He was close to me.
高校最後の夏休み。
ほとんどのクラスメイトは塾で勉強漬けの毎日。
インターハイに出場する方々はさらに大忙し。
隆也くんはその模範のようなもの。
私の場合、入試は実技試験がメインで今の時期はセンター試験対策をやっていればいいのでいくらか気は楽です。
とは言え、うかうかしてはいられません。
市営の図書館で勉強したり、疲れたら好きな画家の作品を眺めたり、着想を得たら実際に描いてみたり。
気晴らしが受験対策にもなるなんて……というのは私の
「向島さん、邪魔したら悪いけどわからない問題があったら教えるよ?」
ふと右を向くと隣の席からそっと覗き込む彼の顔。
ついお絵描きに夢中になってしまっていましたが、確かに他人からみたら現実逃避して遊んでいるように見えていたかもしれません。
「教えてもらってばかりで本当に申し訳ないです……森須くん」
「大丈夫、英語は一応得意科目だから。それに……」
館内で小声でしゃべっていたのをさらに抑えて、
「……僕、暇なんだよ」
と言ってそっと笑いました。
森須くんの将来の夢はゲームデザイナー。より詳しく言うとプログラミングの方の。
高校を卒業したら専門学校に進む事を決めていて、そこは科目試験がなくセンター試験も加味されないので、学校を卒業できれば大丈夫らしいのです。
「でも……本当にいいのですか?」
「何が?」
「森須くん、学校の成績いいのになんかもったいないなって……あっ、別に森須くんの夢を侮辱するつもりはなくて……」
森須くんは実は学年一位を取った事もあるほどの頭脳の持ち主。
その気になれば難関大学だって夢では無いのです。
「大丈夫。侮辱されたなんて思ってないよ。それに学校の成績はAO入試とか奨学金とかにも反映されるから無駄じゃないし、それに――」
何度か会って話す内に話慣れてきた森須くん。
だけど、最後は少しだけ言葉を詰まらせて。
「――向島さんの役に立つなら、やっぱり無駄じゃ無かったんだって思える……から」
隠し切れずに彼の頬を染めるピンクがとても可愛らしく思えます。
友達になってからまだ一か月も経たないのに、ずいぶんと仲が良くなった気がします。
彼といると落ち着くというか安心できるといいますか……。
とにかく異性に苦手意識を持っていた私にとっては革命的な事。
公園で彼を見かけた時に頑張って話してみて良かったと改めて思いました。
ただ、そんな彼にも隆也くんとの事は秘密にしています。
敢えて確認する必要もありませんが、私と森須くんはただのお友達。
恋愛関係に発展する事なんてありえない。
森須くんの異性としての魅力がどうとかではなくて、私がいわゆるモテモテになる事なんて考えられないのです。
ただ、一つ気になる事があります。
それは隆也くんに言われた言葉。
“春美さんって結構男子から人気あるんだよ? お姫様みたいで可愛いいって”
……うう、今思い返しても顔がほてってしまう言葉です。
隆也くんはきっと私を喜ばせようとしてそう言ってくれたのでしょうが、万が一という事がありえます。
なのできちんと自分なりの一線を引くようにしています。
例えば、二人きりで食事や映画、買い物など、いわゆるデートのような事はしない。
図書館での勉強は特例です。デートいう雰囲気ではありませんし、隆也くんにも一言伝えてあります。
それに森須くんにとっても私と付き合ってるなんて噂が流れたら迷惑でしょうから。
といいつつちゃっかり勉強を教えてもらってばかりなのはさすがに申し訳なくて、
「私が森須くんに何かしてあげられる事はありませんか?」
森須くんはこの私の問いかけに反射的に断ろうとしたのでしょう、首を振りかけてしかし何かを思いついたように考え込み、
「なら、一つだけお願いがあるんだけど――
――僕に絵の描き方を教えてくれないかな?」
予想外の提案に私は驚きました。
「絵……ですか?」
森須くんが絵を学んでも受験には役立ちそうにありません。
とはいっても、私には絵を描くことくらいしか取り柄が無いのでそれでよければありがたいです。
ただ、もしかしたら森須くんは私を気づかって敢えて興味のない絵を持ち出してくれたのかもしれない。そんな疑念があって快くは返事ができずにいると、
「僕がゲームクリエイターを目指してるって前に言ったんだけど……覚えてる……かな?」
「はい。確か、プログラマーですよね?」
「うん。覚えててくれありがとう。それでゲームクリエイターってプログラマー意外にもグラフィックデザイナーとかいろいろ役割があって、実はそっちの方にも興味があるんだけど、なにせ絵心がなくてさ……」
ふと、美術の時間に森須くんが描いていた作品が私の脳裏に思い起こされました。
その時のテーマは“家族”だったはずなのに、彼のキャンバスに描かれていたのは
「雪だるまオバケ……」
「え? 何か言った?」
「い、いえ! なんでもありません!」
あの時の心の呟きをつい声に出してしまいました。
「そういうことでしたら、もちろん協力させていただきます!」
「ありがとう、向島さん。向島さんが時々横で絵を描いてる時に、僕もこんな風に自由に絵を描けたらいいなってずっと思ってたんだ」
――私なんてまだまだ未熟。だけど、森須くんの“自由に絵が描きたい”という気持ちはよくわかります。
いつもアルファベットや数字、記号が並んでる難しそうな専門書を一生懸命に読み
「森須くんはどんな絵を描きたいんですか?」
私は嬉しくなって声を弾ませます。
「そうだなぁ……、僕はファンタジックな世界感が好きだから、なんていうかこう……明るくて……きらきらしてる感じの……」
「……ッ⁉ きらきら⁉」
私は驚きのあまり、甲高い奇声を館内に轟かせてしまいました。
慌てて口を押えても、もう何もかもが遅くて、そのまま両手を上にスライドさせて机に突っ伏しました。
――ああ、私はなんて恥ずかしい事を!
――でも、森須くんの理想と私の理想が近いのが嬉しくて。
――ああ、だけどあんなに大声で、周りの迷惑も考えずに……ああ……ああ……ああ……
恥ずかしさのあまり謎の震えに襲われて、身もだえて。
それを止めてくれたのは森須くんでした。
肩にそっと暖かい手をのせてくれて、
「大丈夫、もうみんなの注意は逸れたみたいだよ。……あ、でも人目がきになるようなら視聴用の個室を借りようか?」
私は失礼を承知で顔を伏せたまま無言で頷きました。
周囲の注目が逸れたという森須くんの言葉を疑っているわけではありません。
ただ、真っ赤っかになっているであろうみっともない私の顔を彼に見せる訳にはいかなかったからです。
心臓もバクバクと高鳴っているし、今声を出したら裏返りそうな気がして、
「……ありがとう。森須くん……」
そう小さく呟くのが精いっぱいでした。
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