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「明けましておめでとうございます、勉さん。今年もよろしくお願いしますね」
「はい。明けましておめでとうございます、春美さん。こちらこそよろしくお願いします」
そう。何気にこれが年明け初めてのチャットだった。
除夜の鐘の効果もあってか、例のイメージはなりを潜め、平常心で会話ができている。
……さて、せっかくのこのめでたい雰囲気。朗報を告げるには最適だ。
「今日は春美さんにお伝えしたいことがあって、連絡させてもらったんです」
「何……でしょうか」
少し目線を彷徨わせて戸惑う春美さん。
びっくりさせたくて、表情や声に気持ちが出ないように振舞っていたのが裏目に出た。
「あの、朗報なのでリラックスして聞いてもらえれば大丈夫です」
「朗報……そうなんですね。すいません変に身構えてしまって」
「いえいえ、お気になさらずに」
ファシリと違って春美さんに心理戦を挑む必要は無かったわけだし、これは明らかに俺が悪い。
……気を取り直して。
「面接の件、日にちが1月22日に無事決まりました」
それを告げた瞬間、春美さんの整った眉がふっと持ち上がって、
「おめでとうございます! 何かお祝いしないといけませんね!」
「いえいえ、本番はこれからですから。お祝いは異動が決まった時にとっておきませんか?」
「勉さんがそうおっしゃるのであれば」
春美さんは相変わらず気が早い。というか、単に嬉しくてはしゃいでいるだけなのか?
もしそうだったら、嬉しすぎる。
春美さんの明るい笑顔に見とれていると、急に目線を下げて心なしか頬が赤らみ始めた。
「春美さん? どうかされました?」
「あ、その……勉さんにお聞きしたいことがありまして。勉さんは初詣に行かれましたか?」
「あ、はい」
……神社には行ってないが確かお寺でも初詣って言うよな。
「そう……ですか……」
……あれ、春美さんが沈んでるように見えるのは俺の気のせいか。
『もう何やってるんですか勉さん! そこは“まだです”って答えるところでしょう⁉』
なんかファシリにめっちゃ怒られた。
……てか、え? それが正解だったのか?
いや、まあ確かにあれは初詣っていうより年納めって感じだったし。やっぱり年明けは神社に行かないと初詣って感じがしないのも事実。
「あの、お寺には行ったんですがそういえばまだ神社にはお参りしてませんでした」
俺がそう告げると今度は”パァァァァ”という効果音が聞こえてきそうなほどに露骨に明るさを取り戻す春美さん。
「そうでしたか。まだ神社には初詣されていないんですね」
「はい。あの、それで、それが何か?」
「実は私もまだ初詣してなくて……、あの、さしでがましいお願いかもしれないんですが、私と……その……い…しょに……はつ……でに……いって……さると」
「え? なんですか?」
『何ですかじゃないですよ! 勉さんはKYですか⁉』
……いや、だって本当に聞き取れなかったんだから仕方ないだろう⁉
「あの、春美さん、マイクがちゃんと音声拾えてなかったみたいなのでもう一度言ってもらってもいいですか? できれば正面を向いて話してもらえると……」
『はあ……、勉さんがそこまでデリカシーが無い人だとは。私正直なところ失望しました』
……ええー。なぜか失望されたー。
「勉さん、ごめんなさい。はっきり……聞こえなかったですよね。もう一回言うので聞いてもらってもいいですか?」
「は、はい、もちろんです!」
春美さんに気づかれないようにさり気なくタスクからPCの音声出力を上げる。
その間、春美さんは深呼吸を済ませたようで、
「私と初詣に……い……い……きません…か?」
“私と初詣に行きませんか?”
いやいやいや、まさか。
「あの、聞き間違いだったら申し訳ないんですが、“私と初詣に行きませんか?”、そう言いましたか?」
「……はい」
……聞き間違いじゃ無かった⁉
「俺と初詣ですか⁉ え、春美さんと一緒に? それってまさか二人っきりってことは……」
「二人きりじゃ……ダメ……ですか?」
上目づかいで、小動物のように体を震わせて、
とてもじゃないが断れない。
「でも、それってつまりデー……」
『デートではありませんよ。何一人で舞い上がってるんですか? 見苦しいです』
……え? 違うのか? 最近の若い人たちってこういうの普通なのか?
「わかり……ました」
……実際は何一つわかってないのだが。
「はぁぁっ、それは良かったです!」
すごい。これまで見せてきたどの笑顔よりも眩しい。
……まあ、神社には必勝祈願に行こうと思っていたわけだし。ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「あの、それでどこの神社へ?」
「伊勢神宮です」
「あ、伊勢神宮良いですよね。俺も一度行ってみたいと思っ……て……」
……て、えええええっ!
伊勢神宮は三重県。ここは東京。
……そんなのもう旅行じゃねえか! え? デートじゃないってそういう意味?
いや、旅行も男女二人きりなら結局デートじゃ……。
「よかったです。ちょっと遠いから断られるんじゃないか心配で」
……ちょっと? いや、遠いよ! 俺はてっきり都内の私鉄で行ける感じの神社を予想してましたよ⁉
でも今さら断れなくて、
「は……ははは。それでお日にちはいつに?」
「明日……でもいいですか?」
……明日?
確かに三が日はとっくに過ぎてるからいつ行こうが同じだが、明日か……。
「すいません、急すぎますよね……」
「いえ、全然大丈夫です。会社も休みですから」
「ふふふ、ちょうど良かったです。それで待ち合わせ場所と時間なんですが……」
「あ、待ち合わせ場所は現地で良いですか?」
「え……それは、あの……」
戸惑う春美さん。その気持ちもわかる。
しかしこれは春美さんのためでもある。
普通は東京駅や品川駅で待ち合せで良いんだろうが、もし春美さんの知り合いに目撃でもされたら、彼女に風評被害が及ぶ危険がある。
例えば、
“春美この前さあ、おっさんとデートしてたっしょ? 援交? ねえ、援交でしょ? いくらもらったの?”
などと頭の悪そうなクラスメイトに虐められたら可哀そうだし、何より俺が困る。
社内で援助交際疑惑が蔓延ったらとてもじゃないが耐えられない。
援助交際は厳密に言えば18歳以下の中高生で俺と春美さんは当たらないのだが、それをやつらが信じてくれるかどうかわからないし、そもそも恋人と勘違いされること自体が非常にまずい。
だからここは意地でも譲れない。
俺はファシリの抗議も無視して、
「現地集合じゃないとどうしても困ることがあって……。時間は任せますので、お願いします!」
すると春美さんは渋々、
「わかりました」
と頷いたが、心なしか顔色が暗い。
別に春美さんを拒絶しているわけでは無いのだが、彼女にはそう映っているのかもしれない。
「あの、俺は別に春美さんが嫌いというわけじゃ無くて、その……」
言いにくい。変に意識していると思われたくない。
「勉さんを困らせてしまってごめんなさい。私は現地集合で全然大丈夫ですから! 時間は明日の15時でもいいですか? ちょっと午前は立て込んでまして……」
「俺は15時で大丈夫ですよ」
……本当にThe弾丸旅行だな。まあ、俺としてはデート……じゃなくて旅行プランを立てなくて済むから楽でいいんだが。
この衝動的に明日の予定を決める感じ。大学時代を思い出す。
やっぱり大人びて見えても春美さんは女子大生なんだと改めて思った。
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