第14話 失踪10(修正済)
俺から電話をもらったあと、尾見くんはとにかくマコトに辿り着きそうなところから電話を始めた。男友だちは軒並みダメだった。顔の広い尾見くんにとって、友だちの友だちは大体知ってる奴だったからだ。マコトには繋がらなかった。女友だちは、三~四人しかいないが、こちらも全滅だった。色々と考えているうちに、サークル【ホリ】の後輩が法学部だったことを思い出した。試しに聞いてみると、法律学科の先輩がいると言い、電話番号を教えてくれた。女だった。女は、マコトって人か確証はもてないけど、よく一緒にいた女の人を知っていると言った。「桜田さん」しかし彼女は連絡先は知らないと言った。その情報をもとに、そこからは女友だちにお願いした。
「法律学科の桜田さんの連絡先を知りたい。変なことには使わない。正直に言うと、マコトって奴が行方不明になっていて、バイト先にも家にもいない。桜田さんなら、行き先に心当たりがあるかもしれない。」
こうして、ものの数十分で尾見くんは桜田さんにたどり着いたのだった。俺ならこんな芸当はできなかっただろう。ヒロコと尾見くんをカウチソファに座らせて、俺は飲み物を出した。ユウナはいつの間にかキッチンに行き、中原さんに何かを喋っている。
「桜田さん、急に呼び出してごめんなさい。英米語学科二年の神谷一樹です。来てくれてありがとうございます」
ソファに座ったヒロコはペコッと頭を下げた。
「尾見くんもありがとう」
「一樹のためなら大概のことはやるよ」
尾見くんは俺にガッツポーズをした。反対の手ではビールの缶を持っている。
「本題の前に。俺は桜田さんのこと知ってるんだ。話したことはないけど、なんて説明したらいいか」
「私も知ってます。料理研究会、入ったんでしょ?かなり変な奴だってマコトが言ってましたよ」
「マコトが?いつ?」
「火曜日かな?あとでちゃんと調べるね。ユウナ先輩、お久しぶりです」
ヒロコはキッチンで中原さんを手伝っているユウナに挨拶をした。
「ああ」
「私は大丈夫ですよ。傷ももうなくなりました。ほら」
ほら、と言って、ヒロコは髪をかき上げた。ユウナは返事らしい返事をしなかった。ソファからは、対面キッチンに立つユウナが丸見えだったが、ユウナの機嫌は明らかに悪くなっているのがわかった。
「病院行ったんです。大変だったんですよ。先生が目じゃなくて良かったって。ユウナ先輩、立ってないで座ったらどうですか?」
ユウナが、眉間を寄せ、何かを言いかけてやめた。尾見くんがそっと俺を見た。俺は場を取り繕うためにも、お互いを紹介した。
「あの、俺、料理サークル入ったって言ったでしょ。ユウナ先輩はそこの三年生で、桜田さんも同じサークルなんだ。俺はまだ話したことはなかったけど、すれ違ったことはある」
「すれ違うって」
尾見くんは俺の言葉で笑いだした。ヒロコも小さく笑った。ユウナは今にも怒鳴り出しそうなくらいの怒りを、腕を組んで抑えている。
「あのとき部室の前にいたよね。神谷くんだったんだ。私も覚えてるよ」
「あ、うん。あのあと部室に行ったら、ナナ先輩がいて、それで」
「一樹!」
ユウナが俺の話を遮った。
「早く本題に入れよ」
「あ、はい」
ユウナは相当イライラしていた。ヒロコはユウナを見てクスッと笑った。
「ユウナ先輩、先に帰ってもいいですよ。私、あとで教えますから。電話は嫌いなんですよね?メールがいいですか?」
ヒロコはずっと同じ笑顔で喋ったが、明らかに挑発的なものを感じた。俺はユウナの返事を待たずに、
「すいません。確かに今はそんな話してる場合じゃなかったです。桜田さん、マコトとエミ先輩、連絡が取れないんだ。マコトから何か聞いていないかな」
と言った。ユウナはキッチンから出て、奥のシャンプードレッサーのあるスペースに行ってしまった。中原さんはキッチンに籠ったままだ。俺と尾見くんと桜田さんは、三人になった。
「ごめんなさい。私は何も聞いていないの」
「一樹、マコトってあの茶髪の奴でしょ?」
「あ、そうだ。写真見る?」
ヒロコは尾見くんに携帯を見せた。今よりも少し幼いマコトと、ヒロコのツーショットだった。数枚目の全身が移った写真で、あのフェラガモのスニーカーが確認できた。不思議と俺は、それでマコトだと確信が持てた気がした。
「ああ、この人だ。講義で見たことあるよ」
「私は入学式の次の日に知り合ったの。ガイダンスの席が隣同士で、自己紹介しちゃった」
ヒロコは携帯を操作し始めた。
「マコトくん、好きな人がこの大学に来てるから追いかけて来たって。私そういうの憧れるなって言ったら、写真見せてくれたの。エミ先輩、写真ではもっと可愛くて地味な感じだったけど、大学から雰囲気変わったのね彼女」
そして、別の写真を見せてくれた。ヒロコとマコトがピースをしている。
「これは、成田山に行ったときに撮ったの。私たち付き合ってたんだ。マコトが初めて連れていってくれた場所。嬉しかったな」
いいカップルに見える。今までの話は全部嘘なんじゃないのか、というくらい、ヒロコとマコトは幸せそうだった。尾見くんがヒロコに聞いた。
「桜田さん、マコトって誰と友だちなの?」
「大学では友だちは少ないかもね。彼、音楽が好きだから、週末は渋谷くらいまで通っていたみたい。最近だと、北千住とかかな。そこで仲のいい友だちがいたみたい」
「北千住?クラブ?」
「私、あまり詳しくないから、でも知り合いに聞いてみるね」
ヒロコは俺を見て微笑んだ。俺は少し考えた。マコトについて色々聞くのももちろん大事だが、ヒロコの借金のことについては聞く必要はないか。ヒロコは話したがらないだろう。でも、これはきっと重要なことだ。
「あの、言いにくいことかもしれないけど、桜田さん、マコトからお金借りてたんだよね?」
「うん。そっか、神谷くん、もう知ってたんだ」
ヒロコは尾見くんをちらっと見た。ビールを飲んでいた尾見くんは、
「俺、はずそうか?」
と言ったが、ヒロコは、「ううん、いいの」と断った。
「私、マコトくんには迷惑かけちゃった。本当バカだ。私ね、学校で友だちができなかったの。それで、たまたま知り合った人がホストで、ホストクラブにはまっちゃったの。最初はちゃんとお金払っていだんだけど、ツケで飲めるようになってからは、毎日通っちゃって、気づいたらツケが三百万円になってたの」
「三百万円?」
「そんなになってると思わなくて。でも、それからは一回も行っていないわ。マコトくんと付き合うようになって、借金のことは隠していたの。でもマコトくんにその話ばれちゃって、俺がなんとかしようかって言われて」
そこまで言って、ヒロコはハンカチで目もとを拭った。
「マコトくん、優しいから、私甘えちゃってた」
鼻をすすりながらそう言った。そのとき、バスルームに続くドアが勢いよく開き、ユウナが怒鳴り込んできた。
「おまえ、マコトに金は払ったのか?」
「借りていた分は払いました」
「借りてた分っていくらだよ」
ヒロコはユウナを見上げた。
「三十八万円です。」
尾見くんは怪訝な顔をして俺を見た。
「おまえ、借金は三百万円なんだろ?三十八万円ってなんだよ。あとの二百六十二万円はおまえが払ったのか?」
「私が払いました」
「おめえな、マコトに貢がせた金で払ったってちゃんと言えよ!」
「貢がせたなんて!そんなことないです。私、ちゃんと返す予定です」
「返す予定なら今書けよ。マコトに金払うって」
「ユウナ先輩って本当に借用書とか好きですね。私はちゃんとマコトに返すって約束したんです。マコトもそれでいいって言ってくれました。私とマコトのことなんでほっといてもらえません?関係ないじゃないですか」
ヒロコとユウナは、睨み合った。でも、最初に予想したほどこじれてはいない。マコトの行きつけだというクラブもわかりそうだし、一応収穫はあった。マコトのいないこの場で、これ以上金の話をするべきではない。俺は間に入って止めようとした。すると、ユウナは、とんでもないことを言い出した。
「この車泥棒が!信じられっか!どうせ男に使ったんだろうが、マコトが払ったのは三百万円どころじゃねえぞ!ちゃんと払えよ」
ヒロコは初めて顔に色を出した。明らかに動揺していたが、ユウナを睨み付け、そして俺たちも睨まれた気がした。
「適当なこと言わないで!なんで私がそんなこと言われないとダメなの?私はマコトくんのこと心配してるだけじゃない!神谷くん、尾見くん、こんなこと言うために呼んだの?私、帰る!」
ヒロコは立ち上がった。
「適当じゃねえよ!なあ一樹」
なあ、と言って、ユウナは俺を見た。俺はまずいと思った。いくら何でも、この情報を漏らすのはまずい。あの警察官は俺にこう言った。『ことが大きくなりましたので、ここからは警察のほうで捜査を進めます』。警察はこれから亀井たちの逮捕、そしておそらくその背後にいる流通業者までいくはずだ。テレビのニュースでも扱われていた大事件だが、この仕事が台無しになるのは、いくら俺でも許されないだろう。台無しにならなくても、仮に俺がヒロコに情報を漏らしたことが知れたら、間違いなく警察という後ろ楯を失うことになる。それだけは絶対に避けたい。俺は瞬時に、ヒロコをこのまま帰してはいけないと思った。そのとき、咄嗟に思いついたのが、ユウナを悪者に仕立てて、ヒロコを味方にするということだった。俺は立ち上がり、大声を張り上げた。
「ユウナ先輩!いい加減にしてください!」
ヒロコも尾見くんもユウナも、びっくりして俺を見た。中原さんは、淡々としていた。
「確かに、昨日と今日、マコトを探して色んなとこ行ったり、色んな人に話を聞いていく中でそういう話も聞きました。車の盗難があったって。でも、桜田さんは関係ない!憶測の域を出ない話を、わざわざ来てくれた桜田さんをそんなふうに言うのはおかしい!ユウナ先輩、桜田さんとの間に何があったのかわかんないすけど、我慢して聞いてたけどもう限界ですよ!帰ってください!」
俺は適当に早口でまくし立てた。ユウナは何も言えずに呆然とした。無理もないことだと思う。今までチームを組んでいて、今この場においては、一緒になってヒロコを言い負かすはずの俺に、突然怒鳴られたのだから。俺はユウナ先輩と切れるのを覚悟した。でも、ここは守らなければならない。俺は中原さんを呼んで、ユウナを家まで送るよう指示した。
「先輩、言っていいことと悪いことがあります。マコトとエミ先輩のためなら誰に何を言ってもいいんですか?俺はそうは思わない。帰ってください。早く!」
俺は後ろにヒロコの視線を感じながら、ユウナにウインクした。頼む!気づいて!ユウナは一瞬で目を赤くして、涙を流しながら何も言わずに踵を返した。バッグを手に取り部屋を出ていった。俺が中原さんに向かって頷くと、中原さんは車のキーを手に取りユウナの後に続き、俺と尾見くんとヒロコが残った。
「桜田さん、ごめん。」
「私の方こそごめんなさい。この間、ユウナ先輩たちに怒られたの。それで、つい。大人げなかった」
「尾見くんも。ごめん」
「俺はいい。でも、ユウナ先輩、あのままでいいのか?一樹らしくないな。そりゃあ、あんな風に言われたら、誰だって嫌だけどな」
あのままで良いはずがない。中原さんが説明してくれているかもしれないが、ユウナが負った心の傷は、きっとしばらく癒えない。俺に会うたびに思い出すかもしれない。本当にあれで良かったのか?警察との関係よりも、ユウナじゃないのか?ユウナは泣いていた。泣くとは思わなかった。俺は自分の浅はかな行動を呪った。いや、あれは単なる保身であり、自己防衛だ。俺は最悪だ。
その後ヒロコと連絡先を交換し、俺はヒロコと尾見くんに改めて礼を言った。尾見くんは俺の背中を叩いてくれた。
「一樹」
ありがとう尾見くん。俺はその尾見くんの行為に感謝をしながら、二人を見送った。駅まで送ると言ったが、固辞された。ヒロコでさえ、「ユウナ先輩に電話してあげて」と言った。俺はまず中原さんに電話をしたが、出なかった。こんなことは初めてだった。そしてユウナにも電話をした。するとユウナは泣きながら電話に出た。
「一樹、ごめんなさい」
ユウナは俺の声を聞くといっそう激しく泣き出した。
「あたしヒロコに言っちゃった。一樹の邪魔しちゃった。ごめんなさい」
ユウナは赤ん坊のように泣いた。
「先輩、今どこにいますか?すぐ行きます。先輩は悪くないんです。俺がちゃんと言わなかったから。ユウナ先輩!ごめんなさい」
電話は突然中原さんに変わった。
「坊っちゃん、ユウナさんなら大丈夫です。今夜はこのまま送っていきます。坊っちゃんも今日はお休みください」
「嫌です!今どこですか!?」
「坊っちゃん、私も今日は帰ります。ユウナさんは、落ち着いたら必ず連絡をするとのことです。よろしいですか?」
俺は中原さんには逆らえない。それは、中原さんが常識だからだ。中原さんに逆らうということは、自分の常識のなさを露呈するようで、ダメなのだ。でも、今日だけは、なんとしてでもユウナに会いたかった。
「中原さん、最後にユウナ先輩に代わってください」
電話口は数秒無言だったが、やがてしゃくりあげる声が近づき、「もしもし」とユウナの声がした。
「先輩、落ち着いたら絶対に連絡ください。俺、ずっと待ってますから。本当にすいませんでした」
その夜、連絡は来なかった。俺は風呂にまで携帯を持ち込み着信を待ったがムダだった。夜中過ぎに寝てしまい、朝方に慌てて携帯を見たが、それでも着信はなかった。
あとで聞いた話だが、その夜、車両盗難事件に関わり、関係者への任意聴取が行われた。それは主に関わっていた少年グループが対象だったが、メンバー全員に当たっても、火曜日の夜の盗難事件の犯人は分からなかった。メンバーそれぞれにアリバイがあり、証言も、嘘を言っているようには思えないほど完璧に作られていた。また映像にあった犯人の身体つきや細かな動作、その他の特徴とも微妙に違っていたからだ。彼らはただ同じパーカーを着ていただけ、あるいは警察に見落としがあったのかもしれない。
リーダーの亀井は、グレイのパーカーを一着三万円で売っていたが、チームのメンバーに限ったことではなく、誰彼構わずに売りさばいていたという。理由は金だ。そういった事情で、パーカーの購入者の中に車両盗難事件の犯人がいたのかもしれないが、購入者が誰なのか、今となってはその全貌を掴むことは不可能になった。
ただ、俺はそのきっかけを作ったことで、後日警察からの非公式の表敬訪問を受けた。祖父が築いた警察との絆は、今も固く受け継がれている。
エミとマコトは未だに見つかっていない。手がかりすらない。ヒロコとの会話の中で成田山が出てきたが、そのままそこにいるというものでもないだろう。北千住まで行くべきなのか。それよりも、仙台に行ったほうが情報は多そうな気がした。どっちにしても、俺はユウナを失った気がしている。ユウナとの関係は、二度と元には戻れないような気すらしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます