第3話 臭いチュートリアルには蓋をしろ。




 何時なのかは分からない。空が薄っすらと明けていく。


 どれくらい早い時間なのか不明なまま、この身体がそれを朝だと認めた瞬間に今日も僕は目を覚ます…。

 無駄にリアルなこのゲームでは他のVRゲーのように視界の片隅に時間表示などないし、よってアラームの設定もできない。

 この村では目覚まし時計ですら微妙にオーバーテクノロジーなので、そんなものは勿論、無い。


 だから今は朝の光に全てを賭けて起床している……いやいや、なんで起床出来てんの僕は?


 引きこもってた頃は起きるといつの間にか昼だったり夕方だったり夜だったり深夜だったりしたもんだが。朝のちょうどいい時間に目が覚めれば逆に自嘲して二度寝したり……。

 そんなんだった頃の自分と比べると違和感半端ない。でも、『これも悪くないな』とか思ってたりする。


 思いながら、ベッドから起き出した僕は外に出る。


 外に出てみれば“マウラバニアの木”(名前無駄に長い…でも異世界っぽい)が葉だけでなく幹や枝までほんのり赤くしていた。

 多分だけど、冬が近い。この土地にも四季らしいものはあるのだが気候の変化は緩やかだ。


 この世界には太陽も月もないから、それが影響しての事なのかもしれない。


 だから体感温度よりも植物の色めきによって季節を感じる方が先取りだ。


(さあ、日課にとりかかるか。…まずは水の汲み変えから…)


『マスター。そうなるとカリキュラムが狂いますがよろしいのですか?』


 おっと危ない。その前にやることがあった。有難う助かったよ“Fスキル”さん。…いつも優しいね。


『それは買い被りというものです。私は能力に目覚めてすらないただのスキル。』


 またまたツンデレしちゃって♪ホントはさっきみたいな自発的なアドバイスは許されてないのに…こんなマスター思いなスキルを持てて僕はホントにうれ…


『マスター……。私は、“Fスキル”です。………そう。“運命を司るスキル”。覚醒した時は…………狂わせましょうか?………運命。』


 ヒイイイイイイイイイイ調子こいてスミマセン!


『つべこべ言わずに早くランニングの準備をして下さい。』


 はいスミマセンすぐ用意しますというわけで僕ランニングします。ん?普通のランニングなんてしないよ?


 まずは大人用の、まだこの身体には大き過ぎる革鎧を着る。

 同じく革で出来たリュックに石を詰め込んで背負う。

 腹周りと両手両足には重りを装着。

 どれも臭う。たまらなく臭い。


(このゲームに“転生ダイブ”してもう12年か…このランニングも始めて7年にもなるんだな…)


 そう思えばこのニオイも長年に及び流してきた血と汗の賜物。誠に遺憾ながら僕はもうこのニオイに慣れてしまった。


 おかげでスキルが生えた(笑)


 【精神微耐性】だって。その効果は『精神的負荷にほんの少し強くなる』。コレ、地味なようだが凄く強い。

 先程のような悪臭などの『嫌悪』だけでなく色々な……例えば『恐怖』、『悲哀』、『葛藤』、『躊躇』、『焦燥』等精神的なストレス全般だけでなく、魔物や魔法の『精神攻撃』にもほんの少し耐性をもつ。


 ナニソレ汎用性有り過ぎ。戦士系必須でしょうソレ。臆病だと戦士は向かないし、バッドステータスに『混乱』食らった戦士なんて、まじで厄介。

 おっと、早くランニングしなきゃ。だってFスキルさん怒らすと怖いしね。僕はラッキーに溢れた…つかラッキースケベ満載の運命を所望だっ。


 普通のVRゲームでは出来ないハーレムプレイだってこのゲームなら可能…ぬふははは!まだ見ぬ美人NPCよ待っておれっ!


『…………狂わせましょうか?』


ヒイイイイイイイイイイイイイイイイ!!


 というわけで鞘に収めたまま剣を手に取り準備完了。僕は走り出す。

 走りながら剣の構えを色々試しつつ走る……ある程度繰り返して身体がほぐれるとさらに動作を追加する。

 まずは剣を真っ直ぐ振り下ろし、横に薙いで十字を描き、下から斜めに斬り上げ、逆の角度で袈裟斬りに。そうやって十字に✕字を重ねて米の字を完成させる。

 この一連の斬撃動作は剣の構えで順番が変わる。

 全ての構えで様々な書き順で米の字を宙に描く。

 剣の持ち手を両手から右手のみに変え繰り返し。

 それが終われば左手のみで繰り返す。

 これでようやくワンセット。

 それを何セットも繰り返しながらとにかく走る。


 装備したまま行動しても疲れないように。

 戦闘で怪我をして片腕しか使えなくても戦えるように。

 しかも利き腕を怪我した場合でも、剣が振れるように。

 あと、移動しながら剣を振って足の運びとか自然に身に着けばいいなーっ……ていうか【スキル】生えないかなってね。


 でも、【スキル】というゲームお馴染みの恩恵はこのテンセイライフオンラインでも健在だけど、過信しちゃいけない。

 このゲームはあまりにもリアル。だからスキルばかりに頼らず、あらゆる事態を想定して訓練しておかなきゃならない。という持論。


 …村の風景が流れてく。開拓村の風景。

 …いい景色だと思う。


 開拓村とは領地を拡大したい領主により通常より低い税を交換条件に集められた人々が、開拓を託された村のことだ。

 ある一定の成果を示すため、まずは田畑や飼育場などの開拓が優先される。

 なので人家が地均しもされてない自然の形そのままな区画に、無理矢理建ってたりする。

 普通の村々に比べるとその景観はかなり原始寄り。

 だけど、僕は人間の都合だけを押し付けられた平坦な村風景よりもこっちのが好きだ。

 この、人と自然の営みが一体化したような風景が良い。

 なんと言ってもファンタジー的豪華さがある。

 景色にそういった変化があると走ってて気持ちいいし飽きない。足元の地形も変化があるから、より効果的な鍛錬にもなるしね。


 あと、せめてもの慰めにもなってた。


 滑稽だと笑われようが、毎日めげずにこのランニングを続けられてる。この、僕が。


 なるべく人目につかないようにと、このランニングをする時間は早朝に設定したのだけど……やっぱ村。朝が早い人は沢山いて、結構目立った。

 最初は『レベル上げした方が早いだろ!』って大笑いされながら走ったものだったが……


 最近は──


「あらジンくん坊や今日も精が出るわね。」

「ういっスー!メルさんは今日も色っぽいねエヘヘ」

「それ言ってるとまたウチの旦那にゲンコ食わされるわよ?」

「そりゃ勘弁!」

「ふふふまたね♡」

「あーい!」

「ふふ…ホント元気ね〜。………でも……………」



「お?ジン坊。また背え伸びたんじゃねえか?」

「デーブさんも最近お腹が……何が産まれるのソレ?」

「うるっセぇッ!俺あ男だぞ!そして人間だ!」

「もう自分だけの身体じゃないんたからね。そんな大声なんかだしたら……」

「だから孕んでねーっつの!」

暗斬鬼岩あんざんきがん!」

「変な掛け声やめろ!つかそんな武技ねーだろっ!くっそー行きやがった…………酒、控えるか〜…………それはさておき………………」



「ジンよオイ!ちったぁ腕ぇ上げたかオイっ!」

「まだまだだよ〜マグナさんに余裕勝ちする程度の腕じゃあとてもとてもー…」

「おう!その喧嘩買ったぞオイ!」

「お~ホホホ捕まえてご覧なさいマグナさーん♪」

「待っ……ちくしょうっ速えなオイぃ!」

「今度稽古つけてよー!」

「……フンっいつでも来いやオイっ…………にしてもよお………」



「ようジン!芋余ってんだよお前んとこ要るかあ?」

「ああ、要るっ!」

「そうかじゃあ後で…」

「うちに届けといてっ」

「バカ野郎テメーで取りに来いっ!」

「でっすよねー了解!ラタンさんいつも有難う〜」

「っとにあのヤローは……へっ…おもしれーガキだよ全く…………しかしあれだなあ……………」



「「「ホントに、よく続くよなあ(わよねえ)。アレ。」」」



 という感じにはなってる。

 ああ『ジン』ていうのは僕のことだね。

 つまりこのゲームでの僕のキャラネー…



「「「そして臭え!(臭いのよねえ)」」」



 …ムってうわスミマセン!やっぱ臭うかこの装備?


 でもこれ装備が臭いだけで僕の体臭じゃないからね?ただこの異臭もスキル獲得に繋がる大事な積み重ねのひとつなわけでして……!

 今ではこのように、臭くてもみんな笑って、許してくれてる。でも、ここまで来るのには結構な時間がかかった。

『子供がすることだから』と最初は笑うだけだったみたいだけど、僕がどんな日であろうと絶対に休まず続けるので周囲の目は変わっていった。


 まずは、『コイツ、気持ちワリイな……あと臭い。』という汚物を見る目。

 そして『コイツ、もしや狂ってる?気を付けねーとな…あとなんだコレスゲーくせーぞ!』という警戒する目。

 そしてついに『でもコイツ根性あるなくせーけど。こんなの俺には真似できねーかなりくせーけど』的な肯定的(ん?)な目に変わるまでは、長かった。



 それまでは結構辛い目にあってた。実は。



 でも今は会う人会う人が声をかけてくれるようになってる。そして何年も時を経るとさらなる変化があった。

 僕を見ることで『今日も元気を分けてもらおう』的なノリで僕のことが村内で評判となり、ちょっとしたブームになったりした。


 その結果


『病気の老人が減り子供が言う事を聞くようになり大人は勤勉になった。引いては村の生産性が…』とかなんとか……村長に表彰され『これで子供用の新しい装備を買え』と鼻をつまみながら金一封渡されたり。


 他にも……


 クエストでこの村に立ち寄っていた上級冒険者が、物好きなことに見物しに来て『将来うちのクランに入らないか?……その時は新しい装備をプレゼントしよう。』と鼻をつまみながら言ってきたり。


 終いには……


 何処かの偉い商人さんに『君のこの日課はもしかしたら将来偉人伝の有名な逸話になるかもしれない。その時は本にして販売したい。その販売権を是非わが商会に……』とか胡散臭過ぎる話を持ちかけられ『胡散臭いとは失敬な。というより臭いのはその装備だ。よし、新しい装備を提供……』とか鼻をつまみながら言われたりつか臭い臭いうるせえよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!知らないだろうけどこれでスキル生えんだよお!【精神微耐性いいい】!って言い訳したいけどFスキルさんに口止めされてて言えねええんだよおおお!僕だってスんゲー臭いけど我慢してんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!!!そんでもし口すべらそうもんなら

 


『………………………………狂わせましょうか……?』



 これだから。ヒイイイイイイイイイイイイイイ!!!


 因みに商人さんにはお断りしといたよ。偉人になることを宿命付けられるのはマジ勘弁だ。


 僕は自由にこの世界を冒険したい。それが夢だ。でもそんな夢はこの村では異端扱い。


 最初は『甘い夢見てんじゃねえ!』と説教されましたよ。

 時にたれた。

 ええ、ハイ。

 大人からも、ええ、子供からもね。


 村の子供達もあまり突飛な夢を口にしないのだ。彼らは純朴ではあるが意外とリアリストだ。

 『村にこのまま留まって欲しい』と願う大人の村人達が、村ぐるみで子供達を教育したからだろうけど。

 そんな中で僕の存在というのはかなりの異端であったはずだと聞いてみたら、僕の奇行は逆にそういった村教育(?)に役立つことにも、実はなってたんだそうだ。


 僕が笑われてる間は『変な夢見るとあんな風に笑われるんだからね?』と子供達は諭され。

 僕が笑われなくなると『夢を追うなら相応の努力をしなきゃいけない。しかも、毎日。何年も。一日も欠かさずに。』と、子供達は嗜められていたんだそう。

 あと『くさいのが嫌なら毎日身体をちゃんと洗って清潔さを保たないとね』的な教育もされ、衛生面でも向上したらし……うん、もう泣いていいよね?


 そういった貢献もあって僕は村から追い出されずに済んだ……とあっけらかんとして言われた時は、流石にたまげたよ。

 え?じゃあ僕を村から追放する案もあったの!?

 子供相手に容赦ないなオイ!

 コワイよ異世界の村社会ッッ!

 それに僕のこの日課が子供たちの夢を潰すダシにされていたとはっ!!……とまでは、思わない。


 だって、僕が生きてた現実世界では夢破れたとしてもやり直しは効いた。つまり『普通』に甘んじれば生きていけた。でもこの世界では話が変わるでしょ?

 夢破れてしまえば奴隷落ちとか、死とか、洒落にならない結末もしっかりと、ありふれて含まれてる。まじ怖い。ゲームでなきゃ僕も挑戦は避ける。この装備ホント臭いし。

 だから貢献出来て良かったなーって、最近は思うことにしてる。


 え?ああ、


『やり直しが効くと分かってるならちゃんと学校行け!』って?その類いのツッコミは受け付けません。


「はあ~いい汗かいた〜プー!」


 と息を強く吹く。………勿論、吹くだけだ。このニオイを強く吸い込んだりしたら……どうなるんだろ。想像もつかない。


「……………っシャらあアアアアアア!」


 今日も気合入れてくぜ!ニオイに負けず!


 さあ、いつものように、


 水の汲み換えとか農作業とか洗濯とか稽古したあと朝御飯。薪割りして木炭作ってまた土弄りと鍛冶手伝い。その後森に出かけて罠確認と採取しつつ魔法の師匠訪ねて家事手伝いのちに魔法習ってお昼ご馳走になって家に帰って筋トレ。母さんの錬金術レクチャー受けながら晩御飯一緒に作って食べて今日あったこと父さんと母さんになるべく面白く語ったら暗い中での槍と弓矢の練習。そしてマッサージしながら汗と垢をしっかり落としてヨガ師顔負けの柔軟して瞑想しつつ秘密特訓しながら寝よう!


 …え?『それ毎日やってるの』って?『詰め込みすぎ』?


 まだまだ足りないよ。スキルをゲットするためには…しょうがない。


 効率厨?違わないけど違うよ。こうでもしないと死んじゃうんだ。僕。ゲームオーバーとか真っ平御免だし仕方ない。頑張るしかない。


 …え?『なにサラっと爆弾発言してんの』って?


 いやそれが…まあその話はまた今度。それにね。僕に何の責任もないとは、とても言えないのさ。


 だって実際、説明会の段階でこのゲームの危うさについてはもう既に、ある程度の理解は…あったんだから。


 

 「あ〜毎日充実してるな〜〜〜」



 

  

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