VS受験、国語組

あいうえお

国語嫌いの嘆き

「……20人!?」

 でかでかと“国語”と書かれた黒板の前で、驚愕したように叫ぶのは、今年から入ってきた新人の国語教師、佐田恵理子先生。

 私、他教科は絶対70を超えるのに、国語のみ25点だった、相坂悠里を含め、国語が嫌いな生徒はとても多い。一週間前の三年になって初めての中間テストで、30点未満を取ったのは、佐田先生が言った通り20人もいた。


「だって、日本語って難しいじゃないですかぁ。私、アメリカ人に生まれたかったです」

 頬杖をつきながら、憂鬱そうに言ったのは、クラスメイトの木原ゆりあさん。中間の国語の点数は19点。補習組の中でも、かなり国語は出来ないらしい。

「大体、日本語って言い回し多すぎるんですよ。『私は、幸せです』『私は、幸福です』『私は、恵まれている』『私は、裕福だ』なんて英語なら全部『アイアムハッピー』で終わるのに」

 思わず、ここに居るほぼ全員が「ああ~」と頷いてしまう、納得出来るような言葉だった。しかも、現代語だけじゃなくて、古文まであって余計に面倒臭い。


「裕福は微妙に違うし、同じハッピーでも、“幸せ”とも訳せるし、“嬉しい”とも訳せるから、英語も英語で難しいと思うけどなあ。幸せと嬉しいは違うじゃない?」

「だーかーら、“幸せ”と“嬉しい”が別れてるのが面倒臭いんですよ~。大体同じ意味なんだから、どっちかにすればいいのに」

「それは流石に屁理屈じゃないかなあ……」

 両者一歩も譲らない。だけど、これだけは言える。「私達は絶対木原さんの味方だ」、と。そして、国語の肩を持つ、「国語を教える者」である佐田先生は、私達にとっては敵だ。敵でしかない。


「俺はそのアイアムハッピー理論がどうだっていいけどさあ……」

 国語のテストだけ空白で提出した、通称「勇者」の、速水有志君は、手を上げながら立ち上がり、こう続けた。

「テスト、一文字見るだけでやる気失せさせるのやめて欲しい」

 速水君の意見には同感だ。周りもみんな、うんうんと頷いている。国語の最初の問題は基本物語から出題されるけど、もう最初の「文章を読んで、次の問いに答えなさい」から心が折れてしまう。「あんなの、文章の中に答え書いてあるでしょ」という、国語が得意な友達の発言に、真剣にキレた事もあるくらいだし。


 対して、最早佐田先生も心が折れてしまっているらしい。死んだ顔で速水君の言葉を聞き流して、黒板に書いてあった文字を消して、補習の板書を始めた。その最中ですら、国語ディスりは止まらなかった。

「ねえ、このレ点がとか一とか二とか書いてあるやつ、意味わかんなくない?」

 私の隣に座る、立花ひなこちゃんが、教科書の漢文のページを開きながら言った。ひなこちゃんは、補習組の中では天才扱いの、29点だ。そのひなこちゃんが苦戦する漢文。私にとっては、国語ですらないと思っている。無茶苦茶だけど。

「ほんとそれな。なんで一と二が二つもあるの? 一二、一二なの?」

「読んじゃダメな文字とかなんで書いてあんの? これ考えた人に聞きたい」

「タイムスリップしよーぜ」

 気が合いすぎて、もう男子も女子も関係なく、口々に騒ぎ出す。佐田先生には、流石に限界が来たらしい。顔を真っ赤にして、顔をピクピクさせながら、私達を怒鳴りつけた。


「うるさい!! 日本語喋らなきゃいいんじゃないの!?」

 一瞬静まり返った後、またみんなは喋り始める。

「あー、マイネームイズハラダショウ。ナイスミーチュー」

「マイネームイズ」

 一つの教科、しかも私達が普段使っている日本語を学ぶ国語がここまで酷いと、大体他教科も理解出来ていないことは多い。私はそこまではないけど。

 みんなが、先生の発言を面白がって喋る英語も、ハローとマイネームイズとナイスミーチューしか無いのかってくらいだった。

「はー……」

 誰か一人が、ため息をつく音が聞こえた。言いたいことは何となく分かる、私もその気持ちだ。


「日本語、ちゃんとしないと……」

 何人かの言葉が、重なる。そんなアニメや漫画みたいにピッタリとハモった訳では無いけど、確かにみんな同じような事を呟いていた。

 それでいいんですと、満足気にニッコリ笑った佐田先生は、板書の手を止めた。

「一年生で習う漢字の読み書き、ことわざの意味、文法を問題形式にして書きました。分かった人は、書きに来てください」

 それから、手が上がる事も、誰かが立ち上がる事も、一切無かった……。

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