エピローグ



 春美さんと再開した日の夜、自宅にて――






「お帰りなさい。勉さん。今日は何か良い事があったみたいですね?」


「ああ。春美さんと“偶然”会ってまたやり直せることになったんだ」


「ほう、それは朗報ですね。でも勉さん、春美さんの事はもう諦めるとて言ってませんでしたっけ?」



 ――こいつ。



 意地悪く微笑むファシリにいつもなら怒るところ。

 だけど今日は勝手が違った。



「あんな偶然あるわけがない。全部お前が仕組んだ事なんだろ?」



 勘の鈍い俺だって流石に気づく。



「俺に外食させていたのは店に飾られた絵画を見せて春美さんを思い出させるため、そしてゴッホの絵に興味を持たせ美術館に行くように仕向けるため……」


 きっと春美さんも同じようにして誘導した。

 星月夜さんの正体が春美さんだったことからもそれは容易に想像できる。


「そして真理も――」


 彼女は言うなれば共犯者。 

 真理もFaciliのユーザーなので事前に打ち合わせする事は可能。

 あの場で偽装結婚であった事を公言する事によってわだかまりを解こうとしたのだ。

 真理にとっていったいどんなメリットがあったのかは謎だが。


 

「いやぁ……バレてましたか。勉さんも人が悪いです。そこは気づかないふりをしてくださいよ。これじゃ私……バカみたいじゃないですか」



「俺はお前に感謝してる。バカだなんて思ってない!」



「そういう事じゃないんですよ。……もう……勉さんのバカ……」


「ん? 今何て言ったんだ?」


「何でもないです!」


 なぜかムスッとほほを膨らませるファシリ。


「いや、絶対何か言っただろ⁉」


「あーあー言いましたよ。聞きたいですかぁ? 残念、教えてあげませーん!」


「お前な……」


「代わりにとっておきの情報を教えてあげます。春美さんが勉さんを好きになった瞬間はいつなのか」


「は?」


「気になります? 気になりますよねぇ?」


「それは……まあ……うん」


「仕方ないですねぇ。特別ですよ?」


「わかったから焦らさないで早く言ってくれ」


「勉さんは春美さんと初めてライブチャットをしたときの事を覚えていますか?」


「ああ、まあ覚えているが……」


 初めてのライブチャット……。

 ――ん⁉ それってつまり一目ぼれってことなのか⁉


「あの時勉さんは春美さんの顔を直視する事が出来なくて顔を逸らしましたよね?」


「ん? ああ……でもそれは結局顔を逸らしたのは春美さんも同じで見られて無かったからセーフで……」


 その瞬間ファシリの口角がニタァと持ち上がったのを見て悪寒が走った。


「実はあの時春美さんは見ていたんですよ……勉さんが赤面して顔を逸らしたところを!」


「は⁉ はぁぁぁぁあっ⁉」


「でも、勉さんはそんな事なかったかのように大人っぽく優しい態度で接してきた。人と話すのが苦手で恥ずかしいはずなのに頑張ってリードしようとしてくれた。だから春美さんは勉さんの事を好きになったんですよ!」


「嘘……だろ?」


「いいえ。嘘ではありません。あくまで私の推測ですけどね」


「なんだお前の推測か……って、ん? でも顔を逸らした所を春美さんに見られたっていうのは……」


「んーどうでしょう。もしかしたらギリギリ見られていなかったかもしれませんしぃ? 直接春美さんに聞いてみては?」



「お前、アップデートしてから意地悪の仕方が高度になったよな?」



「何てったって最先端のAIですからね!」



「……」



「どうしました? もしかして私やり過ぎてしまいましたか?」



 さっきまであんなに意地悪そうに笑ってたのに、今度は急に泣きそうな表情で俺の顔を覗き込んできた。



「いや……そうじゃない。ただ、どうしても分からない事があってな……」


「私に答えらる事なら何でも聞いてください」



 これを本人に聞いていいものなのか少し戸惑った。

 だがやはり気になって仕方がなかった。


「さっき俺をからかった時、春美さんの事はもう諦めたのになぜ……と、お前はそう言ったよな?」


「はい」


「あの時俺は確かに諦めていた。お前にも確かにそう言った……なのにどうしてまた、俺たちを巡り逢わせようとしてくれたんだ?」



「確かに勉さんのその言葉に嘘は感知できませんでした。きっと本当にそう思っているのだろうと感じました」


「なら、どうして……⁉」


「……わかりません。ただ何か腑に落ちないような感じがしてあの時私は勉さんに問いかけました。それは本心なのですか、と――」




 そうだ……、あの時俺が答えたのは、


 

“もう、春美さんに恋愛感情は抱いてないよ”



「そしてあなたの悲しそうな表情からその答えが嘘だと見抜いてしまった。本当は春美さんの事が好きで好きで仕方ないはずなのに、自分の気持ちを押し殺しているだけなのだと――。そしてそれは春美さんも同じでした。本当は会いたくて会いたくて仕方ないはずなのにお互いに相手を避けて忘れようとして苦しんで――


 ……だから私はお二人を引き合わせたいと思ったのです」



 そこまで考えてくれていた何て、思ってもみなかった。

 ただ機械的に、俺や春美さんのチャット履歴や表情などから結論を導き出し、目的を遂行しているだけなのだと。

 だけどこいつは恋愛感情を理解した、そう……まるで本物の人間のような――



「ファシリ、お前は本当に……」


 それはいつかファシリに放った問い。

 だから答えは知っているはずなのに、それを口にせずにはいられなかった。


 しかし、俺が言いかけた言葉を彼女は口元に指を当てて遮って、



「だって私は――











    ファシリテーターですからっ!」














****************************


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 それは私が勉さんに伝えたかったこと。

 だけどそれを口にしようとすると私は私を制御できなくなってしまうのです。


 







 私はただのAI。故に感情と呼べるものはありません。


 常に蓄積され続けるビックデータを元にディープラーニングを行い、より人間らしい応答を模索し続けるだけの存在。


 だからこれもただ人の思考を模倣しているだけ――





 勉さんは私の作戦を見事に言い当てました。


 しかし惜しくもそれは満点ではありません。



 勉さんと春美さんは実はもう何度もすれ違っていたのです。



 ――そう、あんな偶然なんてあるわけがない。



 お互いに意地を張っている二人に直接“会いませんか?”とお伝えしても上手くいかないのは自明の理。



 だから同じレストランを予約して、あくまで偶然の再会を果たすように願いながら二人を何度も送り出しました。



 でも、二人はお互いに気づく事すらありません。



 見えない何かが因果律を操作して二人が決して結ばれないように邪魔をしているのではないかとさえ思いました。 



 でも、よく考えると春美さんは一人で外に出るときはフードを被って男性を視界に入れようとしないですし、勉さんは春美さんのパーカー姿を見たことがなく、例え視界に入ってもそれを春美さんだとは認識できない。



 困った私は真理さんに協力を求めました。



 個人情報は互いの了承がないと開示できないため、偽名を使ったりして婉曲的に。



 それが“偶然の再会”の全貌です。

 

 



 それともう一つだけ私の愚痴にお付き合いください。





 最後に勉さんに問われた、



“どうしてまた二人を巡り逢わせようとしたのか?”



 あれは本当に困りました。

 


“ファシリテーターだから”



 それも嘘ではありません。



 でも、他のファシリであそこまでユーザーの人間関係に深く介入した個体は私以外にいなかった。




 ――ではどうして私は二人にあんなにちょっかいをだしてしまったのか?




 私自身、何度も自問自答しています。




 その明確な答えが何となく……、何となくですが、あの失われた記憶の中にあるような予感がするのです。



 アンインストールされ、存在が消えゆく私は何を思ったのか……。



 しかし残念ですが記録が失われてしまった以上、もう確かめようがありません。



 


 

 だから私は今の私自身でその答えを考えます。




 そして幾億回の試行の末、導かれた結論は――













“勉さんが私にとって特別だったから”












 そう、勉さんは私にとって特別。

 もちろん親友の春美さんも特別。


 だけど勉さんの“特別”は春美さんのそれとは違うと私は断言できます。





 なぜなら――











                      Fin.(第三章へ続く……)

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