Forgotten Valentine's day. 1
2月14日と言えば言わずと知れたバレンタンデー。
会社の休憩室には例年通り、籠いっぱいの一口サイズのチョコがぎっしり。
“溶けるか前に食べてね♡”というメッセージカードが妙に腹立たしい――と言いたいところだが今日は例年とは少し心積もりが異なる。
春美さんからプレゼントを貰えるからだ。
と、雑多に置かれた山積みチョコを見てふと思ったが、別に手作りなんか期待していない。
春美さんは大事な日を明後日に控え最後の仕上げに入っているだろうし、なんなら春美さんからもらえるならこの安っぽい包装紙にくるまれた一口チョコだってかまわない。
“春美さんからもらえる”という事に意義があるからだ。
という事で目の前の黒いチョコには手を付けず、お気に入りの革椅子に腰かけて一休み。
これとは別にガチ勢がデスク周りで攻防の火花を飛ばしているのであっちはあっちで居辛いのだ。
……やっと一人になれた。
「「ふう……」」
「え⁉」
誰かと声が被った事に驚いて顔を挙げると、するり風のように侵入してきていたやつと目が合った。
「や、勉。お前もここにいたのか」
「お前も煩わしくなって逃げてきたのか、優」
「まーな。隙あらばプレゼント渡してこようとするからホントに大変だよな」
……こいつ。俺とは別件じゃねえか。しかもチョコに限定されてないところが妙にリアルで腹立つ。
開発部のサラリーは他の部署の二倍以上。噂では
加えて優は一応見た目はさわやかイケメン。
しかも独り身。
客観的に考えてモテないわけが無いのは分かっているが解せない。
こいつが紳士と程遠い存在であることを俺は知っているから。
「ふん、嫌味を言いに来たのか? それにお返しなんて金銭的には余裕だろ?」
優は両掌を天に向け、“勉はわかってないなぁ”とでも言いたげに首を横に振った。
「一人一人の本気度が半端ないから三倍返しにしたらそれなりの出費になるんだよ。いや、そもそもなぁ――」
無駄にためを作ってからの、
「――誰からどれくらいのものをもらったかを覚えるのがちょーめんどくさい!」
「お前やっぱり自慢しに来ただけだろ」
「いや、マジで面倒なんだって! 普段全く接点のない人からプレゼント貰っても、“え?誰?”ってなるだけだし。続け様に渡されようものならもう誰に何貰ったのかわからなくなって結局一律の値段のもの買って適当に返すことに――」
「じゃあ、お前結局煩わしさ回避してんじゃねえか! しかも最低の方法で!」
「あ、確かに」
……こいつ。
いや、今さら驚かない優はもともとこういうやつだ。
そう自分に言い聞かせて振り上げかけた拳を静かに下す。
「でも、勉だってたくさんチョコもらってんだから良いだろ?」
「何の事だ?」
「ほら、それっ」
優が涼しい顔で指さしたのは例の籠チョコ。
……よし、殴ろう。
「ちょ、ストップ、ストップ! 冗談だから! 軽い冗談だから!」
「お前の冗談はその絶妙な軽さが腹立つんだがな!」
「まあまあ、実はお前に聞きたいことがあってきたんだよ」
「嘘くさい」
「マジなんだって。Faciliの事で……」
「それで?」
嘘を見破ってやろうと間髪入れずに説明を要求。
しかし、優の口から飛び出したのは作り話にしては奇妙なものだった。
「最近、ファシリの様子がおかしいと感じた事は無いか?」
「ファシリの様子がおかしい? お前何言って……」
「いや、無いなら良いんだが……」
そういえば最近はファシリと腰を据えて話した記憶が無い。
「具体的にはどんな問題が報告されてるんだ?」
「一番多いのはレスポンスの遅延。次にエモーションの動作不良だ。複数個所で同時に発生していることから本体のサーバーに不具合があると考えるのが自然なんだが、今のところ原因がわかってないんだ」
「そうか。それだけ聞くと確かにサーバーの処理速度に問題があるように感じるが違うとなると奇妙だな」
「ああ。検出されにくいウイルスの可能性も考えて今対応にあたっている」
「なら、Faciliはいったんサービスを中止するのか?」
「いや、今の所個人情報流出などの被害は発生してないし、報告の絶対数も少ないから様子見だな」
「……そうか」
……春美さんとの唯一の“コミュニケーションツール”が奪われなくて良かった。
「まあ、とにかく何か不具合を感じたら報告してくれ」
「ああ、わかった」
俺は忙しそうに部屋を出ていく優を見送った。
場を取り繕う嘘にしては笑えない。Faciliの件が本当であるのは間違いないだろう。
“彼女”に何が起きていたのか――
”彼女”が何を求めていたのか――
この時の俺には想像する事すらできなかった。
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