S.W.Z



「なるほど! そう言う事だったんですね!」


 

 現状を最後に理解したのは春美さんだった。



 しかし、それも仕方が無い事。


 春美さんは“彼女”の事を良く知らないようだから――と言ってしまうと大変紛らわしい。

 本当に紛らわしい話なのだが、詳しく説明するとこうだ。



 俺は大学時代にあるアニメにはまっていた。

 School War ZというPCゲーム原作のアニメ。

 一言で言うと女子高生のヒロインがゾンビ相手に無双する話なのだが、そんな乱暴な説明ではこの作品の良さは一ミリも伝わらないのでやや詳細に。


“ 主人公は留学生の少女。彼女は日本の学校に馴染めずいじめを受け、対人恐怖症になりながらも厳しくも優しい祖母のいいつけを守り登校していた。そしてそんな悲運な彼女に日本で初めてできた友達は学校の裏山にいた野ウサギ。と言っても、初めは警戒され噛みつかれたりもしたがヒロインの優しさが伝わり友情が芽生える。しかしそんなほっこりした日常は突然、未知のウイルスが世界中で猛威を振るった事で一変してしまう。

 日本全土のほぼ全ての人間が感染し、ゾンビと化してしまうが彼女は野生動物に噛まれた事で特殊な抗体を獲得していたためゾンビ化しなかった。

 異変に気付いた彼女は野ウサギに導かれるように逃げようとするが、道中、主人公をイジメていた元クラスメイトのゾンビに襲われウサギがピンチに。

 対人恐怖症のため、腰を抜かしていた主人公だったが友達を救うために恐怖を克服し、鉄パイプでゾンビを撲殺する。

 その覚醒シーンで放った言葉が「この子を傷つけたら私はあなたを殺します」 ”



 長くなったがつまりはそう言う事。


 その主人公の名前が「レベッカ」だったのだ。



 ちなみに覚醒イベント後、野生動物と妙な連帯感で結ばれた少女は校内のゾンビを駆逐し、動物たちが安心して暮らせる楽園を作ろうと奮闘する。その凄惨極まるバトルパートと動物たちとの触れあいほっこりパートのギャップが本作の魅力なのだが、それはまた別の機会に。



 ここまでが俺の持ち合わせた偶然。



 そして彼女の方もまた稀有な偶然を持ち合わせてた。


 簡潔に説明すると、レベッカさんはSchool War Zのファンでコスプレが趣味。

 名前が同じで顔も似ていた事からどっぷりとはまり、日本に留学に来た理由は実はその半分以上はこのアニメによるところが大きいのだという。


 部分的に流暢な日本語を話せたのもこのせい。

 例えるなら英語は話せないが耳コピで洋楽は歌えるみたいなものだろうか。

 マニアックなアニメ故に吹き替えの無い字幕版を繰り返し見た影響なのだと言う。



 まあ、あんな辛辣な事を言われはしたがレベッカさんを悪い人間だと最初から思ってはいなかった。

 駅のホームから出てきた時に春美さんの周りをウロチョロしていたのは、単に落ち着きがないのではなく男性恐怖症である春美さんの視界に男性が入らないようにさりげなく立ち回っていたからだ。


 その時点で彼女とは意気投合できる気しかしなかった。



 そしてレベッカさんが俺にそのアニメのセリフを吐いた理由は――



「ごめんナサイ。チュトムさんのメツキがゾンビに似てましたノデ」


 ペコペコと激しく頭を下げて謝るレベッカさん。


「いえ、いいんですよ。誤解が解ければそれで……」


 実際、学生時代には目つきの悪さを優にさんざんからかわれ自覚しているし、今さらどうという事もない。


 そんなことより、これは俺の予想なのだがレベッカさんは春美さんの事を劇中の野ウサギに見立てて守っているようなのだ。


 もうレベッカさんと友達になるしかない。

 そう強く誓った。



 それにしても今日の春美さんは実に生き生きとしているというか、いつもは人通りの多い場所では萎んだように俯いて顔を伏せてしまうのだが、今目の前で弾けるように微笑む彼女は今まで見た事のない、まるで別人のようだった。


「春美さん、何か良い事があったんですか?」


 俺は何の気なしに聞いた。


「え? そう見えますか?」


「はい。いつもより明るく振舞ってるというか、あの……もし無理してるなら――」


「違いますよっ、勉さん」


「え?」


「それはきっと勉さんとレベッカさんがいてくれるから。わたし……二人がいてくれたら全然怖くないみたいですっ」



 その時俺は翼の生えた天使を見た。

 


 優しい気持ちがとめどなく溢れていく。

 世の中の不条理なんて全て許してしまえるくらいに。



 何があっても彼女を守らなければと誓い、ぎゅっと強く握る拳に視線を落とし、そしてゆっくりと顔を上げた時、視界の端にレベッカさんを捉える。

 ほぼ同時に視線を交わした俺たちは示し合わせたようにゆっくりと頷いた。

 


 以心伝心。

 彼女と俺はもう友達になっていたようだ。


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