Hello again, Dr. 1
俺が結婚したのは26の時。
あの頃の俺は仕事に夢中で結婚の事なんてこれっぽっちも考えていなかった。
学生の頃から彼女など出来た試しがないし、ずっと一人で良いと思っていた。
そんな俺に運命の出会いが訪れた。
あれはとある都内の病院でAI画像診断システムの導入の広報活動をしていた時だ。
医局に集まった十人足らずの医師達。
この時の俺は人前でのプレゼンにある程度自信を持っていたが、医師達の熱心な視線に少し物怖じしたのを覚えている。
しかし、内容は何度もデモンストレーションしたもので滞りなく、質問も想定の範囲内だった。
ある質問を除いては――
それはほとんどの医師達が退室し、俺が後片付けにとりかかろうとした時。
「あなた勉君よね?」
振り返ってみるとショートヘアの女医がきりりと涼しそうな目でこちらを見ていた。
俺が見たところ同年代ぐらい。
白衣を纏っている事もあってインテリ美女と呼ぶにふさわしい整った容姿。
プレゼン前に俺が渡した名刺にもスライドの冒頭にも俺のフルネームが書いてあるので、別に俺の名前を口にした事自体に不思議はない。
だが、この聞き方はつまり――
俺は視線をさっと動かして彼女の胸元にある写真付きのネームプレートを確認する。
……
聞き覚えがあるような無いような。
そうやってしどろもどろしている内に彼女の目つきが鋭くなってきた気がしてとりあえず、
「あの……どこかでお会いしましたか?」
「まさか、私を覚えてないって言うの? 勉君のくせに」
……くせに?
こんな強烈なキャラの知り合いはやはり身に覚えがない。
「すいません。名前は聞き覚えがあるんですが……」
「はあ……まあ、いいわ。私よ中学の頃に一緒の学年だった」
……中学の同級生?
自信があるわけでは無いがクラスメイトにそんな名前のやつはいなかった気がする。
「すいません。やっぱり人違いじゃないでしょうか?」
「いいえ、間違いないわ。まあ、同学年でも一緒のクラスになった事は無いからあなたは覚えていないかもしれないけどね」
「……そ……そうなんですか? でも、凄い記憶力ですね。俺なんか同じクラスだったやつの名前さえ全員言える自信はないですよ」
顔もあいまいなやつがたくさんいるし。
「ここまでヒントを出しておいてまだピンと来ないの?」
「え? だって別のクラスならそんなに接触する機会はなかったんじゃ……」
「はあ……信じられないわ。主席の私の事を覚えていないなんて」
……主席? 式波真理――
――あ、思い出した。
「やっと思い出しました! 確か父親の医院を継ぐために将来医師を目指してるっていう……。本当に医師になれたんですね。おめでとうございます!」
「同級生だった事を思い出しておいて、その
「あ、すいません」
……でも、仕方ないよな。
あの時は雲の上の人間だと思ってたし、今は取引相手。しかも医者だ。
「でも、私は覚えていたのに勉君は忘れていたなんてホントに気分が悪いわね……」
「すいません」
「ほら! しゃべり方!」
「は……はい。すいませ……じゃなくて……悪い」
「お詫びに今度私に
「は?」
「は? じゃないの。ほら、これ私の連絡先」
半ば強引に渡された名刺にはTELナンバーとPCアドレス。
「いや、しかしだな……」
「私まだ勤務中だから、じゃあね。あ、今日の夜なら空いてるから」
俺の答えを聞くこともなく、彼女は扉の向こうに消えていった。
「これって今日の夜食事に誘えって事だよな……」
俺以外誰もいなくなった部屋で自分に確認するようにつぶやく。
……まさか製品の話――じゃないよな? 思いで話でもするつもりなのか?
「はあ……」
――女性との食事か。しかも俺が一番苦手なタイプの……。
これって会社から接待費……出ないよな。
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