I recognize your eyes.


 あれから三日後の土曜日の昼下がり――。


 俺は春美さんに言われた通り、秋葉原の駅前で待ち合わせをしていた。


 

 約束の時間まで、まだ30分程ある。


 気合を入れて早く着きすぎてしまうのはいつもの事なのだが、今日は一段と身がしまる。


 いつかは会ってみたいと思っていたが、まさかこんなに早く会う事になるとは。


 俺はこの三日間の猶予で出来る限りシミュレートしきてきた挨拶を頭の中で反芻する。


 ファーストインプレッションが重要だ。


 照りつける日差しを木陰で避けているとはいえ、30℃を超える9月の暑さは運動習慣皆無の俺にはだるくて仕方がない――が、そんな事は微塵も感じさせないような爽やかな立ち居振る舞いで好印象を与えなければ。


 間違っても警戒される事などあってはならないのだから……



 ――と……そろそろ時間か。


 スマホで時間を再度確認。

 春美さんは約束の時間の10分前には来る。

 路線のダイアから考えて恐らく今到着した電車に乗っている可能性が高い。


 駅の出口の方をさりげなく横目で覗いているとそれらしい二人組が現れた。


 一人は春美さん。

 つばが波打ったおしゃれな麦わら帽子に白のワンピースは実に清楚可憐だ。


 そしてもう一人はと言うと、物静かな春美さんとは対照的に彼女の背後を右へ左へせわしなく動いては陽気な笑い声を立てている。服装は個性的なキャラをプリントした白Tにダメージジーンズ。


 顔は……だめだ、陽射しが“彼女の金色の長髪”に反射して良く見えない。



 そう、春美さんが俺に合わせたかった相手は――



「勉さん、遅くなってすみません」


「いえ、今しがたついたばかりですから」



 まずは春美さんを正面に捉え、映画のワンシーンのような奇跡の光景に感銘を受けつつ、春美さんが片方の手で指し示す方向へ惜しみながら視線を移す。


「勉さんにはまだ彼女の実名はお伝えできていませんでしたよね? 彼女が私の親友の……」


「私! ジブンでショウカイ、シ・まーす☆」


 そう、例のアメリカ人留学生だ。

 春美さんからは流暢な日本語を話すと聞いていたのだがこれではカタコトと言わざるを得ない。

 だが陽気な印象、活発な印象は話に聞いていた通り。


 ちなみに背丈は俺より低く晴美さんよりは若干高く160cmくらい。

 髪色はプラチナゴールドと呼ぶのだろうか。かなり白に近い均一な金色。

 体型は日本人離れ――というのはまあ当たり前だが、細いウエストの割に胸がその……とにかく強調されている。

 外見は春美さんもそうだが年齢より若く見え、その体型と幼い容姿のアンバランスさはどこかアニメのキャラを彷彿とさせる……というかこれではまるで――



 彼女の大きく見開かれたコバルトブルーの瞳と視線を交わした瞬間、あるイメージが脳裏に浮かび、それを瞼の裏に映そうと瞬きをした次の瞬間――、




 ――消えた⁉ 




 いや、周辺視野の情報を取り入れた上で正確に言えば違う。

 俺が瞬きをしたその一瞬のうちに彼女は間合いを詰めて俺の頭一つ下の懐に潜り込んだのだ。

 ”

“ソーシャルディスタンスが近いのは文化の違い”というレベルではない。


 全くシミュレートの埒外の行動をとられ――というか動きが速すぎて身動き一つできず立ちすくむ。


 そして彼女はそのまま蛇が体を這い上がるようにしてぬっと怪しい唇を俺の耳元に近づけて囁いた。




「この子を傷つけたら私はあなたを殺します」




 一瞬誰がその言葉を放ったのかわからなかった。

 だが、まるで見えない刃を首筋にあてられた様な異様な殺気を放っているのは間違いなく目の前の金髪の少女。



 ――これはいったいどういう事だ……彼女は……確か……



 軽やかなバックステップで跳ねのくと、何事も無かったかのように春美さんの横に戻って満足そうにニコニコ笑う異国の少女。


 春美さんには彼女が俺に何を囁いたのか聞こえていなかったのだろう。

 少し戸惑ってそれでも何とか場を取り繕おうと声を出す。



「あの……えーと、異様に距離が近かったりとかちょっと変わってるところもあるんですが、この子が私の親友の――」

 



「――レベッカ」




 それは春美さんではなく、まして金髪美少女でもなく、俺の口から発せられた言葉だった。



「え? どうして勉さんがレベッカさんの名前を知ってるんですか?」


  

「え?」



「え?」



「え?」



 俺と春美さん、そして“レベッカさん”と呼ばれた女性は交互に顔を見合わせながら、“謎の答えを知っているであろう誰か”を探してキョロキョロしていた。




 この時はまだ誰も理解していなかったのだ。




 この奇妙な偶然を――

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