第三話
黒髪が少し巻いているアザナとは違い、アインハルトは藍や紺に近い髪の色をしている。
遠目からは黒に見えるが、光に透かしてみると青く見えるのだ。
頭頂部、特に光の当たる部分ほど青く毛先に連れて墨溜まりのように黒くなっているのだ。
珍しい髪色である。
少なくとも、アザナが今まで見て来た人間は黒や茶色が大半で、金色や色素の抜けた灰色や白ばかりであった。
青や赤などという髪色は本の中でしか知らない。
湖を映したような青色をした瞳に、日光をしっかり浴びている健康的な肌色。
遠目から見ても特徴的な少年だとアザナは思う。
はぐれても見つけるのは簡単だろう。
目つきの悪さをごまかす為に伸ばした前髪を軽く弄りながら、アザナは羨ましさを心の中に押し殺した。
アインハルトと会話をしていてアザナが感じたのは、「育ちが良い」ということだ。
話しを聞くかぎり、そう遠くない村出身であり、森に捨てられていたのを村長に拾われ育ててもらったのだという。
それにしては訛りの無い和語を使うのがアザナは気になった。
よほど育ててくれた村長が知慮深い人だったのだろうか、油断するとキツイ訛りが出てしまうアザナは油断が出来ず、妙な敬語が崩せなかった。
「――ああ、ついたね」
「はい」
街の入り口には立場としてだけの傭兵が一人。
眠たげにしている老人兵に軽い会釈をして街の中に入る。
懐かしい風景に目を細めながら、街の出入り口にあるマップを見ながらアインハルトと相談する。
「冒険者組合ってこっちかな?」
「いや、これはギルドでありますな。
こっちの……訓練施設がある方?」
「この手前の施設かな?」
「申請所入口ってありますし、多分そうでありますね」
マップから顔をあげた二人は、すぐ目の前に見える大きな施設を見上げた。
×
街の中には複数の施設があるが、その中でも冒険者組合は一番の面積を誇っていた。
アザナとアインハルトが扉を開けて中に入ると、かなり賑わっていた。
子供のように施設内を見渡していたアインハルトがアザナに耳打ちをした。
「こんなに人が居るんだな」
「一月のはじめでありますからね。成人したての人が冒険者になりに来てるんだと思います」
私もそうなんですけど、とアザナは呟く。
学校に通っている子供の多い地域では、学年の移り変わる四月に冒険者の登録数が多くなる――と、アザナの読んでいた本に書いてあった。
「へえ、そうなんだ……。
俺、村長が是非冒険者にって言うから来たんだけど……」
「お強いですもんね」
アインハルトの背負う古びれた剣を見ながら言う。
涼しい顔をして妙に強い、というのがアインハルトだった。
アザナは今まで村から冒険者になるといって出ていく村民たちを幾人か見てきたが、アインハルトほど強い人間を見たことがない。
恐らく、どこの村でもそうだろう。街や王国になると本で読んだ範囲での話になるが。
――――?
本で読んだ、というワードを思い出したアザナは少しばかり何か引っかかりを感じた。
ただ、その僅かな違和感はアインハルトに声をかけられた事により掻き消えた。
「ここ、こっちがカウンターだって」
「登録者列でありますね」
長蛇の列の手前、最後尾の看板を持った男がアザナとアインハルトを見て微笑んだ。
「やあ、坊や達。これから冒険者になるのかな、知り合い?」
「はい」
「読み書きは出来る?」
「出来ます」
アザナがはっきり返すと、男はありがたそうに頷いた。
「仲は悪くなさそうだね、じゃあ。二人で一緒に並んで受付してね」
そう言いながら、男はアザナとアインハルトを並べ立てる。
「……どういうこと?」
「複数まとめた方が楽だということでは?」
二人して唸る。
まあ、受付できればそれでいい。とアザナが判断した時、アインハルトが「痛いだろ」と声をあげた。
足でもうっかり踏んでしまったかと慌てて視線をあげたアザナは、アインハルトの腕を掴む男を見上げた。
――いかにもならず者という風体の男で、首に銅のタグをぶら下げている。
――冒険者組合はこういったならず者を産みださない為の組織では?
などとアザナは思ったが、こういった人間はどこにでもいる。
アインハルトの腕を掴んで、ニタニタ笑っている男が、上目使いに男を見上げているアザナを見ると大きく吐息した。
「おじいちゃんに言われてきたのか? 随分と年期の入った剣を持っておぼこいなぁ、坊ちゃん」
そう言い張った男の連れが下品に笑う。
新人潰しというワードが二人の脳裏によぎった。
確かに、アインハルトはこれから冒険者になろうとしている周囲の人間達に比べるとやけに小綺麗で、あらかた装備が整っている。
張り切っている新人冒険者(になる予定の人間)を潰したいならず者冒険者達にとっては都合の良い的だろう。
こいつら、とアザナが睨みあげると男達は「おおこわいこわい」と手を振りながら大声で言った。
「――どこで拾ってきたんだ? なあ、おぼこい嬢ちゃんまで連れてよぉ!」
アインハルトが「は?」とまぬけな声をあげたが、アザナは勢いよく振り返った。
当然、アザナ達が並んでいる列は一直線に伸びているので、ならず者冒険者達の正反対を向いても背後には野次馬達しかいない。
左右を確認したが、アザナ達の前に並んでいるのは少年、背後に並んでいるのは青年で見事に男しかいない。
そしてアザナは気づいた。
周囲の人間に比べて、アザナは些か小柄で身が薄いと。
――アザナの成長の悪さは、そのまま育った環境の悪さに通ずるのだが、それだけじゃないだろう。
服だ。母親が着ていたものを自分が着れるようにを繋ぎなおしたそれは、確かに男が着るには少しゆったりしていて、柄も可愛らしい。
アインハルトはこれからどんどん男になる少年の顔をしているが、父親譲りの目を悪さ以外は母親に似ているアザナは童顔寄りだ。
目も、前髪がかかって見づらいのもあって勘違いしやすかったのだろう。
青筋を立てて溝鼠を見るように男達を見上げたアザナは全てを理解した。
理解したので、本気でキレた。
「――――ん゛だぁれがおぼこ娘がね゛!?
ゎんは男じゃげに! 見てわがらんがぇ!? この゛ド腐れ共が!
おめぇの目は節に穴ぁ開いてんか!? 玉ァ去勢したろがな!!!!」
さぞや目つきの悪い女だと思っていた男達がぎょっとしてのけ反った。
アインハルトも、出会ってから初めて聞いたであろうアザナの訛り言葉に目を大きく広げている。
――これから成長するんじゃボケ共が……! と暴れまわりたい気持ちを堪え、咳払いをしたアザナがしっしっと猫を追い払うように手を振った。
「――失礼。まともに人を見ることもできないのに、イチャモンつけられる覚えはないでありますな」
「……ふふ。確かに、そうだね」
「笑わないでもらえますかね!」
「ごめんごめん、アザナ」
ならず者達を無視して会話しだした二人に、呆然としていた男が震えはじめる。
「っ……ん、だとこのカマ野郎!」
逆上し、アザナに掴みかかろうとした男の腕を、まるで赤子の手のように捻ったのはアインハルトだった。
「――俺の友達に、これ以上失礼な事いうのやめてくれるかな?」
おお。とアザナは高揚する。
出会ってからまだ一日と経っていないが、友人になっている……と、アインハルトのコミュニケーション能力に感謝しているとアインハルトに腕を掴まれた男が呻いた。
「そこまで!」
不意に、先ほど看板を持っていた男性がやってきてアインハルトとならず者の男をいさめる。
「冒険者登録が済んでいない人間に絡むんじゃない! 君も、気持ちはわかるけど落ち着いて」
「……はい」
渋々といった様子で男から手を離したアインハルトは、ならず者冒険者が外に連れていかれるのを見送ったのち、アザナに耳打ちをした。
「女の子だなんて言われててびっくりした」
「私も想定外であります」
「訛り凄いね」
「……だから敬語でしか話せないんでありますよ」
そうだったんだ、とアインハルトがニコニコ微笑んでいるのを見て、アザナもニコリと笑んでみせたのであった。
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