Shrine or Temple. H side



 クリスマスの時の私は本当にどうかしていました。



 年越しを控えた今でもまだ気持ちの切り替えができそうにありません。


 あれ以来勉さんの顔をまともに見ることができなくなってしまって。



「……はあ。このままじゃダメってわかってるのに……」



「ハルミ? だいじょぶ?」


「あ、すみません。何でもないんです」



 いけません、つい声に出してしまっていたようです。


 せっかく彼女に日本の年越しを体験してもらおうというときに、私が沈んでいるようではいけません。しっかりしないと。



 ゴールドブロンドの長髪が美しい彼女は留学生のレベッカさん。

 顔もまるでお人形さんみたいに可愛くて。

 それと独特のなまりはありますが日本のアニメで覚えたという日本語はかなり流暢で驚かされます。


 ちょっと変わったところもありますが、陽気でとっても優しい方。


 それと恋の相談にも乗ってもらっていて、大胆すぎる所もありますが彼女の積極的な姿勢は見習わなければなりません。




 そして今日はと言いますと、私の発案で除夜の鐘を打ちに来たのです。


 私の発案と言っても実家の近くのお寺に参拝するという毎年恒例の行事に、レベッカさんを招待したというものです。


 煩悩を払うという概念を伝えるのに苦労しましたが、“内なるよこしまなるモノを払う儀式”と説明するとなぜか急に飛びつかれました。

 本当に理解されたのか心配ですが楽しみにしてくれているのは良い事です。


 ちなみに着物は私のお古を着てもらっていますが、大変良くお似合いで仕立て直した甲斐がありました。


 今日は一段と冷えるせいか、レベッカさんの口数も少ないみたいです。


 あ、ひょっとしたらお墓とか幽霊とかが怖くて緊張されているのかもしれませんが。

 


 などと思索に耽っている内に列が進み始めました。それからしばらくして、



「A happy new year! ハルミ!」



 とレベッカさんが悪戯っぽくささやくように私に告げるので私は思わずニッコリと笑ってしまいました。



 重厚な鐘の音が近くの背の高い建物に反響しながら暗い夜空へと響き渡って行きます。



 途中までは順調に順番が流れていたようですが、突然はたと止まってしまいました。


 おかわいそうな事に順番が回ってきたタイミングで明かりが消えてしまった方がいるようです。


 年明け早々から気持ちが沈んでしまってなければいいのですが。

 

 しかし、私が心配するまでもなかったようで彼の打ち鳴らした鐘の音はとても美しく、私の邪な心まで洗い去ってくれそうでした。



 ……一体どんな願いを込めて鐘を打たれたのでしょう。



 どんな方なのか私は無性に気になって、その方が階段を下りてくる時にお顔を拝見しようと密かに企んでいました。


 そして十数段先まで近づかれた時に気づいたのです。



 あの方の背恰好。きっと勉さんが立ち上がられたら同じぐらいじゃないかしら……と。



 そう思ってしまったのはシルエットがそっくりだったせいもあるのかもしれません。



 ……まさか。本当に勉さん?



 その着想が頭に浮かんだ瞬間から急に心がざわつき出して――


 


 どうしよう。もし本当に勉さんだったら何か、声をかけないと。

 でも何と?

 明けましておめでとうございます、でいいんでしょうか?

 いえ、まずはレベッカさんを紹介して。

 あ、でもレベッカさんに勉さんを紹介するのが先でしょうか?

 勉さんをレベッカさんになんと説明したら?

 私と勉さんの関係を端的に表す言葉はきっと“ご友人”。

 でも、八つも年上の勉さんにそれは失礼ではないでしょうか?

 だとしたら、だとしたら、だとしたら……



 あっ――。


 

 俯いて考え込んでいる内に通りすぎていってしまわれたようです。


 彼の背中を眺めながらまだ物思いは続きます。



 ……いえ、やっぱり勉さんのはずがありません。



 東京にはいくつもお寺や神社があります。

 だから、そんな偶然あるわけが無いのです。


「ハルミ、どした? あいつ気になる?」


「いえいえいえいえ! 決してそんな事は――」


「わたし、顔みた」


「……へ、へぇー、そうなんですかー。……ち、ちなみにどんな顔でしたか?」


「顔、コワかた」


「そうですか」



 ……よかった。では、やはり勉さんじゃなかったみたいですね。




 気持ちがようやく落ち着いたところで私の順番が回って来ました。


 きっと私の邪な心がそう思わせただけだったのでしょう。

 だから、しっかり邪気を払わないと行けません。


 もういっそのことファシリさんのオススメ通りに鐘を思いっきり叩きたい気分ですが、それはさすがに他の方のご迷惑になるのでできません。



 ――欲張らず、目標に向かって一歩ずつ。


 振りかぶるのは一回だけでいいでしょう。

 トンっと軽く触れるイメージで――と、撞木しゅもくが寸でで止まってしまいました。



「ハルミ、そんな勢いじゃ邪気払えない。Coop-play OK?」



 どうやら、私が非力だと思ってレベッカさんが手を貸してくれるみたいです。


 優しいレベッカさん。

 でもそこはかとなく嫌な予感が……



「いっくよー」


「Here……」


 ……え、一回前に?


「We……」


 ……え、これはいくら何でも引きすぎでは?


「Goーッ!!!!!!!」


 ……あ、これはまずいやつです。



 ものすごい音が、振動が、電気みたいに全身を駆け巡って――



 手がジンジン、頭がくらくら。

 鐘ってこんな音鳴るんですね。







 私が覚えているのはここまでです。


 ショックで失神してしまったようで、次に起きたらすっきりとした朝でした。


 

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