Anchor of Spirit 〜魂の錨

栢瀬千秋

第1話:転生とお決まりの出会い

「……今日もいっちょやりますか」


 パソコンの前に座る青年。

 日課通り・・・・、パソコンの電源を入れてゲームを起動する。

 そして脇に置かれているVRギアを取り付けて、ゲームを始めた。


 彼の名は、秋場あきば 海人かいと

 現在、25歳。

 アルバイトをしながら、やる気のない生活を送る彼の生きがいが、このゲームだった。


「相変わらず、このマップは難しいな……ま、海だからな……そこがいい……」


 このゲームは基本的にはアクションRPGだが、非常に自由度が高い事と、NPCなどもリアルであり、現実味があることで人気だった。

 そして彼は、その名の通り「海」に強烈なほどの憧れを持っており、こう見えて海にだけは定期的に足を運んでいたりする。

 好きが高じて、自分の部屋に原寸大の錨を飾っているくらいだ。

 それも古いストック・アンカー(シンボルで使われる形状の物)である。


 今日もゲーム内の海のステージを攻略しながら楽しんでいた。


「さて……そろそろ寝るとするか」


 既に深夜を回り、海人も眠気に逆らわずにベッドに倒れ込む。

 明日は仕事休みなのでゆっくり寝るつもりで、特に着替えずに布団を被った。

 その時である。


 ――グラッ


「……え?」


 ちょうどベッドに倒れ込んだ拍子に当たったのだろうか。

 側に飾っていた錨が自分に倒れ込んでくるのが、海人が最後に見た瞬間だった。



 * * *


『お……俺は……どこにいるんだ?』


 真っ白な世界。

 自分の姿すら見えない、そんな世界に海人はあった・・・

 自分の手足すら見えず、というよりあるのかも分からない状態。

 自分の声も、耳ではなく何か別の方法で聞いているような感じを覚えていた。


『彷徨える魂よ。何処いずこへと望むか?』


 突如としてその世界に声が響く。


『どういうことだ……? 俺は……どこにいるんだ?』


 全く回答になっていない回答を海人は行った。

 だが、それに対して声は何も言わず、話を続ける。


『魂よ。新たなる生を望むか? 新たなる世界を望むか?』

『異世界にいけるのか?』


 海人は基本的にオタクであったが故に、異世界転生などにもそれなりに知識はあった。

 が、自分がその状況にあることにはかなり驚きがあるようだ。


(しかし、自分が異世界転生なんかに遭遇するとはな……)


 それで、更に情報を得たいと思って、声に尋ねる。


『自分は、異世界で新しく生活できるのか?』

『然り』

『何か能力を得られるのか?』


 やはり異世界といえば何か特殊な能力を……と思うのは性だろうか。

 異世界で生活できると聞いて、次に聞くのがそれというのはなんとも逞しいものである。


『命を落とした要因たる物……それがお主の魂と深く結びついているが故に、それを変幻自在に操る事が可能である。そしてそれが象徴するもの、あるいは関係する事象も操る』

『命を落とした要因……? 他にはあるのか?』


 命を落とした要因とはなんだろう。

 だがそれよりも、自分に高い能力が欲しい。

 中々図々しい願いかと思いながらも、海人は質問を続けた。

 すると声がそれに応えてきた。


『何を望む』

『とりあえず……高い身体能力と魔法……あと……』

『……』

『無限収納みたいな能力かな』


 普通1つだろ! というツッコミをしたくなるほど望みを言い放つ海人である。

 声の主も、返事を返してこない。


(流石にまずったかな……でもやっぱり欲しいじゃんか……しかし、謝っておくか……)

『すみません、言い過ぎたかもしれないです』


 謝っているのか、それは?

 甚だ疑問である。


『体力と魔法については、却下とする』

『あー……ダメですか』

『それは既に反映されている故に。また、無限収納については、そのようなアイテムが存在するため、これも却下とする。その代わり……』


 意外と至れり尽くせりだった。

 声の主は、そう言いながら言葉を続ける。


『「インベントリ」というアイテムを与える。合わせて、年齢を若返らせ、顔立ちも変更させるものとする』

『あ、ありがとうございます』

『新たなる生に幸あれ』

『あ、ちょっ……!』


 収納アイテムや体力、魔法については有り難いが、最後は何というか追い出されるような勢いで締めくくられた感じである。

 そんな事を考えながら海人の意識は白い光に溶けていく――。


 * * *


「ここは……」


 目が覚めた海人は、少しだけ身体を伸ばすと立ち上がって周囲を見渡した。

 鬱蒼……とまでは行かないが、それなりに深い森の中にいるようである。


「う……んんっ。さてと……」


 ストレッチをしながら身体の調子を見る。

 特に問題はなく動く。しかも、以前に比べて明らかに変わっている点があった。

 身長が伸びたのか、目線が高い。眼鏡を掛けていないのに遠くが見える。

 こういう変化は海人にとって嬉しいものだった。


 勿論テンプレではよくある。

 大抵、転生をすると身体のつくりが以前と変わり、明らかにバージョンアップするのだ。

 しかし実際に体験すると感慨深いな……などと考えながら、海人は自分の姿を確認する。


 顔は見ることはできないが、服装が明らかに変わっていた。

 タートルネックで、少し厚い生地のシャツのようなものを着ているのが分かる。

 下はチャコールグレーのカーゴパンツで、足下は黒いコンバットブーツをはいている。

 そして上には全体が黒で、銀色の肩当てが付いた革製で立て襟のコートのようなものを着ている。だが特に着苦しい感じや、暑いなど感じない。

 前面はボタンと金具で留めているようだ。


 そして、錨のマーク入りの真鍮バックルが付いた、太めでステッチ入りのベルト。


(うわぁ……うわぁ……厨二病の極みみたいな……)


 ちょっと自分でも引くくらい厨二感のある服装である。

 しかし、与えられた服である以上、脱ぐわけにはいかない。

 仕方がないので海人は、別のことに意識を向けることにした。


「……う、うーん、とにかく今俺は何を持っているんだ?」


 先ほどの「声」からは、「インベントリ」というアイテムを与えられたことは分かっている。

 特に手には何も握っていない。

 何か目立った特徴的なアイテムはなさそうだ。……右手に指輪はしていたが。


(指輪?)


 見ると、その指輪には一つの宝石がはめ込まれている。

 そしてよく見ると、表面の金色で描かれた錨のマークの奥に、複雑で緻密な文字や図形があるのが見える。


「これ……か?」


 海人は指輪に触れてみたが、特に表示が出るわけでもない。


「んん~……? ああ、そうか……こういうのは魔力を流してみないと分からないというのがセオリーだな」


 海人は、指輪になんとなく力を流すイメージを念じてみた。

 すると、脳内に何個かアイテム名が流れてきたのと同時に、使い方を理解できた。


「へえ……持ち主だけしか使えないのか。いいなこれ」


 何度かインベントリの使い方を試す。

 その中には「パーソナリティプレート」というものがあった。

 見た目はクレジットカードサイズで、少し厚みのある透明なガラスプレートみたいだが、何か魔法がかかっているように感じる。


(多分証明書とかになるんだろうけど、使い方が分からん……)


 そう思いながらも魔力を通してみる。

 すると、名前の他に、下の方に数字が数桁浮き上がるように表示されていた。


(何だこれ? 認識番号か?)


 よくわからないが、あまり気にせずにインベントリにしまう。

 今度は走ったりして体力を確認すると、明らかに強化されているのがわかった。


「あとは……『命を落とした要因』って、もしかして……」


 首に掛かっているネックレス。

 それは、錨形だった。

 形状が、倒れ込んできた錨と酷似している。

 なんとなく自分自身からその錨を発現させるイメージをすると……


「おわっ!! ……でかっ」


 ちょうど自分が部屋に飾っていたのと同じくらいまで大きくなって出現した錨。

 形状はもう少しスマートになった感じで、全体的に銀色と濃い青で、金色の文字が彫り込まれている。


「こりゃ、鈍器だな……お、意外と軽いぞ」


 文字の意味は分からない。が、振るっても重さを感じないことと、自分の身体の一部のように動かせるので海人は気にしなかった。


 色々試しながら下山する海人。

 分かったこととしては、この錨は自由に形状を変更でき、剣にも出来た。

 しかも複数出現させたり、離れたところから手元に戻したりが出来るようだった。


「こいつは便利だな……さて、街はどっちだ?」


 太陽の位置と斜面の勾配を考えながらとにかく南に動こうと思った海人は、山中を走りながら移動する。

 走っても疲れず、前世を遥かに超えるポテンシャルを持つ身体のおかげで、あっという間に麓まで降りてくることが出来たようだ。

 少し遠いが、木々が途切れ、光が射す平地が見える。


「やっと……抜けたぜーーーー!!!」


 つい嬉しくなって叫ぶ海人。

 ハッとして辺りを見るが、人は特にいなかったようだ。


(嬉しくて叫ぶとか……ガキかっての……)


 自分の行動に苦笑しながら、走るのを緩めて歩きはじめた、ちょうどその時。


(むっ……?)

「た、助けて……たすけて……ください」


 遠くで、微かだが助けを求める声がする。


(まさかのテンプレか? こういうのはもう少し後が良いんだが……)


 とはいえ、気になるのは確かなので、微かな声を頼りに声の方向へ駆ける。

 すると、横倒しの馬車と積み荷、倒れ伏した兵士らしき人物。

 数人の騎士が誰かを庇いながら剣を振るうが、取り囲む数十人の盗賊と思わしき連中により追い込まれている。


 どうやらその庇われている女性の声だったようだ。

 海人が到着した頃には諦めたのか、叫ぶのを止めていたようである。

 そんな状況でも必死に騎士たちは戦い続けていた。


「お嬢様を守れ!!」

「この下民共が……!」

「へっへっへ……そんなら下民らしく頂くとするぜ!」

「こいつらは殺して、女はお愉しみと行こうぜぇ!!」


 盗賊たちは自分たちが負けるとは思っていないのか、余裕の笑みを浮かべながら相対している。

 いかにも盗賊らしい。

 だが、このような麓そばの森にいるというのは、些か変な話だ。


(なんでこんな所にいるんだか……それよりも、この襲われている側は何故こんな所にいたんだ?)


 ついそんな事を海人は考えていた。

 だが、状況は既に考えている暇はなくなっていた。

 一人の騎士の兜が外れ、その素顔が露わになると盗賊は沸き立った。


「おいおい、こいつは女……しかもエルフかよ! 当たりじゃねぇか!!」

「頭領、俺たちにも回してくださいよ」

「お前らにはそっちもいるじゃねぇか……まあ、回してやるよ」


 どうもその女騎士は怪我をしているのか、片腕を庇うようにして剣を握っている。


「くっ……こんなところで……! この外道共が!」


 語気は強いが、目に見えて動きが鈍っている。

 盗賊たちもそれが分かるのか、甚振るような目つきで女騎士に剣や槍を向けた。


「まあ、すぐに命は取らねぇよ……楽しませてもらうんだからよっ!」

「くそっ……! お嬢様……!」



「助けはいるか?」


 海人は、つい声をかけていた。



 * * *



 海人は自分でも驚いていた。

 これまでの自分であれば、例えこのような状況になっても人を庇うために前に出たり、喧嘩を売るような真似はしなかったからだ。


「(不思議と、恐怖がないものだな……)助けは必要か?」


 再度海人は口を開いて女騎士に尋ねる。

 女騎士も突然声を掛けられたことに驚いており、盗賊たちも突然現れた海人に驚いたのか、ただ呆然と海人を見ていた。

 だが、言葉の意味を理解出来た女騎士は立ち直ると、すぐに返事をした。


「ぶ、部外者は消えろ! 邪魔だ、危険だぞ!」


 その返事は、突っぱねるような一見乱暴なもの。

 しかしそれは、海人に危険だと注意を促し、無駄な犠牲にしたくないという気持ちの表れであった。

 その言葉で硬直から立ち直ったのか、盗賊たちは今度は海人を囲み出す。


「おうおう兄ちゃん。威勢のいいこって。だが、あいにく逃がすつもりはねぇよ。身ぐるみおいて、てめぇは奴隷として売られるんだからなぁ!!」


 そう言って数人の盗賊が棍棒、剣や槍を片手に海人に襲いかかる。

 慣れているのか、四方からほぼ同じ、僅かに後方が早いタイミングで攻撃を仕掛ける。

 普通、これを回避できるのは、余程の熟練した戦士だろう。

 少年に毛が生えた程度の青年では、回避出来まいと思うに違いない。


「やれやれ……正当防衛だ。悪く思うなよ」


 そう言うと同時に海人は錨を出現させ、振り向きざまに一振りした。

 それはあまりにも軽々しい動作。

 だが、もたらされたものは凄まじいの一言に尽きた。


 重さにして軽く100kgは超える巨大なアンカー

 それが、人を超える膂力で振るわれ、人体に直撃するのだ。

 一瞬で襲いかかった数人が肉塊に変わり、離れた地面に赤い染みを形作る。


(む……人の命を奪っておいてなんだが、特に忌避感とか嫌悪感はないな……)


 初めて人に手を掛けた訳だが、特に吐き気とかなく順応できた自分を意外に思いつつ、死体に目を向ける。

 それでも、特になんか異常は起きなかったようだ。


 さて、その異様とも思える状況を目にして、女騎士も盗賊も、動けなかった。

 その様子を見ながら、海人は口の端を上げ、再度口を開く。


「もう一度聞こう――――助けは、必要か?」

「お願いします! 助けてください!」


 先ほどの女騎士とは異なる、女性……いや少女の声がした。

 よく聞いてみると、先ほど助けを求めていた声のようだ。

 その願いを聞き、海人は薄く笑うと、口を開いた。


「把握した。すぐに終わる」


 * * *


 そこからはあっという間の出来事だった。

 まだ何十人といる盗賊だったが、錨の一振りで数人ずつ肉塊になる。


「お前ら! チンタラするんじゃねぇ! 相手はガキ一人だぞ!」


 頭領はそう言うが、その間にもどんどん手下が減っていく。

 青年……いや、少年とまだ言ってもいい人物が軽々と振るう錨で、自分が築き上げてきた盗賊団を減らされていく。

 その、非現実的な状況を見て、頭領は最終手段をとることにした。


「どけっ!!」

「なっ!? 貴様っ!?」


 騎士を弾き飛ばし、守られていた女性に武器を突きつけると、海人に向かって叫んだ。


「このガキが! これが見えねぇのか!? 騎士共も動くんじゃねぇ! こいつを殺すぞ! 武器を捨てやがれ!!」


 海人が振り返ると、盗賊団の頭領が一人の少女にナイフを突きつけていた。

 身なりからして、かなりの身分の少女だろう。

 薄紫のウェーブで、怪我したのか血が顔に付着しているものの、明らかに美少女だと分かる。

 そんな少女を人質として、自分を守ろうとしているのだ。


 だが、それよりもカイトはその頭領の持つ武器に驚いていた。


(なんでそんなものを持っている!?)

「貴様如きが、何故その武器を!」


 エルフの騎士も驚いているようだ。

 それは一部が金属、他の部分が木で出来たもの。

 長さはおよそ30cm程度。

 金属部分は長い筒のようになっており、木の部分は持ち手なのか曲がっている。


 それは紛れもない、じゅうだった。

 その様子を見つつ、何か出来ないか考えるも、まずは相手を逆撫でしないためにも武器である錨を下ろす。


(しまった……向こうに意識を向けてなかったな。これは今後注意しよう)


 海人は、自分が一瞬目を離した隙に動かれたことを反省した。

 エルフの女騎士も護衛対象に迫る危険が分かっているのか、悔しそうに顔を歪めながらも剣を手放す。

 そうしながら海人は、どうやってこの状況を打開するかに思考を向けることにした。


「お前ら、武器を下ろしやがれ! くそっ、報酬が台無しだ……俺が街に入るまで、森を出るんじゃねぇぞ! 迂闊に動けばどうなるか分かってるな、あぁ!?」


 はっきり言って、錯乱しているようにしか見えないが、騎士たちとしても護衛対象と思われる少女を人質に取られたことで動けないようだ。

 その様子を見ながら、海人は隣の女騎士に小声で声を掛ける。


「あの武器はなんだ?」

「あれは魔弾銃スペル・ガンだ。普通、盗賊如きが持てるものではないんだが……」


 どうもあの銃――魔弾銃スペル・ガンは高価な物らしい。

 そんな物を持つ盗賊に違和感を感じているのか、女騎士は顔を顰める。

 海人としては、見た目の所為かあまり警戒していないが、さすがに少女が巻き込まれているのを見て悩む。


(うーん……何かこの能力を上手に使えないものか……錨、錨か……)


 転生前に聞いたように、この錨を自由自在に使えるというのが海人の強みである。

 といっても、転生すぐでここまで使う事になるとは本人も考えていなかったわけであるが。


 そう考えつつ、魔弾銃スペル・ガンの能力を知るために再度女騎士に声を掛けた。


「あの魔弾銃スペル・ガン……だったか? どの程度の威力なんだ?」

「基本的に魔弾銃スペル・ガンは麻痺の魔法を放つ……だが、あの至近距離と、当たり所によっては……」

「命に関わる、か」


 基本的に致死性が低いものだそうだが、それでも全く影響がない訳ではない、というのは問題である。


(そうなると、気付かれないように攻撃するか、足止めを食わせるか……待て、錨は船を固定するために使われる。しかも、この錨は俺のイメージ次第で変幻自在、かつ実体化させるかも選べるから……)


 しばらく考えて、海人は右手に持つ錨に魔力を通しながら、錨を盗賊の頭領に向ける。


 勿論その間にも、盗賊の頭領は少しずつ距離を取ろうとしている。

 騎士たちは、そんな頭領と少しずつ距離を詰めながらも、打開策を講じることが出来ずにいた。


「い、いいか。変な真似はするんじゃねぇ……来んな、来るんじゃねぇ!!」


 頭領はそのまま森の奥に駆け出そうとした。

 と、その瞬間。


「疾ッ!!」


 頭領の意識が逸れた一瞬、海人が錨を突き出す。

 その瞬間に海人の魔力で造られた錨が頭領に突き刺さる。

 魔力の錨は頭領の身体に傷は付けずに、だが、「動き」の全てを「固定」した。


「な、う、動けねぇ! 何……しやがった!?」

「っ、お嬢様! ――はあっ!!」


 気合一閃。

 動きが止まった瞬間に女騎士が剣を拾い、瞬時に距離を詰めて頭領の腕を切り落とした。

 頭領は銃を持った手を斬られ、宙に舞う右腕を呆然と見ていた。

 その間に彼女は少女を回収し、戻ってきている。


(ふう……物は試しでやってみたが、なんとかなるもんだな……)


 海人は、ぶっつけ本番で試した事が成功してホッとしながら、射出した錨を消した。

 海人がしたこと、それは自分の能力のテストでもあった。


 錨は船を固定させるために用いられるので、盗賊の動きを固定させるイメージで射出したのだ。

 錨は実体がないため盗賊を貫き、動きを固定した事で盗賊は全く動くことが出来なくなったのである。


「ぐっ、ぐあああっ! 俺の腕がああああっ!?」


 向こうでは盗賊が片腕を失って騒いでいた。

 先ほどの女騎士が盗賊の方に近付いて行く。


「ふんっ。この程度で騒ぐとは……感謝しろ、一撃で終わらせてやる」


 どうも女騎士は盗賊の頭領をここで処理するつもりのようだ。

 盗賊の頭領も逃げようとするが、片腕を落とされているため思うように立ち上がれず、座ったまま後退りをする。

 だが、すぐに女騎士が追いつき、剣を振り上げた。


「ひいいぃぃっ!!」


 恐れおののく頭領が目をつぶったと同時に。


「おっと」


 ――ガキイイイィンッッ!!


 一瞬で盗賊の頭領の前に出た海人が、手に持っていた錨で女騎士の剣を防いだ。

 受け止められた女騎士は、盗賊を庇う海人に驚きと、責めるような視線を向ける。

 海人は海人で、予想以上の女騎士の力に驚いていた。


「なっ!? 貴様、そいつを庇うのか!!」

「中々の力だな……まあ落ち着け。こいつを逃がすつもりはないが……確認したいことがあるだけだ」

「何……?」


 海人の言い分に、女騎士は怪訝な顔をしながらも、「逃がさない」という言葉を信じることにしたのか剣を退いた。

 海人は、そのすきに逃げようとしている盗賊の頭領に向かって声を掛ける。


「おい」

「な、なんだてめぇ! てめぇのせいで俺の盗賊団は……ヒイッ!?」

「黙れ。お前は俺の質問にだけ答えろ。正確にだ」


 喚く盗賊に向かって錨を振るい、顔のギリギリで寸止めした海人は、冷めた目を頭領に向ける。

 その勢いと冷たい視線に気を呑まれ、頭領はただ頷くだけだ。


「一つ目。お前らのアジトはどこだ?」

「ア、アジト……? それを言えば助けてくれるのか……?」

「考慮してやる。どこだ?」

「こ、ここから北東にいったところの洞窟だ!」


 海人としては、ただ何かお宝があれば良いなという理由があったが、それだけではなく、何か色々な裏の動きの資料があるのではと思って尋ねた。

 それに対して、命が掛かっている頭領は素直に答えたようだ。


「二つ目」

「な、なんだ?」

「誰の依頼で、彼女たちを襲った?」

「そ、それは……か、金目の物を持ってそうだった……」


 ドスッ!


「ぎゃあああああっ!!」


 海人の錨が振り下ろされ、頭領の太ももに刺さる。

 それを見て、女騎士が声を掛けてきた。


「……依頼? どういうことだ?」

「こいつが言っていただろ。『報酬が台無し』って。つまり誰かの依頼を受けている訳だろ? なあ?」

「!!」


 女騎士も思い起こしたのか、一瞬驚いた顔をした後に盗賊に向かって鋭い視線を投げかける。

 さて、カイトの言葉の後半部分は頭領に向けたものだった。

 確かに彼は報酬と口にしていた。しかし、本当に少し呟いただけの言葉だったのに聞き取られていたことに頭領は愕然とした顔をする。


「な、何故それを……」

「何を驚いているんだ? 聞こえてたんだぞ? いいから答えろ……な?」

「ひっ……言う、言うから!」


 笑顔で質問をしているカイト。

 だが、その貼り付けたような冷たい笑みは、頭領にとっては恐怖でしかない。

 観念した頭領は全てを話すのであった。


 結論からすると、頭領はやはり依頼を受けていた。

 指定の時間にやってくる馬車を襲えという依頼だったそうだ。

 偶々、知り合いである裏稼業の連中から舞い込んだ依頼で、普段のテリトリーではない場所だったものの、成功報酬とはいえかなりの金額を得られる事と、馬車に乗っている少女が、生きていれば何をしても良いと言うことだったので受けたとのことだった。


「それで? 依頼内容は分かったが誰が依頼主だ?」

「い、痛い痛い! 止めてくれ! 本当にしらねぇよぉ!」

「その裏稼業の奴は?」

「顔は分からねぇ! フード被って、スラムとか、本当に突然現れるんだよ! 本当だ!」


 この段階で海人は遠慮がなくなっていた。

 刺さったままの錨の爪で、頭領の太ももをえぐっている。


「ふん……本当に知らんらしいな。これ以上痛めつけるのは無駄か……騎士殿、どうする?」


 海人は女騎士を「騎士殿」と呼んだ。

 いきなり敬語で接するのも舐められそうだが、あまり心象も悪くしたくないという微妙な気持ちから、そんな呼び方になってしまったようだ。

 その呼び方に違和感を感じたのか、一瞬女騎士が変な顔をしたが、すぐに真顔に戻る。


「そうだな……これ以上の情報がないのであれば用は済んだな」

「そうか……なら、任せるよ」

「なっ!?」


 そう言って海人は錨を消して後ろに下がり、代わりに女騎士が前に出た。

 その様子を見て頭領は狼狽えるような、驚きの声を発したが知らぬ顔で海人は腕を組む。


「感謝する……えーっと……」

「悪い、名乗ってなかったな。海人……カイトだ」

「こちらこそ。私はアリシアだ……感謝するカイト殿」


 このタイミングで名乗るというのも変な話だが、お互い名前を呼ぼうと思ったのがこのタイミングだったので仕方がない。

 お互い名乗りを終えると、女騎士――アリシアは剣を抜き、頭領に近付く。


「おい!? 命は助けてくれるんじゃなかったのか!? 約束が違うぞ!」

「俺は、考慮するとは言ったが、助けるとは言っていない。それに、俺はお前を殺さないさ……後は知らんがね」

「なっ……この野郎!! くそが! くそがあああああっ!!」

「さて、部下の弔いの為にも……覚悟!」


 頭領が吠えるが後の祭り。

 アリシアの剣は、頭領の首を一太刀で落としたのだった。

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