Shrine or Temple.



 年越しの過ごし方は人それぞれ。



 コタツでテレビを見て過ごす。

 友人とオールして過ごす。

 寝過ごす。



 とまあ、いろいろあるだろうが、俺の場合は神社参りだ。



 正確には年末行事というよりも年明け一番の初詣と言った感覚。


 真冬の夜の肌寒さと神社の冷厳あらたかな感じがマッチする、あの身が引き締まるような感じが気に入っている。

 

 だから今年もそのつもりでいた。


 マンションの近くに背の高い建物に挟まれるようにこじんまりと立つ神社があって、人も少なくお気に入りのスポットだった。



 だが、今俺がいるの場所はお寺。



 除夜の鐘をつくために順番待ちをしている。



 こうなったのには理由があり、時は三時間前にさかのぼる――






「勉さんは大晦日はどのように過ごすおつもりですか?」



 いつものようにファシリと自宅で何気ないお喋り。



「年越しに合わせてお参りに行くつもりだが?」


 ちなみに前回のクリスマスの反省を踏まえて、春美さんの予定はちゃんと確認している。

 どうやら例の友達と過ごすらしい。家か外かまでは聞いていないが、それだけわかれば十分。余計な茶々を入れるつもりは毛頭ない。



「ほーう、お参りですかぁ。勉さんも中々に酔狂ですねぇ」



 ……なんだその“ニヤリ”は。



「お参りでしたら私のおすすめのスポットがあるのですがいかがでしょうか?」



「一応聞いておく」



「それではマップと概要をモニターに表示しますね」



 ……どれどれ。ふむ。



「神社じゃなくて、お寺か。しかもここから微妙に遠いな」



「勉さんは神社派でしたか。しかし、このお寺は参拝客も少なく勉さんも落ち着いて過ごせると思いますよ?」


「いや、それならこの家の近くに静かで良い感じの神社があるから――」


「それと! このお寺は除夜の鐘を突くことができるんですよ?」


「いや、おれはあの狛犬とか鳥居の雰囲気が気にい――」


「あ! そういえばこのお寺には恋愛成就のご利益がありまして」


「いや、別にそれは興味な――」


「あーっ! と、そうでした。必勝祈願のご利益もありますのでどうでしょう、面接の成功を願かけするというのは⁉」


「……なんでそんなに必死なんだ?」


「え? そうですか? 気のせいじゃないですかぁ?」


 ……怪しい。が、確かに必勝祈願は良いかもしれない。それに除夜の鐘も実は少し興味があったりする。


「まあ、たまには寺もいいかもな。除夜の鐘も突いた事ないし」


「へぇーっ、そうなんですかぁ。勉さんはまだ除夜の鐘を突いた事が無い。ならば私が正しい除夜の鐘の突き方をお教えいたしましょうか?」


 ……なんか馬鹿にされてる気がするのは気のせいか? 


「まあ、一応聞いておく」


「簡単です。振り子の要領で二回振りかぶって勢いをつけて三度目でさらに大きく振りかぶって、鐘を突く! とにかく全身全霊全力で突く! これだけです!」


「本当か? あんまりうるさいと近隣住民の迷惑にならないか?」


「大丈夫ですよ。ほら、鐘の音って結構遠くまで響いてますし、毎年の事ですし近所の方々も風物詩だと思って楽しんでいますから」


 ……そういうものなのか? 確かに鐘の音を近くで聞いたこと無いから、実際はめちゃくちゃ思いっきり叩いてたりしてるのか?


「しかし、ネットの年越し番組で見た時はそんなに力を込めて叩いてなかった気がするが……」


「そ……それはきっと作法を知らない素人か力の弱いお年寄りだからじゃないですかね? ほら、本職の方は力強く打ち付けてるイメージありませんか?」


 ……そういわれるとそんな気もしなくもない。


「とにかく、力強く打てば打つほど煩悩を吹き飛ばすことができますから! 勉さんはそれはもう鐘を粉々にする勢いで叩いてくださいね!」


「つまり、俺が煩悩まみれだとそう言いたいのか?」


「い……いえいえ、そんな他意はありませんよ。とにかく思いっきり叩いてくださいという事です」







 ――ということがあって今に至る。


 

 確かにファシリの情報通り、人は少なめで程よくさびれていて趣深い。

 ただ神社と違ってお墓や卒塔婆そとばが目に入り、冷厳れいげんさというよりも少し肝が冷やされる涼しさだ。


 それと人が少ないとはいえ、訪れる人の目的はみな同じで、鐘が設置された坂の上の方から境内の入り口あたりまで列ができている。


 俺は今坂の中腹より少し上ぐらいにいるが、あと二十人くらいだろうか。

 恐らく地元の人々にひっそりと親しまれているのだろう、着物の他にほとんど寝間着みたいな人もちらちら見られる。


 鐘突き場にともるこまやかな電球の明かり以外は月明かりが仄かに辺りを照らすのみ。

 だから、足元に多少気をつけながら石段を上がらなければならないが、この仄暗い感じは雰囲気があってこれはこれで良い。


 

 

 ――さて、そろそろ時間だ。



 

 一人目は老人。


 腰を気にしながら打ち付けた音はその割に大きく夜空に響いていく。



 二人目は子供。


 お父さんが少しだけ手伝って打つ音は先よりも小さく、優しく広がる。



 三人目は――。



 そんな感じで順調に列は進んでいく。



 ただ偶然なのか、ファシリが言うように渾身の力を込めて打ち込む猛者は今だ現れていない。 


 とりあえずその問題は置いておいて、どんな煩悩を打ち払うかも具体的にイメージを膨らませておかなければならない。



 煩悩、煩悩、煩悩。



 ……だめだ、どうしてもあの時の春美さんサンタがちらつく。



 あの後からなんか気まずい。顔を合わせるとドキドキしてしまってその後罪悪感に駆られる。


 この際、思いっきり打ち込んで雑念を打ち払うべきかもしれない。



「次の方どうぞ」



 ……あ、俺の番だ。


 と、その時。唯一の光源ともいえる電球が切れた。



 ……え、これって。めちゃくちゃ縁起悪くないか⁉ もしかして煩悩のせい?



「すいません。代わりの電球を持ってくるまで時間がかかるので、足元に気をつけてお進みください」



 どうしよう、これはマジで思いっきり突いた方がいんじゃないだろうか。



 鐘撞を握る掌にじっとりと汗が滲む。



 ……よし、人の目は気になるがここは思い切って。



 覚悟を決めて振り子の横領でまず一回振りかぶってから戻す。


 さらにもう一回、より勢いをつけて振りかぶり寸止め。


 そして本チャン。最大限まで振りかぶって――。



 ここまではイメージ通り、後は煩悩を打ち砕くが如く……。


 そう、煩悩を……。


 煩悩を……。




 ――ダメだ! 春美さんを打ち砕くなんてできない!



 重心を下げ、踏ん張り、ギリギリでブレーキをかけた結果。




 プラスマイナス、弱くも強くもないほどよい音が鳴り響いた。




 失敗したのか成功したのかわからない。

 ただ、鐘を突いた時に体に響いた振動で体の中のよこしまな何かが払われたような気がして、一種の清々しささえ感じる。



 ……とりあえず目的は達成したし、後は本堂で拝んで帰るか。


 

 雲隠れの薄暗い月明かりだけに照らされた石段を足元に気をつけながらゆっくりと下っていく。

 

 下りの方は混んでいないが、上りの方の列は最下段まで続いていて。

 


 そして中腹に差し掛かった時。雲から顔を出した満月に反射して煌めくものが目に留まった。




 辺りに光をにじませるように輝く美しい長髪。


 服装はピンクを基調にした伝統的な御召し物。



 俺は視線を奪われた。



 なぜなら――



 


 彼女の髪は眩しいほどのゴールドブロンドだったから。


 顔は良くは見えないが横顔の輪郭からして目鼻顔立ちがやけにくっきりしている。



 ……外人か? こんな穴場スポットにしかも着物姿とは珍しい。



 と、それぐらいの感想を頭に浮かべて俺は通り過ぎた。




 その後は実にスムーズで本堂で必勝祈願を祈って敷地を出ようと歩を進める。


 途中、爆発音かと思えるほどの鐘の音が響き渡り、びっくりして辺りを見回すと、参拝者はみな鐘の方を眺めてクスクスと笑っていた。



 ……あっぶねえ。思いっきり打ち付けなくて良かったー!


 

 帰ったらファシリに文句を言ってやると意気込みながら帰路についたが、なぜかファシリの機嫌は悪く責めるタイミングを失ってしまった。

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