」

「いえ、1人でしたけど……」


 アリシアは頭を抱えた。

 勿論、盗賊を倒したのは彼なので別に向かうのは問題ない。


(なんて危険な……! 早く目が覚めていれば私がついて行ったものを!)


 アリシアとしては、自分が共に向かうつもりだったので、先に行かれたことに少なからずショックを受けていた。

 無論実力的に、カイトが強いことは分かっていた。

 だが、それでもアジトという不確定要素が多いと思われる場所に単独で向かうということは危険である。

 そのことを考えずに突っ込んでいった彼を思い、自分も動こうとする。


「アリシア隊長、じっとしていないと。大体、先ほどの青年がどうしたのです?」

「彼は恐らく……盗賊のアジトに向かった。助けなければ!」

「何ですって?」


 リンデもその危険性を理解出来た。

 突然現れ数十人を蹴散らした強者であっても、アジトというのは危険が大きいのだ。

 何が仕掛けられているか分かったものではない。


「だから……私も向かわねば……」

「ですが……なりません、隊長。隊長はお嬢様の護衛があるのです。それに……」

「それに、何だ!?」

「もう、不要のようです。ほら」


 そう言ってリンデが指さした先。

 カイトが平然とした顔で戻って来ていたのだった。


「お、目が覚めたみたいだな。無事で何よりだ、アリシア殿」

「無事でって……カイト殿………アジトは?」


 なんとも出鼻をくじかれた感じだったことと、あまりにも飄々とした表情で現れたカイトのせいで、気を抜かれてしまったアリシア。

 なんとか立て直して、アジトについて聞いてみた。


「アジトは……碌なものはなかったな。大体、待機してたのも2人だけだったし、下っ端みたいだから処理しておいた」

「そ、そうか……何か、手紙みたいなものは?」


 アリシアは思い出していた。

 自分が頭領を斬り捨てようとした時に止められ、情報を集めていた彼の冷静さを、である。

 もしかしたら証拠を見つけていないか、確認してみたが……


「いや、なかったよ。めぼしいものはないな、本当に」

「そうか……いや、無事で良かった」

「ああ……そっちこそ」


 アリシアたちも馬車にできる限りの荷物を積み、移動を始めるようだ。

 しばらくそのまま行くと、森を出ることが出来て、街道を見つけることが出来た。


「それじゃそろそろ俺は別で移動するよ」


 そう言って別行動しようとするカイト。

 カイトとしては、なんか面倒にこれ以上巻き込まれたくないな、という思いがあり、自分で街を探そうと思っていた。


 そんな我関せずな雰囲気のカイトなので、少しアリシアはムッとしたようだ。

 立ち去ろうとするカイトに対して、つい声を掛けていた。


「なあ、もう少しくらい共にいてくれても良いのではないか? 君も街に行くのだろうし、我々は君に救われた。少しくらい恩返しをさせてほしいものだな」


 ちょっと感情が乗ってしまって、拗ねるような言い方になっていた。

 だが、その言葉を聞いてカイトは少し考え、歩みを戻した。


(本音、面倒な事が起きそうだが……少しはこの世界について知らなければいけないからな。少し手伝ってもらうか)

「別に恩を売ったつもりじゃないが……少しこの辺りの事を聞かせて欲しい。いいか?」

「ん? ああ、いいとも。こちらに来てくれ」


 * * *


 馬車と共に移動するカイトたち。

 どうもお嬢様と呼ばれていた少女は馬車で休んでいるらしい。

 周囲を護衛であるアリシアたち騎士が固めていた。

 カイトもその中に入って、話ながら歩く。


「さて、改めてだが……私はアリシア。アリシア・オートレッドだ。アリシアと呼んでくれて構わない。エルフだが集落から出て、騎士としてとある家に仕えている。今はお嬢様の護衛隊長だな」

「ジークリンデ・ライシガーです。リンデと呼んでください。アリシア隊長の副官をしています」

「私はオットマー・クライベル。護衛副隊長です。先ほどはありがとうございました、カイト殿」


 他に数人の騎士からカイトは挨拶を受けた。

 先ほどの中年くらいの騎士はオットマーというそうだ。

 カイトも自己紹介をする。


「俺はカイト。名字は……いや、カイトと呼んでくれ。実は自分でも分からないうちにあの森にいたんだ。本当は別の国にいたんだが……どうもここは雰囲気が違うしな、転移で飛ばされたんだろう。ここの常識とか分からない事も沢山ありそうだ。武器は見たようにあの錨だ。魔法はどうやら水属性らしい」


 カイトとしては、何か格好いい名字を名乗ろうかとも思ったのだが、もし名字が貴族だけだったら問題なので名乗らないことにした。

 そして、森にいた理由は分からないことにし、何かの転移に巻き込まれたことにする。


「別の国ですか……それで魔法の属性が分からなかったのですか」

「多分な。あまり魔法って知識を持ってないし。ただ、武器の使い方は分かるところからすると、一部の知識だけが欠落しているのかもな」

「それは色々大変ですね……」


 人のいいオットマーは、カイトの状況を聞いて泣きそうな表情をしていた。

 余程辛い境遇なのだろう……と思われているに違いない。

 これには逆にカイトの方が申し訳なくなった。


「い、いや……知識は学べばいいんだから。文字とかも覚えているしな」


 どうも言語系については問題ないようにされたみたいで、読み書きも問題なく出来るようだった。

 これには助かるというのがカイトの本心である。


(これで文字が読めなかったら、本当に地獄だって……そういう点では本当に助かったな)


 そう心の中で呟きながら、今後どうするか考える。

 立場としては平民扱いだろうから、何か職業を見つけなければいけない。

 職業については年長のオットマーに聞くのが間違いないだろう。


(こういう転生ものであれば、お約束は冒険者だが……冒険者って存在するのか?)


 そんなことを考えつつ、カイトは口を開く。


「そういえば、街に着いたら何か職業を見つけなきゃいけないんだよな……オットマーさんならどんな職業がお勧めだ?」

「そうですね……戦う実力があるのであれば、冒険者でしょうか? 安定性であれば軍という手もありますが」


 どうやら冒険者はあるようだ。

 そして安定性という点からは軍らしい。

 確かに公務員みたいなものだから、給料や保障がそれなりにあるのだろう。


「うーん、自由なのがいいから冒険者かな?」

「私としてはうちの護衛隊に入って欲しいが……貴族ではないのか、カイト? さっき名字は……といっていたが」

「あ、あぁ~……多分な。というか、元々貴族だとしても、国が違えば意味ないしな。仕方ないさ」


 今度はアリシアが話しかけてきた。

 やはり名字を持っているのは貴族だけらしい。

 カイトとしてはそんな面倒を抱え込みたくないので、平民として自由に生活するつもりだった。


(下手に名字を名乗らなくて良かったな……)


 アリシアは熱心に護衛隊を勧めてくる。

 だが、極力自由でありたいカイトはそれを断った。


「俺みたいなのが護衛隊に入ってもな……連携とか多分苦手だし」

「そうか……残念だ。だが、できる限りサポートさせてくれ。街に着いたらどうするんだ?」


 アリシアは出来るだけカイトの動きを知ろうとしていた。

 それはリンデから、カイトによって傷を癒やしてもらった事を聞いたからかもしれない。

 だが、絶体絶命とも言えるピンチで救ってくれた事で、カイトに対して執着しているようにも見える。


(カイトは……私を助けてくれた。最初拒んだ私を見捨てず助け、そしてお嬢様も助けてくれたのだ。羨ましい強さだな……一緒にこれからも戦えたら……)


 アリシアは気付かないうちにカイトを目で追っていた。

 同僚としては立場上働けなくても、なんとかして繋がりを保ちたい、そう思いながらカイトと話す。


「俺はまず、ギルドに登録してからだな。それから多分どこか宿屋に泊まると思うが……」

「そ、そうか。では、冒険者ギルドに聞けばカイトがどこにいるか分かるなっ」

「お、おう……」


 ちょっと頬を染めながら話すアリシアを見つつ、カイトは首を傾げたが気にしないことにした。




 さて、一行はしばらく進み、昼を過ぎた頃に一旦休憩を挟むことにする。

 カイトは、先ほど盗賊のアジトで手に入れた食料が少しあったので、それを食べることにした。

 水に関しては自分が水属性を使えることが分かっているので、それを使って水分補給をする。

 

 アリシアたち護衛隊にも水を分けながら、周囲の警戒のためしばらく食べずに周囲を見回る。

 すると馬車のドアが開き、少女が姿を現す。

 どうも見回りをしているカイトに気づいたらしい。


「お嬢様! 出てこられては……」

「あら、命の恩人に対しては礼を尽くすのが当然でしょう、アリシア?」

「それは……」


 アリシアが止めるのも聞かず、馬車から颯爽と降りてきた。


 身長は大体150cmくらいだろうか。

 恐らく10代前半か、半ばくらいの少女で、薄紫のウェーブ掛かった髪を持っている。

 目はターコイズのような色で美しい少女だ。

 先ほどのドレスは着替えたのか、ワンピースのようなものを着ている。


 少女はカイトの目の前に来ると、カーテシの姿勢をとり、口を開いた。


「先ほどは命を救っていただき感謝いたします。私はセレスティーヌ・シュバリエ。シュバリエ公爵家の三女ですわ。命の恩人様、お名前をお聞かせいただけますか?」


 年齢にそぐわない挨拶を披露する少女。

 だが、彼女の肩書きを考えれば違和感はなくなる。

 一瞬驚いたカイトだが、すぐに右手を左胸に当て、礼をする。


「(正式な礼かは知らないが、した方がいいだろうな……)いえ、ご無事で何よりです。私はカイトと申します。偶々現場に遭遇したので、助太刀したまでですから」


 正式な礼など考えたこともないが、相手が貴族である以上は下手な対応をすべきではない。

 そう考えたカイトは、できるだけ丁寧に、そして変に巻き込まれないように「偶々」と言うところを強調しておく。


(こうしておけば、この貴族のお嬢様がどういうタイプかも分かるしな……)


 偶然なら、もしくは平民が貴族を助けるのは義務だから報酬を必要ないと思うタイプか、それとも分け隔て無く接するような、貴族の義務を理解しているタイプか。

 そんなこと考えるカイトは、何ともひねた奴である。

 だが、カイトとしては変な貴族と関係を持ちたくはないし、自由に生きる上でも極力面倒を避けるためにこういう返事をしたのだった。


 さて、セレスティーヌはというと、


(なんと謙虚な……普通自分の功績を認めて貰おうと躍起になるはずでしょうに、まるで何事も無かったかのように反応するなんて……かなりの実力という事でしょうか……? 出来るなら味方に……)


 彼女は彼女でカイトを味方に付けようとしている。

 とはいえ、あまり露骨にするのも引かれるのでは……という思いから、遠回しに繋がりを残そうとする。


「偶然であろうとなかろうと、結果的に命を助けていただいたのですから。街に着きましたら、必ずお礼をいたしますわ。これも貴族の責務ですからね」


 セレスティーヌは笑顔でカイトに対して口を開く。

 「結果的に」命を救われているという部分を強調し、カイトの偶然の助太刀という言葉を封じる。

 さらには「貴族の責務」を強調したのだ。


(カイト様は恐らく頭が良い方ですから、貴族の責務と申し出ている相手からの礼を断ればどういう意味になるか、分かってくださるはず……)


 表情に対して、かなり打算的というか、策を巡らすような話である。

 カイトもそれに気付かないはずがなく。


(このお嬢様、お礼を受け取らせるために態々『貴族の責務』なんていいやがって……断れるわけないだろうが)


 心で毒づきながら、にこやかに返事する。


「そうですか……でしたらお言葉に甘えます。しかし、私は平民です。貴き血であられます公爵家の方には、その点ご考慮いただきたく……」


 辞退は出来ないので、少なくとも貴族家とは身分が違う事を強調しておく。

 そうすれば、少なくとも下手に巻き込まれることはないだろう。

 そう思っていたのだが……


「い、いやカイト、そんなに遠慮するな! そうですよね!? お嬢様!」


 横から何か口を挟んでくるのがいた。

 アリシアである。


(折角顔見知りになったんだから、ここで簡単にお別れなんてさせるわけにはいかないな……! それにお嬢様もできるだけカイトを味方に付けようとしておられるし……)


 彼女は彼女で出来るだけカイトとの繋がりを残し、それを太くしようと考えていた。

 ちなみに彼女はセレスティーヌと非常に仲が良い……というより友人でもあったので、セレスティーヌの考えも少なからず理解している。


「アリシア、カイト様に強制してはいけません。でも、本当に遠慮なさらずに何でも申し出てくださいね、カイト様」

「は、ははは……心に留めておきます……」


 そう答えるのが精一杯のカイトであった。


 * * *


 休憩を終え、移動を始める。

 もうすぐ街に入れるということで、少し足並みを早くして動くことになった。

 ちなみにカイトは、「まず現状でのお礼です」といわれて、見覚えのあるカードを差し出される。


「ん? これは?」

「あら、そうでした。実は貨幣もありますが、基本的にこのパーソナリティカードを使ってお金はやりとりされるんですよ。カイト様はお持ちですか?」

「ああ、持ってる。だが……やたら高性能だな」

「旧文明の遺物らしく、完全に一から造ることはできないらしいでのです。今は製作機が残っており、修理方法も分かるので問題はありませんが……」


 そう言いながらセレスティーヌがカードを差し出したので、カイトもインベントリからカードを出す。


「やりとりの時はカードを魔力を込めて『ペイメント』と唱えて、双方がカードを起動させるんです。そして、こうやって金額を指定して……」


 そう言いつつ、彼女は『ペイメント』と唱える。

 それに倣ってカイトも唱え、カードを起動した。

 するとカード表面にテンキーのようなものが表示され、彼女が自分のカード上で数字を入力する。


「これで私が『センド』と唱えてカイト様のカードに触れると完了です」


 するとお互いのカードが仄かに光り、カイトの持つカードの数値が増えた。

 結果的にカイトは金貨10枚ほどの金額を貰うことになった。

 聞くところによると、単位は「ディナル」と言い、銅貨1枚が1ディナルだそうだ。


 ちなみに銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖金貨という順に価値が上がっていき、大抵の場合、庶民が1日働いて銅貨50枚から銀貨1枚程度の賃金を得る。

 大抵、金貨1枚で銀貨100枚程度である。

 そうなると、カイトがどれだけの金額を得たか分かる。

 カイトは返そうとしたのだが、駄目だと言われてしまい今に至る。



 しばらくすると、街が見えてきた。

 防壁がそびえ立ち、門の前には衛兵と思われる兵士が数人、槍を手に立っていた。

 今はおおよそ午後3時くらいだろう。

 そこまで門の前に人はおらず、すぐに入れるようだった。


 門まで近付くと、兵士が数人近付いてきた。


「失礼。街に入られるのであれば、何か証明書を見せていただきたい」

「ああ、これを」


 そう言うと、アリシアがメダルを兵士に見せた。

 するとすぐに兵士は顔色を変え、横列に並び姿勢を正す。


「し、失礼いたしました。シュバリエ公爵家の方々でしたか。ようこそ、森の都市『フォレスタリア』へ!」


 そう言って、カイトたちを通す。

 カイトとしては、自分は個人的に入ろうと思っていたのだが、これもあっさりとセレスティーヌやアリシアに却下されてしまった。


「俺は、何か払わなくても良かったのか? 少し兵士たちから意外そうな変な目で見られていたぞ?」

「そうは言っても、正面から文句は言えないし、護衛としか見られていないさ。それにこれから冒険者登録をすれば自由に入れるんだからな」


 兵士たちは確かにカイトのことを単なる護衛とは思っていないだろう。

 だが、それを正面切って貴族に聞くなど出来るはずもなかった。

 これはお礼のついでだから気にするな、なんてアリシアはウィンクしながらカイトに話す。


 なお、アリシアが言うところに寄ると、冒険者登録をすればギルドカードと呼ばれる証明書みたいなものを見せるだけで街に入ることが出来るそうだ。

 ちなみにパーソナリティカードにも冒険者であることは登録されるのだが、ランクの詳細などはギルドカードに記載される。


(とにかく、早めにギルドに登録しないとな……)


 そんな事を考えながら、馬車に付いていく。

 しばらく歩くと、大通りでもその中心部、人の賑わう所に、他の建物より大きめの建物が見えてきた。

 入り口の上に、盾と剣の描かれた看板が見える。


「おっ、あれが冒険者ギルドだ。カイト、どうする?」

「そうだな……折角だからここで登録していくよ。アリシア、世話になった。それと……」


 カイトはここでアリシアたちと別れることにした。

 時間も夕方に近く、セレスティーヌたちには予定がありそうだ。

 そう思ったカイトは、ここで別れる旨を伝える。

 ただ、アリシアに伝えることがあったので、それを伝えるために時間を少しもらうつもりだったが……


「分かった。であれば、登録が終わった頃に私が呼びに来るから待っておいてくれ」

「……は?」


 アリシアの反応は、カイトにとって意外なものだった。

 ここでセレスティーヌたちと完全に別れるつもりである以上、呼びに来るという意味が分からない。


「何を意外そうな顔をしているんだ? 泊まる場所が必要だろう?」

「いや……それくらい宿屋を捜すつもりだが……」

「時間が勿体ないじゃないか。私たちと同じところで良いだろう?」


 さも自分のいうことが当然だろう? というような態度で話すアリシアと、唖然といったような反応するカイト。

 貴族と同じ所に宿泊出来るはずないだろ! とカイトは内心思っていた。


「別にこれからの予定は登録だけだろう? 先に取っておくからな、ギルド内でも良いから待っていてくれよ?」


 それだけ言うと、セレスティーヌたちと共にアリシアは道を進んでいってしまった。


(……いや、勝手に決めるなよ、なんて文句を言える立場じゃないんだろうな……でもせめて何か言わせろよ)


 元々日本人である以上、権威者に適当な態度を取れるわけがない。

 少し精神面とか変わっている気がするが、その辺りはすぐに意見を言えなかった自分を反省するカイトであった。

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