第2話 チュートリアル前のチュートリアル〜天地創造




 開発者が叫ぶ『究極のリアリティ』とは一体、どんなものであるのか。


 その内容を要約すると…


『森羅万象の全てをリアルに再現しつつファンタジー要素をふんだんに盛り込んで独自の世界を構築。』


(…うん。それ普通。従来のVRゲーでも散々詠われてきた宣伝文句だよそれ)


『視覚聴覚嗅覚味覚触覚…現実の五感と寸分違えず訴えかけてくる臨場感。』


(…うん。これは……まあ、普通ではない。でも最近のVRゲーを舐めてはいけない。コレも最近では…そりゃあ、珍しくもあるんだけども……まあ無くはない)



 じゃあ、何をもって『究極のリアリティ』とするのか?



 その鍵はその世界の住人、つまりはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)にあるらしい。

 通常、NPCといえば何処まで作り込んだとしてもある程度のバリエーションを盛り込まれただけで、結局のところゲームの道先案内人としての役割しかもたない存在。何度も質問を重ねる内に同じ内容しか話さなくなるのは最たる例だ。

 このゲームのNPC達には最先端かつ特殊なAI(企業秘密により詳細は割愛)が組み込まれたらしく、ひと味もふた味も違…いや…従来のNPCとは全くの別物。



 結論から言うと。



 彼らは僕ら人間と何ら変わらない存在であるらしい。

 各々が自我をもち、感情があり、思考をし、志向や嗜好に偏り、思想がある。つまり、生きた人間同様の個性が有る。

 そして、生きた人間と同等の“生理現象”に則して生きている。

 生理現象とは……五感や、食欲や性慾や睡眠欲は勿論、呼吸、摂取、消化、吸収、循環、発汗、排泄、鼓動、胎動、修復、成長、病気への抵抗、免疫、寿命、それら肉体活動と精神との統合…などなど…命を支えるための血と肉と骨に関するありとあらゆる、数え上げたら切りがない働き。その全て。


 このゲーム世界には魔素というものがあり、その魔素を取り込んで魔力を肉体に宿すという仕様であるため、彼らNPC達の肉体構造は僕らとは若干、異なるらしいけど。


 とにかく、肉体が仮想現実上のものであれ、『その肉体に縛られて生きている』という点では、僕らとほぼ同じだ。

 …と言うことはもちろん…繁殖もする。つまり…子を産むことすら出来てしまう。


 今から僕らがダイブするゲーム世界にいるNPC達は、始祖というべぎ存在から気が遠くなるほどの世代を跨いである存在。…つまり、NPCの子孫達。


 そしてこのゲーム世界にある文明の全ては、彼らNPC達が世代を重ね進化する過程で一から発展させたもの。


『─無数に生まれては消えていったNPCの祖先達。その一つ一つを礎として在る現在のNPC達という群像はもはや、従来のゲームにいるようなNPC達のように表面上の相関図で言い表せるものではありません──(長いから中略)──つまり、彼らは従来のNPCのように一代限りの薄っぺらな存在ではないのです。由緒ある歴史を各個人が背負って生き──』


 …って開発者は興奮して語ってたけど…


 それはつまり、現在のNPC達の一人一人の人生には『系譜という名のいしずえ』がしっかりとある…そういうことか。


『縁という縁を何代にも渡り無数の偶然の上で複雑怪奇に絡ませながら積み重ね、ようやく在る奇跡のような存在。そう……この世界の住人、NPCは本当に『人間』なのです。新人類などという、突然変異枠でもない、古い歴史を持つ…我々と変わらぬ、歴とした『人類』なのです。そんな彼ら自身が作り上げたこの世界でプレイする…これだけでもう破格です。』


(…いやそれって、もはやゲームの世界じゃないよね。…ほぼ異世界でしょ…それって凄過ぎる…) 


  でも…その一方で


 NPC達が苦労して作り上げてきた文明は製作者達の都合で破壊されたりもしたらしい。

 しかもそれは何度か繰り返された。開発者達が理想とするファンタジー世界が出来上がるまで。

 その過程で謎遺跡が世界各地に出来上がることになり、その謎遺跡は『魔素』による作用なのか…開発者達も予想しえなかった展開で擬似的な命を宿し、ダンジョン化したりして。


 NPC達はそれを“迷宮化”と呼んで自然現象の一つと認識してるみたいだけど。


(…いやそれってただのバグなんじゃないの…?)


 ダンジョンとは…これまた胸躍る冒険要素ではあるけどね。…それでもやっば…非道い話だコレは。なんて身勝手な神様だろう。


(開発者が外道だよNPCが哀れだよなんか凄く不安になってきたよ…)


 このゲームの開発者達は『ゲームプレイヤー達が気持ちよくプレイするための環境を作る』という観点ではなく、一つの世界を創造することに持てる力の殆どを注いだ。

 電脳の世界とはいえ、これは神の所業に類するものではないだろうか?そうだ。これはまさに、『電脳世界に正真正銘の異世界を作り出す』という試みだ。つまりは、『天地創造』というヤツだ。


 そして開発者達は、この奇跡的世界をそのまま丸ごと、プレイヤー達に遊び場として提供しようとしている……




(……って…いやいやいや)




 いいのかそれ?色々な意味で。特に倫理的に。


 だって考えても見て欲しい。自分が現実だと思っていたのが実は錯覚で、ゲームの世界に自分が生きていたのだと知ったら?


(僕なら…うん、かなりのショックだな)


 僕達にとって現実世界でしかないこの世界に不特定多数のプレイヤー達が紛れ込み『ゲーム感覚』で暴れ出したとしたら?


(…ゾッとする。)


 世の中で起こる犯罪は流入したプレイヤー数に比例して何倍にも激増することだろう。

 ゲーム感覚の主成分は『遊び心』だ。基本、そこに罪悪感は含まれない。含まれていたとして極微量だ。

 感覚にリアルかつダイレクトに訴えるVRゲームであるなら、少しは話が変わるんだろうけど…そう、変わるだけだ。数が変わるだけ。減るだけ。無くなりはしない。悪事に手を染めるヤツは必ずいるだろう。

そんな犯罪プレイヤーにしてみれば『好きなだけ暴れた後は現実の世界に雲隠れしとけば万事OK』という緩い認識。現実世界では何食わぬ顔でモラルを語りさえする…。

 本人達は自分達のことを『ちょっと屈折しちゃいるが基本は善人だから』なんて戯言を、でも本気で疑わずに、そのまま生きてくんじゃないだろうか。


 自分で言ってて嫌になるけど、それも『ニンゲン』だ。


 でも、ゲームとして遊ばれた世界の住人にしてみれば、それはたまったもんじゃないだろう。


 そういった不具合をなくすためであるのか。


 このゲー厶のプレイヤーには全員例外なく付与される設定がある。



 それは、『異世界に転生する』という設定だ。


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