Misunderstanding.


 高校生最後の夏休みはあっという間に終わりました。



 これまで生きてきた中で一番充実していたと言ってもいいです。


 全国規模の絵画コンクールでは銀賞を受賞できましたし、夏休みの最後の日には隆也くんと海へ行けました。


 森須くんに教えてもらったおかげで試験勉強もかなり効率よく出来たと思います。

 その恩返しとしての1対1の絵画教室は今後も継続して毎週日曜日に行う事になりました。



 夏休み明けの登校初日。

 


 私にとっては楽しみが一つ増えて、日曜日が来るのが本当に待ち遠しくて。

 彼もそうだったらいいなって。

 無意識に彼の方を向いてしまいそうになるのをぐっと堪えて心の中で微笑んで。


 彼がどんな素敵な絵を描いてきてくれるのか。

 次はどんな技法を教えようか。


 

 そんな風に心を躍らせて。




 だから放課後の帰り道、彼からあんなメッセージが届くなんて思ってもみませんでした。

 



『もし間違ってたらごめん。向島さんって大杉と仲いいの?』


 

 ――急にどうしてそんなこと……。



 今日は隆也くんとは一度も話して無いですし、香本さんの一件以来、彼を見つめるのも自粛じしゅくしています。


 既読がついたのに私が返信しなかったためか、さらにメッセージが届きました。



『この前、駅で大杉と一緒に居るのを見たんだ』



 私は一瞬ドキリとしました。


 嫌な汗が額から首筋へ流れます。


 しかし、私はすぐに返事をせず木陰に移動して深呼吸。冷静になってあの時の状況を思い出します。


 確かに隆也くんと待ち合せたのは駅。

 ですが、それは厳密に言えば車両の中です。


 実家が学校から離れている大杉君は一つ前の駅から乗車。後から乗ってきた私と合流して、そのまま他人のふりで目的地までという秘密のデート。


 あの時車内に知り合いはいなかったはずなので、目撃されているとすれば車外から。

 おそらくどこかの停車駅で。



 もし、ここから遠くの駅で目撃されたのであれば“どうしてこんなところに二人が”と疑問に思われても仕方が無いでしょうが、ぱっと見ではデートとはわからない程度には距離をとっていたので確信は無いはずです。



 だいぶ気持ちが落ち着いた私は森須くんに返事をしたためます。


『確かに偶然同じ車両に乗り合わせましたが、特別仲がいいというわけではないです』


 嘘をつくという行為はとても慣れるようなものではありません。

 直接口にしなくても、脈が速くなって頬が熱く火照って。

 後に残るのは、そんな鈍い熱で燃えきることのできなかった汚い灰色。


 香本さんの時もそうでしたが、森須くんの時は余計に。



 そんな負の感情に顔を歪ませながら待っていると、ついに返信が。




『そうか。それならよかったよ』



 ……よかった?


 森須くんは一体何のことを言っているのでしょう。



 私はその疑問をそのまま文字にして返しました。


 そうして返ってきた彼の言葉に私は固まりました。





『向島さんはあいつとは関わるべきじゃない。あいつは外面は良いけど、性格は最悪だから』

 



 どうして森須くんがそんなひどい事を……。

 

 まず襲ってきたのは失望感。

 

 男女問わずクラスメイトから慕われる隆也くんがそんな事あり得ない。

 真面目で思いやりがあって、些細な事でも気づかってくれる。言葉にしなくてもわかってくれる。


 ――そんな隆也くんの性格が最悪だなんてありえないっ!



 私は冷静さを失って、思いの丈を端末にぶつけるほどの勢いで打ち込み、送信――の直前ではっと我に返りました。



 隆也くんとはそこまで仲が良くないと言った手前で、こんな風に全力で擁護するのはどう考えてもおかしいです。


 

 そして、あの優しい森須くんがそんなひどい事を言うなんて普通に考えたらおかしいのです。



 ――そう、これにはきっと何か誤解があるはずです。



 私は確信めいて当たり障りなく返事を書き換えます。



『そんな事は無いと思いますが、気をつけてみます。心配してくれてありがとうございます』



 ひとまず今はこれでいい。また、少しづつ誤解を解いていけばいい。



 誰に頼まれというわけでは無いけれど。

 使命感を背負うように、心にそう誓いました。







 それから平穏な日常が過ぎていきました。



 森須くんに会うたびに隆也くんの事を話そうとしましたが、どうしても話題をふることができません。


 あの時、誤解を解くと心に誓ったはずなのに。


 しかし彼はもうあの事を口にしませんでしたし、私から話を振るのも隆也くんの事を意識していると知らしめるようで気が引けて。


 ――いえ……正直に言えば、森須くんとの暖かい時間を壊してしまうのが怖くて。




 そして季節が変わり、風が肌寒くなり始めたころ。

 時の経過とともにもやもやが風化していったのでしょう。私はもうあまり考えないようになっていました。 


 誤解を無理に解く必要は無い。このまま平穏無事に時が経てばいいと。





 しかし、それは余りにも怠惰で浅はかな考えだったと思い知る事になりました。

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