Not a lie.

 11月中旬のある土曜日。



 森須くんとのお絵かき教室(+勉強会)を明日に控えた日の夜。

 隆也くんから着信がありました。

 


「春美。今、電話しても大丈夫か?」


「はい。今家に一人ですので大丈夫です」


 私の両親は仕事の都合で一、二週間は家にいない事がざらにあり今日も例外ではありませんでした。


「少し気になることがあってさ。まだ、森須と勉強会続けてるんだよな?」


「はい。明日も図書館で勉強する予定ですが……」


「そっか……」

 

 電話越しに聞こえる隆也くんの声には落胆と迷いがあります。


「何か問題があるのですか?」


「いや……その……できればもう、あいつと関わるのは止めて欲しいんだ」


「え?」


「こんな事突然言われてもこまるよな……でも、あいつの悪い噂を聞いたんだ」


「噂?」


「森須と同じ中学だったやつから聞いた話なんだけど、あいつ傷害罪紛いの騒ぎを起こしたらしいんだ。あいつのとこ両親が早くに亡くなってて情緒不安定気味でさ、普段は大人しいけどきれたら手がつけられなくなるらしいんだよ」


「そんな……でも、私と話してる時はそんな事一度も……」


「自分で見たわけじゃ無くてあくまで人伝ひとづての情報だけどさ、何かあってからじゃ遅いんだ」



 隆也くんは私の事を心配してくれている。


 それは分かります。分かるのですが……。



「森須くんにはお世話になってますし……」


「分かってる。言いにくいよな……、それこそ何をしでかすか分かったもんじゃないし……」


「いえ、そういう意味ではなくて……」


「春美は優しいな。言いにくかったら俺が代わりに言ってやるから。もし、あいつがあれこれ言って抵抗するようなら力づくでもねじ伏せてやるから」



 力づくで――



 その言葉を聞いた時、悪寒が走りました。


 確かに、隆也くんは空手をやっているのでもし仮に取っ組み合いになったとしても、隆也くんが負ける事は無いでしょう。


 でも、二人を直接睨み合わせてはいけない。

 何かとても酷い事が起こってしまう。


 直観的にそう思いました。


 だから私は、


「私に……私に言わせてください。私が森須くんに伝えます。だから、力づくなんてそんあこと止めてください!」


「春美……」



 しばらく沈黙が続きました。


 私が大声を上げて反論する事なんて今まで無かったから、きっと隆也くんも驚いているのでしょう。

 だけどこれは譲れません。


 そして遂に根負けしたのか、隆也くんは溜息をついて、


「……分かった」


「隆也くん……」


「実は俺、ムキになってたんだ。春美を森須に取られたような気がしてさ。だからちょっと言い方が強引できつかったかもしれない。……ごめんな」


「謝らないでください。私も隆也くんの気持ちも考えず、森須くんと何度も会ったりして……ごめんなさい」


 そう、本当に謝るべきは私の方です。


 私は勉強がはかどるから、隆也くんから許可をもらっているからという理由で森須くんと二人きりで過ごしていました。


 でも隆也くんは本当は嫌だったのです。


 “隆也くん以外の男子を好きにならない”


 彼がそう私に誓わせた事からも容易に想像できたはずなのに。




 隆也くんとの電話を終えた私は、森須くんへのお断り――というよりもお詫びの言葉を考えます。

 

 お絵かき教室と勉強会を急遽とりやめる理由。しかも金輪際。


 体のいい言い訳がすぐに思いつくはずもありません。



 ――なぜなら私自身がまだ続けていたいと思っているのですから。



 本来であれば電話で、あるいは直接対面してから、お詫びとこれまでの感謝の言葉を述べるべき。

 ですが卑怯な私は、


『夜分にすいません。お絵かき教室と勉強会はしばらく中止にさせて下さい。絵画コンクールに向けて絵を仕上げなければなりませんので。本当に急な連絡で申し訳ありません』


 とメールで断りを申し入れました。



 絵画コンクールが控えているというのは決して嘘ではありません。

 ですが、森須くんは私の作品にとって明らかにいい影響を与えてくれています。


 彼と過ごす時間は幸せで温かみがあって、色に例えれば夕焼け色。

 日が沈みかけた頃の寒色から暖色へと続く美しいグラデーション。


 出会った頃はネイビー一色のイメージだったのに、話して打ち解けることで見えてきた森須くんの優しい一面。


 私にはむしろその暖かな朱色こそが彼の本質だと思えてなりません。



 “きらきら”とは対照にある色をあえて配する事で強調される“きらきら”。



 私はそんな彼の魅力に惹かれていたのでしょう。


 

 そして受け取った彼の返事。



『そっか。しばらく絵を教えてもらえなくなるのは大変だけど、また余裕が出来たらお願いするよ。絵画コンクール頑張ってね』 




 私にはただ、『ごめんなさい』と謝る事しかできませんでした。

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