第一章 チュートリアルについて。

第1話 チュートリアル前のチュートリアル〜リアリティ





 ある日、


 自室のドアの隙間から封筒が放り込まれた。


 そして乱暴な足音。遠ざかる。あれは妹の足音だな。


 昔は『おにいたん』とか『お兄ちゃん』とか……僕のことを呼んではついて回ったものだったけど……


 いつからか『アニキ』


 最近では


『……………』無言。


 もはや呼んでもくれない。つか会おうともしてくれない。完全に避けられてる。自業自得たけどね。あははー。…哀しい。


「はあ……」


 ため息をつきながら放り込まれた封筒を拾う。記されていた差出人の名前をまずは確認。


(企業名だけ……何の会社?…記憶にないな。宛先は僕で間違いないようだけど……)


 しょうがない。新たな情報を得るため封を開け、見る。その中身は新作VRゲームのβテストへの招待状だった。


 それはオンラインゲームと銘打っておきながら、とある施設に集合し、土曜午後から日曜夕方まで時間を拘束される……つまり面倒なことに合宿形式で行われるらしい。

 そしてシステムメンテナンスのためなのか、いくらか週をまたいだ後、また週末に集合。そしてまた合宿……しかもそれが何度か繰り返されるっていう………………なんだコレ?


 (…えー……?)…怪しすぎる。


 なんとも面倒なその内容にも呆れたし、最初は何故僕が招待されたのかわからなかったけど…すぐに思い出した。


 あれは一年よりも大分前のことだっただろうか。


 たまたま見ていたサイトの片隅に貼られていた、なんの変哲もないバナー。何故か興味引かれてなんとなくクリックしてみたら、とあるゲームの公式ホームページへと飛ばされた。そしてβテスター募集の文言、見た瞬間にこれまた不用意にも迷わずクリック。


(……何も考えずに応募したんだっけ…まあ、あの頃は普通に学生してたしな……)


 とにかくその時の当選結果がこの招待状らしい。


「にしても、随分時間が空いたな…まあいいけど。」


 ……その時はただ、気のない独り言を零すだけだった僕。

 でも、そんな軽く薄かったはずの興味は日を追うごとに重みと厚みを増していった。

 数日もすれば中々寝付けなくなってる自分に戸惑うようにまでなっていた。


 そんなふうにして


 VRゲーム『テンセイライフオンライン』のβテストに参加出来る幸運と興奮を持て余すこと数日……ついに迎えたβテスト当日。


 現金にも学校に通ってた頃より早起きをした僕。

 数日ぶりの風呂を浴び

 乾かした髪を不格好ながらも切り揃え

 その不格好さを誤魔化すための帽子をチョイス。

 あとはそれに合わせて自分なりにコーディネート。

 自分基準で小綺麗な服……それを着て…と。


 「よし、出来上がり…」


 精一杯の工夫をして用意してみた余所行きの自分。

 鏡に写るソイツと睨み合うこと数秒…


(この身を縛る見えない鎖…今こそ絶ち切らん…)


 そんな大袈裟なイメージを無理矢理に喚起…そして、思い切った。


  「…よしっ!」


 せっかくの決意表明は変装用のマスクに遮られくぐもって聞こえた。


 「……うん。第一歩……」


 …でも、なんとか、踏み出せたみたい。あれほどに恐怖していた『外』へ。


(『外』はやっぱ、家の中とは違うな。当たり前か。)


 まず壁がない。いや、あるけどそれは部屋の壁じゃないくて家々を仕切る外壁だ。

 それが作り出すのは狭く短い廊下ではなく、とても太くて何処までも続いてそうな…道。

 頭上を見上げれば天井はない。あるのは建物群に切り取られてはいるけど、文字通り天井知らずに抜けた空。

 そこから降り注ぐのは無機質な蛍光色ではなく陽色の光。服を貫通して肌をジワリ、微妙な加減で熱っしてくる。

 停滞せず常に流れて清濁問わず混ざり合った空気に…遠くで反響しては漠然として届く、様々な音…うん。外、ですな。 


 「久しぶりの、外…」


 そして久しぶりの『広さ』だ。 なのに何故かの圧迫感を感じる僕。


 (……やっぱコワイ、な…)


 登校拒否の引き篭もり生活をしていたから時間を気にしない習慣になってる。なんの予定もないんだから、自ずとそうなる。


 それでも僕は焦った。時間を気にしてじやない。期待に膨らんでるのか、不安で潰れそうなのか、どっちつかずに高鳴るこの、胸の鼓動が原因だ。

 最近の僕に付き纏ってる『将来への不安』とはまた違う類いの焦り。そんな慣れない焦りに翻弄されながら僕は、テスト会場へと赴くことになった。


 その間ずっと祈ってた。


(どうか知り合いと遭遇しませんように。)


(特に同級生と遭遇しませんように…。)


(特に特にクラスメイトは……)



   「ダメ、絶対…」



 電車とバスを乗り継いで無事到着。心配は無事、杞憂に終わる。たどり着いたそこは、把握仕切れないほど、凄く広い敷地…その中にはバカでっかい建物が、沢山。


 (…なんか軍施設みたいだな。)


 さっきゲートをくぐる時に見かけた守衛さん(?)の装備とか、やけに物々しい感じで


(逆に、この場に変にマッチしてたよな……)


(……つか、アレって防弾チョッキだった?)


(…それに赤外線チェックみたいなのもされて…)


 集合場所に指定された建物にたどり着いてみれば


(……やっぱバカデカイ。)


 何もかもが体験したことのない仰々しさ。

 なのに新鮮さは全く感じなかった。

 ただ不安になるだけの仰々しさ。


(……ゲーム会社恐るべしだな。知らんかった。ゲーム作るとこってどこもこうなの?)


 遅刻するのは嫌だったのでとりあえずはと受付を済まし、そこでパンフらしからぬ厚みの冊子を受け取ったあとは個人個人に振られた番号に従って数グループに振り分けられた。


 数分待機のちにはすぐ移動。やけに段取りがいい。


 そのあとはグループごとに行動…そして各会場へとたらい回し…もとい、案内された。


 何故かの健康診断(しかもかなり念入りな)とか

 何故かの心理テスト(これもかなり念入りな)とか 


 これらの診断は殆どが医療マシン相手のオートメーションだったのでサクサクと進行したが、やたら念入りで多岐にわたる内容に少し戸惑った。


(…あら?なんか帰ってく人もいるな…)


 もしかして、この土壇場でふるい落とされた?あの人達は一体、何に引っかかたのだろう?


(…僕は大丈夫なのかな?良くわからないけど…でも、僕なんか真っ先に弾かれそうだよね…)


 ……ともかくアレは、ただの健康診断ではなかったらしいけど、幸運にも僕は無事通過を許された。



 ──今思えばあれを幸運と呼んで良かったのか──



 そしてたどり着いたそこは、広い講堂のような場所。

 大学の教室みたいに、階段状に長机と長椅子が配された感じのアレ。

 ここまで辿り着くのに結構な時間が費やされた。

 窓の外はもう暗い。

 診断は大規模複数人同時になされた上に、一人一人にかかった時間もそう大したものじゃ無かったはずなんだけど。


(まあ、人数が人数だったのでコレもしょうがないか…)



 そしてようやく、説明会が開かれた。



「──従来のVRゲームとは一線を画す……いいえこれは“一線を超えた”と言った方が適切しょう。数世代先を行くというレベルでは、もはやないのです!軍事をも差し置いた真なる最先端技術!それを駆使したこのゲームのシステム。今から説明するそれが、いかに、いかに、いかに!斬新なものであることか!リアルオブリアル。陳腐と知りつつあえて言わせて頂きたい。誰も体験したことのない“超絶リアリティ”が、ここに、在るのだと!───」



 ……という感じの、熱のこもった口上で説明会は始まった。

 単純にゲームをしに来たこちらとしては退屈な時間だったんだけどね。

 プレイする上で重要な情報も含まれると察知した僕は、なんとか我慢してその説明を余さず聞いた。

 『超絶リアリティ』と叫ぶだけあって、このゲームはとことんまでリアルさを突き詰めた仕様であるらしい。

 そのリアルさと言ったら『ゲームレベルの話』ではもはや収まらない。


 色々と話される内容を聞けば……うん、凄い。確かに凄い。


 凄いということは分かるが、所詮、『百聞は一見にしかず』という諺もあって……まだ体験しないままでは、僕の貧弱な想像力をいかに駆使しようと把握が追いつくはずもなく…。


(分かったっ!凄さは分かったから!早く体験っ!体験させてっ!)


 まるで餌をねだる飼い犬のようにがっついてたあの頃の僕。

 ………あの頃の僕は全然分かってなかったのだから、まあしょうが無いことなんだろうけど。


 そう、僕は解ってるつもりで、解ってなかった。

 何もかも知らないまま…

 だだだだ、ゲームがしたいだけの子供だった。

 今思えば情けない。


 少しは気付くべきだったのに。

 このゲームの、真の凄まじさに。 


 ダイブが明ける次の日。


 βテストの初日が終了してすぐ。


 このゲームの賛否は両断されることになる。 



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