第11話 失踪7(修正済)
エミの父親と、電話で話すことができた。俺は、エミと連絡が取れないこと、同郷のマコトも連絡が取れないこと、恋愛関係で色々とあったこと、エミが素行の悪い後輩をシメたこと、後輩の背後にチームがいるかもしれないこと、など思いつく限りを話した。結論からいくと、父親がこっちに来ることになった。仙台から朝の新幹線で向かうので、明日の九時か、遅くとも十時にはこっちに着くとのことだった。俺とお父さんは十時にエミの家で待ち合わせることにした。俺はサークルの後輩だと名乗った。
電話を切ったあと、リビングの椅子に座った。寝る前に一口だけ飲んだキャラメルマキアートが丸々残っていたので、一気に流し込んだ。夜中の三時三十分だった。
「エミってお母さんいないんだっけ?」
「あたしも聞いたことある、それ」
確かに、父親は一人で来ると言っていた。娘の一大事なら、母親は真っ先に来そうなものなのだが。
エミは、どんな高校生活を送っていたのだろうか。マコトとはどんな付き合いをしたのたろうか。マコトは俺に、「エミは脆い」と言っていた。俺にはまだ脆さは見せていない。それどころか、あんな女を俺は見たことがない。あれは漫画に出てくるスケ番だ。筋が通っていて、周りの女たちから信頼されていて、男でも殴る。そのエミが、マコトにしか見せない弱さを持っているのだろうか。きっと、あるのだろう。完璧な人間なんかいないし、男女の絆や親友の絆は、周りが思っているより深いはずだ。
ナナとユウナはソファーに座った。
「一樹、水ある?」
俺はミネラルウォーターと、スノーピークの自慢のマグカップを2つ、ローテーブルに置いた。
「おまえこれガソリンとか入れるやつじゃねえの?」
ナナがなにかを勘違いしてそう言った。
「それ一個三千円するんですよ。直火で加熱しても熱くならないやつです」
「うざ!おまえ、そういう自慢とかキモいわ!」
「いや、自慢っていうか……、すいません」
「本当だよ!おっぱい見たくせによ!」
「すいません」
俺はボソボソと謝った。エミのお父さんと電話が通じたときに、二人を起こしに俺が和室に入ったら、二人ともパンツだけで寝ていたのだ。しかし、ユウナもナナも、起きてからも、上は自分のシャツを着ているが、下はパンツのままだった。
「でも、二人とも下も履いてくださいよ」
「やだよ。めんどくせえ」
「じゃあおまえ、なんか貸せよ」
それで、俺のハーフパンツとジャージを貸した。
「でかすぎワロタ」
「ワロタって実際に言う人、初めてですよ」
「あ?おまえ、ちょっと、調子に乗ってんじゃねえの?」
「いや、別に調子に乗っている訳じゃないですけど」
「おまえよ、エミと付き合うならそういうイラつかせることやめろよ。ビシッと生きろ」
「あ、はい」
「おまえ、なんで、『あ』って言うの?」
「いや、癖です」
「その、『いや』っていうのも」
俺はなぜかユウナとナナに攻められた。みんな苛立っていたのだ。ただ、言われてみれば確かにそうなので、意識して言わないようにしようと思った。そのあとも、三人でなんとなく起きていた。
「連絡、来てないですよね?」
ナナもユウナも携帯を見たが、エミから連絡は来ていない。いなくなってから三十六時間くらいか、そう心の中で呟いたつもりだったのに、ナナもユウナも頷いた。
「あれだな。七十二時間経ったらやべえって言うな」
「それ、地震とかで生き埋めになったりするやつじゃね?」
「でも、今どうしてるんですかね。どう思います?」
俺は二人に聞いた。
「あたしは、エミとマコト一緒にいる、これは確実だな。事故ったなら親とか、誰かに連絡いくから、事故はない」
「うちもそう思う」
ユウナの意見にナナも賛成した。俺も今のところは同じだ。
「あの、ヒロコさんの怒りを買って拉致されたとかは?」
「ああ、ないない。ヒロコはそんなことできるやつじゃないから」
「でも、ヒロコの彼氏ってやばいやつじゃなかったっけ?そのチームの奴らって人殺したりしてるんでしょ?」
「人なんて殺してるわけないじゃん!」
ユウナがナナに、結構きつめにそう言った。
「そっか。うん」
ナナは下を向いた。
「知らねえ奴のためにそんなリスク取る人間なんていねえよ」
「今、警察の人に、そのチームのこととヒロコさんのこと、調べてもらってるんです。まだ返事は来ないですけど」
「そんなの調べてもらえんの?」
「あ、はい」
ユウナは信じられないという顔をした。
「あたしは、あいつらは関係ねえと思うぞ」
「ユウナ先輩は、二人が一緒にいるとして、どうなってると思います?」
「あたしはさ、エミがマコトに付き合ってやってると思うんだ。これだけはいえるんだけど、エミは確かにマコトのことを好きだった。普通、女はさ、その気がなくなった男には冷てえじゃん?でもエミは違う。なんだかんだでマコトを心配してるし、頼りにしてるとこもある。実際うちらも、サークルに男がいて良かったって思うもんな。まあ、それはいいんだけど、エミとマコトは普通じゃないくらいの絆で結ばれてるんだよ」
「そうなんすか。確かにエミ先輩、別れたら冷たくしたりするタイプではないですよね」
ユウナの言ってることを、ナナ先輩は神妙な顔で聞いていた。そして、
「でも、別れた男に、その気もないのに付き合ったりしねえよ」
と言った。
「うん。マコトのためを思ったら突き放すだろ?まして、犯罪やろうとしてたら止めると思うしさ。実際エミは敢えて冷たく接してた時期があった。だからマコトもヒロコと付き合ったりできたんだけど。でもさ、エミは突き放しきれなかったとあたしは思ってる。そしてマコトはその心の隙をついて、エミを連れ出した。あたしは、そんな気がする。エミって結構脆いから。マコトとの恋愛で、よっぽどマコトに頼ってたか、お互いに依存してたかさ。あたしは、なんとなくだけど、二人ともいじめられたりしてたんじゃないかって思うよ」
「エミ先輩が、もう一度マコトを好きになったって可能性もあるかも知れないですね」
「それはない!絶対にない」
ユウナは言い切った。そのあと、しばらく誰も何も言わなかった。静かに時が流れた。
「逆に、マコトが力ずくでエミ先輩を拉致したとか」
「それもありそうだから怖いんだよ」
「警察に目撃情報とか来てねえのかな」
「明日警察に聞いてみますか」
そのうち明るくなってきたので、俺が一旦寝ませんか、と提案すると、二人とも賛成した。
俺はベッドに入っても眠れなかった。「エミって結構脆い」ユウナの言ったことを、たた頭の中で反復した。五時をすぎた頃にドアをノックされた。ナナだった。
「入っていい?」
「はい」
ナナをベッドに座らせ、俺も隣に座った。ナナは神妙な顔で話した。
「一樹もユウナも頑張ってるけど、うち、怖いんだ。変な人たちにさらわれたりしてたら、うちらも危ないし。てゆうか、そうじゃなくて、うちが怖いのはマコトなの」
俺は黙って頷いた。
「マコト、ヤバくない?普通じゃないよ。なんなの?エミのストーカーじゃん。嘘ついてうちらに近づいてきて。エミが一樹に取られるって思って、エミをさらったんだよ。ユウナが言ってること、うちは全然わかんない。うちはマコトに絶対会いたくない!怖い!」
ナナは本気で怖がっていると、そのとき思った。だが、全く言葉が出てこなかった。「大丈夫」とか、「俺が守る」とか、そういう台詞が出てこなかった。俺も怖かったのかもしれないし、わからない。すると、ナナはいきなり俺に両手で抱きついてきた。そして少し顔を上げて、俺の首筋にキスをしてきた。
「先輩、ちょっと」
俺は身体を離そうとしたが、ナナは腕を締め付けた。
「一樹、うちのこと嫌い?」
「いや、嫌いじゃないですけど」
「お願い」
そう言ってナナは、俺をベッドに押し倒そうとしてきた。俺は少し体制が崩れたが、ちょっと待ってください、と言ってナナの両腕をつかみ、顔を離した。
ナナは少し微笑んだ。ナナは背が低く、身体が小さい。たれ目で、もともと大きい瞳を、アイメイクでさらにぱっちり見せている。ギャルだ。男が百人いたら九十五人は可愛いと言うだろう。天使だという奴もいるに違いない。俺も可愛いと思う。ましてや、いつもは言うことがきついのに、今は俺を頼ってきていて、俺にしか見せない弱さや甘ったるさを見せている。反則だ、と思った。
「エミには言わないから。お願い。一樹としたいの」
ナナはそう言って俺を見た。
俺は迷った。ナナとしたいわけではない。事実、理性を保つ自信はある。ただ、ここは断らないほうがナナのためにいいのではないか。怖がっているなら、ナナの思う通りにしたほうがいいのではないか?俺はちょっとの間迷ったが、いつも通り、心の中で尾見くんに聞いてみた。尾見くんは言った。「けじめをつけたほうがいいよ。なるべく早いうちに。」
俺は脳内の尾見くんに怒られた気がして、苦笑いしてしまった。今、ナナに手を出したら、俺は尾見くんに合わせる顔がない。それだけじゃない。多分エミに対して正直になれなくなる。
「ナナ先輩、ごめんなさい。俺」
「あーあ、ダメかー。わかった」
以外に、ナナはすぐ立ち上がった。そして俺の耳元で、「でもうちはいつでもいいから。」と言い、俺に背を向けて、スルッとドアから出ていった。俺はしばらく呆気に取られていたが、そのうち寝てしまったいた。ひどく疲れた一日だった。
日曜日
翌日曜日、俺は七時に軽く目を覚ましたので、そのまま起きた。そして、行動を開始した。まず中原さんに電話をし、昨日の警察官と連携して、マコトの頭髪を取ってくるよう頼んだ。次に、服を着て、朝食になるものを買いに下のコンビニへ行った。いつ連絡が来るかも知れない大事なときなのだ。なるべく起きていたいし、今できることをしっかりやった方がいい。食欲もあまりないけど、こういうときこそ食べた方がいいと思ったのだ。卵とソーセージを焼き、レタスをはがして簡単なサラダを作り、パンをトースターに入れた。二人はまだ起きてこない。俺はもう一度考えをまとめるため、あったことを簡単に紙に書いた。
マコトとエミは行方がわからない。確
エミは俺と約束があった。確
エミは2日間着た服や下着を着替えずにどこかへ行って、まだ戻らない。確
エミの部屋に男の髪の毛。確
エミの部屋の窓は鍵が開いてた。確
マコトはエミが好きだった。
エミとマコトはかつて付き合っていた。
マコトはバイトを無断欠勤。確
マコトはサラ金に借金三百万円~五百万。確
マコトは大学に通っていなかった。確
三百万円はヒロコに?
ヒロコのバックにチーマー??
確定していることに『確』と書いていった。マコトとエミが付き合っていたことはおそらく本当だろうが、俺の中では確定ではない。三百万は本当にヒロコに渡ったのか、それも確定ではない。マコトが嘘をついたかもしれないし、ヒロコが誰かに渡したかもしれない。チーマーは確定ではないが、調べてもらっている。あとは、何かないか。俺は、もう一度考えた。どんな些細なことでもいい。なにか忘れてないか?
「あれ?」
一点、気になることが出てきた。
「この書き方はおかしいか。」
俺は、ある部分に気付いてメモを二重線で訂正したが、なんて書いたらいいのか思い付かずにいた。そのとき、携帯に中原さんから電話がかかってきた。
「坊っちゃん、警察から連絡がありましたぞ。例のチーマーですが、構成メンバーや活動場所がわかりました」
「本当ですか!?」
「ええ。どうしますか?」
「申し訳ないけど、マコトの髪を優先してほしいんです。先にそっちをお願いします。そのあと、どこかで合流しましょう」
「わかりました。坊っちゃん、今日はどうされますか?」
「俺は、先輩たちとエミ先輩の家に行って、そこでエミ先輩のお父さんと合流するんです。合鍵、持ってるそうなので」
「連絡がついたのですな?」
「はい。新幹線で来るって。あ!」
「どうなさいました?」
俺は、マコトの親に連絡が取れていないことを思い出した。
「マコトの親に連絡が取れていないんです。奥村マコト、中原さんの力でわかりませんか?」
「私よりも、エミさんのお父様に聞いた方が早いのではないですか?」
「あ、そうか!ちょっと、電話切ります!」
俺は電話を切って、すぐにエミ先輩のお父さんに電話をかけたが、つながらなかった。新幹線に乗ったからだろうか。バタバタしていたら和室の襖が開いてナナが出てきた。
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