バイバイしたい、させてくれない

のぎく

第1話

ジギルド王国。

 広大で豊かな国土を持ち、温和で近隣国とも仲が良好なことで有名な大国である。


 そんな国を支えていると言っても過言ではないのが国の中枢にいる二大公爵家、アデル公爵とレインワーズ公爵である。


 そんなニつの公爵家はとても仲が悪い。

 もともとは仲の良い家同士だったのだが、何故か数年前からその関係は険悪になってしまっていた。


 直に両家の間で内乱が起こるのではないか、そんな噂がまことしやかに囁かれ、国民たちは戦々恐々としながら日々を送っていた。


 そんなある日、両家の次期当主とされていた二人が実は思い合っていたことが発覚。


 当初反対していた両家も、しかし二人の熱意により和解し、国には久方ぶりの平穏が訪れた。


 両家の仲を和解させたとして二人は国公認の恋人となり、国民たちは皆ニ人を祝福し、永遠の幸せを願った。


 そんな幸せ絶頂の二人は国が平和になった今、ある思いを抱えていた。


 二人が抱えている思い、それは……


「別れてぇ……」……というものだった。




 ジギルド王国学園。国中の貴族子女が通う伝統と誇りある学園に私、アタリー・レインワーズとシャルル・アデルは通っている。


 ニヶ月前、犬猿の仲となっていた両家からやっと認められ、晴れて恋人となった私たちはぶっちゃけて言えば国民たちの憧れの的。


 それは学園の生徒達も同様で、二人で歩くだけで誰もが羨望の眼差しを向ける。


 しかし私はただ彼といるだけで幸せで、周りの目などないものとしてきた


 彼は女生徒達の憧れの的で、いつか彼が他の子のものになってしまうかもしれない、とヒヤヒヤしてきた日々も終わり、彼の隣にいられる毎日の幸せを噛み締めていたある日、私は気づいてしまった。


『あれ、何か違う。』と。


 私は確かに彼を愛していたが、今もそうかと聞かれればはっきりとは答えられない。


 …………いや、正直に言おう。今は彼に対してこれっぽっちも恋愛感情なんか抱いていない。

 というか、今すぐにでも別れたいくらいである。


「ちょっと、どうするのよ。」


 お昼休み、人気のない中庭のベンチにて私はシャルルと並んで腰掛けていた。


 ベンチは噴水を取り囲む様にして設置されている。

 そして、その周りには多種多様な季節の花が咲いており、とても心安らぐ空間となっている。


「どうするって、こっちが聞きたいくらいだ」

「仕方ないでしょう、穏便に別れられる方法が思いつかないんだもの。」


 そんな景色に目を向ける事なく縮こまり、こそこそと小声で作戦会議し合う私達。


 一見怪しい二人組だが、『国の危機を救った素敵な恋人』というフィルターのかかった人々の目には『寄り添い合う仲睦まじい恋人』って映るから大丈夫。


 さて、もうお分かりだとは思うが、別れたいと思っているのは私だけではなくシャルルも同じ気持ち。


 なんでも彼も私と同じく、『なんか違う。』と思ったらしい。


 つい先日、互いがもう好き合っていないと気付いた私達は同盟を結んだ。


 私達は日々うふふあははしているわけではなく、おおよそ恋人の会話とは思えない『別れるにはどうしたらいいか』について話し合っているのだ。


 同盟の名はずばり「別れよう同盟」。

 ……そのままじゃないか、という言葉は受け付けませーん。

 分かりやすくていいじゃないか。

 私は気に入っている。


「やっぱり普通に別れました、って周りの人達に言えばいいんじゃないかしら。」

「馬鹿かお前は!そんなこと言ったらどんなめに合うか…」

「わかってるわよ! でももうそれしか思いつかなくて……」


 アデル家とレインワーズ家の仲は私達が恋仲になったから修復されたと言っても過言では無い。


 だから普通に「別れちゃいました」なんて言った日には今度こそ両家は火を吹くだろう。

 そうなったら私達は「両家の中をこじらせた原因」として、周りから白い目で見られるだけでは済まない。


 だから何かそれっぽい理由をつけて別れなければならないのだ。


 そんなことを話していると、人が近づいてきた気配がした。


 私は即座に姿勢を正し、シャルルは目にも留まらぬ速さで私の膝に頭を置いて目をつぶる。


 上品なドレスに身を包んだ二人の女生徒が会話を弾ませながら近づいてきた。

 そのうちの一人が私達に気づいたのだろう、きゃあ、と可愛らしい小さな悲鳴をあげる。


 私はいかにも今気づきましたよ、と言う風を装って女生徒の方を向き、右手でしー、と合図した。

 目を合わせた二人は両手で口を押さえ、無言でコクコクと頷くと足早に去っていく。


 姿が見えなくなったのを確認した私はふー、と息を吐き出し、そのまま右肘をシャルルの顔めがけて勢いよく振り下ろした。


 肘鉄が顔に見事ヒットしたシャルルは勢いよく体を起こし、顔を押さえて悶えている。


「おい!なにするんだ!」

「ごめんなさい、あまりの気色悪さに思わず手が出ていたわ。」


 本当にごめんなさい、無意識にやってしまっていたのよ。


「ったく、大体俺のとこが悪いんだよ。自分で言うのもなんだが容姿、家柄といいとこしかないと思うけどねぇ。」


 確かにシャルルはその甘いマスクで女の子たちに絶大な人気を誇っているし、二大公爵家の長男で将来は公爵様になることが決まっている将来有望株でもある。


 一見逃したらたまらない魚ではある、が!


「それよ!しかも成績も学年トップで運動神経も抜群。悪いところを挙げろ、と言われてもすぐにはあげられないような完璧さ。そこなのよ! 」

「褒められてるようにしか聞こえないなぁ。」

「実際褒めてるのよ!でもね、私はそこが嫌なのよ。完璧な奴なんて私が一番苦手な人種よ!もっと、ぽやーっとしている人がいいの! 癒される人がいいのよおお!」


 思わず両手で顔を覆う。押さえてないとまじで泣きそうだから。


「それに、さっきの言葉貴方にそっくりそのままお返しするわよ!この美貌に抜群のスタイル、それに加えて運動神経も抜群で勉学もトップクラスの、この私のどこに文句があるわけ!?」

「うわ、自分で言ったよ。」

「言うわよ!」


 軽く奴が引いているが知ったこっちゃない。


 別に貴方に嫌われても引かれても困ることなんて何もないもの。


「じゃあ言わせてもらうけどなぁ、俺はお前が暴力女だとは知らなかったんだよ。しかも今の態度と普段の態度の差!俺はもっと表裏がない素直で優しい子がタイプなんだ!」

「何言ってんの、女なんて皆多かれ少なかれ裏の顔を持っているに決まっているじゃない。」


 思わずつっこむ。


 裏表のない女なんているわけないじゃない。

 馬鹿なの?阿保なの?どんだけ夢見てんのよ。


 そんな言い合いをしていると、またしても誰かがこちらに向かってくる気配がした。


 私達は即座に言い争いを止めると、今まで人一人分あった距離をさっと縮め、ピタリと寄り添い合う。


「あ、会長ここにいましたか。」

「ああ、レイム君か。どうしたんだい?」


 シャルルが猫をかぶりながら目の前の同い年くらいの少年……レイム・ギーに話しかける。


 今までの言い争いなど知る由もないレイムさんは「お邪魔しちゃったみたいですみません…」と謝ってくる。


「いいのよ。気にしないで。それより生徒会の話かしら?」

「あ、はい。」

「それなら副会長の私もご一緒してもよろしくて?」


 にっこり微笑みながらそう尋ねれば頬を赤らめ、もちろんです!、と何度も頷く。

 なんていうか、これは見ていてとても癒される。

 どこかの誰かさんとは違って素直だし、優しいし、素直だし。


 私とシャルルは生徒会の会長、副会長の座についている。

 レイムさんは秘書で、よくこうして緊急の用事ができた時にはわざわざ私達を探して用件を伝えに来てくれる働き者。


 私達は大体休み時間を一緒に過ごしている。二人きりで、だ。(周りの目があるからせざるをえない。)

 なのですぐにその会話中には罵詈雑言が飛び交うのだが、こうして誰かが来てくれることで一度思考をリセットすることができ、冷静になれる。


 本当に、今回も良いタイミングで来てくれたね、レイムさん。ありがとう。


 もしあのまま誰もこなかったら言い争いはますますヒートアップして、私達は周りが見えなくなり、別れたいどころか裏の顔を周りの生徒達に知られてしまうところだったよ。


 脇に抱えていた紙の束を淡々と読み進めていくレイムさんを見ながらそう思った。


「……面の皮が厚いってよく言われない?」

「……猫飼ってるってよく言われない?」


 前言撤回。冷静になど慣れていなかったようだ。


 レイムさんに気づかれぬように小声で罵り合いながら、話が終わるまで互いが互いの脇腹を抓り合っていた。




 放課後、私は今までのように自分たちで解決しようとはせずに周りの意見を聞いてみることにした。


 もちろん、別れたいなどと思っているとは悟られぬように。


「ザサ、お疲れ様。」

「アタリー、お疲れ様です。」


 柔らかな黄色のドレスを揺らしながら満面の意味で振りかえったのは私の友人のザサ・マリー。


 ふんわりとした見た目の印象と同じく性格もふんわりおっとりしていて、一緒にいて癒される少女だ。


 シャルルに片思いしていたころからひっそりと私を応援してくれていた子でもある。


「?どうしましたアタリー。今日はなんだか元気がないみたいですが……」


 そう言ってトコトコと心配そうに駆け寄ってきてくれるザサは本当に可愛い。


 思わず自分よりも背の低い友人の体を抱きしめる。

 ああ、本当に日々の疲れが癒されるわ。


 っと、和みかけて本題を忘れるところだった。


 私はザサの体から離れると、実はね、と言いながらまさに悩みがあります、困ってます、といった表情を作る。


「実はね、昨日変な夢を見ちゃったの。」

「夢、ですか?」

「そう、シャルル様が私に別れよう、って言って離れていく夢を見たの。」

「ええ?!」


 真っ赤な嘘である。そんな夢は見ていないし、というか奴の夢だと見ていない。


 安眠でしたよ昨夜は。


「私、本当にシャルル様に別れようって言われるんじゃないか、と心配で心配で…… 」

「大丈夫、夢ですからね。」

「ええ、分かってはいるんだけど落ち着かなくて、怖くて……」


 嘘である。


 別れよう、なんて言われた日には淑女の仮面なぞ殴り捨てて踊り狂う自信がある。

 というか嬉しすぎて発狂するかも。


 ザサを騙していることに罪悪感はあるが仕方がない。ごめん、ザサ。嘘つきの友人を許してちょうだい。


 両手で顔を覆っていれば、ザサが私の手をそっと取り、自分の手で私の手を包み込む。


「安心してくださいアタリー。シャルル様は貴女のことを愛してくれていますよ。」


 いや、暴力女は嫌とか言ってたわ。

 私はタイプじゃないんですって。


「ザザ……」

「もし、もしですよ。例えばの話ですから安心して聞いてください。」


 天使の微笑みを向けてくるザサの言葉に耳を傾ける。


 ああ、すごく愛らしい笑みね。

 可愛すぎて私貴女に惚れちゃいそうよ。


「アタリーをシャルル様がふった日には、まずその生皮をーーーーからーーーーーーなーーでーーーーーをしてーーーーーたーーーしてあげます。」


 その天使の口から出てきた言葉を可愛くなかった。


 え、何?なんかすごい恐ろしい言葉を発さなかった、今?


 例え話だってわかっていても冷や汗が止まらないんだけれど……


 え、例え話よね?そうよね?


「ですから安心してください、私の愛しき友人よ。何も心配することなど無いのです。」


 安心できない、無理無理無理!心配ばかりが募ったよ!


「さぁ、シャルル様の所へ行きましょう!きっとアタリーのそんな心配なんて吹き飛ばしてくれますよ!」


 ふわり、と花咲くように笑って私の手を引く友人の後ろ姿を見つめながら私達の向かう先にいるであろう愛してもいない恋人を思った。


 マジでどうしよう……


 これはどうしても別れたい二人のどうしても別れられない話。

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