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 1月5日は広報部の新年会だ。

 


 50人ほどがゆったりと収まる広さの和室を貸切って開かれる。


 内装は壇上にカラオケボックスが置いてある感じの古典的な作りで、向かい合わせに川の字で並べられた座布団と懐石風料理が載せられた机。


 例年よりグレードアップしているところを見ると、業績は振るっているらしい。


 

 おいしいものが食べられるのは良い事だが俺のテンションは普段にもまして低く、人目が無ければ深いため息をつきたいほどだった。



 忘年会もかったるかったが、新年会はさらに一段と面倒くさい。


 なぜなら、俺は裏切り者のような存在。


 広報部のオフィスで開発部へ異動したいと高らかに宣言してしまったからだ。




 忘年会は一年の苦労を労うのが主旨であるためあまり気にならなかったが、新年会はそうは行かない。


 “さあ、今年も広報部で頑張ろう! 一緒に盛り上げていこう!”


 そういった活気で満ちている空間にいる俺は紛れもなく不穏分子。完全にアウェイ。



 ……ああ、早く家に帰りたい。



 服部部長が乾杯の挨拶をしている様子を背筋を伸ばして眺めながら、心の内ではそんな堕落した思いを忍ばせていた。



「……という訳でうちの会社の営業利益は順調に伸びている。これは契約獲得数に比例し、また自社製品の認知度上昇にも比例していて、私たち広報部の努力が報われた結果だと解釈している」


 横目で回りを見ると、みんな実に誇らしげでいい顔をしている。


 俺だって別に広報部をさげすんでいるわけではないし、それなりにやりがいもあった。

 みんな真面目で良いメンバーばかりだし、この前のあの一件で俺に皮肉や恨みを吐くようなやつは一人もいなかった。


 だからきっと俺は職場環境には恵まれているのだろう。




 そんな事を考えている間に乾杯が終わる。


 


 席順はランダムなはずなのだが、正面に部長がいるのは何か作為的なものを感じてしまう。


「真鍋君、ちなみに契約数ナンバー1は君だよ。本当によく頑張ってくれた」


「ありがとうございます」


 ……部長、今それ言わなくていいです。



 服部部長は若干空気が読めないきらいがある。

 だからあの時も部長を騙せると思ったのだが、そういう時は勘が働くのだろうか。



「真鍋さん一位だったんですね、流石ですー。でも真鍋さん来年からいなくなっちゃうかもしれないんですよねー、心細くなりますねー」


 ……ほら、ゴシップ好きな女子社員が食いつき始めたじゃないか。


「そんな、皆も頑張ってますし俺は運が良かっただけといいますか……。それに、もし仮に俺がいなくなっても引継ぎはしっかりさせてもらいますから問題無いと思いますよ。というか俺はまだ異動が決まったわけじゃ無いですから……」


 ……そう、まだ決まってないんだよ。だから、その異動が決まった体で話す感じ止めてくれ。落ちた時めちゃくちゃ居心地悪くなるから。


「何言ってんだよ真鍋。今からそんな弱気でどうするよ。男ならガーンと行け、ガーンと! はっはっは!」


 隣の席の先輩社員が激励のつもりで背中をぼんぼん叩いてくる。


「はい、頑張ります」


 ……そういう応援もいらないです。


 せっかく入れたセルフフォローを秒で潰されてしまい、とりあえず愛想笑いで誤魔化す。


 

「思い起こせば真鍋が入社していろいろあったな……」


 ……いや、そういう回想もいらないから!



 なんか微妙に死亡フラグみたいになってるし。



 ……さてはこいつらわざとやってるんじゃないだろうな⁉



 全く、次から次へと俺一人じゃとても消火しきれない燃料を投下され、みるみる精神が疲弊していく。


 ……ああ、早く家に帰りたい。



「それでだな真鍋くん、例の面接の件なんだが……」


 ……“例の”ってそこぼやかす意味あります? 今の話の流れでバレバレですよ⁉


 しかも部長は一応意識して小声で言っているつもりかもしれないが、周りの人間が一斉に押し黙り、聞き耳を立てたのを俺は雰囲気で察した。



 ……なんだろう。もう面倒くさいという感覚さえ麻痺してきた。

 


「遂に日付が決まったんですか?」


「ああ、一月二十二日にね。そして面接の持ち時間は30分でそのうち20分がパワーポイントを用いたプレゼン、残り10分が質疑応答だそうだ」



 ……よし! 優のやつちゃんと話をつけてくれていたみたいだ。そして服部部長も。



「ありがとうございます。ほんと無理ばかり言ってすいませんでした」


「はっはっは。まあ、実を言うと初め申請書を提出した時は露骨に嫌な顔で睨まれてダメか~と思ったんだが、とにかくなんとかなって良かったよ。はっはっはっは」


「は……ははは」


 ……うん。笑えない。


 これはどうやら服部部長というよりも優の功績の方が大きそうだ。今度何か奢ってやるか。



「それでな、私の見立てではやはりこのプレゼンがキーになると思う。石破チーフはプレゼンの内容について真鍋くんから何か聞いていないかと私に問い質してきたし、かなりの重きを置いているのは間違いなさそうだ」

 


 これはいい風が吹き出した。


 グラスを握った右手に力が入る。



 これまで寝る間も惜しんで理論の完成を急いだ甲斐があったというもの。



「それで――、準備はばっちりなのかね?」



 普段の俺なら謙遜して言葉を濁す。

 だが応援ムードのせいか、少しお酒が入っているせいか、俺は、



「はい。もちろんです」



 と頷いてしまった。



 その一言でまた火がついて、瞬く間に燃え広がって収集がつかなくなってしまった。


 面倒臭いことこの上ない。



 そして是が非でも面接を成功させなければならなくなった。


 ここは割り切って純粋に厚意として受け取ってモチベーションとすべきなのだろうが、いかんせん俺はそんな素直な人間じゃない。



 だから、頭に浮かぶのはやはりあの言葉――



 

 ……ああ、早く家に帰りたい。




 そういえば年が明けてから春美さんと一度も話していない。



 ……今日は口実があるし、チャット誘ってもいいよな?







 新年会の一次会は無事終了し、俺は二次会突入前に何とか離脱した。


 

 あまり飲むつもりは無かったのだが、そうもいかなかった。


 極力ノンアルビールでカモフラしたが、目の前で注がれてしまったビールは胃に入れるしかなかった。


 すぐにでも二人に報告したいと逸る気持ちを抑えて、まずはスポーツドリンクをがぶ飲みし、シャワーでリフレッシュ。

 トイレで毒素を排出したらソファで仮眠。



 大学時代――主に優のせいだが、お酒を飲みすぎてロクな事が起こったためしがない。



 だから、ここはしっかりとクールダウンだ。



 



 三十分後――




 セットしたアラームで目が覚める。


 気分爽快、完全回復。


 よし! 顔の赤みも消えている。


 念のため、ミネラルウォーターをごくりと一口飲んでから、アプリを起動する。



 現在の時刻は10時過ぎ。春美さんが起きているといいが……。



「こんばんわ、新年会お疲れ様です。現在春美さんがログイン中です。他のフレンドの方とお話し中ですが、そろそろ終わりそうなので申請を送っておきましょうか?」



「ああ、急かす必要は無いが頼む。今日はちょっとしたニュースがあるからな。できれば春美さんも揃った状態で話したい」



「わかりました。何か良い事があったようですね。楽しみにしておきます」



 ……しまった、顔に出ていたか。気を配っていたつもりなのに。



 自社製品ながら感情認識システムの優秀さを思い知らされる。



「それはそうと勉さん。春美さんと繋がるまで少しお話しても良いですか?」


「ああ、別に構わないが」


「ちょっとしたアンケートだと思って答えていただきたいのですが、勉さんは今行きたい神社と聞かれたらどこと答えますか?」


 ……いきなり、なんだその質問は?


 恐らく質問自体は某有名動画配信サイトでもよくある感じのアンケート調査で、Faciliでも時々実施されているのはよく知っている。


 ……あ、もしかして、年越しに俺が神社参りをするって話したからそれを拾い上げたのだろうか。まあ、スキップしてもいいのだが、暇だし答えてやるか。



「そうだな……広島の厳島神社に一度行ってみたいとは思うな」


 潮の満ち引きや季節によって表情を変える朱色の社は一生に一度は見てみたい。



「なるほど……うーん」


「ん? 何か不満なのか?」


「いえ、別に。お気になさらず。他はどうでしょうか?」


「そうだな、島根県の出雲大社とか?」


 巨大な石造りの鳥居や大締め縄はとても迫力がありそうだ。



「出雲大社ですか……うーん」


「さっきから、なんなんだ⁉ なんか文句でもあるのか⁉」


「いえいえ、文句なんてありませんとも。それで最後にもう一つだけ挙げるとすればどうですか?」

 

 ……どうも釈然としないが、まあいい。



「あとは……伊勢神宮かな」


 祭神は最高神である天照大御神。ある意味最強の神社だ。



「なるほど……、まあこの辺で良しとしましょうか」



 ……なんか無性に腹が立つアンケートだな。



「まあまあ勉さん、そんな怖い顔は止めてください。春美さんがびっくりされますよ?」


「え? 何言ってんだ? まだライブチャットモードは……」



 ……はっ!



 PC画面をよく見ると、画面下のタスクバーに最小化された何かがある。



「お前まさか……」


 ファシリはニヤリとだけ笑った。



 ……やべえ。これ絶対にライブチャット起動して……。


 最小化されたそのタスクにカーソルを合わせようとする右手が恐怖に震える。



 ……俺どんな顔してたっけ?

 ……俺どんな話し方してたっけ?



 いつからだ? いったいいつから――



 ……春美さん幻滅してないか?

 ……言い訳で挽回ばんかいできるのか?



 駄目だ怖すぎてクリックできない。。  


 

「大変そうなので、私が開きますね。ほい」


「あっ! やめ……」



 これまで春美さんとぎこちなくも会話を楽しんで来た思い出が走馬灯のように駆け巡る。

 だがそれらのイメージは一瞬にして闇に飲まれて。



 全てが終わった――、そう思った。






 ――が、



「はい、まだロード中でした~」



「き、きさまぁー!」



 ……くそ。ファシリに実体があるなら小突きたい。激しく小突きたい。


 だが、今はそれ以上に安堵あんど感がすごい。



 ……良かっったー。マジで終わったかと思った。




 と、気分が落ち着いたところで、



「ファシリ、分かってると思うが次やったら……」


「あ……あはは、どうやらちょっとやりすぎてしまったようです……かね。あっ、次こそ本当につながりますよ?」



 ……全く。とりあえず今は気持ちを切り替えていこう。


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