第12話 失踪8(修正済)
日曜の朝、エミのお父さんと、エミの部屋で待ち合わせた。俺は時間ギリギリにエミの家に着いた。チャイムを鳴らすと、エミのお父さんが出迎えてくれた。
「こんにちは。エミさんの後輩で神谷と申します。」
「木島と申します。娘がいつもお世話になっております。」
通されて部屋に入った。これで二回目だ。俺はソファーに座り、エミのお父さんは床に座った。ナナとユウナは朝になり、別行動を取った。ナナはバイト、ユウナは家族と用事があるということで、一旦別れたのだ。
俺はエミのお父さんに、今までのことをかいつまんで説明した。なるべく、二人の心境がわかるよう心掛けた。エミに好きな人ができたこと、マコトがそれを知ったこと、二人が失踪したこと、二人にはそれぞれ約束があったこと、警察にいる知人には連絡してあること、などだ。俺と関係を持ったということは伏せておいた。
エミのお父さんは、メガネをかけ、休日なのにスーツを着ていた。そして、表情がなかった。何を考えているのかわからず、ただ俺の話を聞いた。俺が一方的に話して、間が空き、再び俺が話して、という感じで終始した。俺は埒があかないので、捜索願いを出してはどうですか?と提案した。すると、エミのお父さんは、提案に乗ってくれ、今日一日待って連絡がなければ警察に行くと言ってくれた。それ以降は、月曜からまた仕事があるが、こっちに残って連絡を待つ、と言った。
最後に、俺はマコトのお母さんに連絡を取れないか話した。「連絡は取れない」とお父さんは無表情のまま言い放った。
それ以上いても何もならないので、俺は帰ることにした。ユウナとナナには、メッセージを逐一送っていた。今エミの家を出た、これからチーマーの話を聞く、など、とにかく情報だけは共有しなければならないと思ったのだ。二人ともかなり心配している。だとしたら、とにかく情報だ。なるべく正確な情報を送り、不安に思う部分を少しでも和らげようとしたのだ。どこまで届くかわからないが、できなくてもいいから誠意を見せることが大事だ。これは死んだ祖父が言っていた言葉だが、きっと、今みたいなときこそそうすべきなのだ。
エミの家を出た俺は中原さんに連絡を入れた。時刻は十一時を過ぎたところだ。中原さんはすぐに迎えに来てくれた。
「坊っちゃん、例のチーマーですが、」
中原さんの口からチーマーと聞くと、かなり違和感があり、少し笑いそうになった。俺たちは中原さんの運転するレクサスLXの後部座席に座った。運転は中原さん、助手席には見慣れない男が座っていた。
「昨夜、中央署の刑事がメンバーを職質したらしいですな。この名簿を基にしたようです。」
中原さんから、A4の紙数枚を綴ったものを受け取った。一枚目は白紙、二枚目以降に職質の経緯と時間および場所、メンバーの名前などが書かれてあった。さらにめくると、メンバーが語ったとされる、チームの構成員が記載されてあった。総勢五十一名。
「五十一人!?」
「私からご説明いたします」
助手席に座っていた男が、警察手帳を見せながこっちを振り替えって言った。
「彼らは自分たちを『ダスト』と名乗っています。もともと同じDJグループのメンバーです。それが、クラブや街に集まり、いつの間にか勢力を拡大していきました。DJといっても実態は不明です。サークルのノリで街に出て、半グレ集団になっていくような奴らです。これまでに逮捕者は出してはいませんが、迷惑行為で任意同行をかけたこともあります。彼らの特徴は揃いのパーカーです」
俺は名簿に目を通した。知った名前は一人もいない。全員がおそらく男だ。
「この人たちが、エミとマコトの行方を知っているかもしれない」
「知っているかもしれません。しかし、まずは、桜田ヒロコとの接点を確認する必要があります。黒のハマーの持ち主は、この男です」
伊勢田大進、26歳、職業学生、住所足立区…、電話番号080…、
「今からこの男の家に向かいます。坊っちゃんは車の中にいてください」
俺は無言で頷いた。車は、湾岸線を北上し、東京方面に向かった。すでに昼近くなっていた。道は若干混んでいたが、中原さんは、車線変更を繰り返し、強引に進んだ。
一時間ほど走ったか、やがて車は住宅街の中にある二階建ての賃貸の前に止まった。建物の前には、薄汚れた黒いハマーが停まっていたが、そのすぐ前にパトカーが横付けしてあり、身動きの取れない状態になっている。俺たちはパトカーのすぐ後ろに車を止めた。車を降りた刑事はすぐにパトカーに近づき、乗っていた警察官に敬礼し、何かを打ち合わせた。そしてアパートのチャイムを押した。すぐには出て来なかったが、アパートの裏手の窓から外に出たところを、別の警察官に取り押さえられた。
「すいません。勘弁してください」
男はあっさり捕まった。髪の長い優男だった。警察官に両側を挟まれながら、レクサスまでよろよろと歩いてきた。側を通っていた大学生たちが、物珍しげに携帯のレンズを男の方に向けた。警察官は男をレクサスの後部座席に座らせ、刑事が隣に乗り込んだ。運転席には中原さん、助手席に俺という形だった。
「伊勢田大進、職業学生、年齢…」
刑事が質問し、伊勢田は「はい」と答えていく。
「なんでこうなったかわかるか?」
「あ、大体は」
「はっきり言え!」
「あの、車のことですよね。昨日うちのチームのやつも何人か任意で引っ張られたって聞いたんで」
「そうだ。その話は署で聞く。今から質問に答えろ。正直に言わないと罪は重くなるぞ。人命に関わる大事なことだ」
「わかりました」
「桜田ヒロコ、知ってるな?」
「はい…」
「どういう関係だ?」
男は言葉に詰まった。惚けた顔をしながら、頭はフル回転させて何かを考えているようだった。警察官は、メモ帳を睨みながら、男の言葉を待った。
「俺は直接関係ないけど、うちらのメンバーの一人に借金があったって話です。ヒロコの親は権力者らしくて、俺は詳しく知らないすけど、それで、親に払わせるよりも何かあったときのケツモチでヒロコと繋がっておいたほうがいいって誰かが言い出して」
「それは誰だ。誰に借金をして、誰と一番交流があったんだ?」
伊勢田は、一瞬の間を置いて、するすると答えを吐き出した。「亀井くんです」刑事は名簿を見た。俺も見た。一番上にある名前だ。亀井俊彰。
「その、亀井くん、ホストやっていたときにヒロコが遊びにきて、あっという間に売掛をつけてがんじがらめにしたらしいんです」
「亀井ってやつは、おまえらのリーダーか?」
「まあ、リーダーといえばそうっすね。俺らの初期メンバーはもう亀井くんともう一人しかいないし。パーカーの発注とか亀井くん全部やってたから」
「借金はどうなった?」
「さあ、正直、俺はそれはわからないっす」
警察官は、メモ帳に逐一書き込みながら話を聞いていたが、ここで話題を変えた。
「車って言ったな?」
「あ、はい」
「おまえら、車場荒らしって訳でもあるまい。」
「はい。盗難です。ちょっと前にニュースにもなりました」
そこまで言って、伊勢田は覚悟を決めたような顔になった。俺は、あっと思い出した。高級外車の盗難が多発しているニュースだ。伊勢田はそのことを言っているのかもしれないが、自分から話し出した。
「あの、俺、ヤバイと思ったんすよ。いや、別に俺はやってないっすよ。うちらの誰かがベンツ盗んだって、ラインで回ってきて。なんか、うちのパーカー着ていたらしいんすよ。俺はマジでその辺全然知らなくて、勘弁してくださいよ」
「その話は署で聞くからな。それで、ヒロコはそのことに関係しているのか?」
「わかんないっすけど、多分あいつは関係ないです。でも亀井くんに惚れてたんで、言われたらなんでもやると思います」
刑事は俺の顔を見た。俺は質問することにした。
「あの、奥村マコトって知ってます?」
伊勢田は睨むように訝しげに俺を見たが、素直に答えた。
「知らないっす」
俺と刑事は一旦車外に出た。
「思わぬところで収穫がありました」
「エミとマコトには繋がらないみたいですね」
「そうみたいですね。ただ、盗難の件で話が聞けそうです。坊っちゃん、ご協力感謝します。ことが大きくなりましたので、ここからは警察のほうで捜査を進めます」
「わかりました」
俺は納得するしかなかった。むしろ、これまで人員をつけてくれていたことに感謝するべきか。刑事はパトカーに行き、警察官を連れてきた。警察官は伊勢田を車から下ろし、パトカーに乗せた。俺と中原さんは再びレクサスに乗り込んだ。俺はどっと疲れが出てきて、両手で顔を軽くマッサージして、シートにもたれた。ナナとユウナには今あったことをメールで送った。
俺たちは、とりあえず千葉のアパートに戻った。
スタバでトールサイズのコーヒーを買い、アパートに帰ると、しばらく俺は動けなかったが、中原さんが簡単な食事の準備をしてくれた。
「中原さん、すいません。ありがとうございます」
「いえ、こういうときこそしっかり食べたほうがよろしいでしょう」
俺たちは遅い昼食を食べ、コーヒーを飲んだ。一息ついたところに、アパートのチャイムがなった。ユウナだった。
「おお、朝から動いてたんだってな。あ、どもっす」
ユウナは中原さんに挨拶をした。中原さんは優しく微笑んだ。ユウナは照れて、改めて頭を下げた。
俺は、今日あったことをユウナに細かく説明した。ユウナは黙って聞いた。
そしてユウナは、ヒロコのことを悪く言いながら、机の上の紙を見つけた。俺が今朝書いたやつだ。
「ああ、それ、朝書いたんです。俺が確認できているとこは【確】って書いてます」
ユウナは俺のメモをじっくり見た。
「マコトは大学に通っていない、線引いてあるぞ。あ、通ってたのか。入学はしてないけど」
「はい。なんて書いたらいいかわかんなくて」
「法律学科の奴って、マコトのこと知ってんのかな?」
「知ってるかもしれませんね」
「おまえ、法学部に知り合いいる?」
「一人います」
「そいつに聞いてみれば?」
ユウナの言うことはもっともだった。俺は唯一の友だちである法学部の尾見くんに、マコトのことを聞いてみることにした。
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