第13話 失踪9(修正済)

 尾見くんに電話をすると、そういうことなら任せてよ、と言って電話が切れた。時刻はもう十九時になるところで、朝の約束の通りなら、エミのお父さん、木島さんも警察に行っているはずだ。俺は少し不安になっていた。木島さんは、警察に行くのはあまり乗り気ではないかもしれない。理由は色々と考えられる。まず、エミは大学生であり自分で判断できる年だということ、警察に行くのはそれなりの覚悟が必要だということ、おそらく対外的なものもあるのか、それこそ俺なんかでは及びもつかないが、一つ確実なのは、木島さんの、あの表情のない顔が物語っている。エミの失踪に全力じゃない。別のことに気をとられている印象をどうしても持ってしまうのだ。

 俺の懸念は、例えば、もう少し積極的に動くこともできたはずだ。ナナやユウナと連絡を取るとか、すぐにでも警察に行ってもいい。そして、何よりマコトの母親と連絡を取ればいい。高校時代の二人が親密な関係にあったらしいことは昨夜ユウナから聞いたが、木島さんにはそれをそのまま伝えたはずだ。そういう取るべき行動を取らないことからも、俺は木島さんから熱意のようなものを感じられないでいた。

 まあ、実際のところ、警察には事実上の被害届は出したようなものだ。木島さんが出したところで、状況は変わらないかもしれない。


 ユウナはカッシーナのカウチソファに身体ごと投げ出し、自ら買ってきたファンタを飲みながら、携帯を見ていた。そして、


「なあ、ツイッターのやり方わかる?」


 と、唐突に聞いてきた。


「わかりますよ」


 それに答えたのは中原さんだった。俺もユウナも驚いたが、中原さんは手短に説明した。ユウナは中原さんの話は大人しく聞く。


「ツイッター始めるんですか?」


「おう。エミとマコトのこと、拡散しようと思ってな」


「なんか、炎上とかしたら怖いですけどね」


「バカおまえ、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」


 ユウナは中原さんに教わった通りにアカウントを作った。俺は横に座ってそれを見ていた。ホームはすぐにできたものの、ツイートをする段階になって手を止めた。


「やっぱこええな。こいつら顔とか出してるけど正気かよ」


「メールとかラインとかでとにかく信頼できる人に回しませんか?」


 ユウナは俺の意見に賛成し、エミを知る友だちに回し始めた。


 俺はあとできることを考えた。まずマコトの両親に連絡を取らねばならない。それから、マコトを知る人を探して、どんなことでもいいから話を聞きたい。さしあたっては尾見くんの返事待ちだけど、もう一人いる。ヒロコだ。マコトから今回のことで何かを聞いているかはわからないが、例えば遊びに行くところや行ったことのあるところなど、何かを知っているかもしれない。そして、最終手段としては、仙台に行ってみることだ。エミの出身校はすぐにわかる。そこからかなり辿れるはずだ。


 ただ、そういうことも大事だが、俺は目の前のユウナのことを考えるのも忘れてはならないと思った。もちろん中原さんも。ナナのこともあるし、まずここにいる仲間をしっかりケアするべきだ。


「ユウナ先輩」


「あ?」


「来てくれてありがとうございます。俺、不安だったんです。なんか気味悪くて。ナナ先輩もそんなこと言っていました」


 ユウナはため息をついた。


「あたしはさ、エミのことも好きだけど、マコトのことも好きなんだ。あたしは中学も高校も部活なんてやったことないから、マコトは初めての後輩でさ。男だし。そりゃあ可愛いのよ」


 ユウナはしみじみと言った。


「マコトはエミばっか見てた。エミはマコトを無視して、他の奴はマコトなんかほっとけって感じで、あたしが面倒見ないとあいつヤバいんじゃねえかってな。ナナたちにはからかわれたけどあたしはマコトのこと世話したから、あいつのことよくわかるし。だから、今回のことも簡単には割り切れねえのな。マコトが、大好きなエミにひでえことするわけないし、エミが誰かに襲われてもマコトがいれば大丈夫って思えるんだわ。あたしが面倒見たんだから」


 エミはそう言ってファンタを飲んだ。


「ナナにはそういうの、わかんねえよ。でも、ナナが普通だ。気味悪いよな」


 そんな話をしていたとき、尾見くんから電話がかかってきた。






「遅くなったな一樹。悪い」


「こっちこそ、急にごめん。誰かいた?」


「いた。法律のやつ。俺も今日初めて話すけど。電話じゃなんだし、今からそいつと行く」


「今から?助かる」


 俺は電話を切って、今から来ると言った。


「ユウナ先輩ご飯食べますよね?」


「いいのか?もらうわ」


 俺がソファを立とうとすると、中原さんが制止した。


「坊ちゃん、座っていてください。今、あるもので準備いたします」


「おじさん、料理もできんすね」


 ユウナが気まずそうに言った。俺は、ユウナの心境を察した。女である自分が料理をしなければならない、などと考えているのではないか。ただでさえ参ってるのに、余計な気を使わせないほうがいいと思ったので、俺は別のことでユウナの力を借りることにした。ユウナに朝の紙を見せ、二人で検証することにした。






マコトとエミは行方がわからない。確

エミは俺と約束があった。確

エミは二日間着た服や下着を着替えずにどこかへ行って、まだ戻らない。確

エミの部屋に男の髪の毛。確

エミの部屋の窓は鍵が開いてた。確

マコトはエミが好きだった。

エミとマコトはかつて付き合っていた。

マコトはバイトを無断欠勤。確

マコトはサラ金に借金三百万円~五百万。確

マコトは大学に通っていなかった。確

三百万円はヒロコに?

ヒロコのバックにチーマー?




「気になることがあったら追加していきましょう。とりあえず、ヒロコのバックにチーマーは確。バックにというか、ちょっと難しい関係です。協力関係はあったと思います。三百万円は例のチームの亀井ってやつに渡ってる可能性があります」


「亀井…」


 ユウナは小さく言った。俺は紙に書いていった。


「そして、外車の盗難に関わっているかもしれない」


「外車の盗難??あいつが?」


 ユウナはなんともいえない表情をした。敢えていうと、困った顔だ。


「ヒロコと亀井は、亀井はホスト、ヒロコは客って感じだったみたいです。でもヒロコは惚れていた。それで、何百万も借金をして、それをマコトから借りていたみたいですね」


「バカだなあいつは」


 ユウナは眉をひそめて言った。


「マコトはエミが好きだったってのは?」


「ああ。それは確だ。あたしが保証する」


「じゃあ付き合っていたというのは?」


「多分な。その話を直接聞いたのはナナだけど、二人を見てればわかるわ」


「付き合っていなかったからといって、マコトがエミ先輩を好きだって気持ちは変わらないですもんね」


「でも、エミの気持ちは変わるだろ」


「あ、そうですね」


「エミはどこかマコトを頼っている部分もある。付き合っていたとあたしは思う」


 ユウナは自分に言い聞かせるように言った。






「マコトを頼っている、か。エミ先輩はマコトを頼りにして着いて行ったんでしょうか」


「かもしれない。無理やり連れていかれたのかもしれない。どっちにしても、おまえとやったことがきっかけなのは間違いない」


「すいません」


「おまえ、覚えてないって言ってたよな?」


「はい」


「あのとき、おまえあたしの服装のこと言ってたろ?」


「はい。でも深い意味は…」


「別にいいよ。それで、誰かがあたしに、童貞卒業してあげなよって言った」


「そうなんすか」


「ああ。バカだろ、あたしら」


「いや、まあ」


「でもそんときな、エミは明らかにそれに反応してた。童貞は可愛そうだからやめなよって。逆にナナは本気でやらせようとしてたな。ホテル代出すとか言ってたし」


「…」


「ひでえだろ?あいつら、好きでもないのにやりすぎなんだよ。遊び半分で。エミももしかしたら、おまえのこときっかけに使ったのかもしんねえよ」


「……」


「おまえはエミのこと、好きになったかもしんねえけど、エミとマコトの関係はそんなんで言い表せねえ。エミは嫌っているようだけど、心のどっかではマコトに依存してるんだ」


「依存ですか」


「うん。あ、こんな話ばっかり嫌か?」


「いや、別に…」


「なんでこんな話ばっかりすんのかって、おまえのことが心配だからだよ。あたしもナナも、まだ会って一週間くらい?しか経ってないけどさ、ぶっちゃけるとおまえのこと好きなんだわ。正直で真っ直ぐで礼儀正しくて。マコトはそんなことできない。でもマコトはおまえにないものがある」


「ユウナ先輩」


「だからさ、エミを取られても傷つくなって。しょうがねえ。おまえじゃ勝ち目ないわ。でもあたしもナナもおまえのほうが好きだから」


 ユウナの話は分かりにくかったが、遠回しに慰めてくれていた。それだけはわかった。俺はもう痛々しくて聞いていられなかった。朝書いた紙を見つめ、何かを考えようとしたが、何回見ても何も思い付かなかった。俺は、【エミの部屋に男の髪の毛】の部分を見て、エミのベッドを思い出していた。あそこにいたのは誰なのか。エミはそいつと何をしたのか、もしくはされたのか。






 そのとき、油を熱したじゅーっという音が聞こえた。何かを焼いているのかと見れば、揚げ物をしていた。ご飯も炊き上がった。俺は猛烈に腹が減ってきた。


「坊っちゃんとユウナさん、お先にどうですか?今なら揚げたてです」


 俺たちはフライを食べた。野菜と、冷凍してあったシーフードだ。


「ちょーうめえ!おじさんめっちゃ好き!」


 俺も同じことを思ってた。白米が炊けていなかったため、俺とユウナはフライにがっついた。白米が追加で来ると、フライはさらに美味しさを増した。俺は醤油をかけるのが好きだが、中原さんはタルタルソースまで作ってくれていた。尾見くんたちが来るのを待たずに結構食べてしまった。


「一樹、ごめん」


 突然、ユウナがテーブルの上で、俺の左手を握った。


「あたしもあんたのこと、好き。エミに渡したくない」


 中原さんは揚げ物の続きをしている。


「こんなときにホントごめん。エミに渡したくないから意地悪なこと言ってるし。最悪だあたし」


 俺は何も言えなかった。


「エミに振られたら教えて」


 ユウナは人の気持ちを考えているようで考えていない。でも嬉しい。なぜかはわからないが、ナナに言われたときの何倍も俺は嬉しかった。






 尾見くんともう一人がやって来たのはそのあとだ。どこかで見たことがあった。同じ大学なんだから当たり前だが。俺はカウチソファに座らせ、飲み物を出し、早速話を聞いてもいいかな?と切り出した。いいよ、と彼女は答えた。


「名前、聞いてもいい?」


「桜田ヒロコ」

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