Unrivaled rival. 1
結局昨日の夜は春美さんがログインする事はなかった。
恐らく心身ともに疲れて眠ってしまったのだろう。
昨日はかなり歩いたし、弾丸旅行特有のバーニングアウトに加え男性恐怖症の春美さんにとってはかなり精神的に堪えたはずだ。
かく言う自分もふくらはぎや足裏に地味にきている。
まあ、今日はデスクワークだけなので仕事には一切支障がないのだが――
ふと手を止めて窓の外を眺める。
今日の昼頃から天気はぐずついていて、どうやら雨も降ってきたようで。
まあ、だからどうという事もないのだが予報によるとこの冴えない天気がむこう一週間ほど続く見込みとのこと。
今思えば、春美さんが急に弾丸旅行をぶっこんできたのも頷けてくる。
……春美さんは普段通り学校に通えているのだろうか。というか、学校や通学時はあの症状をどうやってやり過ごしているのだろうか。
男性恐怖症の事を知ってしまってから春美さんの事が気になってしょうがない。
Faciliにはリアルタイムのチャット以外にSNS的なメッセージ機能もついていて、無事家に帰れたかの確認メールを昨日の内に送っておいたのだが、まだ春美さんから返答が無い。
もし、返事が帰ってくればタスクバーから吹き出し様にメッセージが表示される。
そういうわけで朝からずっと画面右下をちらちらと見やってしまって仕事に集中できない。
だからこうやって外の景色を見て気分を変えようと思ったのに。
しかし、集中できないと言っても焦燥感のようなイライラした不快なものではなく、悶々としたもどかしい感じで、つい意味もなく薬指をいじってしまう。
それにしても今日の社内の様子を見る限り昨日俺が女子大生と二人っきりだったところは誰にも見られていないらしい。
そういうスキャンダラスな話題が瞬く間に広がるのは世の常。
仮に優なんかに見られていたら、もうジ・エンドだ。
しかし、昨日は休日だったし、人も多かったからまあ目撃されている可能性の方がはるかに低――
「よお、勉。窓の外なんか眺めて何黄昏れてんだ?」
「ゆ……ゆゆゆ、優⁉」
「どうした? そんなに驚いて」
「い、いや、急に声をかけるからだろ⁉」
「はあ? いつもの事だろ?」
「いや、まあ……確かにそうだが……」
……めちゃくちゃビビった。てか、なんつうタイミングで現れるんだよコイツは。
「それで何の用だよ」
平静を装っているが、手汗がじっとりと滲んでいる。
……まさか、昨日の事じゃないよな? 違うよな?
「おいおいおい、この期に及んでとぼける気かよ」
……え⁉ ……嘘……だろ……
頭の中が急に真っ白に――
「面接の話だよ。面接の」
「へ? あ、面接?」
「そうそう、ちゃんと有言実行で希望通りにしてやったんだからお礼の一つぐらい言ってもばちは当たらなんじゃないかな?」
「その件はどうも……ありがとうございました!」
俺は席から立ちあがってキレッキレのお辞儀を披露してやった。
「勉のわりにやけに素直だな。あとその気味の悪い笑顔なんだよ……」
……よかった。俺の人生まだ終わってなかった!
「気味が悪いって言うなよ。マジで嬉しかったし助かったし感謝してるんだよ」
「まあ、それなら……いいんだが」
「それで、俺からのお礼を聞くためだけに昼休みを削ったのか?」
「まあな。あと、進捗状況を知りたくてな。ここではまずいだろうから、あっちの休憩室で話そうぜ」
……確かにプレゼン内容を他人に聞かれるのはいろんな意味でまずい。
誰かにアイデアを盗まれるリスクと、仮に俺のアイデアが採用された際に機密性が担保できなくなってしまうきらいがあるからだ。
まあ、ここは開発部ではなく広報部なので前者のリスクはかなり低いと思われるが用心に越したことはない。
ということで優について休憩室へ。
長机を挟んで対面するように席に着く。
休憩室は簡素なつくりのわりに防音はしっかりしていて上司に対する愚痴をこぼしても漏れることはない。
だから、あえてボリュームを落とす必要は無いのだが、事が事だけに声が自然と小さくってしまう。
「それで準備はバッチリなのか?」
「ああ、まだ時々見返してはいるが不備は無いと思う」
「そうか。それは良かった。ただ……」
「何か気になる事があるのか?」
「ああ、石破チーフはかなり手厳しい。恐らく勉の想像を遥かに超える勢いでな。例えば理論の穴を敢えてあけておいて質問させるというような小細工は通用しない。チーフが求めるのは常に一縷の隙の無い完璧さだからな」
……俺の想像を遥かに超える……か。
「そう言われると自信が無くなるな……」
……っとそうだ。何のためにここに場所を移し替えたのか忘れていた。
「優、悪いんだがプレゼンの資料に目を通してくれないか?」
俺は持ち込んできたノートPCを展開する。
――が、優はせっかく開いたPCをパタリと閉じた。
「何するんだ⁉」
「何するんだ、じゃねえ。はっきり言うが勉はまだまだ意識が足りてない」
「意識?」
「ああ。今俺はこうやって協力こそしているが本来はライバルでもあるんだ。その俺に自分の手の内を明かすような真似は気軽にすべきじゃない」
「ライバル……」
優が俺の事をまだライバルと認識してくれていたことが意外すぎて言葉に詰まる。
俺にとってはそれは既に遠い過去の話。
「確かに開発部のやつらはみんな野心家ばかりで手ごわいけどな……俺にとっては、勉……お前の才能の方が怖いと思ってる」
「俺の才能?」
「ああ、勉にはちゃんと才能がある。副チーフで旧友の俺が言うんだから間違いないだろ? あと必要なのはチャンスだ。だからこそこの一発勝負を何としても勝ち取ってほしいんだ」
「優……」
「なんて、つい熱くなっちまったな。なんか、今の勉と話してると大学時代に帰ったような気がしてな」
さっきまで瞳の最奥を覗き込むかの如く直視していた優は、急にプイッと顔を背けて頬を指でこすっている。
「少し臭いセリフを吐いた後に自分で下手なフォローを入れる癖変わってないんだな」
「あ、お前調子に乗ってるだろ⁉」
「いつも調子に乗ってるお前に言われたくねえよ」
しかし、優の言うとおりだ。
まるで大学時代に帰ったように無邪気に笑っていられる。
しかし、俺はてっきりプレゼンの内容を詰めるためにこの休憩所に呼びこんだのかと思っていたが、恥ずかしい激励をするためだったとは。優も意外に可愛いところがあるもんだ。
「ありがとな、優。わざわざ俺に気合を入れるために時間をとってくれて。でも、もうお前は十分すぎるほどやってくれた。だから、自分の仕事に集中してくれ」
そう、優は決して暇ではないはず。
日進月歩の世界で常に自分を追い込みながら切磋琢磨しているはずなんだ。
自分から出ていこうとしない優に少しだけ気をつかうように俺は先に部屋を出――
――れないッ⁉
机の向こう側から身を乗り出し、伸ばされた手に腕をガッチリつかまれ動けない。
「優、何のつもりだ⁉」
「いやいやいや、何を一人帰ろうとしているのかな? 勉くん? 楽しいおしゃべりはこれからじゃないか」
「お前何言って……」
「ふう、この期に及んでとぼけるなって言ったよなー、俺」
「え?」
……いやいやいや、まさかまさかまさか……そんなことありえな――
「昨日東京駅で一緒にいた黒髪の女の子、誰?」
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