One-sided begining. 1


 というわけで弾丸旅行当日。



 東京駅からリニア、電車、バスと乗り継いで無事伊勢神宮に到着。


 どんな格好で参拝するか迷ったが、ファシリの助言も踏まえて無難なものをチョイスした。


 下は紺のストレッチパンツ。上は白のデニムシャツに黒のオーバーコートという至ってシンプルなコーディネート。

 下手に若作りするつもりは無く、装飾品は一切身につけていない。



 待ち合せ場所は外宮げくう表参道火除ひよけ橋。



 その名の通り防火のために堀川にかけられた橋で、この橋の向こう側は神域とされている。


 ここから見えるのは鳥居とそれに頭を下げるように生い茂る木々のみで、雰囲気があっていい。

 

 そうやってスピリチュアルな気分に浸っているからというわけでは無いが、正直まだ狐に化かされたような気がしてならない。



 春美さんが本当に来るのか半信半疑でスマートフォンで日にちと時間を何度も確認する。



 現時刻は14時30分。到着したのは14時。


 約束の時間は15時なので予定よりかなり早く着いてしまった。



 本当にリニアは便利なもので東京からここまで2時間もかからなかった。



 駅の近くで時間を潰すという選択肢もあったが、春美さんならもしかしたらと思って寄り道せずに来て今に至る。



 30分程度待ちぼうけしていたら今度は逆に来ないのではないかと不安になってきたのだ。

 

 しかし、連絡先を知らないのでここを離れたらすれ違いになるかもしれない。

 だから、今さら動けない。



 そんな感じでそわそわしていると、遠くから俺を呼ぶ声が。



「勉さーん」



 右手を振りながらかけてくるは春美さん。


 でも一生懸命走ってる割に遅いし、息もすごい上がってる。



 俺の方から迎えに行こうとかけ出した時、急に春美さんがふらついて――



 地面に倒れこむ前に何とか体を支え、抱き留める。



「大丈夫ですか?」


「はあ……はあ……すいま……せん」


 呼吸は乱れ、白い息が冷たい空気に溶けていく。


 ……ひょっとして春美さんってめちゃくちゃ病弱体質なのだろうか?


 触れる彼女の腕はほっそりしていて、冷たくて――て、



 ……なんでこんな季節に肩だしワンピ⁉



 クリスマスの件といい、もしかして、春美さんって露出癖が……。

 


「春美さん、その恰好寒くないですか?」


「はい。寒いです」


 ……ですよね。なんか小刻みに震えてるし。



「あの、良かったらこれ使いますか?」


 俺は自分のコートをさっと脱いで差し出す。


「そんな……それじゃ、勉さんが……」


 デニムシャツの下にカイロを大量にはっつけてるなんておっさん臭くてとても言えないので、そこは伏せて。


「俺は大丈夫ですから、さあ」



 半ば無理やりに肩にかけてあげると、春美さんはコートの襟をぎゅっと引き寄せた。



「ありがとうございます。とても……あったかいです」


「それはよかったです。立てますか?」



 俺が手を差し伸べると春美さんはそっと添えるように手を重ね、指と指が触れた瞬間――


 突然、弾かれたように身を引いた。



「ご、ごめんなさい……」



 ……ひょっとして恥ずかしがってるのか? 俺なんかに?



 ただ、顔色は紅潮というよりもむしろ青ざめている。


「顔色が悪いですが体調は大丈夫ですか?」


 顔色だけではなくて、上体がふらついてるし今にも倒れそうだ。


「あ……それは大丈夫です。私、人込みがちょっと苦手で、電車とかバスとかホントにきつくて……」


「ああ、そうなんですね」


 俺も人込みは苦手だが、体調を崩すほどでは無いので予想外で驚いた。



 俺は周囲をさりげなく確認。


 

 三が日までであればもう足の踏み場もないほどの人でごった返す。

 そういう意味ではこの微妙な日の微妙な時間帯をチョイスしたのは良かったと思う。


 ピーク時と比べれば人口密度としてはそれほどでもなさそう。

 だが、春美さん的にはどうだろうか。



「少し休みますか?」


「いえ、もうだいぶ落ち着いたので大丈夫です」

 

 その言葉を証明するように、春美さんはすっと背筋を伸ばして顔を上げた。



 青ざめていた頬の色は血色を取り戻していて、表情も明るい。


 長くしなやかな髪を後ろでまとめるかんざしも、すっと垂らしたお淑やかな横がみも清楚で美しい。


 一見季節外れで髪型とはミスマッチの赤い花柄のワンピースも、春美さんが着ると儚げで俺のコートがそろう事で奇跡的にバランスが取れている。


 まるで、初めからそうコーディネートされていたみたいに。




 まあ、とりあえずそれは置いておいて、春美さんも復活したところで手水舎で身を清めてから橋を渡り、神域へと歩みを進める。




「春美さんは伊勢神宮にお参りするのは初めてですか?」


「……い」


 ……はいって言ったのか?



「えーと、それじゃあ参拝の仕方を簡単に説明すると、まず外宮げくうから参拝して、内宮ないくう、その他の順で回るのが正規のルートになってますのでその順番で回ろうと思います」



「……い。そう…のですね」



 ……声が遠い。


 というよりも距離が遠い。



 横並びに歩いてはいるけど橋のはしとはし。

 

 

 ……これってひょっとして避けられてるんじゃないのか?



 さっき勢いとは言え彼女の体に触れてしまったせいで警戒されているのではないだろうか。

 そう考えると手を取ろうとした時に拒否された理由も合点がいく。


 横目でちらっと見ると、たまたま目が合ってさらに気まずくなる。



 ルート通りに巡りながら、昨日ネットで得たばかりの知識を披露しながら進む。


 春美さんは相槌を打ってくれてはいるが距離は一向に縮まらず。


 というか、他人から見たら俺と春美さんが知り合いだと認識されていなくて、俺が独り言を言っているように映っているのではと不安にさえ思う。

 

 かと言って、終始無言で粛々しゅくしゅくと回るのは考えただけでも恐ろしいので、とにかくネタが尽きぬ限り舌を動かし続ける。

 

 マナー的には静かに回るのがベストなのはわかっているのだが、恐怖観念がそれを遥かに上回っているのだ。



 とかなんとかしている間に外宮の正宮しょうぐう――一般いっぱんの神社でいう賽銭さいせんを入れて拝むところに到着する。

 ただし、ここ伊勢神宮の外宮・内宮の正宮しょうぐうには例外的にお賽銭箱は無い。



 それに関連してここで大事な大事な注意事項を伝える。



「ここで拝むときの注意なんですが、個人的なお願いをしてはいけません」


「え? ダメなんですか?」


「はい。私幣禁断しへいきんだんと言って、ここで捧げるのは神様への日頃の感謝だけで個人的なお願いはタブーとなってます」


「どうしましょう、勉さん……」


「えっ?」



この世の終わりみたいな顔をしてるけどまさか―



「私、祈っちゃいました……」




 ……やっぱりか。


「だ、大丈夫ですよ。俺が教えるのが遅かったのが悪いですし……」


「いえ、私がしっかり予習していなかったのが悪いんです。だから、きっと罰があたってしまいます。ああ……どうしたら……」


「大丈夫ですって、神様はそんなに懐せまくないと思いますから」


「本当……ですか?」


 距離があったはずなのに、いつの間にか覗き込むような春美さんの顔がすぐ近くにあった。


 本当に不安で不安で仕方が無かったのだろう。



 だから、俺は彼女の緊張を解きほぐすように柔らかく、


「本当です。俺が保証しますから」


 と言い切った。



「よかったぁ……」



 安心しきったのか、今度はへなへなに脱力して崩れ落ちそうになる春美さんの肩を反射的に支えた。


 ……しまった。また不用意に触れてしまった。


 俺は身構えたが、今度は弾かれる事は無く。

 むしろ彼女のか細い指は俺のシャツの袖を小さくつまんでいて――。

 

 何とも言えない優しい気持ちが込み上げてくる。



 ……いや、これはそういう気持ちじゃない。きっと父性本能的な何かで――。



「あの……勉さん。私重大な事に気づいてしまったんですが……」



 彼女は俺の目を覗き込みながらそう告げる。


 ……何だ? 何に気づいた? まさか俺の心が見透かされて――



「せっかく勉さんの成功を祈願しに来たのに、これでは願い事ができません!」


 ……え? あっ、なんだそっちか。



「大丈夫ですよ、春美さん。正宮では禁じられていますが別宮べっくうでは個人の願い事ができますから」


「あ、そうなんですね。それなら良かったです」


 ……安心してくれたようで良かった――って、待て。さっき春美さん、俺の成功を祈願しに来たって言ってなかったか?



 問い質すタイミングを完全に失ってしまったのと、単純に恥ずかしいためとりあえずスルー。


 この後外宮内の別宮(正宮以外の社)を参拝したかったのだが、あまり時間も無いので今度は外宮とは少し離れた内宮へと移動する事にした。

 


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