プロローグ。まさかの続。
「なんだよあの巨大檻っ……マジか………」
…………入場口がやたらと巨大だった意味が、ここで解った。
謎は全て解けた。とある爺様の名にかけてだ。
その檻の巨大さは、巨大なはずの入場口がそれでも狭く見える程、巨大だったのだ。つまり巨大生物が通ることを想定した入場口だったわけだ。
そんな巨大檻が、ゴルゴルと無骨な車輪の音を鳴らしながら搬入され、この闘技中央に据え置かれた。
鋼鉄の巨大なる檻。大男達はその扉を封じていた、やたら大きな南京錠をやたら大きなカギで解錠する。
(するなっ)
そして僕の方へと一瞥もむけずに急いでその場を立ち去っていく。
(いくなっ)
……てアレ?いや……また戻ってきた。男達は反対側の入場口の中から色々な種類の武器が立てかけられた棚を引き摺り出して来て、ぼくから見て反対側の壁に立て掛けてくれた。
つまり
僕がこれからこの命を預けるであろう武器を置いていってくれたのだ。
「どんだけだよオイ……」
思わずの掠れ声。漏れる。ここだけの話だが声以外もチョットだけ……漏れたっ。
そして大男達は今度こそ、この死地から去っていった。足がもつれそうなほどに慌てた感じで。立派過ぎるその体躯に見合わぬ慌てぶりで。
ガラガラガー………
と不吉な上に慌てた感じがプラスされた音を立て、降りてゆく鉄格子。再び封じらゆく入場口。再びの逃げ場無し。そして
……ゴウン。
降りきった鉄格子が地に触れ、“絶望音”が響き渡る。
いつの間にか…歓声もアナウンスも止んで、場はシンと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
『ゴウン』という、何音にも遮られることなく僕の腹を震わしたあの音を、予めの合図とでも、決めていたのだろうか。
〘解除〙
突然壁の上から無感情な声が降ってきた。多分だがあれは魔法の詠唱だろう。
つまり今、何かの魔法が〘解除〙された…らしい。
いや、解放された?危険な何かが……それも、とびっきり危険なヤツだ。気付いた僕は、息を呑んで眼を凝らす。
僕に背を向けて、巨大なはずの檻の中で窮屈そうにうずくまる巨大生物……らしきシルエットが見える。砂埃の向こう側に、薄っすらと。……そのシルエットの肩に当たるであろう部位………あ、今、ピクリと震えた?
ソレは、やはり眠っていたようだ。つまり……今から、覚醒しようとしている…そういうことか?
先程の詠唱が解除したのはこの得体の知れない巨大な何かに付与されていた『眠り』か何かのバッドステータスだった……のだろ……う………?………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………!…………ってイヤイヤ!そんなことより!!
「クっソ………っ!」
全力でダッシュ!!!!!
この理不尽な状況の中で暢気にも『気付く』のが遅れた。今この瞬間にも数少ない機を逃しつつある。幾つも。我ながら忌々しいその軟弱を鋭く叱咤しながらダッシュする。
「チィイイっ!」
ダッシュしながら強く舌打ち。
この硬い地面に撒かれた砂地……思いの外、走りにくいのだ。慌てていたというのもあるけれど。この足場は思っていたよりも滑る。
露呈した未熟。戦士としての分析の杜撰さ……
くそっもう一度舌打ちしたいっ
……でもそんな不利や不足や不測にももう悪態をつかない!つけない!そんな余裕はもうない!走りながらこの足場にも慣れてしまうしかない!舌打ちで浪費した先程の一瞬間ですら今だけは惜しく感じる……っ!
((時間がない!!))
アレが覚醒しきる前にたどり着かなくては!何が何でもあの、ご親切にも僕の立ち位置から最も遠くにと配置してくれたあの、武器!武器!武器に!
早く!速く!捷く!武器を!早く、一瞬でも速く!手に取らなくては!
アレが起き出せばもう勝機はない!アレが起き出し暴れ出したら?初期設定すらまだ定まってない僕だ!速攻で挽き肉にされること請け合いだ!アレが完全に覚醒する前に、最大の一撃を食らわせなければ!その一撃で殺すことかなわくとも!ほんの少しでもいい!奴の戦闘力を削ぎ落としておかねば!ヤツが、起き出す前に!
人生最高の一心不乱だ人生初の我武者羅だ!
近寄りたくはなかったが、武器に向かって最短距離を往くならば、避けられない!死合場中央。巨大檻のすぐそば。寝惚けた怪物の仮住まい……っその直ぐ側、横切って駆け抜ける。駆け抜けざま、
檻の中でうずくまっていたソレが薄っすらと眼を開けたのを、
つまり目が合った。合ってしまった。巨大な身体に見合う大きさの、その、眼と。大量の目ヤニにまみれヌラリと濡れ光る人外の瞳がある。放たれるは粘い視線。
……ザワリ。
ぐっ…強烈な悪寒……っ 全身が痺れるような。
鼻孔を刺激するのは、怪物から漂ってくる人外体臭。
動物園に漂うアンモニアスメルを全部かき集めて濃縮したような。
刺激臭と言っていいそれを忘れる程の深い悪寒に支配された身体が過剰反応して
ブワリ。
僕の身体、全身。毛穴と言う毛穴。
こじ開けて、太く粘い汗が一斉に吹きでてきた。急激に湿り気を帯びる体表。ついでに湿った足裏に纏わる砂の量が実際に増えた気までした。それに伴い足の運びが遅くなった気までする。
……実際の実際は極度の恐怖と緊張にただ足がもつれただけなのだろうけど。
「くそ!ちくしょう!リアル過ぎるだろ!ニオイとか!汗とか!………この、…恐怖とかっっ!!……ハード過ぎるだろ!なんだよこのクソゲー!どんだけだよチクショウっっ!そんなに僕をふるい落としたいのかよ!何が何でも……殺したいのかよぉ!!」
【………そう言うなよ。……僕だって応援したい気持ちならある……でも如何せん………】
馬鹿な僕は堪らず叫んでいた。こんな大声を張り上げれば、檻の中のあの、怪物の覚醒を促す結果になるというのに……。
【…………やっぱ無視……】
でも愚かなりに頑張った。やっとの思いで武器の在処にたどり着く。そして柄の短い、いわゆる短槍を選んで乱暴に手に取った。なんとも頼りなく感じた。あの極太の命を貫くに、この短槍では軽すぎると。………その時だ。
《さあ、御注目下さい!!!本日目玉のハードエルフvsトーガ!!!異種異色なる混血対決ーーーー!!!!!》
アナウンスが今日一番の声を張り上げる。
あの怪物。トロルとオーガの混血種、トーガ(というらしい。なんだそれ安直かっ!)の覚醒を促進するためなのかもしれない。……くそっこれ以上無駄に盛り上げないでくれ!
そんな僕の願いも虚しくアナウンスに刺激され観客席の歓声は初速からトップギアだ。
音の塊。
うねるような怒号となって地面を揺らす。それが負のプレッシャーとなって僕に襲いかかる。前後左右上下から叩きつけられ揺さぶられ……歪む世界。目眩。気持ち悪い。ああくそ、吐きそうだ。
「うあっ…や、め……っ」
これ以上は……やめてくれ!起きてしまう!トーガ…が…っアレ?
先程の自分の失態を忘れて抗議…したところで無駄かと悟ったあとにはその大音量に釣られるようにして僕は…条件反射的に……
………………
「あ……」
短槍を投げ……てしまっていた。
無意識に、無計画に、不用意に。
見たまんま。地に足着かずのバラバラな動き。
付随してきたのはお約束。
つまずいてつんのめって
一回転しそうな程、前のめり。
ならば当然の、すっぽ抜け。
明後日の方向へ飛んでいったと思った短槍は予定より随分と高く放物線を描いた。
でもそれが功を奏して飛距離を伸ばす結果となる。だが、巨体を誇るトーガと言えど、遠くに在れば小さな的だ。
方向も、なんだか……
「………あれ…あ…?」
いや、これ……丁度良い?のか?おお。奇跡、だ。
あとは放物線を辿ったあと運良く命中したとして何処に着弾するかだが……つってもまだトーガは檻の中。今はぶっとい鉄格子が邪魔していて……
ははー……………僕の、バカッッッッッ!!!こんなん…当たる訳!!ないだろっ!?
【………いや、これでいいよ……】
……え?
………いや、でも……………あれ?……………えええ?
〈〈グギアああアアアああああああああああああああ!!〉〉
……っはあああああああああああああああああ!??
………トーガ、絶叫……まさかのまさか!、、、アレが、、、突き刺さるだとお!?鉄格子の隙間をすり抜けしかも……運良く!トーガの片眼に!
……裏を返せば、万全を期して投げていたら届かないどころか全く別の方向へと飛んでいったかも知れない……ということでもあるのだけど──隻腕に慣れていないこの身体を僕はまだ、制御しきれていなかった。
《おおーーー〜っとぉ──────ドヲオオォォォォォォォォォオオオオオオオオォオォオオオォォォォォ!!!!!
意外なる僕の奮闘に観客席の声がヴォルテージをあげていく。ついにはアナウンスの声を完全に飲み込んでしまった。そして僕も
「うっっう雄雄雄雄雄雄おおおおおおおぉおオォォオオォォオオオォォォォオオオオオ!!!!」
その大音量にまたも釣られた。いつの間にか喉が裂けそうなほどの雄叫びを上げていた。
………長かった。
このチュートリアル中、ずっと不運続きだった。良かれと選択した全ては裏返ってぼくに牙を向いてきた。
その過程で片腕まで失う始末。
辛くて辛くて、もうこのゲーム、リタイアしたいと何度思ったことか。
それでもリタイア出来ない理由が、したくない理由があったから、だから、、、
ずっと、今まで。逃げながら、立ち向かいながら、そしてまた逃げながら。
苦労に苦労重ねて、失敗に失敗を重ねてっ!
頑張ってきたんだ!僕なりに!
このゲームを始めて、コレが、初めてだ!
初めての幸運だ!この、土壇場でやっと……キタ……っ!
【……よく頑張ったね“ジン”……】
……えあ?どうした“バッド”?君にしちゃえらく殊勝な……
【条件を満たしました。Fスキル“業”【
なになにどうしたのバッド!マジで!バッド?おーい
…?いつもの生意気な口調はどこいった?おいバッド返事せーい!無視したの謝るから!
「なんだよ……」
………一応の丁寧語に変わっていたが、結局は愛想もへったくれもない声。でも、いつもの“彼”とは、やはり違った。これは、機械のような……これでは“ただの音声”だ。
【“テンセイライフオンライン”、プレイスタート。】
僕の頭の中。
無情の声で報されたのは、
今更すぎるゲーム開始の合図だった。
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